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『表層批評宣言』、再び

◎便利な社会、快適な暮らし

電車遊びをする子どもの「ガタンゴトン」を受け入れる仕組みを僕らは持っている。「ガタンゴトン」は電車を表現している。でも、現実の電車は「ガタンゴトン」だけではない。踏み切りに立って電車が通過する音を聴いてみれば、だれもがそのことに気付くことが可能だ。電車はまず「ゴトン」と呟いてからおもむろに「ガタンゴトン」と聞き慣れた音を奏でる。そして最後は「ガタン」と一言だけ呟いて僕らの前から去って行く。この音はどこから生まれるのかといえば、それはレールのつなぎ目からだ。わずかなレールのつなぎ目に車輪が落ち、再びレールに乗り上げる時の音が僕らが口にする擬音の正体である。しかし現実を生きる僕らはそうした電車とレールの関係など知るよしもない。ましてや気付かないし、そのことを誰も責めない。だから僕らは今日も明日も「ガタンゴトン」と口にする。

 

ガタンゴトン01

 

さて、さらに「ガタンゴトン」を追求していく。上の絵解きを見ていただくことで、なぜ僕がこれほどまでに「ガタンゴトン」に執着するかについて気付いてもらえるかもしれないし、あるいはもらえないかもしれない。ともあれ誰もが知っているあの有名な「ガタンゴトン」を正確に表記しよう。それは「ゴトン⇒(空白)⇒ガタン・ゴトン⇒(空白)⇒ガタン・ゴトン⇒(空白)⇒ガタン」となる。ことの重要性をわかるだろうか? 僕らがいう「ガタンゴトン」の「ガタン」が、実は電車の後輪が奏でる音であり、2つ目の「ゴトン」が、電車の前輪が奏でる音であるということに。でははじまりの「ゴトン」が消えてしまった理由、それはいきなり聞こえてくるための聞き逃しである。そして最後尾の後輪が奏でる「ガタン」の音を聞いて、「あれ?」と思うことでこそこの「ガタンゴトン」の仕組みに気付くきっかけであるのになぜか僕らは「あれ?」とは思わずに聞こえるはずのない「ゴトン」という音を聞いてしまう。そしていろいろなことをうやむやにしたまま電車は通過し、踏み切りは開き、僕らは日常を始め、子どもたちの「ガタンゴトン」という電車遊びは続く。日常が続く限り、今日は続く。

それはどういうことかといえば、僕らは「ガタンゴトン」という音を聞いてはいるが、実際に動いている電車を見てはいない。「電車」という誰もが知っている何かを見ているのだ。

しかも最近、この状況がさらなる進展をみせている。何によってか。それはそもそもの発端であった「ガタンゴトン」という音が聞こえなくなっていることによってだ。2本のレールを溶接してレールを長くする技術が普及し、その結果レールのつなぎ目を減らすことができた。つなぎ目が減れば「ガタンゴトン」という音は発生せず、当然その音を聞く機会も減る。そして動いている電車に注目する機会も減る。なぜつなぎ目を減らしたのかというとそれは乗り心地をよくするためだ。電車は人々が願う快適さを手に入れ、人々は何不自由のない日常を過ごし、電車からは個々の電車という具体性が剥ぎ取られ、電車はますます誰もが知ってる「電車」となっていく。かつて技術の進歩は僕たちと世界との間を取り持ったが、今や技術はその姿さえ消した。その結果僕たちは世界への手触りを失い、目の前に広がる世界をただなんとなく誰もが知っている「世界」と同じと思ってしまう。その感覚は、新宿行きの電車が向かう新宿が誰にとっても等しく共有できる「新宿」であるように感じてしまうそれと似ている。そして世界は誰もがなんとなく知っている「世界」になってしまう。

それは電車だけで起きる出来事ではない。技術は個人の経験にさえ影響を与える。たとえば百貨店で駄々をこねる子どもを優しくあやす母親の姿を見たことがない人はいないだろう。そこで「うるさいなぁ」と感じたすこし後で「黙らせろ」とか、「もっときつく叱れ」と思うことはあるかも知れない。いやあるだろう。そうした素朴な疑問を子育て経験者に訪ねると、「かつて独身時代の私もあなたと同じように思った。しかし実際に子育てを経験した今はその母親の気持ちがよくわかる」と返してくれた。つまり、きつく叱るとさらにうるさくなるので、とにかくなだめてその場を離れることしか考えていないその姿を外から見ると優しくあやしているようにしか見えないというのだ。それを聞いて僕は、「そういうこともあるのか」と思った。その後、他の子育て経験者にも聞いてみると「まあ、そうだね」と返ってくるものだから「そうなのか」と思うようになったのだが、でもやはり「そういうこともあるのか」と疑う姿勢は大事だと思っている。そして今、ネットワーク上にはそうした説話が無数に転がっていてデータ・ベース(DB)化している。そこで交わされるやりとりを眺め見る僕らは、予防的知見としての情報を取り入れているつもりであってもついうっかり「そういうこともあるのか」を「そうだよね」とあたかも自身が経験したことであるかのように思い込んでしまう可能性を排除できない。特に近親者の個人的な経験がネットワークに書き込まれたとき、誰かが気軽に付けた「いいね」を見て「そうだよね」と思わないようにするのは、どこか罪悪感すら漂う。この漂う空気に僕は困惑する。うっかり「そういうこともあるのか」などと言おうものならば即座に「あるのか、じゃなくて、そうなの!」と返ってくるからだ。なぜならその人にとってはそれが実感だから当然なのだ。ここでも技術はなんとなく知っている「世界」の構築に手を貸している。表層と深層が強固に紐付けされている「世界」。共有可能な文化を誰もがよってたかって懸命に築き上げているのだ。

このように、日々の暮らしが便利になり、快適になることで、徐々に、そして確実に人々の暮らしからそれぞれの暮らしが奪われていく。僕らは電車を知っているが電車を見ていない。子育てを知っているが子育てを見ていない。電車が、子育てが抱える個別性は隠され、「電車」や「子育て」という言葉を聞く誰もが同一のイメージを想起できる世界を生きるようになる。技術はそれを目的に作られたわけではないのだが、結果的にそれを支えている。懐かしい言葉を借りるならば、「快適でありたいという一般的な意思、あるいは便利でなければならないという同じ一つの脅迫観念が、私たちが住む環境をどれほど凡庸化してきたかは誰もが知っている歴史的な事実なのだ」#1といえよう。そして体験よりも知識が過剰に普及していくことにより、体験における運動性・身体性の優位が相対的に低下していく。そして僕らは何かを見落としていく。そして見落としに気付いてもそれを拾いに走る反射神経は既に鈍ってしまった身体には備わっていない。そして反省ではなく、むしろ体験せずに知識を得られることの効率化を好意的に解釈する。

こうした日々獲得する便利で快適な暮らしとそれによって奪われ続ける個別性は、たとえばバーチャル・リアリティ(VR)の発展に寄与できる。運動性・身体性の絶対的な不足を、過剰ともいえる情報を感覚器官に直接送り込むことで補うVRはいわば、個別具体的な世界と個人を切り離して凡庸性を極めた世界に再接続していると言ってもいいだろう。そして世界の側が抱えつつある凡庸性がVRが提供する仮想世界を現実側から支える。DBが提供する過剰ともいえる情報と日々の生活の中で培われてきた「これってこんな感じのことだよね」という共有できるなにかが組み合わさることでVRはよりVRらしさを備えていく。そうした効果はなにもVRに特有のものではない。そう、それは批評においても同じように機能する。日々の便利と消えゆく具体性に馴らされた人々はDBに蓄積された運動性・身体性を伴わない体験なき知識をいとも簡単に受け入れ、その知識を自身で獲得した血肉であるかのように転用していく。そのことが何を意味するのかといえば、それは批評対象と向き合うという行為が運動を伴わずになされる可能性となる。本当はよくわかっていないのだけど、なんとなくわかったような気分で批評対象に向き合ってしまえる可能性。誰もが理解しているのと同じ方法で理解できていると思って疑わない可能性。快適で便利な、すなわち予定調和的で制度的な、いわばVRのような表面的で凡庸的な批評体験になってしまう可能性だ。しかし、DBに蓄積された膨大な情報がもたらすに違いない批評が備える新規性には抗いがたい魅力がある。

特殊でありたいといういささかも特殊ではない一般的な意思、あるいは違ったものでなければならぬという同じ一つの脅迫観念が、文学をどれほど凡庸化してきたかは誰もが知っている歴史的な事実である。『小説から遠く離れて IV同じであることの誘惑』蓮實重#2

蓮實重は、作家らの「違ったものでなければならぬ」という共通の強迫観念が、その当然の帰結として個別の作品の「同一性」をきわだたせてしまうと指摘した。#3この指摘が今、批評を厳しく批判する。DBから獲得した知識を自由闊達に活用して批評対象に縦横無尽に接続させ、それを紙に、あるいはディスプレイという表面に適切に配置してできあがる新規性に溢れた批評。これは批評を語る者たちの「同じではありたくない」という観念が、あるいは「批判されたくない/批判したくない」という劣情が、結果として批評の斬新さだけを加速させている現象そのものではないのか。新たな情報、新たな意外性、新たな発見を携えた最先端の批評。このDBを情報源に展開する批評の登場は、誰もがアクセスできるDBを情報源にしているが故の同一性をそこに見てしまうのは僕のメガネの度が合っていないからだろうか。

もちろんそれが悪いこととは言わない。この快適で便利な批評には、無限に広がる更地に無数の新たな建築物が次々と建てられていくのをわくわくしながら待つという抗いがたい甘美な心地よさがあることは確かだ。しかしそれはDBを出自としている以上、表面的で凡庸的であることから逃れることは難しいし、なによりも同じ敷地に別の建物を建てることが根源的に不可能になっている。それは同じDBを出自としているが故の避けられない/求めてはいけない現実である。だからこそ今、僕はDBのことは忘れようと思う。そして、改めて作品そのものに向き合い、そこから読み取れることだけを分析し思考するレガシーな技術を再興しようと思う。僕は新興する表面的で凡庸的であるが故に新規性という捨てがたい魅力を備えた批評に対し、あえて作品そのものを読み解く『表層批評宣言』の再興を声高に宣言する。技術があらゆる知識の接続を可能にしてしまう今、「同じでありたくない」ことの追求よりもむしろ「同じであること」を目指すことで偶発的に生まれる差異を結果的に発見してしまう「かもしれない」冒険の旅に出ることによって、レガシーな技術の価値を再興する。表層と深層の間にある隠された構造を読み取り、そこから表層に浮かび上がることで見えてくる構造から逸脱しようとする仕草の中に作品を見ることができると、蓮實の言葉を解釈すれば、それと同じことを今一度試みてみよう。40年を経た今だからこそ、そこから見える風景があるかも知れない。

この冒険の旅の羅針盤として私が選ぶのは村上春樹の『風の歌を聴け』#4である。『風の歌を聴け』については、石原千秋が自身の著作『謎解き村上春樹』#5において、平野芳信の『村上春樹と《最初の夫が死ぬ物語》』#6、ならびに斎藤美奈子の『妊娠小説』#7の両著作による批評がほぼ最終形として定着していると指摘している。そして石原氏は両者の批評を先行研究として捉えた上でさらに「ホモソーシャル」という概念を接続してその先を展開した。僕は本論において、この石原が行った「ホモソーシャル」という接続を解こうと思う。そして平野が明らかにした「深層の《構造》を覆い隠すために、表層の<語り>を意識的に乖離させている#8」という指摘まで戻り、そこからさらなる表層批評を展開していく。さらに『風の歌を聴け』の隠蔽と乖離の構造が新海誠の『君の名は。』#9にも見て取れることも合わせて指摘し、その2作品を踏まえてさらにhanae*の『ポテトサラダにさよなら』#10を取り上げる。本論の最終的な目的は『ポテトサラダにさよなら』を作品として再発見することにある。蓮實は同時代の小説が同じ構造を持つことを指摘しつつ、日本文学に「小説」が立ち上がった瞬間を僕らの前に提示した。それと同じことを僕はそれから40年を経た今、今一度なぞってみようと思う。そして表層批評が時代を跨ぐ作品においても有効であることを確認しつつ、『ポテトサラダにさよなら』が作品として立ち上がる瞬間を提示しようと思う。最後に、この3作品を選んだ理由について、それは後にも述べるが、それは3作品とも「あの日」について語っているからだ。しかしながら今の僕にその確信はない。ただ何となくそう思うというだけの理由でこの論考は始まるのだ。冒険とはそういう意味でもある。私は本論を通し、表層批評の有効性を再評価するとともに、凡庸な批評による非凡な批評を目指そうと思う。

 

◎『風の歌を聴け』に隠された登場人物

まず、平野芳信が語る『風の歌を聴け』論から始める。平野は『風の歌を聴け』を分析する前提として、柄谷行人と蓮實重との対談から、柄谷の「しかし物語の喜びというのは何かというと、知らない事を知ることじゃなくて、想起することにあると思う(『闘争のエチカ』「ポスト・モダンという神話」柄谷行人)」#11という一節を引用する。そして、人は物語を読むときにその背後にある《構造》から<語り>を想起しているのに過ぎないという柄谷、蓮實の指摘を受け、「どれほど独創的に見える物語も、どこかでプレテクストの引用を完全には免れてはいないのである(『村上春樹と《最初の夫の死ぬ物語》』平野芳信)」#12と言葉を継いだ。そして平野は『風の歌を聴け』もまた《構造》から逃れることはできないが、「春樹は深層の《構造》を覆い隠すために、表層の<語り>を意識的に乖離させ」るという方法をとることでプレテクストからの引用を免れようとしていると指摘する。

『風の歌を聴け』は村上春樹によって書かれ、1979年の群像新人賞を受賞した。平野はこの『風の歌を聴け』の分析に際して三浦雅士#13が紹介する粗筋と、『風の歌を聴け』で定説化されている作評#14との間の差異に注目し、その解決を試みた。その差異とは、作評としては常に「僕」と「鼠」の人物造型の類似性とそれに伴う類似の経験の付与が本作のテーマとして取り上げられるのに対し、本作を粗筋としてまとめると肝心の「鼠」に関する記述が抜け落ちてしまう点である。そのことについて平野は以下のように指摘する。

「僕」と「小指の欠けた女の子」、「僕」と「鼠」がそれぞれ絡むシーンはあっても、「僕」と「鼠」と「小指の欠けた女の子」の三人が同時に同じ場所に居合わせることは一度もないのである。(『村上春樹と《最初の夫が死ぬ物語》』)#15

平野はこの矛盾を突破口として、本作を「「鼠」と「小指の欠けたけた女の子」のいわば現在完了形の恋を描くことで、「僕」の過去完了形の恋愛が透かし彫りにされるという二重構造が明確になる(同書)」#16と再定義した。平野による粗筋は次のようになる。

四ヶ月前に恋人に死なれた大学生の「僕」は、夏になって生まれ故郷の海辺の町に帰省していた。馴染みのジェイズ・バーで親友の「鼠」とビールばかり飲んでいたある日、「左手の小指の掛けた女の子」が泥酔して洗面所に倒れているのを介抱する。彼女は「鼠」の恋人らしいが、彼との仲がうまくいっていないらしい。ふとしたことで、彼女がレコード店で働いていることを知った「僕」はそれとなく「鼠」に伝えるが、二人の仲は好転しない。「鼠」は思いあまって「僕」に彼女のことを相談しようとする。しかし彼女は宿していた子どもを中絶してしまう。同じような経験を持つ「僕」は、いたたまれない気持ちで二人を見守るしかなかった。虚しくすべてが終わり、「僕」は東京に戻った。(同書)#17

ここで少し状況を整理しておこう。『風の歌を聴け』はその読まれ方が平野よって大きく転換させられた小説である。1979年、群像新人賞受賞時の読まれ方は、三浦が指摘したとおり、夏休みに地元に戻った「僕」が高校時代の友人の「鼠」と過ごす友情物語があり、それとは別に「僕」と「小指の欠けた女の子」が出会って別れるという二つの物語が寄り添うように描かれている《構造》がある。それに対して1991年に平野が新しい読み方を提示した。それは「鼠」が「小指の欠けた女の子」との関係修復を「僕」に相談する/しない物語であり、「小指の欠けた女の子」が「鼠」との別れを「僕」と過ごすことで紛らわす物語でもあったという読みだ。つまり僕を頂点にした三角関係という《構造》の発見である。平野は、この三角関係という深層の《構造》を隠すため、パラレルに進行していた二つの物語という《構造》と表層の<語り>を意識的に乖離させていたと指摘する。

この平野が発見した読みは、確かに全体として整合性がとれている。しかし表層にある<語り>を子細に読み込むと「僕」と「小指の欠けた女の子」の関わり方の不自然さを目立たせてもいるのだが、その点について平野は沈黙する。石原千秋がその沈黙をホモソーシャルの接続によって解消しようと試みる(『謎解き村上春樹』石原千秋)。#18石原は『風の歌を聴け』について、加藤典洋の「本作を文字通り言葉通りに受け取ると1週間足りなくなる」(村上春樹家イエローページ 加藤典洋)#19という時間的な矛盾を取り上げ、「このテクストのほころびがどうしてできたのかを考えてみよう(『謎解き村上春樹』)」#20と独自に「謎解き」を始める。そしてその原因を「鼠と「小指の欠けた女の子」との物語を「僕」と「小指の欠けた女の子」の物語に転換するところに無理があったのだ(同書)」#21と《構造》を隠すための<語り>の不備を指摘し、石原はその<語り>に鼠から「小指の欠けた女の子」を「僕」が奪うというホモソーシャルにおける鼠殺しという<語り>を接続することで1週間という矛盾を解決した。

本論の目的の一つ、それは石原によるホモソーシャルという接続の解除にある。そこで石原が『風邪の歌を聴け』にホモソーシャルを接続するに至った理由を考えてみる。石原が着目するのが、22節で「僕」が「鼠」の恋人である「小指の欠けた女の子」に会う前にシャワーを浴びるというシーンだ。そして「僕」の22節以後の行動について、石原は「僕」の行動に隠された(時に表面化した)欲望を発見する。そしてその発見をホモソーシャルにおける鼠殺しへと展開させる。たしかに、このシャワーのシーンは『風邪の歌を聴け』における転換点ということはできよう。その意味で石原の指摘は鋭い。しかし事の本質は鼠殺しにはない。石原流にいえば、殺されるのは「僕」だからだ。

なぜ「僕」が殺されるのか。そのことを考える前に「僕」と「小指の欠けた女の子」の関わり方の不自然さについて問い直す。「僕」が「小指の欠けた女の子」と最初に出会うのは8節、酔った彼女を彼女の自宅まで送って、朝を迎える話だ。次が15節、彼女がアルバイトをするレコード店。その次が20節、ジェイズ・バーでの再会。次が22節、彼女の部屋でビーフ・シチューを食べ、「僕」は一週間ほど旅行に出ると告げられる。最後が33節、旅行から帰ってきた彼女と会う。こうして彼女とのシーンだけを読み継ぐと一つの不自然さに気付く。それは20節までは彼女の指が欠けていることを明確に伝えているのに対し、22節からはその描写がぱたりと出てこなくなるのだ。出てきても「彼女は指が5本ついた方の手で僕の手を握った。(『風の歌を聴け』)」#22であったり、あるいは「長い沈黙の後で彼女は左手でこぶしを作り、右の手のひらを神経質そうに何度も叩いた。そして赤くなるまで叩きつづけてから、まるで気が抜けたように手のひらをじっと眺めた。(同書)」#23と小指がないはずの左手を描いているのに、表現として小指が欠けていることに一切触れていない。このことが伝える意味、それは「僕」の目の前にいる彼女が「小指の欠けた女の子」ではないということだ。そう考えると22節以後の「僕」の行動の変化、あからさまな好意への変化という行動にも説明がつく。#24

『風の歌を聴け』は石原が指摘するような「鼠」と交際している/していた「小指の欠けた女の子」を奪う物語ではない。そうではなく、「鼠」と「小指の欠けた女の子」との間で二人に向き合う「僕」の物語であるのと同時に、「小指の欠けた女の子」とその妹である「小指のある女の子」との間で二人と向き合う「僕」の物語でもあるのだ。初期の、三浦の指摘が二つの物語がパラレルに進行する《構造》であったとするならば、平野が指摘する隠された《構造》とは、「僕」を頂点した「鼠」と「小指の欠けた女の子」の三角関係という《構造》であった。そして僕はその平野の指摘した《構造》をさらに拡張し、そこに「僕」を頂点にした「小指の欠けた女の子」と「小指のある女の子」という2つ目の三角関係という《構造》を補充する。そして平野と僕が指摘する隠された《構造》の共通点とは、誰もが「僕」と出会っているのに、三角関係の底辺にいる二人は出会っていないというものだ。

ここで22節以後に登場する「小指のある女の子」について説明を加えるべきであることはわかっているが、紙面の都合もあるので割愛する。まずは、先に提示した「僕」が殺されることについて考えてみよう。「僕」は誰に殺されるというのか。それは消化不良によって、と言えば『風の歌を聴け』的といえるかも知れない。

『風の歌を聴け』は底辺がつながっていない二つの三角関係を隠された《構造》として持っている。普通であればその底辺を繋ぐことが「僕」に求められる役割だろう。しかし「僕」はその役割は果たすことができそうもないし、その役割を「鼠」も「小指の欠けた女の子」も「僕」には求めていない感じだ。さらに「小指のある女の子」が「小指の欠けた女の子」として「僕」の前に現れる。その理由を知ろうとしない「僕」に「小指のある女の子」が告白しようとしたシーンが33節の最後にある。

「旅行は楽しかった?」僕はそう訊ねてみた。
「旅行なんて以下なったの。あなたには嘘をついてたのよ。」
「何故嘘なんてついた?」
「後で話すわ」#25

しかし「僕」は自分から嘘をついた理由を聞いておきながら、「小指のある女の子」に告白をさせなかった。35節の出来事だ

「本当のことを聞きたい?」
彼女がそう訪ねた。
「去年ね、牛を解剖したんだ。」
「そう?」
「腹を裂いてみると、胃の中にはひとつかみの草しか入ってはいなかった。僕はその草をビニールの袋に入れて家に持って帰り、机の上に置いた。それでね、何か嫌なことがある度にその草の塊を眺めてこんな風に考えることにしてるんだ。何故牛はこんなまずそうで惨めなものを何度も何度も大事そうに反芻して食べるんだろうってね。」
彼女は少し笑って唇をすぼめ、しばらく僕の顔を見つめた。
「わかったわ。何も言わない。」
僕は肯いた。#26

結局「僕」は「小指のある女の子」に本当のことを言わせなかったし、「小指のある女の子」もまた「本当のこと」を言わなかった。それはどういう結果になるのか。結果は二つある。一つの答えは、「僕」にとっての結果であり、それは「僕」は「小指のある女の子」を「小指の欠けた女の子」として向き合うことに成功したということだ。そしてもう一つの結果、それは「小指のある女の子」にとっての結果である。つまり「僕」が「小指のある女の子」に告白する機会を与えなかったことで、彼女は「嘘つき」になってしまったのだ。

「嘘なんて本当につきたくなかったのよ。」#27

この「嘘」とはつまり、姉を語った妹の告白であり、その告白をさせたのが他ではない「僕」である。「小指のある女の子」は「僕」と共犯関係にはなることを選ばなかったのだ。

嘘について少し語ろう。34節で「僕」は「しかし彼女は間違っている。僕はひとつしか嘘をつかなかった」#28と告白している。このことはどういうことか。それは「僕」が付いた嘘は最初の一つだけということだ。34節で「僕」がついたひとつの嘘とは次のものだ。

「ねえ、私を愛している?」
「もちろん」#29

これが「僕」のついた嘘のすべてだ。それ以後の会話はすべてその嘘にもとづいた本当のことだ。しかしこの「僕」の理屈を「小指のある女の子」は理解しなかった。

「小指の欠けた女の子」について考える。彼女は小指を失うことによって一人になることができた。では「小指のある女の子」はどうやって一人になったのだろうか。それは置き去りにされることによって、である。小指を失うことで、二人でいることにうんざりしていた「小指の欠けた女の子」は好機を得たが、その出来事は「小指のある女の子」にとっては危機的な出来事であった。36節でも「小指のある女の子」の告白は続く。

「ずっと何年も前から、いろんなことが上手くいかなくなったの。」
「何年くらい前?」
「12、13・・・お父さんが病気になった年。それより昔のことは何一つ覚えてないわ。ずっと嫌なことばかり。頭の上をね、いつも悪い風が吹いているのよ。」#30

この一連の告白は「小指の欠けた女の子」が小指をなくした8才の時のことだ。その告白は、20節での「小指の欠けた女の子」の告白と対称的だ。小指を失うことでうんざりしていた気分から解放された女の子とそれ以後いろんなことが上手くいかなくなった女の子という対称的な二人。この二人の違いを「僕」は気付いていたのだろうか。そして「僕」は「小指のある女の子」から「お母さん・・・」#31と呼ばれてしまう。

佐々木敦は『ムラカミ・ゲンザブロウ —日本的エゴの文学—』のなかで「小指の欠けた女の子」のことを「彼女」と呼び、「『風の歌を聴け』のヒロインというべきは「彼女」である。(『文學界』2016/6)」#32と指摘するが、僕もその指摘に賛同する。ただし、この小説に登場するすべての「女の子」が『風の歌を聴け』のヒロインを表現しているという指摘には厳密には賛同しかねる。というのも確かにこの物語におけるヒロインは「小指のある女の子」登場以前までは佐々木が指摘するとおりだろう。しかし「小指のある女の子」が登場した今、ヒロインは「小指のある女の子」であると思うのだ。どういうことか考えよう。問題は「鼠」にある。『風の歌を聴け』のヒロインは全員でひとりのヒロインを表現しているというのであれば、その投影先である具体的な誰かが必要になるが、その可能性のある女の子は「小指の欠けた女の子」であって、しかし彼女は「鼠」の彼女だ。故に「僕」のヒロインにはなり得ない。石原はこの矛盾を解決するためにホモ・ソーシャルを持ち出すのだが、その接続は僕が既に解いた。なぜ僕がその接続を解いたのかといえば「僕」には「小指のある女の子」を「小指の欠けた女の子」として見る理由があったからだし、佐々木の言葉を借りるならば、「小指のある女の子」こそが『風の歌を聴け』のヒロインにうってつけだったからだ。ここでようやく疑問に答える用意ができた。では「僕」はなぜ「小指のある女の子」を「小指の欠けた女の子」として見続けたのかを伝えよう。それは、「小指のある女の子」が「小指の欠けた女の子」の振りをしたがったからだ。「僕」はただ「小指のある女の子」の願いを叶えただけだ。なりたい何かになりたがった女の子の夢を「僕」は肯定したかっただけなのだ。もちろんそれは「僕」にとってもヒロインを」手に入れる好機であったことは間違いない。

しかしながら「僕」はヒロインになった「小指のある女の子」から「お母さん・・・」と言われてしまう。この言葉は祈りの言葉だ。「小指のある女の子」を「小指の欠けた女の子」として迎え入れた「僕」に「小指のある女の子」は「お母さん」を見出したのだ。なぜ「小指のある女の子」は「僕」を「お母さん」と呼んだのか。それは「僕」が「小指の欠けた女の子」と「小指のある女の子」を区別しなかったからに違いない。小指の有無にかかわらず二人と等しく向き合ってくれる人とは誰かということを考えれば答えは自ずと出てくる。そして「僕」は「お母さん」と呼ばれてしまう。このとき、「僕」を頂点した三角形は「お母さん」を頂点にした三角形にすり替えられてしまった。「僕」は「小指のある女の子」の願望を肯定してヒロインの横に立つことを可能にしたが、その結果「僕」は「僕」でなくなってしまった。

「僕」が殺されるとはそういうことだ。

このあたりで『風の歌を聴け』から離れ、三角関係という《構造》をまた別の<語り>として世に出した『君の名は。』を取り上げてみたい。

 

◎『君の名は。』における奥寺さんの存在意義

『君の名は。』は不可思議な魅力を抱えた映画である。興行収入では2016年ダントツの国内トップ(235億円/2016年)であるが、映画評としては芳しい結果を出したとは言い難い。たとえば映画秘宝、キネ旬、coco賞などでは『シン・ゴジラ』『この世界の片隅に』の影に埋もれ、その興行収入からは想像できない順位である。閲覧数の数が必ずしも評価に直結しないということはあらゆるシーンで起きていることであり、その意味で映画評での『君の名は。』の低迷は特筆すべきことではない。そう、お金が動くことと、気持ちが動くことの混同は僕らがついやってしまうことであるが、それらは違う位相にあるのだ。この『君の名は。』の結果を「低迷」と僕らが思ってしまうのはそこに「普通だったら」という想いがあるが故のことであるということは冒頭にも伝えた通りであり、それは頭の片隅に残しておきたいことでもある。

1979年に発表された『風の歌を聴け』に対し、『君の名は。』は2016年に発表された作品である。そして、『風の歌を聴け』が僕を頂点にした、「鼠」「小指の欠けた女の子』と「小指の欠けた女の子」「小指のある女の子」とういう二組の三角形という《構造》を隠し持つことは先に指摘した通りだが、『君の名は。』にも隠された三角形の《構造》がある。それは、三葉の同級生を頂点にした三葉と瀧の三角関係であり、さらにもう一つ、奥寺を頂点にした三葉と瀧の三角関係である。つまり結論からいえばこうなるのだが、平野が読み解いた『風の歌を聴け』風に言い直した方が比較しやすいだろう。つまり『君の名は。』とは、「三葉の中の瀧」と「瀧の中の三葉」の二つの並行する物語という《構造》を持ち、そこに出会えない二人を出会わせるという表層の<語り>があるが、その《構造》と表層の<語り>を意識的に乖離させることで、三葉と瀧の二人を底辺にした三角関係という深層の《構造》を隠していると言えよう。

あらかじめ謀しあわせていたわけではなかろうし、ましてや模倣への意思が等しく彼らの筆をつき動かしていたとも思えないのに、資質も違えば方法意識も異なる何人もの作家たちが、いつとはなしに同じ物語を語り始めている。
『小説から遠く離れて』#33

蓮実重の言葉を借りるまでもなく、作品が持つ手触りは《構造》のなすその先にある。であるならばやはり、『君の名は。』に隠されている三角関係について、まずその《構造》を確かめるところ、つまり表層の<語り>を読み解くところから始めねばならない。

『君の名は。』はその冒頭、父と娘の間にある確執を描く。朝、四葉が3つの目玉焼きを焼き、祖母の一葉が食卓を整えているところに起きたばかりの三葉が現れる。3つの目玉焼きと食卓に揃う祖母と二人の子どもという光景は僕らに何かを連想させる。そしてラジオから町長選挙についての町内放送が流れると祖母がそれを止め、あらかじめ申し合わせた優雅さで三葉がテレビを付ける、と四葉がため息をついて二人をあからさまに非難するその違和感を僕らは見るにつけ、「やはり」と何かを確信して続く町長選挙の街頭演説を描いたシーンである種の納得を得る。それは「町長と土建屋は、その子ども同士も仲がいいな」という陰口であり、「背筋を伸ばせ、三葉」という演説をする男のかけ声が、によってである。それらの描写が先の祖母と子どもだけで充足している朝食シーンから得られた違和感を「ああ、あれか」というなんとなくの理解を後押しする。この一見特殊そうな状況に直面したときに普段の僕らが思わず採用してしまうその場の空気感をたよりに少ない情報でなんとなくの理解をしてそれで良しとするという解決方法を『君の名は。』という映画は観客である僕らに採用させ、その戸惑いとある種の思考停止を助走路にして映画はこの先に控える不条理世界へと僕らを丸投げすることとなる。

『君の名は。』が過去に散々繰り返された《構造》を抱えながらも新しい物語であるかのように見えるその理由は、出会えないはずの二人が出会えてしまうという<語り>の超絶技巧さにこそあり、また、その<語り>が超絶技巧であるが故に《構造》と表層の<語り>を意識的に乖離させることを可能にしているともいえる。この『君の名は。』の<語り>には二つの世界が登場する。一つは三葉がいる糸守町の世界で、もう一つは瀧がいる東京の世界だ。世界が二つあるために、瀧と三葉がなす三角関係も二つある。実際には、瀧と三葉は入れ替わることでお互いの身体を共有しているため彼らの三角関係を可視化することは難しく、このことが隠された深層に描かれる三角関係という《構造》を見えにくくしている。比較的わかりやすい三角形が東京の世界にある。まずはそれから取り上げてみよう。

1つ目の三角関係は、奥寺を頂点にした三葉と瀧の三角関係についてである。そもそも三角関係が必要な理由を考えると奥寺の存在意義が見えてくる。『君の名は。』の<語り>の基本は瀧と三葉の入れ替わりにある。つまり瀧は三葉に会えないし、三葉は瀧に会えない。その会えない二人がお互いの存在を認識するためには鏡となる3人目の登場人物を必要とする。それが奥寺である。瀧が三葉になって糸守町にいたとき、三葉は瀧になって東京にいる。(以後、瀧に三葉が入った状態を「瀧(三葉)」と表記する、逆は「三葉(瀧)」とする。)その瀧(三葉)のことを瀧は知り得ない。それを知る確実な方法は瀧(三葉)と出会った人の反応から考えるしかない。三角関係の頂点に奥寺が選ばれたのは、瀧(三葉)がバイト先で奥寺に助けられたという偶然と、三葉の東京で暮らしたいという妄想を奥寺が具現化しているということにあろう。そして瀧(三葉)は奥寺への好意を、奥寺の切られたスカートに刺繍を施すという形で表明する。#34奥寺は作業机の上に座り、瀧(三葉)からの刺繍を好感を持って受け取る。#35そして刺繍とともに瀧(三葉)の存在を認識し、瀧は翌日の奥寺の態度の変容から三葉の実在を認識する。1つ目の三角形が可視化された瞬間である。そして瀧の奥寺への好意を知った瀧(三葉)はことある毎に奥寺に接近し、東京における瀧と奥寺の関係を更新しつつもそこに三葉としての存在感を付け足していく。こうした瀧(三葉)の行為が奥寺の瀧に対する印象を変えていく。『君の名は。』的にいうなら、東京の世界で瀧と三葉を結ぶ奥寺はいわば氏神様である。以後奥寺は氏神様として瀧を三葉のもとへと導く役割を担わされていく。奥寺の不幸は(あるいは瀧の不幸はともいえるが)、それは奥寺が瀧の入れ替わりに気付いていない点にある。そしてこの三角関係は(奥寺にとってはあくまでも二者関係であるが)、瀧(三葉)に主導されて育っていく。僕らの視点から言えば、東京での瀧(三葉)が氏神様として瀧の父親を選ばなかったことに少し安心する。そのことによって冒頭の違和感を忘れることができるからだ。僕らは、この映画はこじれた家族関係をテーマに描かれるものではないという安心感を抱え、素直にファンタジーの世界に飛び込むことができるのだ。

では次に糸守町で生じた三葉の同級生を頂点とする三葉と瀧の三角関係を確かめよう。東京の世界での三角関係が奥寺を鏡にして瀧と三葉が向き合っていたことを考えると糸守町での三角関係も自ずと見えてくる。特に糸守町での三角関係において特筆すべきことがあるとすれば、その頂点が複数いることだ。具体的には祖母と勅使河原の二人である。そして東京での三角関係との差異を指摘するならば、祖母も勅使河原(土建屋の子ども:てっし)も三葉が別の誰かと入れ替わっていることに気付いているという点にある。#36そしてそれは言い換えれば勅使河原が三葉への好意を諦めるきっかけであり、かつ勅使河原が三葉と三葉(誰か)の二者関係を祝福していることの表明でもある。しかしここで注目すべきは祖母と勅使河原の気付きに関して、三葉と瀧とでは、その受け取りかたが全くの逆であるという点にある。具体的にいえば、三葉は勅使河原が入れ替わりに気付いていたことを知っており#35、それを勇気に替えて父親である町長を説得しに行くという強い動機付けの要因にさえしている。一方の三葉(瀧)はといえば勅使河原に気付かれていることを知らないし、祖母とは入れ替わりの話までしているのに、父親である町長の説得を手伝ってさえもらえない。結果、三葉(瀧)は町長と直談判までしておきながら、「お前は誰だ」と核心の一歩手前まで踏み込むものの町民の避難という選択を引き出すことができなかった。そして三葉(瀧)は完全なる袋小路に追い込まれる。だから三葉(瀧)は役場からの帰り道に「三葉だったらできるのか、俺じゃだめなのか」と叫ぶ。悔しくて、納得いかなくて、力の無さを悔やむ。糸守町での三角関係において三葉には関係を共有できる仲間がいたが、三葉(瀧)にはそれがいなかったのだ。

この三葉と瀧の対称性は大きな差異を引き連れてくる。それは有言実行を失敗する瀧と不言実行を実践する三葉という差異だ。町長の説得に失敗した三葉(瀧)はご神体のある山に戻って片割れ時に瀧(三葉)と出会い、その後のことを三葉に託すことになる。三葉は瀧からの祝福を受け、その後の先に指摘したとおりに勅使河原からの祝福も受ける。三葉のやる気はこうした周囲からの祝福ともいえる応援を受けた後ろ盾のあるやる気だったのだ。それに対して瀧のやる気は最初こそ機能するがやがて空回りを始めてしまう。瀧と三葉が作る三角関係は、瀧から見るとそれは先のない苦しい関係に映り、三葉から見れば生き生きとした関係に感じられる。東京と糸守町でそれぞれに作られるあからさまに対称的な三角関係、この三角関係こそが『君の名は。』の深層に隠されている《構造》の詳細である。

では、その隠された《構造》は何を表層で<語る>というのか。そのことの考察を一旦保留にして、先に紹介しつつも未だ語られていない3つめの作品、『ポテトサラダにさよなら』(hanae*)について語ろうと思う。この作品にもまた三角関係という《構造》を見ることができるのだ。

 

◎わたしがポテトサラダを記念碑にするとき

『ポテトサラダにさよなら』は第52回小・中学校作文コンクールで文部科学大臣賞を授賞した作文である。この作文は作者であるhanae*が5年生の時に書いた作文であり、その内容は、作者が小学3年生のときの出来事を小学5年生の私が回想する形式を借りて描かれている。この手続きだけで言えば、佐々木敦が指摘した「『風の歌を聴け』が極めて重要な意味を持つのは、この第一作における「僕が『僕の物語』として虚構の物語を書く」というあからさまにフィクショナルな方法によって。これに続く村上作品の「僕」たち全員の中に、私たち読者が常に必ず「書く僕」と「書かれる僕」を同時に読みとらざるを得なくなってしまったからである(『ムラカミ・ゲンザブロウ 第四回』)」#37に準ずることが『ポテトサラダにさよなら』でも起きているといえる。「わたしが『わたしの物語』としてわたしの視点で作文を書く」ということだ。ついでにいえば、『君の名は。』にも「瀧が『三葉の物語』を書く/三葉が『瀧の物語』を書く」という構造がある。が、僕がここで指摘する類似はそれではない。そう、『ポテトサラダにさよなら』にも『風の歌を聴け』、『君の名は。』で見られた三角関係という《構造》を見ることができるのだ。

『ポテトサラダにさよなら』は4つのパートから構成されている。1つ目が2001年の正月で、小学3年生の私が横断歩道を渡るコウちゃん(エリカちゃんの弟)と彼のお父さんを見つけ、そこに転校したエリカちゃんの不在を確認する短いパートだ。2つ目のパートでは、2000年4月から秋までの小学3年生のわたしがエリカちゃんに出会って、彼女が転校するまでを描く。このパートで表題にもなっているポテトサラダが登場する。それは、エリカちゃんのお母さんとわたしのお母さんという帰国子女の母親同士という友愛のメッセージであり、母親同士が仲良くなる結果としてわたしとえりかちゃんの仲も深まるきっかけとしても機能している。3つめのパートが2002年の晩春、米国から兄のモトイが戻り、小学5年生のわたしが久しぶりにお母さんと一緒にポテトサラダを作るシーンだ。そこでわたしはお母さんと一緒に同じポテトサラダを作りながらも、お母さんと私とで同じ出来事を思い出しながら別の人のことを考えていたことに気付く。同じ出来事とは、2つめのパート(2000年)のことで、別の人とは、わたしは転校したエリカちゃんを、お母さんは離婚したエリカちゃんのお母さんのことだ。そして最後のパートが2002年のことで、お盆を迎えたわたしは冒頭のシーンを思い出して、エリカちゃんの不在を、ではなく、実在を願うのだ。ただし、作中に年月の表記はない。上記の年月表記は本作が作文であるという前提で僕が調べたものだ。

『ポテトサラダにさよなら』のメインは2つめのパートであり、そこでわたしはエリカちゃんに出会う。わたしは、エリカちゃんが休み時間や自宅ではハキハキと話すのに、教室ではなぜか押し黙ってしまうことを不思議に思う。でも一緒に遊んでいるときはいつものエリカちゃんになるので気にしない。一方、わたしのお母さんとエリカちゃんのお母さん(ひろ子さん)も帰国子女仲間ということもあって友だちになる。そこに「わたしとエリカちゃん」と「お母さんとひろ子さん」の2つの並行する物語という《構造》が立ち現れる。それを小学3年生という成長期にあるわたしの回想という表層の<語り>を挟み込むことによって《構造》から意識的に乖離させ、その深層に三角関係という《構造》を差し入れる隙間を作る。その深層に隠された三角関係について語られているシーンをここで紹介する。

わたしの家も、この二年で変わった。モトイがアメリカから帰ってきた。ひろ子さんがいなくなった後すぐに、お母さんはモトイを日本に呼んだのだ。お母さんは、あっという間に日本の学校も決めて、モトイが日本に住めるように手続きをして、モトイの部屋がないからって、同じマンションの中で、少し広い部屋に引っ越しをした。ひろ子さんが今、モトイにあったら何ていうだろう。たぶんびっくりするよね。
私は、受験することに決めて、塾に通い出した。もう、学校の帰りに友だちと遊ぶ子ともない。
お正月と、氷川神社のお祭りの頃、コウちゃんとお父さんがいっしょにいるところを見かけた。でも、エリカちゃんは、いっしょじゃなかった。
昨日、お母さんが久しぶりにポテトサラダをつくった。わたしは、家庭科の時間に使ったエプロンをして、ジャガイモをつぶすのを手伝った。お母さんが手を真っ赤にして、アツアツのジャガイモの皮をむき、わたしがそれをフォークでつぶす。
「なんか、思い出すね」
お母さんが下をむいたまま言った。
「え? 何を?」
ドキッとして聞き返した。その時ちょうどわたしは、最後にエリカちゃんの家にお母さんとポテトサラダを持っていったときのことを考えていたから。
少し間があって、お母さんが言った。
「ひろ子さんのこと」
『ポテトサラダにさよなら』 収録元『小学生日記』#38

わたしとお母さんの二人はポテトサラダを間に挟んで、わたしはエリカちゃんを、お母さんはひろ子さんというかつて普通に会っていたのに今は会うことのできないそれぞれ人のことを思い出す。正確さを期すならば、『ポテトサラダにさよなら』における深層の《構造》は二重構造ではなく、変化の結果として現れる。2つ目のパートで展開した並行する2つの物語という《構造1》が、3つめのパートで三角関係をなす《構造2》へと変化するのだ。この《構造1》と、隠された/変化した《構造2》の大きな違いはポテトサラダの役割の変化にある。その変化とは、2つめのパート《構造1》では単なる小道具に過ぎなかったポテトサラダが3つめのパート《構造2》では三角関係の頂点に置かれている点だ。ポテトサラダとはつまりマッシュポテトのことであり、アメリカにおける主食である。日本でいうところのごはん的存在だ。それは、わたしとお母さん、えり子さんの3人にとっては慣れ親しんだ味であり、特別なものではなく、むしろ日常的なもので、だからこそ日本に居ながらにしてアメリカを思い出せるツールでもあったのだ。それをわたしのお母さんがえり子さんに作ってあげる意味を思うとそれは、ポテトサラダはお母さんのえり子さんへの応援メッセージと考えることが妥当だろう。そこにはライナスの安心毛布を連想させる何かがある。その安心毛布だったポテトサラダを、エリカちゃんは転校してしまい、えり子さんも離婚して今はいない2002年に、わたしとお母さんが「久しぶり」にポテトサラダを作ることを作文として書くことで、僕はそこにポテトサラダを頂点にした二つの三角関係が深層の《構造》として隠されていると考える。宛先を持たない「安心毛布」をそれでも二人が、それぞれ別人のことを思って作るということの意味が、そこに本作の隠された《構造》があるのだ。そこで気になることがあるとするならばそれは、そこではどんな<語り>が表層としてあるのか、ということであろう。

2つ目のパートにおけるポテトサラダは、いわゆるポテトサラダだ。それはアメリカの主食の象徴でもあり、日本ではサラダと認識されている荒れもが知っている普通のポテトサラダに過ぎない。しかし、3つめのパートにおけるポテトサラダはそうではない。それはわたしとお母さんにとって特別な、そしてエリカちゃんとえり子さんにとっても特別であって欲しいと願われたポテトサラダなのだ。なぜ、普通のポテトサラダが特別になったのか。それは不在である。そしてわたしは、少なくともわたしはポテトサラダを作ることでエリカちゃんの不在を確認する日々にさよならを告げ、エリカちゃんの実存を願うようになれたというのがその表層にある<語り>であろう。ポテトサラダは、わたしとお母さんの二人にとっては記念碑のような存在であるのだ。この作文をこの本編だけで読むのであれば、だが。でも、僕はそこにアメリカ同時多発テロ事件という<語り>を読んでしまう。ポテトサラダを頂点する三角関係の出会えない片方にツインタワーを思い描いてしまうのだ。それは、なぜか。

僕がそう思う根拠として、『ポテトサラダにさよなら』とは実は『小学生日記#39』という一冊の短編集の一編であるということを明らかにしたうえで、『小学生日記』の目次を以下に紹介し、考えをまとめていこう。

フリマとわたし/モトイと日本語/太秦のオードリー/おばあちゃんつむぎ/ポテトサラダにさよなら/ひとりで行く渋谷/移動教室/ニューヨーク大停電/ラジオの夏休み/昼間の電車/受験タイマー/100円の恋愛力/ミュージック・オブ・ハート/モミヤマさん/受験まであと100日/ひとりでまっていた日のこと/あとがきに替えて–わたしと本#40

何が言いたいのかというと、目次を見ればわかるように『小学生日記』とはまさにhanae*の生活記録的な、いわばエッセイである。そして一冊を通して読むと彼女がアメリカで生まれ、ニューヨークで育ったことがわかる。そして6才の時、兄であるモトイをニューヨークにのこして彼女とお母さんだけで日本に戻ってきたことも書かれている。『ポテトサラダにさよなら』でお母さんが日本に呼んだモトイはその後ニューヨークに戻り、ニューヨーク大停電のことをおもしろおかしく描いているエッセイもある。「ミュージック・オブ・ハート」という映画を見て、ニューヨークが懐かしいと語っている。帰国子女が抱える苦悩とそれと同じくらいある楽しさが『小学生日記』からうかがうことができる。だがしかし、と僕は思うのだ。いやだからこそと言うべきか。僕はそこに「なぜ」を抱えてしまう。2000年の出来事を、ポテトサラダにまつわる話として紹介し、2002年に「久しぶり」に作ったポテトサラダ「に」さよならをいうhanae*が、「あの日」について一言も語らないことについて、だ。

僕は、『小学生日記』のなかの「ポテトサラダにさよなら」を読むことで、その<語り>として決定的に欠けているものの存在を考えてしまう。書かれていないことは存在していないことであるし、ましてやそれを「だからこそそこに書かれてあるのだ」という姿勢に立つことはフェアではないと思う。その姿勢こそがDB批評であると僕は先に指摘した。だから僕は、僕が抱える「なぜ」について、もう一度考えようと思う。

 

◎「あの日」以前にもそれはあった

これまでの論考において、『風の歌を聴け』『君の名は。』『ポテトサラダにさよなら』という作品が、それその<語り>において類似する《構造》を持ちながらも、その<語り>を意識的に乖離させることで微妙に異なる深層の《構造》を隠し持つことを明らかにした。で、どうするのか、ということだ。「ガタンゴトン」という音を聞く誰もが思う「電車」は、実際に線路を走る電車とは違うということを知っている僕らは次に何をすべきなのか。まず、僕は「あの日」について考えようと思う。

[震災に意味付け やめて]
     18歳(多賀城市・高校生)
2011年3月11日に東日本大震災が起きてから、もうすぐ6年がたつ。あの時12歳だった私は、18歳になった。
この時季になると、よくあの日を思い出す。地震、津波、原発事故。思い出すとつらくて涙が出てしまう時がある。涙の回数は減ったが、今でも津波の映像を見ることはできない。
発生後、震災に意味付けをする人がたくさんいた。「絆ができた」とか「家族を大事にするようになった」とか、建前で言う人がいっぱいいた。だが、そんなものは震災前にだってあった。
震災が起きたことに意味なんてない。起きない方が良かったに決まっている。だから私は震災を都合良く語ったりはしない。あの日起こったことを、自分の記憶に刻む。ただ、それだけ。
Ted@CybershotTad 9:35-2017年2月9日

これはTed@CybershotTad氏が、9:35-2017年2月9日に投稿したツイッターの画像をテキスト化したものだ。もちろん、というか、当然のごとく僕はTed@CybershotTad氏と面識がない。なので彼のコメントを確認する術はないのだが、氏のコメントに「(河北新報2/9)」とあったので、おそらくは河北新報の投書欄を撮影したものだと思われる。この投書にあるように、僕らはいつだって何かが終わったときにはじめて何かが起きていたことに気付く。何かを信じていたということに気付いたときに初めて、僕らは何かを信じていたことを知る。だから僕らは今何を信じているかを知っている。あの日まで、僕らは何を信じていたのか、そして。あの日から、僕らは何を信じてきたのか。あの日は僕らを変えたりはしない。僕らがあの日によって知らされたのだ。ただ、気付かなかったことを、忘れていたことを。

でもその一方でそれでは収まりが付かない人もいる。ある人は、やれそれは911だ、別の人は、ここには311が、と「あの日」の固有名を確かにしたがる。それは確かに意味のあることだろう。投書にあるように個人が記憶に刻むだけでは「あの日」に起きた出来事が世代に継がれないまま、忘れ去られてしまう。だから人は「絆ができた」「家族を大事にするようになった」と<語り>はじめ、それを聞く人々がそこに911とか311といった《構造》を見出す。それは悪いことではない。ただ、それなしでは「あの日」に起きた個別的なことが気付かれないまま、朽ちていく。だから人は個別的なことを《構造》に乗せて<語り>始める。そしてそれぞれの個別の「あの日」は隠されてしまう。あるいは見られなくなってしまう。「ガタンゴトン」と似ていると僕は思う。

僕はこれまで『風の歌を聴け』や『君の名は。』、『ポテトサラダにさよなら』の《構造》と<語り>について延々と語ってきたことでやっと、このことに確信を得た。つまり、これまで語ってきた3作品の類似性は「あの日」について語っていたが故の類似性であるという当初の予感だ。では、3作品が語る「あの日」についての個別的なこととは何かについて考える。

 

◎「あの日」のことを覚えておくためのいくつかのやり方について

「あの日」についての個別的なことを読み解くこと、それこそが蓮實が伝えるところの「批評」と同義である。僕は『表層批評宣言』を正しく読むことができているか確信を持てないが、しかしそれほど遠くにいるとも思っていない。が、でもこの「個別的」なことを考えることは間違ってはいないと思うので続ける。

ほとんどの者は「作品」を風景の中に据えてみるままで満足し、風景の崩壊に立ち会おうなどとは思ってもみない。そこに解読と「批評」の違いがある。「批評」とは「作品」を風景に対する荒唐無稽な過剰として機能させ、風景を崩壊へと導く読み方にほかならない。
『表層批評宣言』#41

そこで僕がすべきことは、まず「あの日」についての個別的なことをそれぞれの作品から読み解けるかを確かめなくてはならない。そう、すべての作品が「作品」であるとは限らないのだ。作品でないならそれは何かという問いに対して蓮實は、それは「物語」に過ぎないと答える。その判断基準として蓮實重彦は以下のように記している。

波瀾万丈の物語とは一つの語義矛盾である。あらゆる物語は構造化されうるもので、思ってもみないことが起るのは、その構造に緩みが生じ、物語がふと前面から撤退した時に限られている。(中略)物語を見捨てた言葉の独走といったことが起るとき、構造の支配が遠ざかって小説が装置として作動し始めるといったらいいだろうか。
『小説から遠く離れて』#42

その上で小説ではない物語として『羊をめぐる冒険』(村上春樹)を名指しし、「どこまでも物語に歩調をあわせようとする欲望というか、むしろ、物語を離れることの無意識の恐れによって、言葉の独走を未然に禁じることにある(『小説から遠く離れて』)」#43とその物語性を明らかにした。つまり《構造》から逸脱して言葉が独走できるものが「作品」であり、そうでないものが「物語」であるという指摘だ。そして、その独走する言葉に追随して《構造》を崩壊させてしまうことが「批評」なのだとも続ける。ただし蓮實は言葉の意味をあれこれと定義しない。その代わりに重なる言葉の隙間に意図を埋め込み、そこに意味を探らせ、読ませる。あるいはそれが表層批評なのだと言っているのかも知れないがしかしわかりにくい。このわかりにくさこそが「独走」と大きく関わりがあると思うしかない。言い換えれば読み手もまた問われているのだ。「独走」する言葉をつかまえることができなければ「独走」に気付けない。つまり「作品」であるか「物語」であるかは、作品の側の問題であると同時に読み手の側の問題でもあるのだ。

では、『風の歌を聴け』の「あの日」についての個別的なことを読み解こう。作中にも言及されているように、『風の歌を聴け』は学園闘争の時代を「あの日」とした「僕」の話だ。「僕」と「鼠」と「小指の欠けた女の子」が、あるいは「僕」と「小指の欠けた女の子」と「小指のある女の子」の三人が同時に出会えないことの意味と、その二つの三角関係の頂点に「僕」がいることの意味を考える。たとえば加藤典洋は『村上春樹は、むずかしい』のなかで「「気分が良いことを否定しない」でどんな純文学的な小説が書かれうるか」#44という問いを芥川賞の選考委員の誰もが見逃したと指摘するが、それは「小指のある女の子」が存在しない時代の読みであると考える。僕の読みはこうだ。確かに「僕」はそれぞれの三角関係において出会えないけど、でもそれで気分が良いなら会えなくてもいいじゃないかと肯定したのだが、現実には「僕」は「僕」を含む三角関係をなす「小指のある女の子」から「お母さん」と呼ばれ、「僕」が意図しない別の三角関係に組み込まれてしまい、結局のところそれを受け入れる。ここに言葉の独走を僕は見る。「気分が良いことを否定しない」「僕」はその深層で「気分が悪くなる」ことに抵抗しない。学園闘争とは対立の構図である。誰かが何かを替えない限り対立の構図は続くという意味において対立の構図は永続的だ。だからこそ肯定が機能する。しかし現実には「小指のある女の子」を「小指の欠けた女の子」と肯定したことで「僕」は殺されてしまう。それでも、いやだからこそ「僕」は「あの日」を「肯定」するのだろう。たとえその結果、39節の「僕」が語るように「牛の胃袋から取り出した草」を眺める結果になったとしても、だ。『風の歌を聴け』はその覚悟を綴った作品なのだ。出会えない二人、交会わない二人を「あの日」に見立て、そのありようをそのままに、その結果の否定も含めて肯定しようという村上春樹の覚悟を僕はこの「作品」に見る。

では『君の名は。』はどうだろうか。この作品は「作品」なのか。僕はそうは思わないのだ。『君の名は。』は優れた「物語」と呼ぶべき存在であろう。その理由を僕なりに語ることにする。

蓮實が指摘する「物語」を端的にいうならば、それはひな形としての《構造》に忠実なものだ。『風の歌を聴け』を僕が「作品」としたのも「僕」を頂点とした三角関係という《構造》が終盤「お母さん」を頂点した三角関係という《構造》に置き換えられてしまったことをその根拠とした。では『君の名は。』ではどうか。その意味で言えば『君の名は。』はあくまでも《構造》に忠実なのだ。

詳しく検証しよう。瀧は何をしたのか、である。瀧は三葉の不在に気付き、絵を描き、糸守町に行き、氏神様にお供えされたご神体を手にした。確かに行動は起こした。でもそれは三葉も同じだ。その上で三葉は瀧に組紐を手渡し、落下した隕石によって自身が死んだことを知り、町長に掛け合って町民を避難させた。この二人のことを僕は「有言実行に失敗する瀧と不言実行を実践する三葉」と形容したい。それは「あの日」とも重なる。「失敗」は言い過ぎとしても、手を貸す者と手を汚す者、外側と内側、傍観者と当事者、といえば「あの日」をイメージすることを助けるだろう。さらに瀧と三葉の二人は、僕に懐かしい二人のことを思い出させる。それは『最終兵器彼女』(高橋しん2000年)のシュウジとちせ#45であり、『イリヤの空、UFOの夏』(秋山瑞人2000年)の浅羽と伊里野#46である。果たせない約束を申し出た者とその約束を守るために自らを守る者の物語という《構造》だ。

そう、ここで当然のように反論を受け付ける。そうだ。確かにラストシーンで瀧は振り返った、声を掛けた。でも、それは瀧の、瀧だけの力なのか。そこに果たせない約束を申し出た者を守るために自らを守る者はいなかったのかということだ。僕はこのそれぞれの登場人物が予め決められた役割を逸脱することなく、あくまでも《構造》に忠実であり期待を裏切らないところを「物語」としては評価しつつも、それだけでは「作品」としては満足できなかった。「あの日」をこれほどに予定調和な<語り>として語ってしまうことに反発すら覚える。『風の歌を聴け』でさえ、「僕」はふいに「小指のある女の子」から「お母さん」と呼ばれるための下準備をしていたのではないか。

糸守町で三葉や四葉、勅使河原、名取(さやちん)が助かったことは不言事項を実現する三葉が受け取ったバトンを実行に移したからそれは起きたことだ。ではなぜ、有言実行を失敗する瀧がラストシーンで三葉に出会えたのか、だ。それを可能にしたのは奥寺だ。彼女は失敗する瀧がその先に動けるように常に促し、勇気づけている。そのことを瀧は気がつかない。奥寺が三葉に会いに糸守町まで同行したのは偶然ではない。それは瀧への好意が後押ししてのことだ。それは糸守町で三葉が勅使河原から応援されるのとは意味が違う。糸守町での三角関係は誰もが入れ替わりの予感を感じていた。しかし東京ではどうだ。それはない。そこにあるのは奥寺の瀧への好意だけだ。そしてそのことを瀧は忘れている。糸守町で瀧は三葉の片割れである口噛み酒を手にし、三葉との再会を果たす。この三角関係は東京にもあるのだ。それが瀧(三葉)が奥寺のスカートに残した刺繍だ。瀧(三葉)からの感謝の印であるそれは奥寺にとっては瀧からの感謝の印。しかし瀧は刺繍があることを思い出せない。それが瀧と三葉が奥寺を三角関係の頂点として、あるいは氏神様として祭り上げた最初であったことを瀧は忘れる。瀧は自分の身に起きていることを切実に感じない。

三角関係の頂点にいることに気付いていない奥寺は、歩道橋の上で自分のことは過去形にして瀧に好きな人がいるでしょと聞く。旅館では、司をダシにして二人きりの環境を作る。今その場で起きていることを、奥寺の決意を、奥寺の困惑を、遠くの誰かのことに気を取られた瀧は自分こととして考えない。『風の歌を聴け』の「僕」もまた傍観者であることを否定しないが、「僕」のそれは気取っての、つまり気取ることの結果を知った上での傍観である。『風の歌を聴け』ではその気取りが<語り>にわずかな亀裂を作り、それが大きな変化として《構造》を脅かす。しかし《構造》に忠実な<語り>を持つ『君の名は。』にはその変化は起きない。だからこそどこまでも傍観者であった瀧がなぜラストシーンで三葉に会えたのかが問題となる。そもそもこれまで最後の最後で失敗してきた瀧がラストシーンでだけ三葉とが会えるその不思議を奇跡と称してなんとなくの感動を描いたというのであれば、それは蓮實の言葉を借りるならば破廉恥でスキャンダルなことではあるが、しかしそこに言葉の逃走を見れないこともない。がしかし『君の名は。』ではラストシーンまでもが《構造》に忠実であった。それは婚約指輪をした奥寺と瀧の再会である。「いつか、君もちゃんとしなさいね」と言い残して立ち去るそこはかつてのデートで「今日はここまででいいわ」と別れた歩道橋の上だ。別れの言葉まで同じだ。それからしばらくして瀧は三葉とあの階段で出会う。なぜしばらくしてなのか。それは、「君も」と瀧に前を向くように促した奥寺が自身も前を向くために、瀧(三葉)がお供えした刺繍が刻まれたスカートを処分したからだ。と、それはあまりにあざとい指摘だとしても、奥寺の結婚を待ってというのも《構造》を考えたタイミングとしては適切であった。奥寺が最後までそれと気付かずに担わされた三角関係の頂点としての役割を、氏神様としての役割を放棄したからこそ、東京での三角関係が解消され、瀧と三葉は出会えたのだ。そう、奥寺もまた不言実行を実践する者であったのだ。そして瀧はどこまでも傍観者だった。

出会えない二人、交会わらない二人を「あの日」に重ね、忘れゆく傍観者と動かざるを得ない当事者という立ち場で捉え直した新海誠の視点はオーソドックスとはいえことの本質を問うための的確な視点ではある。がしかし、『君の名は。』においてのその視点はあくまでも概念としての視点に留まっており、誰かの具体的で個別的な視点に立って語られていなかったことが残念でならない。が、それ故に「物語」としての完成度は高く、スクリーンを生き生きと動く当事者を見付ける度に観客席にいる観客は傍観者でいるしかなかった「あの日」のことをなんとなく思い出せるのだ。そのなんとなくな感じが一度は見ておかなくちゃと思わせるに違いない。誰もが知っている「あの日」のことを共有するために、だ。もし、『君の名は。』が「物語」でなかったらならばどうなっていただろうかとも考えるが、それは詮無いことだ。その点『風の歌を聴け』は「僕」という傍観者の運動を読み手が俯瞰している印象がある。その「僕」の動きを見ることができる程度に離れている距離感が『風の歌を聴け』をなんとか「作品」たらしめている。

 

◎ポテトサラダと「あの日」が重なるとき

そしていよいよ3つめの対象、『ポテトサラダにさよなら』である。『ポテトサラダにさよなら』が『風の歌を聴け』と『君の名は。』の両作と決定的に違うのは「あの日」を明言していないことだ。固有名としての「あの日」を扱っていないにも関わらず本作を読む度に「あの日」のことに思いを馳せてしまうことの意味を考えることに僕は取り憑かれている。もしかしたら僕は、実際のところ僕が批判したかったDB批評として『ポテトサラダにさよなら』には「あの日」を接続する余地があるからという理由により、端的に言えば接続できるから接続しようという、単なる新規性を追求したいがためだけかとさえ穿ってしまうほどに、気になるのだ。その理由を今一度考えてみよう。

『ポテトサラダにさよなら』は30枚程度の小品である。何かを語るには圧倒的に短いこの文章量ながら、それでも本作は《構造》とその表層にある<語り>と深層の《構造》という類似性を見せている。その理由として、『ポテトサラダにさよなら』が省略という作法を文中で採用していないことにあると考えている。短い文章は内容を詰めるため、時に自分以外の人物の感情を代弁したり、それらが伝わるような作為がなされるが、『ポテトサラダにさよなら』にはそれがない。わたしの友だちのエリカちゃんは、あがり症なのか授業中に指名されても話すことができない。それも下を見てうつむくといった暗いタイプではなく、ただニコニコしているだけだ。それが他の生徒の困惑を呼び覚まし、いつの間にか教室がざわめきに包まれてしまう。ところが音楽の授業で事件は起きた。それはリコーターの試験だった。先生は一人ひとりにピアノで伴奏し、生徒は主題をリコーダーで吹く。果たしてエリカちゃんの番だ。しかし先生はリコーダーを吹かないエリカちゃんを置き去りに、伴奏だけを音楽室に響かせて試験を終えてしまう。そして先生は次の生徒のための伴奏を弾き始める。そのときのエリカちゃんの描写を次に引用する。

「エリカちゃんだって、いちいち待たれるより、この方が気楽かもしれないな」
と思い、エリカちゃんに目をやった。すると、意外なことが目に入った。エリカちゃんの表情からは笑顔が消えた。いつもなら、黙っている間も、しゃべらないことでみんなからせめられている間も、明るい表情なのに・・・。わたしは、こんなエリカちゃんを初めて見た。そこだけ、なぜかポツンとひとりぼっちのようで、エリカちゃんは何を見ているのか、うつむいたままだった。そして、それを見ているわたしは、ますますわからなくなった。
『ポテトサラダにさよなら』#47

『ポテトサラダにさよなら』で、わたしはエリカちゃんの表情を描写するが、エリカちゃんの感情を代弁しない。わたしのこうした姿勢は常に一貫して揺らがない。一見すると話が先に進まない印象を読後感として残すが、段落を乗り越える度に実感とも呼べる何かを手にしていることに気付く。それは言葉の独走を促す、という方向性とは反対の、言葉の独走を抑えるとでもいうのか、むしろ面前の出来事を丁寧に描写することに徹する姿勢として現れる。『風の歌を聴け』が読者をある方向に押し流すかのように、また『君の名は。』が観客に席を立つ間を与えまいとするかのように言葉を繰り出すのに対し、『ポテトサラダにさよなら』は読み手が動かないとその先に進まないような言葉の使い方をしている。印象を与えるのではなく、印象そのものを再現しようとする試みがそこにある。それもまた「独走」ではないかと僕は予感する。

ここには、無視されたから「哀しい」とか、理解してくれないから「怒る」、といったことが描かれない。いや、そもそもそれが「無視」だったのか、「理解」だったのかさえ書かれていない。ここで描かれているのは「されたから」「してくれないから」である。『ポテトサラダにさよなら』では、日々起きた事が繰り返し何度も描かれていく。エリカちゃんはその後も教室で指名されても答えない。先生が用事で教室を離れると教室は大騒ぎだ。これではエリカちゃんが何を言ってもきこえないじゃないと思ったわたしは思わず「うるっせーんだよ!」と大声を張り上げてしまう。わたしは自分が何をしたのかという自覚もないままに、まず大声を張り上げたことに驚き、次いで教室が静かになったことに気分がスッキリしたことを感じ、その後で「うるっせーんだよ!」という言葉遣いの荒さについて先生から怒られたらどうしよう、お母さんの耳に入ったらどうしようと後のことを心配して気に病んでしまう。そしてその日の放課後、エリカちゃんがいつものように笑いながら絡んできて「一緒に帰ろ!」と言われ、どうしてかわたしの胸は「スーッ」としてエリカちゃんと「いっしょに走りだした。別に理由はないけれど、二人でげらげら笑いながら走った」としてこの段落を書き終える。ここでもエリカちゃんがどう思ったのか、教室のみんなが何を思ったのかを語る言葉が一字一句たりともない。とにかく、わたしが何をして、わたしが何を思ったのか、それだけが淡々と描かれていく。しかしながらその段落を読む僕にはそのときなぜエリカちゃんが「いっしょに帰ろ!」と言ったのか、どうしてわたしの胸が「スーッ」としたのかが伝わってくる。「二人でげらげら笑いながら走った」という言葉を読む僕に生起する感情は、エリカちゃんとわたしとの間で生起した感情とどの程度類似しているのだろうか。そしてその感情は僕にもともと備え付けられていたものなのか。

僕は技術の話をしたいわけではない。感情表現を廃した、状況説明だけでその場に描かれている人間関係や感情を伝えるレトリックは確かに有用だろう。たとえば風景描写と感情を重ねるなど技術的な試みはいくらでもある。しかし『ポテトサラダにさよなら』で感じたことは、感情を伝えることとは違う何かだ。それは『君の名は。』にもあった。

奥寺と司と瀧の三人が旅館に泊まった夜、ロビーでたばこを吸う奥寺の横に司が座る。そこで奥寺は「私、好きだったんだ」と瀧への気持ちを吐露する。司に、である。そして部屋に戻った奥寺は「司君はお風呂だって」と瀧に呼びかける。が、しかし瀧は今日振り回したことを詫びる。奥寺はそれを受け入れ、瀧が持っている組紐に話題を変えるのだが、瀧は組紐にまつわる思い出を思い出そうと自分の世界に没入していく。奥寺の「おふろ、瀧君も入ってきたら」と促す声はもはや瀧には届かない。たとえばこのシーン、実写であれは異なるニュアンスが入り込む余地のあるシーンであろう。風呂上がりの奥寺が部屋にひとりで帰ってきて、司はしばらく帰ってこないことを瀧に伝える。観客はその前のシーンで奥寺が司にこぼした言葉を聞いているのだ。しかしアニメで見るこのシーンから僕は奥寺の感情を読み取りにくい。つい忘れてしまう。しかしそのかわり瀧の感情は山ほど読み取っている。しかも奥寺の「司君はお風呂だって」という言葉と「おふろ、瀧君も入ってきたら」の間に奥寺が用意した時間差の意図を僕らは読み取っていない。そうだ、奥寺の瀧へのくすぶる感情を僕らはきれいに読み取っていない。瀧が奥寺の感情を読み取っていないように、だ。

『君の名は。』で想起される/失われる感情を僕はアニメの表現技術の進歩とは全面的に肯定しないし、『ポテトサラダにさよなら』の作者が小学5年生だからといって彼女の才能を褒め称えもしない。おそろしく当たり前のことだが、そこにあるのは僕らの感受性の問題ではないかという結論だ。『ポテトサラダにさよなら』を「あの日」を語った「作品」と僕が思うのは、僕が抱えている感情がそう思わせている。そしてその僕が抱える感情の根底にあるのは、僕自身の経験を踏まえたものであることは当然としても、DB的に外部記憶化されている情報もまた根っこになっている。自身の経験というひどく極端で偏向した知識と、DB的記憶という非常にフラットで均一化された情報の双方を抱えていることを僕らが認識した上で、たとえば自分自身の経験を重視した読みをすれば、と仮定する。そのことに意識的になると、あらゆる<語り>は意味を持たない言葉の羅列となることに気付くだろう。それでもしかし残った<語り>があるとするならば、それはまさの共感と呼ぶにふさわしいなにかであろう。しかしそれは同時に非常に限定的で排他的な香りを漂わせる。もちろんそれはある一定レベルの強度の《構造》を持ち、深層にさらなる《構造》を探すことができ、表層には<語り>があるべきなのはもちろんだが、それは「作品」である、ようにも思うのだ。

この当たり前のことを、誰もが知っていることを改めて思い出させてくれるのが『ポテトサラダにさよなら』であった。それは僕が『ポテトサラダにさよなら』の中に「あの日」を見出したからである。それは言葉の「逃走」を認めるのではなく、外部から「逃走」してくる言葉を受け入れるという意味において『ポテトサラダにさよなら』は僕にとっての「作品」であろう。少なくとも僕にとってはそれで十分だ。では『ポテトサラダにさよなら』の「あの日」と、『風の歌を聴け』『君の名は。』の「あの日」は何が違うのか。それは力の種類ではないかと思う。『ポテトサラダにさよなら』が描く「あの日」に気付く人は少ない。少ないが一度そのことに気付くとその影響は大きい。いつだって僕は、いつまでも僕は「あの日」にアクセスできる。たとえばこれを「弱い力」としよう。弱くても遠くまで届く力だ。それでは『風の歌を聴け』や『君の名は。』はどうだ。この両作は誰もがそれに気付く、が時間をおくとその気付きは弱くなる。『君の名は。』から今も「あの日」を想うことは十分可能だ。しかい『風の歌を聴け』から「あの日」を、学園闘争を実感として感じていた日々を思うことができるだろうか。その意味で「強い力」と言える。強いが近くでしか作用しない力だ。

技術は、その力が進歩することで世界を狭くしてきたが、そのおかげか世界はなんとなくぼんやりともしてきた。たとえば、物理学では4つの力を一つにまとめる公式を作ろうとしていると聞く。それは世界を一つの世界として認識するためには有効なことなのだろう。しかし僕らの生活というレベルにおいてそれは果たして必要なのだろうか。語られてはいないけど、その語られていないことが何について語っているかがわかるということと、明示的に語れらていることの違いに僕らは意識的にならなくてはいけないと思う。特に今、僕らは「弱い力」に敏感になる必要がある。それを見逃すということはおそらく面前にある世界を見逃すということだからだ。

 

 

 

 

脚注

#1 『小説から遠く離れて』 「IV同じであることの誘惑」 蓮實重彥 河出書房新社 1994年 P.58のテキスト、「特殊でありたいといういささかも特殊ではない一般的な意思、あるいは違ったものでなければならぬという同じ一つの脅迫観念が、文学をどれほど凡庸化してきたかは誰もが知っている歴史的な事実である。」の書き換え
#2 『小説から遠く離れて』(#1に同じ) P.58
#3 『小説から遠く離れて』(#1に同じ) P.58
#4 『風の歌を聴け』 村上春樹 講談社 1982年
#5 『謎解き村上春樹』 石原千秋 光文社新書 2007年
#6 『村上春樹と《最初の夫が死ぬ物語》』 平野芳信 2001年 翰林書房
#7 『妊娠小説』 斎藤美奈子 1994年 筑摩書房
#8 『村上春樹と《最初の夫が死ぬ物語》』 (#6と同じ) P.49
#9 『君の名は。』 新海誠 2016年 「君の名は。」製作委員会
#10 『ポテトサラダにさよなら』 読売新聞社主催 第52回 全国小・中学校作文コンクール 文部科学大臣賞受賞 2002年
#11 『闘争のエチカ』 「ポスト・モダンという神話」 蓮実重彥+柄谷行人 1994年 P.108
#12 『村上春樹と《最初の夫の死ぬ物語》』 (#6と同じ) P.31
#13 『主体の変容』 「村上春樹とこの時代の倫理」 三浦雅士 1984年 P.199
三浦雅士による粗筋「恋人に自殺された大学生が夏休みに帰省し、妊娠しているにも関わらず男に捨てられたらしい若い女とふとしたことで知り合う。若い女はレコード店の店員である。男と女は互いの暗い体験を語り合うこともせず、何度か会う。女が中絶手術を受けた後のある夜、二人は何もせずに抱き合って眠る。二人にとってそれは最後の夜になる。」
#14 平野は『村上春樹と《最初の夫が死ぬ物語》』の中で「「僕」と「鼠」の人物造型の相似性とそれに伴う類似の経験の付与であろう」と指摘し、群像新人賞の審査委員の一人の吉行淳之介の「「鼠」という少年は、結局は主人公(作者)の分身であろうが、ほぼ他人として書かれているところにも、その手腕がわかる。」と言う言葉を脚注で引用している。
#15 『村上春樹と《最初の夫の死ぬ物語》』 (#6と同じ) P.49
#16 『村上春樹と《最初の夫の死ぬ物語》』 (#6と同じ) P.64
#17 『村上春樹と《最初の夫の死ぬ物語》』 (#6と同じ) P.64
#18 『謎解き村上春樹』 (#5と同じ) P.62
#19 『村上春樹家イエローページ』 加藤典洋 1996年 P.8
#20 最後の1週間が足りないというのが加藤の指摘だが、「小指の欠けた女の子」は正確には「1週間ほど」と語尾を濁している。本作では「お母さん」は「どこかでい来ているわ」と答え、「双子の妹は」「三万光年くらい遠くよ」と本作の言葉は信用ならない。案外、妹は3軒となりくらいに住んでいるのではないか。西日本の人は30円のおつりを30億円とかいうではないか。ならば、一週間ばかりの間に彼女は3歳くらいは老け込んでいた(P.125)」という言葉があるが、これもまた一週間ではなく三日で帰ってきたということではないだろうか。
#20 『謎解き村上春樹』 (#5と同じ) P.46
#21 『謎解き村上春樹』 (#5と同じ) P.47
#22 『風の歌を聴け』 (#4と同じ) 1982年 P.131
#23 『風の歌を聴け』 (#4と同じ) 1982年 P.133
#24 その他の例示を挙げる。18節で電話で「僕」をジェイズバーに呼ぶときに電話で「ひどいことを言ったからよ」と言っておきながら、22節で「僕」を自宅に呼んだときも「ねえ、信じてもいいわよ」と同じ話をする。
#25 『風の歌を聴け』 (#4と同じ) 1982年 P.126
#26 『風の歌を聴け』 (#4と同じ) 1982年 P.129-130
#27 『風の歌を聴け』 (#4と同じ) 1982年 P.135
#28 『風の歌を聴け』 (#4と同じ) 1982年 P.129
#29 『風の歌を聴け』 (#4と同じ) 1982年 P.128
#30 『風の歌を聴け』 (#4と同じ) 1982年 P.140
#31 『風の歌を聴け』 (#4と同じ) 1982年 P.140
#32 『文学界』 「ムラカミゲンザブロウ第四回」 第70巻 第7号 2016年 P.252
#33 『小説から遠く離れて』(#2に同じ) P.11
#34 瀧になった三葉がバイト先で客にクレームをつけられ、その対応を奥寺が代わったときのこと。客は手にしたカッターナイフで奥寺のスカートを切りつけたと思われる。映画ではそのシーンは描かれていないが、その前のカットとして客が手にしたカッターナイフの刃を出しているシーンがある。
#35 机の上に奥寺が座り、その腋にあるイスに瀧(三葉)が座って刺繍をしたスカートを渡すシーン。その位置関係は上に奥寺、下に瀧(三葉)となっているのが氏神様にお供え物をするというシーンを連想させる。
#36 勅使河原から三葉(瀧)が山に行くために借りた自転車を三葉(瀧)が途中で壊してしまったことを勅使河原に三葉が謝るシーン。三葉が自転車を壊したことを謝ると勅使河原が「誰が」と聞く。それに対して三葉が「私が」と答える。そのとき、おそらく二人は何かに気付いている。
#37 『文学界』  「ムラカミゲンザブロウ第四回」 (#31と同じ) P.258
#38 『小学生日記』 hanae* プレビジョン 2003年 P.85
#39 『小学生日記』 (#38と同じ)
#40 『小学生日記』 (#38と同じ) 目次
#41 『表層批評宣言』 蓮実重彥 筑摩書房 1979年 P206
#42 『小説から遠く離れて』 (#1と同じ) P.249
#43 『小説から遠く離れて』 (#1と同じ) P.254
#44 『村上春樹は、むずかしい』 加藤典洋 岩波新書 2015年 P33
#45 『最終兵器彼女』 高橋しん 小学館 2000年
#46 『イリヤの空、UFOの夏』 秋山瑞人 電撃文庫 2000年
#47 「ポテトサラダにさよなら」 (#38と同じ) P.68

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