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比較連想/断想批評宣言

――たとえば2016年の「トレンド」をサンプルとして

 

 比較連想である。いやあるいは比較断想であるかもしれない。
 それはあたかも飛び石のうえをぴょんぴょんと気ままに跳ねていくように、視線から視線へと目移りするように、思考から思考へと想いを重ねていくように、どうやら先にあるらしい不確かな足場をめがけて跳んでいく営み。
 そうして考えを巡らせ続けていくうちに、あるときふいに、目の前に別れ道が現れる。その追分にしばし佇んで、連なっていた思考を、さて、どちらにつないでいこうかと考えてみて、それでいてどちらも選び難く、それでもとにかく遠回りしてまた元居た場所へと戻ってくるくらいのつもりで一つの道を選んでいく。
 そうしてすすんでいくうちに、いつのまにか先ほど選ぶことのできなかった道の先にあったはずのものがつながって、また一つの小さな流れとなっていく。そんな連想をつづけていった先に、いったい何を見つけることができるのか、未だに知ることができないでいるのだけれど、たとえ最後に落ち着く場所が、ほんのささやかな断想だったとしても、それならばそれを見つけるまでは、その過程を楽しめばいい。そのくらいの気持ちで、書きだしてみる。
 では、自分が一体何を知りたいのか、まずは目の前にあるものを比較して、そこから想起されるものを連ね、断ち分けながら、連想の先の断想を目指してすすんでみることにしようか。

 

  

 

 さて、「何か」について「調べよう」と思い立ったとして、それは、ある対象に対して興味・関心をいだき、その対象についてより詳しく知りたい、もしくは詳細な情報を手に入れたいと望むからであって、たとえば、いま、この瞬間に、ある「モノ(コト)」について調べようと決めたときに、まずあなたは辞書をひらくのではなくて、手近にあるスマートフォンあるいはパーソナル・コンピュータを起動させて、ブラウザを立ち上げて検索エンジンを開き、そこにその対象であるモノ(コト)を表すキーワードを入力する、かもしれない。
 そのときに使用される検索エンジンが何であるかは環境によって異なり、誰にもあずかり知らないけれど、ここではそれを仮に「Google」であると仮定して、ためしに2017年3月3日に日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝いた「シン・ゴジラ」について検索してみることにしよう。
 すると約7,210,000件の検索結果が表示されて、トップニュースには受賞をしらせる記事が並んでいる(2017年3月4日現在)。たしかに「シン・ゴジラ」は2016年に話題になった邦画の一つであって、約7,210,000件という検索結果はその人気を表すのにふさわしい膨大な数字のようにも見えるのだけれど、それでは同じように2016年、話題になった邦画の一つである「君の名は。」はどうなのだろうかと思いついて検索してみると、約15,100,000件の結果が表示される。単純な数字だけを比較してみれば、「君の名は。」はインターネット上に「シン・ゴジラ」の2倍以上の検索結果として表示されるに値する(可能性のある)情報を有しているということになるだろか。
 ところでGoogleには、検索キーワードの人気度を調べることができる「Google Trends」というサービスがあるのだけれど、それを使用することによって任意のキーワードについて特定の地域と期間での「人気度」を知ることができる。そして複数のキーワードを入力することでその人気度を比較することもできるという、なかなか興味深いサービスである。
 そこでこのサービスを利用して「日本」における「過去12か月間」の「君の名は。」と「シン・ゴジラ」の検索人気度を比較してみると以下のような結果がわかる。この条件で調べてみた場合、人気度は期間内(一週間単位で集計)の最高値を100として、それに比較する形で、それぞれのキーワードの各週における人気度が示される。
 するとこの条件においては2016年9月18日~24日の「君の名は。」の人気度を最大の100として、それと比較して「シン・ゴジラ」の人気度の最大値は2016年7月31日~8月6日における11ということがわかる。つまり過去一年間において、それぞれのコンテンツが最も人の好奇心を引き、調べてみようという行動に至らしめた、瞬間的な興味喚起力にはおおよそ9倍の差があるということになりそうである。しかし、二つのコンテンツの間にそれほど世間からの関心の差はあっただろうか?
 ここで一つ考えてみたいのは、たとえば自分が何かを検索しようとするときに、正確にそのキーワードを思い出すことができない、あるいは入力が面倒で簡略化してしまう、または漠然とした単語しかわからない、というようなことがないだろうか、ということである。そこでためしにキーワードを「シン・ゴジラ」ではなくて「ゴジラ」という形に変化させてみると人気度の結果は次のようになる。

 

  君の名は。 100(2016年9月18日~24日)
  ゴジラ   96(2016年7月31日~8月6日)

 

 まだ「君の名は。」がほんの少し優勢ではあるものの、その数値はほぼ同じになり、つまり二つのコンテンツに対する人々の関心は実は同程度であった、ということになりそうだ。念のため公平を期する目的で「君の名は。」から「。」を取って検索してみたが、結果に変化はなかった。
 100と96という数値。なるほどそうであれば、たしかに2016年における二つの話題作が同程度の人気を博していたということにもなって、9倍の差があったという結果に比べればだいぶ納得がいく値に落ち着いたようにも見える。
 ここでさらに気になるのは、これら二つの大ヒット映画、よりも2016年に人気があったものは一体何だったのだろうか、ということである。2016年3月以前の話題も結果に含めるために、ここで期間の設定を「過去12か月」の次に広範となる「過去5年間」に変更し、2016年に話題になったキーワードをいくつか入力してみたところ、以下のような結果となった(2016年1月~2017年2月までを対象とし、複数調べたなかから主だったもののみを掲載。いくつかの主要な過去のニュース記事のほか、個人の思いつく範囲からの調査であるため、ある程度項目が恣意的である点はご寛恕いただきたい。項目に不満のある際には、ぜひ独自の連想/断想を試みて戴ければ幸いである。また人気度は相対値であり、同時に比較する項目・項目数によって多少変化がみられる場合があった)。

 

  ベッキー   100(2016年1月3日~1月9日)
  成宮寛貴   71(2016年12月4日~12月10日)
  トランプ   64(2016年11月6日~11月12日)
   (「ドナルド・トランプ」では同期間で「6」)
  IPHONE 62(2016年3月20日~3月26日)
  清水富美加  59(2017年2月12日~2月18日)
  SMAP   51(2016年1月10日~1月16日)
  君の名は   38(2016年9月18日~9月24日)
  ゴジラ    36(2016年7月31日~8月6日)
   (「シン・ゴジラ」では同期間で「4」)
  カープ    26(2016年9月4日~9月10日)
  小池     21(2016年7月31日~8月6日)
  ゲス     19(2016年1月3日~1月9日)
  ピコ太郎   16(2016年10月9~10月15日、10月30~11月5日)
   (「PPAP」は「0」)
  ボブ・ディラン 7(2016年10月9~10月15日)

 

 以下、「ベッキー」の100を基準値として「過去5年間」における2016年以外のキーワードを簡単に調べてみると以下のような結果がみられた。

 

  IPHONE 93(2013年9月8日~9月14日)
  パズドラ   82(2013年12月29日~2014年1月4日、2014年3月9日~2014年3月15日)
  IPHONE 77(2014年9月21日~9月27日)
  IPHONE 55(2015年9月20日~26日)
  小保方    34(2014年4月6日~4月12日)
  佐野     32(2015年8月30日~9月5日)
  エンブレム  17(2015年8月30日~9月5日)
  五郎丸    14(2015年10月11日―10月17日)
  stap   12(2014年3月9日―3月15日)
  TPP    8(2015年10月4日~10月10日)

 

 さて、これらの結果から推測されることの一つは、どうやら人は「モノ(コト)」よりも「ヒト」に関心があるらしい、ということである。そしてもう一つ、顕著な傾向を見つけることができる。どうやら人々の「IPHONE」に対する関心は年々失われてきているようなのである。
 ここではまず、後者の傾向に注目して「IPHONE」の人気の推移を探ってみることにしよう。そのために対象期間の設定をさらに広げて「2004-現在」へと変更することにする。ただし、この設定では一週間ごとではなく、一か月ごとの集計になってしまうため、たとえば「IPHONE」の最大値である2013年9月と「ベッキー」の最大値である2016年1月の結果が、週ごとの結果とは入れ替わってしまうといった現象が生じる。

 

  IPHONE 100(2013年9月)
  ベッキー   80(2016年1月)

 

 これは「IPHONE」に関する話題・注目度が一定期間持続していたのに対して、「ベッキー」に関するそれは瞬間的なものであったということを示している。
 「IPHONE」が最初に人気度の動向のなかに登場するのは2007年1月であり、そのときの人気度はピーク時の100(2013年9月)と比較すると「5」であった。その後、2008年7月に急速に人気が高まって「35」となり、2009年6月「35」、2010年6月「65」、2011年9月「95」、2012年9月「85」と推移し、2013年9月に最大値を迎えることとなる。
 順調に推移していくかにみえた「IPHONE」もしかし、翌2014年からはその人気に下降傾向がみられ、2014年9月「85」、2015年9月「65」、2016年9月「65」となっている。
 こうして「2004-現在」という期間内では「マイケル・ジャクソン」の「11」(2009年7月)や「ジョブズ」の「10」(2011年10月)に比べても圧倒的な人気を誇っていた「IPHONE」も先に掲載した「過去12か月」に見られるように、2016年に至って、ついに「ベッキー」や「成宮寛貴」、「トランプ」「清水富美加」の後塵を拝することとなった(それでも「SMAP」より高い人気度を誇っている点は十分に健闘しているといえるかもしれないが)。
 しかし「2004-現在」の期間において「IPHONE」が安定した人気度を維持してきたことは間違いのない事実であり、であるならば、その人気のさらに上をゆくキーワードは何であろうかと考えて、いくつかの比較を試みた結果、次の言葉が想起されてきた。それは「原発」である。

 

  原発     100(2011年3月)
  IPHONE 91(2013年9月)
  ベッキー   73(2016年1月)

 

 ここで「原発」が登場した手前、いちおう関連キーワードの人気度についても調べてみると、以下のような結果となった。

 

  原発     100(2011年3月)
  東日本    57(2011年3月)
  放射能    41(2011年3月)
  津波     31(2011年3月)
  東日本大震災 13(2011年4月)
  ガイガー   9(2011年3月)
  セシウム   7(2011年8月)
   (2011年3月の「IPHONE」の人気度は「49」)

 

 この結果からは人々が天災よりも人災により関心を寄せており、(おそらく)その原因や影響について知ろうとするために調べる行為を行っていたということが推測される。しかし「セシウム」の人気度が低いことから、その科学的な追究までには至らずに検索を止めてしまった人も多いようである。ちなみにこの時期に日本の内閣総理大臣を務めていた「菅直人」の2011年3月の人気度は「2」である。

 

  

 

 ここまで見てきた人気度の結果からは、2016年に至るまでの過程において、人々の関心が「モノ(コト)」から「ヒト」へと移行していったということを、傾向の一つとしてみることができるだろう。その傾向は2014年頃にはすでにみられ、人々は「stap」よりも「小保方」、「エンブレム」よりも「佐野」により関心を示していたことが人気度からもわかる。
 ところで、最初に「過去12か月」の調査を行ってきたときから「あえて」加えてこなかった項目が一つあったため、それをここで加えてみたいと思う。ひとまず「ベッキー」との週単位での比較からはじめるために、ここで期間の設定を再び「過去5年間」に戻してみることにしたい。

 

  オリンピック 100(2016年8月7日~8月13日)
  ベッキー   46(2016年1月3日~1月9日)

 

 実に二倍以上の差がみられる。ほぼ、同時期に人気度のピークを迎え、この考察のはじまりともなっている「シン・ゴジラ」(「ゴジラ」2016年7月31日~8月6日)と比較してみても100:17とその差は圧倒的である。
 ちなみに「過去5年間」の範囲に含まれる2012年夏季にロンドンで開催された際の「オリンピック」の人気度は「77」であり、リオまでの四年間に実に「23」も人気が高まっていることになる。これは「IPHONE」が2007年の登場から2013年のピークにかけて、ほぼ一年ごとに新機種を投入するなどして示していた上昇値にも劣らない伸びである。また2014年2月9日~2月15日にもソチ「オリンピック」(冬季)に関連して「30」というポイントを示している。
 また2020年東京オリンピックの開催が決定した2013年9月8日~14日の期間には「23」となっており、日本という地域内の検索結果のみに絞っているにもかかわらず、やはりこれから開催される予定の「オリンピック」よりも、実際に開催されている「オリンピック」のほうが、話題性・関心が高いということがわかる。
 ちなみに期間を「2004-現在」まで広げて「オリンピック」の人気度の推移をみてみると以下のようになっている

 

 夏季
  2004年8月 45
  2008年8月 65
  2012年8月 59
  2016年8月 100

 冬季
  2006年2月 19
  2010年2月 29
  2014年2月 38

 

 この傾向を単純に受け入れるとするならば、2018年の平昌オリンピックでは、リオと比較して「48」程度の人気度が期待できるということになり、2020年の東京オリンピックではリオよりもさらに人気が高まることも予想される。
 ところで、この「オリンピック」の比較のなかに「原発」を入れてみると、その人気度は「75」となる。これはオリンピックのなかで二番目に人気度の高かった北京を上回る値ではあるが、それでもリオの3/4程度ということになる。
 先に、人々の関心がモノ(コト)よりもヒトへと移行してきているのではないかという傾向をみてみたが、いわば世界最高峰の「ヒト」が集まり、競い合うオリンピック(コト)というものは、ヒト/コトの両方の魅力を多分に兼ね備えた(自明のことではあるかもしれないけれど)巨大なコンテンツであり、未だにそれへの関心は薄れるどこから、高まっているのだということがわかる。
 では、オリンピックに参加し活躍した「ヒト」への関心もさぞ高い数値を示すのだろうか。ここでは今のところ2016年に最大の関心を集めた「ヒト」であるらしい「ベッキー」を比較対象として、日本人メダリストの人気度を何名か確認してみたい。

 

  オリンピック 100(2016年8月7日~8月13日)
  ベッキー   46(2016年1月3日~1月9日)
  吉田沙保里  13(2016年8月14~8月20日)
  内村航平   9(2016年8月7日~8月13日)
  錦織圭    5(2016年8月7日~8月13日)
  伊調馨    3(2016年8月14~8月20日)

 

 他にもいくつか比較してみたが、多少オリンピックによって高まる傾向はみられたものの、どうやら特にメダルを獲得したからといって大幅に人気度が高まるという動きは起こりづらいようである。特に「錦織圭」に関しては2016年9月4日~9月10日のほうが「7」という高い数値を示しており、オリンピックよりも全米オープンのほうがむしろ人気度に影響していることが見て取れる。
 ところで「Google Trends」には対象にしたキーワードについての「関連キーワード」が1~25番目まで表示される機能があるのだけれど、そこで「オリンピック」(過去5年間)とともに挙がっているものを確認してみると「リオ」「2016年」「メダル」「日程」「卓球」「結果」「閉会式」等の項目が続いており、ようやく、そして唯一人名が登場するのは15番目に表示される「佐野 研二郎」とのことであった。
 先にも書いたようにオリンピックは多くの優れた「ヒト」の活動が集まった「コト」ではあるけれど、その個々の「ヒト」への関心は必ずしも高くはなくて、あくまでもそれら個々人の小さな人気度の積み重なった総体としての「オリンピック」が大きな数字を導き出しているのだと言えるのかもしれない。
 さて、たしかに「オリンピック」が、話題の映画である「シン・ゴジラ」や「君の名は。」はもちろん、先ほどまで2016年には大きな関心を集めていたと思われていた「ベッキー」を圧倒するほどの人気度を誇っていたことはわかったけれど、様々なヒト、や複数の競技(コト)の総体として、いろいろな方面からの興味関心を集めやすいという点を考慮すると、やはり「オリンピック」が一番人気という結果は何となく不満が残るものであるように思われる。
 そこで、ここでまた新たなキーワードを投入して人気度のバランスがどのように変化するか、比較を進めてみることにする。「ポケモンGO」の投入である。

 

  オリンピック 100(2016年8月7日~8月13日)
  ベッキー   46(2016年1月3日~1月9日)
  ポケモンGO 0

 

 どうやら空振りだったようだ。いや、しかし、この結果はあまりに意外過ぎるように思えるし、何か違和感を覚えるものである。そこでキーワードをためしに「ポケモン」と変化させてみると結果は以下のようになった。

 

  ポケモン   100(2016年7月24日~7月30日)
  オリンピック 44(2016年8月7日~8月13日)
  ベッキー   20(2016年1月3日~1月9日)

 

 たしかに2016年、「ポケモンGO」は一つのコンテンツとして大きな話題になったと言えるだろう。しかし、まさか「オリンピック」の実に二倍以上の人気度があったとは、これもまた意外な結果である。
 いちおう話題となった一つのコンテンツとの比較という意味で上の3キーワードの比較に「君の名は」を加えてみても、その数値は「8」(2016年9月18日~9月24日)であり、ポケモンの強さが際立っている。
 さて、こうした結果からは、ここで比較しているのが「検索キーワード」による人気度であるということが、大きなポイントになるということが言えるだろう。何故ならば「ポケモン」では、モンスターを「探し」て「集める」ということが重要な要素となっているからである。
 「検索」とは「文書・カード・データなどから必要な情報をさがし出すこと」(「岩波国語辞典 第7版新版」)である。インターネット上で検索エンジンを使って特定のキーワードについて調べようとするとき、多くの場合、ある対象に関心をもって、そのことについてより詳細に知りたいという動機づけが働いている。
 たとえば、ある出来事やニュースをきっかけに特定の人名について検索する際、その人のことについて、プロフィールや過去の関連事項などについて情報を収集することが目的であろうし、あるコンテンツについて検索する場合、たとえばそれが「シン・ゴジラ」のような映画であるとすれば、そのあらすじやキャスト、製作スタッフ、感想、評判などについて知ることが目的になる場合が多いだろう。
 そうした目的で同じキーワードを何度も検索するということが、まぁ、ないとはいえないだろうけれど、それでも関心をもった人の多くがそう何度も繰り返すものでもないように思われる。
 それに比べると「ポケモン」は複数存在するモンスターの出現場所を探りながら集めるという要素や、さらに集めたモンスターを育成するという要素もあり、いつどこに行き、どうやって育てるのかといった情報を適宜収集する必要がある。
 たんに「ポケモンGO」がどのようなものなのかを知りたいだけの人であれば、一度その概要について調べてしまえば、その後ふたたび「ポケモン」について検索する機会はないかもしれないが、実際にプレイしている場合には、何らかの方法で情報収集を続けることになり、その過程で「ポケモン」について何度か検索する機会が訪れたとしてもおかしくはないだろう。
 あるコンテンツに関する新しい情報について繰返し調べるという意味では、日々、競技の結果が更新されていくオリンピックについても同じことが言えるかもしれないが、だとすれば、ある一定の期間に、ある人が繰返し特定のキーワードについて調べるという要素を「ポケモン」も「オリンピック」も同様に持っているとして、100:44という人気度の差は、単純に「オリンピック」に関心をもった人よりも「ポケモン」に関心をもった人が多いということもあるかもしれないが、さらにたとえば競技の結果よりも、モンスターの出現情報のほうにより人々の関心が向いていた、という捉えかたもできるのではないか。
 つまり、2016年、人々が最も関心をもち、知りたかったことは、ポケモンがどこに出現するのか、ということだったのではないか。こう考えてみると、当然、次に知りたくなることは、では仮に人々がポケモンの出現情報を知りたかったとして、どのポケモンについて人々は最も関心を寄せていたのだろうか、ということである。
 ここでGoogleを利用して「ポケモンGO 人気モンスター」について検索してみると、最強ポケモンに関するランキングのようなものがいくつか表示されてくる。「人気」について調べる目的が「最強」であることに結びつけられているということは、どうやらポケモンの人気はその強さによって規定されているらしい。現在のランキングには「ポケモンGO」がリリースされた後に追加された新しいモンスターも含まれているため、ひとまずのちに追加されたいわゆる「金銀ポケモン」は対象外にするとして、強いとされているポケモンたちの人気度を比較してみたい。

 

  シャワーズ 100(2016年7月24日~7月30日)
  カビゴン  93(2016年7月24日~7月30日)
  カイリュー 73(2016年7月24日~7月30日)
  ラプラス  59(2016年9月18日~9月24日)
  ギャラドス 40(2016年7月24日~7月30日)

 

 このなかでも多くの最強ランキングにおいて上位に挙げられているのは「カイリュー」であるが、実際のところ「ポケモンGO」が最も話題になっていた頃によく見かけたモンスターの名称は「カイリュー」の進化前の姿である「ミニリュウ」のものであった、と記憶しているため、念のため「カイリュー」の項目を「ミニリュウ」に変更すると、結果は以下のようになった。

 

  ミニリュウ 100(2016年7月24日~7月30日)
  シャワーズ 98(2016年7月24日~7月30日)
  カビゴン  92(2016年7月24日~7月30日)
  ラプラス  60(2016年9月18日~9月24日)
  ギャラドス 39(2016年7月24日~7月30日)

 

 僅差ではあるものの「ミニリュウ」が「シャワーズ」を上回っている。結果的に「ミニリュウ」は最強であるらしい「カイリュウ」に進化するとしても、いちおう個々のモンスターを個別な対象として扱うのだとすれば、必ずしも強い=人気、というわけではないのかもしれない。そのことは、まだキーワードに含まれてはいないポケモン、ゲームを代表するような人気モンスターを比較対象に含めていないことからも予測できる。
 さて、それではここでポケモンのなかでもマスコットキャラクターのような位置づけとなっている「ピカチュウ」を加えてみると数値はどのように変化するだろうか。

 

  ピカチュウ 100(2016年7月24日~7月30日)
  ミニリュウ 38(2016年7月24日~7月30日)
  シャワーズ 38(2016年7月24日~7月30日)
  カビゴン  35(2016年7月24日~7月30日)
  ラプラス  23(2016年9月18日~9月24日)

 

 こうしてみるとやはり「ピカチュウ」の圧倒的な人気度が際立っていることがよくわかるだろう。しかし、このランキングをみても、まだ何か違和感を覚える。いや、それは違和感というより、ある種の不公平感。そう、「カイリュー」については進化前の「ミニリュウ」を対象としたのに、なぜ「シャワーズ」については進化前の「イーブイ」としないのか、ということである。
 「イーブイ」は特殊なポケモンである。その特殊性とは、ある一定の条件を満たすことによって複数の形態へと進化が可能であるということだ。ほのお属性の「ブースター」、でんき属性の「サンダース」、みず属性の「シャワーズ」(さらに現在は「エーフィ」「ブラッキー」という進化形態も存在するが、リリース時は3形態)。つまり「イーブイ」を育てるプレイヤーはいずれ、そのうちのどの形態に進化させるのか(あるいはさせないのか)という選択をすることになる。その際にはそれぞれの見た目や強さを比較して、自分の必要とする形態を選ぶことになるだろう。いったん進化させた「イーブイ」はもう元には戻らない。しかし、また別の「イーブイ」を見つけ出すことによって、他の形態へと進化させることはできる。それならば複数の「イーブイ」を手に入れるために、その出現情報を知ることには大きな意味があるだろう。そこに三つの可能性があって、そのすべてを手に入れることができるとするのであれば、どうしたってそれを手に入れたい。そんな人々の欲求は検索キーワードの人気度として現れる。そう、「イーブイ」のもつ進化の可能性は「ピカチュウ」の人気度を凌駕するのだ。

 

  イーブイ  100(2016年7月24日~7月30日)
  ピカチュウ 46(2016年7月24日~7月30日)
  ミニリュウ 17(2016年7月24日~7月30日)
  カビゴン  16(2016年7月24日~7月30日)
  ラプラス  10(2016年9月18日~9月24日)

 

 しかし、そんな「イーブイ」の人気も「ポケモン」から離れ、一つのキャラクターとなってしまえば「ベッキー」の足元には遠く及ばない。「イーブイ」の人気もまた、「オリンピック」で活躍したメダリストたち同様、「ポケモン」という大きなコンテンツを形成する一つの要素にすぎないのだ。

 

  ベッキー 100(2016年1月3日~1月9日)
  イーブイ 28(2016年7月24日~7月30日)

 

 2016年における「イーブイ」の人気は「ピコ太郎」以上「ゴジラ」未満だった。その数値は、あるコンテンツのなかにおける一キャラクターとしては十分に貢献しているものといえるかもしれない。しかし、絶大な人気度を誇る個の前では歯が立たなかった。
 「ポケモン」のなかで最も人気のあった「イーブイ」の人気度が「ベッキー」の1/4である反面、「ポケモン」自体の人気度は「ベッキー」の5倍だった。つまりそれは「ポケモン」を形成する個々のキャラクターたちの力が集まることによって、絶大な力を持った個を上回ることができたということを意味している(「オリンピック」もまたある個の総体としては「ベッキー」を上回っている)。
 一つひとつの要素は、たしかに小粒であるかもしれない。それが単独で大きな個の力に立ち向かおうとしても、それは歯が立たないだろう。しかし、小さな断片が連なることによって、比較において優位性をもつことができる、かもしれないという可能性。もし、そんな可能性があるのだとすれば、断片の数は多ければ多いほど、それが連なったときの力は大きくなるだろう。
 そう、それはあたかもアニメ「ポケットモンスター」の初代エンディング・テーマソングである「ひゃくごじゅういち」で歌われている以下のフレーズを思わせるものだ。

 

  なかまのかずは そりゃ
  やっぱり ぜったい がっちり
  おおいほうがイイ!

 

 「ポケモン」は151の仲間(実際には「ポケモンGO」の仕様のため若干少なかったようではあるが)たちの力を結集することによって、個として大きな人気度を誇っていた「ベッキー」を上回った。このことと同様に、塵も積もれば山となることもあるかもしれないように、断想(=断片的な、短い感想)が連なり続けていくことで、それがいつしか一つの大きな思想となって結実することも、あるかもしれない(もちろん、ないかもしれない)。
 そのとおり、連想/断層が最終的にどんな形になっていくのかはわからないし、連なり、断ち分かれる過程において、零れ落ち抜け落ちていってしまうものも多く存在するだろう。それでもやはり思考を巡らせ続けるかぎり、連鎖の糸は断ち切られることなく、先へ先へと進んでいくしかない。

 

  キミたちとの であいはぜんぶ
  ちゃんと おぼえてる
  きずつけあった こともあったけど
  それは(え~と)わすれた
   (ポケットモンスターED「ひゃくごじゅういち」より)

 

 だれが、いつ、どこで、どんな「キミたち」と「であう」のかを事前に知ることはできないし、断想と断想が出会うことによって、どんな結果がもたらされるのかもわからない。その過程でしばし思考が停止してしまったり、困難な状況に陥ってしまったりすることもあるいはあるかもしれないけれど、それでもそんな断想同士の出会いには意味があって、それがつながることによって、より大きな価値が生み出されることもあるだろう。
 そんなことを信じながら、さてと、そろそろここまでつらなった思考をひとまず一度断ってみて、そして、まだ見つけていない“新しい”キーワードを探すために、別のほうへと思考を進めてみることにしよう。そうして、みつけた「何か」を基準値として、そこから再び連想を試みながら、その先にあるかもしれない小さな断想を見つけていく。こんなことをいつもいつまでも繰り返しつづけているうちは、連想/断想は終わりなく続く。「続くったら続く」(アニメ「ポケットモンスター」のナレーション風に)。

 

  

 

 たとえば、ここまで書きながら取りこぼしてしまった断想が、ここまで読んできた誰かの断想に結びついて、そこからまた新しい連想がはじまって、断想が生まれていく。そうした連鎖が果てしなくつづいていきながら、いつかどこかで大きな思想となることが、あるいはあるかもしれないと、そうした期待を込めながら、これを「比較連想/断想批評」として宣言したい。

文字数:12953

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