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茂みに潜む神々たち イェイツ「空を行く妖精の群」解題

《太古の時代 英雄の時代 孔の多い軽石とざらざらした凝灰石でできた広間にて》

「…以上のように語りおわると、河神は口をつぐんだ。このふしぎな出来事は、一同のこころにふかい印象をあたえた。ところが、神々というものを頭から馬鹿にし、あらっぽい気性の人であったイクシオンの息子は、河神の話を真に受けている人たちをあざわらって、「アケロウス爺さん、それはあんたのつくり話だ。神々に事物や人間のすがたを自在に変える力があるなどとあんたが信じているのなら、神々の力を買いかぶりすぎているというものだ」
人びとは、おどろいて、このような言葉をたしなめた。とりわけ、分別も年齢も熟したレレクスは、こういった。「天の力は、広大無辺だ。神々の欲したまうことは、なにごとでもただちに成就するのだ。嘘だとおもうなら、まあわしの話をきくがよい。…」

オウィディウス著『転身物語』(グーテンベルグ21刊)

 

 

(イェイツの詩の引用に伴い、英詩、翻訳詩どちらも引用した。余裕のある方は是非、原詩の明朗快活な音韻を堪能されたし。)

 


《空を行く妖精の群 The host of the Air》

オドリスコルは鼻歌まじり、

O’Druscioll drove with a song

寂しい御鹿の湖の

The wild duck and the drake

禾つけた背の高い葦の茂みから

From the tail and the tufted reeds

野鴨や家鴨を追い立てた。 .

Of the drear Hart Lake.

夜が迫ってくるにつれ

And he saw how the reeds grew dark

葦はしだいに黒くなる。

At the coming of night-tide.

新妻ブリジェットの

and dreamed of long dim hair.

ほの暗い髪が恋しくなる。

Of the Bridget the bride

妻を思って歌っていると

He heard while he sang and dreamed

笛吹きが笛を吹きながら遠ざかる。

A piper piping away.

こんなに悲しい笛の音を聴いたことがない。

And never was piping so sad

こんなに陽気な笛の音を聞いたことがない。

And never was piping so gay.

(続)


 

《イェイツとアイルランド》
夏にはアイルランド北西部の港町スライゴーに行って母の実家に滞在し、農民の暮しや伝説に馴染み、周辺の山野湖沼に親しんでいたから、たしかに、土地の気風は感受性の強い子供の心に染み渡ったろう。だが、ロンドンに戻ればまた都会の生活が待っている。それはあるいは暗い孤独な生活であったかもしれないが、この2つの異質な世界は微妙な陰影をおびて少年の中に定着したはずだ。彼にとってスライゴーの風土は対比され意識化された風土である。それは日常の中にある風土ではない。

「対訳 イェイツ詩集」高松雄一編 解説より

 
《妖精の国 アイルランド》

「ジェイムズ王の時代になると、妖精たちはみんないなくなってしまった。(中略)アイルランドでは妖精たちはいまだに生き残っていて、心やさしい者たちには恩恵を与え、また、気むずかし屋を苦しめている。(中略)ケルト民族は、その巨石群や石柱ともども、それほど変わるものではない。まったくの話、いつになっても、誰ひとりとして代わりはしないとさえ思われる。多くの人々が声を大にして反対を唱えようとも、また賢い人々や教授連が何と言おうとも。(~)どんな人間でも、もし人の心の奥に深い傷跡を残すような目に会えば、みんな幻視家になるからだ。しかし、ケルト民族は、心に何の傷を受けるまでもなく、幻視家なのである。」

イェイツ著『ケルト妖精物語』(ちくま文庫)


 

 

若者たちや娘らがいて

And he say young men and young girls.

開けた空地で踊っていた。

Who danced on level place.

新妻ブリジェットもそこにいた。

And Briget his bride among them,.

悲しげで陽気な顔して踊っていた。

With a sad and gay face.

踊り手たちが彼を取り巻き、

The dancers crowded about him

あれこれと優しい言葉をかけてきた。

And many a sweet thing said.

若者が赤葡萄酒をついでくれ、

And a young man brought him red wine

娘が白パンを渡してくれた。

And young girl white bread.

(続)


《落ち延びた古き神々》
「…ここで申し述べようとする考えを、わたしはごく初期の著作のなかですでにとりあげたことがある。つまり、わたしはここでふたたび、キリスト教が世界を支配したときにギリシア・ローマの神々が強いられた魔神への変身のことを述べてみようと思っているのである。教会は古代の神々を、哲学者達のように、けっして妄想だとか欺瞞と錯覚のおとし子だとは説明せず、キリストの勝利によってその権力の絶頂からたたきおとされ、今や地上のおとし子だとは説明せず、キリストの勝利によってその権力の絶頂からたたきおとされ、今や地上の古い神殿の廃墟や魔法の森の暗闇のなかで暮らしをたてている精霊たちであると考えている。そしてその悪霊たちはか弱いキリスト教徒が廃墟や森へ迷い込んでくると、その誘惑的な魔法、すなわち肉欲や美しいもの、特にダンスと歌でもって背教へと誘い込むというのである。(中略)自分の聖なる社を没収された神々のうちには、わがドイツで木こりとして日雇い労働をし、ネクター(※1)の代わりにビールを飲まなければならなくなった神もある。」

(※1)不死の力をもたらすギリシャ世界で最も上質な飲料。

ハインリヒ・ハイネ著『精霊物語』(岩波文庫)

《アイルランドの神たち》

古代の神々と英雄と妖精とは、文芸復興期に蒼然たる太古の世界から蘇り、再びその存在を強調されるのであるが、興味深いことは、この三種の存在が、アイルランドでは密接に関係づけられていることである。妖怪の祖先といわれるトゥアハ・デ・ダナーンというのは、神話に登場する女神ダーナから生まれた金髪碧眼のすぐれた能力をもつ巨人神族である。
トゥアハ・デ・ダナーン族は、アイルランド民族の祖先で人間であるマイリージァン族に戦いで破れ、海の彼方と地下に逃れて、そこに楽園「常若の国(テイル・ナ・ノグ)」を造って住み、地下楽園(妖精の国)の王となったという。
時が経ち神話の世界から逸脱していったトゥアハー・デ・ダナンたちは伝承の世界へと移行し、異教の神々となったが、次第に崇拝もされず、供物も捧げられなくなると、身の丈が縮んでいって小さな人々(リトル・ピープル)になったというのがアイルランドの妖精刊である。したがって神々と栄養と妖精、そして人間とは互いに同じ生命の輪でつながっており、光の神ルーは英雄クーフーリンに転生し、英雄キャリドウェンはウサギとなり、蝶は死んだ子供の魂かもしれぬが、また妖精ピスキーでもあるというように、目に見えぬ大霊がすべての間を永劫にめぐって生命を転生させていくと考えるのである。

(ケルト妖精物語(ちくま文庫)井村君江訳 解説より)


だがブリジェットは夫の袖引いて

But Bridget drew him by the sleeve

陽気な群から引き離し、

Away from the merry bands.

老人たちのそばに行く。カードに興ずる

To old men playing at cards

老いの手のきらりとひらめく軽やかさ。

With a twinkling of ancient hands.

パンとぶどう酒は災いのもと、

The bread and the wine had a doom

この人達は空を行く妖精の群なのよ。

For these were the host of the air,

彼はほの暗い長い髪を思いながらも、

He sat and played in a dream

腰を据えてカードの勝負に加わった。

Of her long dim hair.

(続)


《古き神々の人さらい》
「私も精霊のことをのべたついでに、古代異教の神々の変容について語らざるをえなかった。彼らはけっして幽霊ではない。なぜならば、すでにたびたびのべたように、彼らは死んではいないからである。彼らは被造物ではなく、不死の存在であって、キリストの勝利ののちには地下の隠棲場所にひきこもり、ほかの精霊たちと同居して、魔神(デーモン)的生活をおくらざるをえなかったのである。ドイツ民族のなかでもっとも独特で、ロマンティックで奇異なひびきをもっているのは女神ヴェヌスの伝説である。彼女はその寺院が破壊されたときに、秘密の山の中に逃げ込んで、そこできわめて陽気な無頼の空気の精や美しい森のニンフ、水のニンフ、そのほか突然に人の世から消え去った多くの有名な立役者たちとともに、奇怪きわまる歓楽の生活をおくっている。

あなたがその山に近づくと、ずっと遠くからすでに満足げな笑い声や甘いツィターの音が聴こえてきて、まるで目に見えない鎖のようにあなたの心をしめつけ、あなたを山の中へひきこむだろう。幸いなことに入り口からほど遠からぬところに、忠実なエックハルトとよばれる老騎士が歩哨に立っていいる。彼は柱像のように、戦いに使う大きな剣にもたれて立っているのだが、その実直そうな白髪の頭はたえずぐらぐらゆれている。そしてその山のなかであなたを待ち受けている女のやさしさの危険をあなたに陰うつな表情で警告する。それにおどろかされて無事逃げ帰る人も多いし、その反対にその老いたる警告者のやぎの鳴き声のようなしわがれ声を柳に風と受け流して、無思慮にも、のろわれた快楽の深淵に落ち込むものもかなり多い。しばらくのあいだはうまくいく。けれども人間はいつも陽気に笑ってばかりはいられない。口をつぐみ、まじめになることもたびたびあるし、過去をふりかえることもある。なぜなら過去は魂の本来の故郷なのだから。そして、たとえ苦痛の感情であっても、かつて一度感じたことのある感情への郷愁が彼を襲う。

ハインリヒ・ハイネ『精霊物語』(岩波文庫)

 

《ギリシャの刻 お牛に変身し人をさらうユピテル(※1)》
元来、威厳と恋ごころとは、けっして調和し両立するものではない。神々の父にして支配者たる大神、右手に3つの穂先のある稲妻をもち、ひとたび頭をふれば天地をゆるがすユピテルも、王笏のいげんをかなぐり捨てて、一匹の牡牛にすがたを変え、家畜たちの群にまじって、うなるような声で鳴きながら、やわらかい草の上に美しい容姿をはこんでいるのだった。
アゲノルの娘は、この牛がとても美しく、すこしも凶暴なところがないのを見て、たいそう驚嘆したが、いかに柔和な牛であっても、はじめのうちは手をふれるのをこわがった。しかし、しばらくすると、牛のそばに近寄って、その白い口元に花をさしだした。恋する神は、いたくよろこんで、愛の歓喜を思いつつ乙女の手に接吻した。
それ以上のことは、やっとの思いで先までのばしたのである。かれは、乙女にじゃれついたり、みどりの草の上をはねまわったり、雪のように白い身体を褐色の砂の上によこたえたりした。こうして、いつしか乙女の恐怖心が消えていくと、彼は、手でかるく叩いてもらうために胸をむけたり、摘みたての花輪をかけてもらうために角をさしだしたりした。娘の方でも、この牡牛がだれであるかとも知らずに、とうとうその背にまたがった。すると、神は、しだいに岸辺のかわいた地面からはなれて、そのいつわりの足を波にひたした。そして、そのままずんずん先へすすんで、とうとうはるか沖までつれ去った。乙女は、すっかり仰天して、あとにしてきた海岸の方をふりかえり、左手を牛の背にあてがい、右手で角をしっかりとにぎりしめていた。彼女の衣服はふくらんではためいた。

※1 ユピテルはギリシャ神ゼウスのローマ神話の名

オウィディウス著 『転身物語 上巻』 (グーテンベルグ21刊)


彼は陽気な老人たちと勝負した。

He played with the merry old men

邪悪な呪いなど気にかけもしなかった。

And thought not of evil chance.

一人が新妻ブリジェットを抱き上げて、

Until one bore Bridget his bride

陽気な踊りから離れるまでは。

Away from the merry dance.

一人が彼女を抱き上げて離れて行った。

He bore her away in his arms.

みんなのうちでいちばん美しい若者が。

The handsomest young man there.

その首も、その胸も、その腕も、

And his neck and his breast and his arms.

彼女の長いほの暗い髪に覆われていた。

Were drowned in her long dim hair.

オドリスコルはカードを投げ散らし

O’Driscoll scattered the cards

我に返って夢から覚めた。

And out of his dream awoke:

老人たちも、若者たちも、娘らも、

Old men and young men and young girls

ただよう煙のように消えていた。

Were gone like a driitng smoke:


聴こえてくるのは、ただ、空高く、

But he heard high up in the air

笛吹きが笛を吹きながら遠ざかる音、

A piper piping away.

こんなに悲しい笛の音を聞いたことがない。

And never was piping so sad.

こんなに陽気な笛の音を聴いたことがない。

And never was piping so gay.

「空を行く妖精の群」イェイツ作「対訳 イェイツ詩集」岩波文庫より)


付記

「妖精」
点にそびえる小山を登り、
い草しげった谷間を下り、
狩りには行くまい、
小人が怖い。
ちっちゃな奴ら、気のいい奴ら、
緑の上着に赤帽子、
白い梟の羽毛つけて、
ぞろぞろ揃ってやってくる。

(中略)
いとしい娘、ブリジット、
小人にさらわれ七年経って、
帰ってみれば友達おらず
まだ夜も開けぬ明け方に、
あの娘はこっそり戻されて、
ぐっすり眠ると思っていたが、
あの娘は悲しみ死んでいた。
それからずっと小人らは、
湖のなかの奥深く、
菖蒲の葉っぱのベッドの上に、
目覚めを待って寝かせてる。

ウィリアム・アリンガム作「妖精」(「ケルト妖精物語」ちくま文庫)

文字数:5803

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