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「仄かな批評」宣言に向けて

昨年メディアの話題をさらった映画『シン・ゴジラ』と『君の名は。』に象徴されるように、東日本大震災を大衆向けの作品で描くことはいまや珍しいことではなくなった。住宅街に氾濫する河川や、立ち入り禁止区域を囲むガードフェンス。それらのイメージは観客のなかで当然のように「3.11」というキーワードへと収束し、映画館の座席にもたれた背筋を伸ばすよう促す。観客を作品へと引き込む装置として、東日本大震災は受け入れられるようになった。発生から6年を経て訪れたその変化は、不可逆的なものかもしれない。今後わたしたちは折りに触れて震災を描いた作品を鑑賞し、昔話をするようになる。だがなぜ、これまでタブー視されてきた「大衆向け作品における3.11」がいま許されるようなったのか。それはわたしたちが持つ震災へのショックが薄れてきたからだ。

未経験の状況にとまどいながら、とにかく安全や節電や不謹慎でなくなることのために、あらゆる娯楽と芸術が停止された震災発生当時。あのとき、テレビの向こうの景色を眺めながら、わたしたちは深い断絶を身にしみて感じていた。被災地/その他の地域。沿岸部/内陸部。避難区域内/外。死者・行方不明者/わたしたち。わたしは「こちら」側の人間で、「あちら」側の人々がいまどんな気持ちなのか、まったくわからない。その間の溝は埋めがたく、こちら側には無力感や罪悪感が蔓延していた。しかし時間が経つにつれて、こちら側の人間は断絶から立ち直っていった。正確には、溝を暗渠のように覆い隠し、その存在を見えなくした。震災を忘れるな、被災者と連帯しようという呼びかけは途切れることなく続き、いまや冒頭で挙げた作品群を鑑賞するわたしたちは、まるで完全に震災を制御下においたかのように振る舞うことができるようになった。目に映るすべてが「こちら」の苦しみ、「こちら」の喜びなのだ。「あちら」との間に横たわっていた断絶など、誰が覚えていようか。たしかに、『君の名は。』ではそのような「忘却」こそがアニメ的な手法で主題化されているのだという指摘もある(注1)。しかし、忘却にまつわる「悲しみ」を考えねばならないという言葉は、社会が考えることを放棄しているから生じる戒めである。震災は、そのショックを忘れることによって語ることが可能になる。足元の溝は決して埋まっていない。

それでは、「あちら」と「こちら」に分断された世界を統合するのではない、異なる想像力があり得るか。批評家の佐々木敦は、多くの震災以後の表現に含まれる「何ができるのか?」という問いかけに対し、より重要なのは「何をしないではいられないのか?」だと返答する(注2)。それは芸術の本義にかかわる問題だ。芸術は誰からも必要とされる存在ではない。災害のとき、芸術に「何ができるのか?」と聞かれれば、何もできない。しかしそのうえでやはりせずにはいられなかった表現がある。佐々木はそんないくつかの演劇や映画に、「本当の意味で誠実さを感じ」たのだという。同じように、保坂和志や阿部和重が震災以前の世界を描いた小説を取り上げて、そこに「以後」ならではの世界観を見出してもいる。そこで紹介されているのはいずれも、あちらを「あちら」として認め、「こちら」と何が違うのかを明らかにしなければならないという必然性に駆られた試みである。

さて、本稿で取り上げられる美術家の福田尚代もまた、断絶をそれとして知覚したまま、なおも語ることをやめない作家のひとりだ。その表現は、佐々木が取り上げた諸作品に連なる芸術の在り方を示している。と言っても、福田の作品に震災の影響を見出すことはとても難しい。たとえば、自身が使いこみ、親しんだ文房具や本を彫刻し、刺繍することで異なる形へと変える。震災を起点にした思考では、決して巡りあうことのない作家である。しかし、それでも福田の作品について考えないわけにいかないのは、それが必然性そのものについての芸術だからだ。

2016年に刊行された著書『ひかり埃のきみ』には、「美術と回文」という副題がつけられている(注3)。福田の美術における、文房具や本から生まれたオブジェクトに並ぶもう一つの柱が回文である。

 

弓と鹿の音 ふっつりと喪

虹も解けた だけど文字に戻りつつ

ふと おのが死と見ゆ

 

ゆみとしかのおとふつつりともにしもとけたたけともしにもとりつつふとおのかしとみゆ

『ひかり埃のきみ』p.116

 

はじまりからも終わりからも読むことのできる言葉を組み合わせることは、極めて不自由な作業の結果に見える。言いかえれば、回文は必然性が支配する文学だ。「弓と鹿の音」から始まる詩は、「おのが死と見ゆ」で終わることを運命づけられている。しかし、批評家はそれを福田の見事な創作物とみなすことには慎重にならなければならない。福田は、意味の枠組みから解き放たれた言葉の配列を書き残す。回文だけではない。福田の美術はすべて、世界に充満する微細な「言葉の粒子」をめぐる作品である。オブジェクトの写真や回文集が収められた本書には、自身の作品をめぐる散文が付されている。「表現しよう、伝えようということではなく、むしろ逃がそう、匿おう、ひそかに生き延びさせよう、という願いから生まれる美術がある」(「片糸の日々」)。創作ではなく、福田はひそかに生き延びる言葉を「発見」している。それはまるで、あらゆる数字の組み合わせが含まれる円周率の配列のなかから、たまたま特別な一行が見いだされるかのようだ。福田の美術観を深く辿っていくと、必然性は純粋な偶然性へと姿を変える。その姿をしっかりと把握するには、そのほかの作品と、福田にとって特別なモチーフであるメルヴィルの小説「バートルビー」について考えなければならない。その試みはやがて、福島の病院を舞台にした坂手洋二による戯曲『バートルビーズ』を通過し、ふたたび震災以後のわたしたちへと帰ってくる。「あちら」と「こちら」の断絶を捉えなおすひとつの試みとしてこの文章はある。あちらにもこちらにも還元されない仄かな「あわい」が、最も切実なものとして立ち上がる。そんな新たな思考を批評と呼ぶ。

 

 

注1:さやわか「ぼくたちはいつかすべて忘れてしまう」『ユリイカ』9月号、青土社、2016年。

注2:佐々木敦『シチュエーションズ 「以後」をめぐって』文藝春秋、2013年。

注3:福田尚代『ひかり埃のきみ』平凡社、2016年。

文字数:2624

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