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「スタッフ笑い」はジャニヲタの精神安定剤である

 

■お茶の間に有益なのは、ジャニーズ<ジャニヲタ

 

この国は、ジャニーズに興味がある人と興味がない人で構成されている。もちろん、どちらの人間のほうが勝っているとか優劣をつける気はない。

 

しかしタレント本人はともかく、ジャニ「ヲタ」の行動傾向を知ることは、この国の万人の人生にとって有効な情報になる。人がどうやってエンターテインメントにコミットするのかを知ることで、隣近所のおばちゃんとのちょっとしたやりとりから、アベノミクスの経済効果までヒントをえることができるからだ。

 

あなたがジャニーズ事務所に興味がなかったとしても、明日からのちょっとした生きるヒントが手に入るかもしれないと小さな期待していただき、コーヒーとお菓子を片手に耳を傾けてほしい。

 

 

ジャニヲタ性格ポイント

ジャニヲタは、世間にジャニーズの魅力はわかってもらえない前提

 

 

■ジャニーズ事務所内の敗北者グループ「関ジャニ∞」

 

あなたは「関ジャニ∞」というグループを知っているだろうか?今回はジャニヲタについて話を聞いてくれといったが、最低限タレントの情報もおさえないと理解ができないと思われる。大変恐縮だが、まったく知らない人のために簡単な紹介をするからお付き合いいただきたい。

 

関ジャニ∞はジャニーズ事務所所属の7人組アイドルグループである。アイドルといっても、全員年齢は30代を超えており芸歴20年のメンバーもいる。黒柳徹子は初見でグループ名名を間違え関サバならぬ関ジャニ(せきじゃに)と呼んだのはジャニヲタの間では有名な話だが、正式には「かんじゃにえいと」と呼ぶ。「関」は、関西の略である。7名は大阪、京都、兵庫で生まれ育ったバックボーンがある。関ジャニ∞の最大の特徴は、一度干されて地元の関西に帰った年長メンバー(横山裕、渋谷すばる、村上信五)が敗者復活でCDデビューをした点だ。

 

CDデビューをする前の研修生的なタレントをジャニーズ事務所では「ジャニーズJr.(ジュニア)」と呼ぶ。1990年代、「ジュニア黄金期」とヲタに呼ばれる空前のジュニアブームが起き、タッキーや櫻井翔などとテレビに出て知名度を上げた横山、渋谷、村上。

 

バラエティ番組で、頭の回転が早くスマートに受け答えをしていく東京のジュニアが多かったのに対して少しでも自分たちの映る尺をつくろうと、必死でボケたりつっこんだりしていた彼らは「三バカ(さんばか)」と呼ばれ人気もでてきた。東京での仕事が激増し、彼らは中卒、高校中退をして大阪の実家を出てジャニーさんが借りている東京のマンションに住み込む。いわゆる「合宿所」ということろだ。(とくに当時の横山裕はジャニーさんに気に入られていたようで、もしかしたら合宿所からジャニーさん宅に呼び出しがかかり毎晩「お勤め」をしていたかもしれない。申し訳ない、脱線した。 )

 

わざわざ関西から呼び寄せられジャニーさんの寵愛を受けていたはずの「さんばか」だったが「嵐」や「タッキー&翼」がCDデビューするとジャニーズJr.の番組が減り、3人はテレビの仕事を失い大阪に帰っていった。この時期、横山はパチンコをしたり、渋谷はグレて手の甲にタトゥーをいれたりして暗黒次代に突入した。彼らは当時を振り返り「俺たちは賞味期限がきれたのかなと思った」と語っている。

 

一度干された彼らにジャニーさんが2002年、再び小さな仕事をくれた。グループ名「関ジャニ8(のちに∞と記載)」と命名してもらい、関西ローカルのバラエティ番組と大阪なんばにある松竹座という1000人規模の劇場でのコンサート公演がアサインされた。2002年といえば、ジュニアで同期の嵐 松本潤は日本テレビ「ごくせん」に出てどんどん人気を上げていたころだ。東京のジュニアに比べたら、関ジャニ8は敗北者であった。

 

この敗北者という立場が、後で紹介する「関ジャニ∞クロニクル」というテレビ番組ができる背景となる。その1つ目は、関ジャニ∞結成時は仕事が少なかったためプライベート時間が多くあり、テレビ収録終わりに一緒に食事をしたり、オフの日も実家を行き来して遊んだりしていたようだ。そのころ、実家近くのうどん屋に渋谷、村上が食事をしていると、村上の実父がふらりと入店し有り金もなく、渋谷がお父さんのうどんを奢ってあげたというエピソードが2016年となった今でもコンサートMC中にすぐ出てくるほどだ。自由時間が多く長時間つるむ大学生のサークル仲間のように親睦を深めていったと思われる。テレビカメラが回っていないところでも本当に仲良くつるんでいるイメージがある、関ジャニ∞はそんなグループになった。

 

「関ジャニ∞クロニクル」というテレビ番組ができるもう1つの背景として、ジャニーズ内・敗北者として、事務所内のいろいろな責任から逃れられた部分がある。SMAPは1998年には「夜空のムコウ」、2003年には「世界に一つだけの花」を大ヒットさせ国民的アイドルとなっていた。同じ事務所には、日本中の注目を集める先輩グループがすでにいる。関ジャニ∞に注目する人なんて一部にすぎない。しかも放送されている番組は関西ローカルだ。多少失敗しても事務所から怒られることなんてないだろう、と関ジャニ∞が思ったかどうかしらないが、彼らはバラエティ―番組のロケやフリー台本のコメントで自由な発言をして自然とキャラをにじみだし、お互いつっこみあいながらフォローしあう連帯感を育んでいった。

 

 

ジャニヲタ性格ポイント

ジャニヲタは、自分が応援するタレントがジャニーズ事務所内の立ち位置を常に確認

 

■関ジャニ∞で番組企画書を出し一度はボツになったのに、再び企画書を出したフジテレビ社員

 

そして2015年、テレビ局社員が「どうしても関ジャニ∞を使いたいと企画した番組がフジテレビ「関ジャニ∞クロニクル」(関東ローカル)である。

 

ダンスや歌に価値を置いてきたジャニーズ事務所で、バラエティ番組を主戦場に変えたのがSMAP。これはこの国の多くの人に知れ渡った話である。SMAPは「ジャニーズなのに●●もできる」という切り口で番組出演を開拓してきたグループ。ジャニーズなのにコントもできる、ジャニーズなのに料理もこなす、ジャニーズなのに司会がうまい、など。ほかの芸人やその道のプロがやることを、ジャニーズに置き換えることに価値をおいてきた。

 

しかし、「関ジャニ∞クロニクル」は、SMAPが積み重ねた歴史から一歩ふみだしたの番組だ。フジテレビ公式ホームページに掲載されている番組の企画骨子は、「「関ジャニ∞が××した結果」…「◯◯が分かった」という新発見が毎週繰り広げられます。(中略)グループとして、個人として輝やきながら成長していく姿を描いていくバラエティ番組です。」とある。

 

タレント本人の人間性自体をみて楽しむ番組なのだ。たとえば、部屋の中に急にボールが落ちてきてドッチボールがはじまるコーナー「いきなりドッジ」。ふだんはタレントが見せない本性をドッジボールを通して見てみようというコーナーがある。

 

番組を企画したのはフジテレビ社員、ディレクターの福山晉司氏である。ハライチやピースなどを有名にした、コント番組「ピカルの定理」などを担当したキャリアをもつ。テレビ雑誌「Bananavi!」インタビューによると「ピカルの定理」終了後、新しいバラエティ番組の企画を出せと言われ、関ジャニ∞で企画書をつくったところボツになったそうである。しかし再び企画書を出して「関ジャニ∞クロニクル」ができたという。一度ボツになってもまた企画を出す熱意。関ジャニ∞の何がフジテレビ社員を動かしたのだろうか?

 

「Bananavi!」インタビューによると、フジテレビ福山氏は入社して6年目の2010年、同局「HEY! HEY! HEY! MUSIC CHUMP」で関ジャニ∞の歌収録を担当したそうだ。そのとき「メンバー同士の仲の良さは感じて」いつか仕事ができたらいいなと思ったとコメントしている。インタビューのなかで福山さんは関ジャニ∞の魅力を「『ここはたぶん放送できないから盛り上げても仕方ない』とあきらめて力をぬきがちなところも全力」でこなすところにあるというのだ。福山氏自身は「ロジックの構築で台本をつくるタイプ」だが「台本からはみ出すことが関ジャニ∞」の色で、そこから「彼らの人間臭さ」をえがくことを大切にしているという。「一瞬ひるむようなところまで、しっかりしがみついて何ならそういう見えない境界や枠を壊し倒してしまう」関ジャニ∞の空気感を番組にしたいと福山氏は続ける。関ジャニ∞が「台本をはみ出せる」力をつけたのは、ジャニーズ事務所内の敗北者である自覚から、ジャニーズタレントが番組内で正しく振舞うルールを恐れず、まるで大学サークルの仲間のじゃれあいといった雰囲気を残していたからである。

 

ジャニヲタ性格ポイント

ジャニヲタは、事務所の力でなくタレント本人の力で仕事を取ることにに敏感

 

 

■「関ジャニ∞クロニクル」がタレント本人たちのコンサートのコンテンツとなった

 

ジャニーズは常に「事務所のゴリ押しで月9主演にキャスティングされた」などと報道されるのが定番の立ち位置である。だからジャニヲタの多くは常に、世間から「事務所の力でテレビ番組にキャスティングされてるだけで、タレント本人に実力はない」とさげすまれていることを前提にタレントを応援している。だからことさら、なぜジャニーズタレントを積極的に番組に起用したと企画意図を公開してくれる番組なんてものがあれば熱狂的に迎え入れる。

 

そんなジャニヲタの空気を察し、2016年夏の関ジャニ∞コンサートツアーに、公式にテレビ番組「関ジャニ∞クロニクル」を再現するコーナーができた。今までもSMAPコンサートで「慎吾ママ」などテレビ番組でヒットしたキャラがいたら、コンサート内でそのキャラの衣装を着てうたうようなコーナーはあったが、まんま番組を再現するコーナーはおそらくジャニーズで初めてだ。

 

筆者もコンサートツアーを鑑賞し、この企画を知ったときは激しく喜んだ。しかし、実際に番組コーナー再現コーナーを鑑賞すると全然おもしろくないのであった。

 

 

 

 

■ジャニーズ起用盤食いで、ジャニヲタを喜ばせる要素は「スタッフ笑い」

 

コンサートでは、番組内人気コーナー「イケメン選手権」が再現された。運動をしている最中に写真をとり、顔がイケメンとして整って撮影されるクオリティーを審査する番組である。テレビ番組内では、フジテレビの女性スタッフが独断と偏見で点数をつけていた。渋谷が女性プロデューサーからいつも高得点をもらい、「癒着している」とコメントされることが定番となった。テレビ番組内では、変な顔でショットがとれると収録スタジオのスタッフが大爆笑する声も聞こえる。ジャニーズ事務所の力でいやいやキャスティングしている番組ではなく、フジテレビ社員が自ら関ジャニ∞を起用し、いっしょに収録しているなかで「癒着している」と冗談がこぼれるほど番組製作スタッフと関ジャニ∞が仲良くなり認めてもらっている…そんな情景をみるのが「関ジャニ∞クロニクル」でジャニヲタが喜ぶ要素だった。

 

しかし、コンサートではだれがイケメンだったか点数をつけるのはコンサート会場にいるジャニヲタ観客そのものである。また、フジテレビ番組スタッフの笑い声は聞こえない。関ジャニ∞のファン数万人が黄色い声を飛ばしているだけの関係性では、このコーナーはちっとも魅力的ではなかったのだ。

 

ジャニーズは事務所の力でタレントが起用されているだけだと認める自虐性から、ジャニヲタを解放してくれるのは、テレビ番組企画者の笑い声だった。それを痛感したコンサートであった。

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