別れとか変わる世界のお話
あたしたちは大学時代、軽音サークルで知り合った友人同士だった。卒業してライブはしなくなったけど、種田を中心に月二回の男三人のバンド練習だけは続いていた。あたし自身も卒業後、つつましく生きようとして就職はしたけど、その仕事が特別やりたかったわけでもなかった。先のことはよくわからなくて、でも種田とあたし、二人のことは二人で決めたかった。
初めは種田が大人になるためにバンドに集中しないとダメだと思ってた。ほめられるか、けなされるか、何かはっきりした評価が下されることでいろいろ決められるって思ってた。
だけどはっきりした理由はわからずバンドはうまくいかなかったし、その後なんでもなく種田は死んじゃった。しっかり向き合える余裕があれば、直してゆくこともできたかもしれないけれど、あたしたちに起こった出来事に二人で向き合うだけの時間はなかったね。
なんて言ったらいいのかな。いっぱいの人と人とのつながりの中で、綺麗に、さっぱり別れるのって結構たいへんで。種田とあたしの時間はいーっぱいあったのに、なんでこんなに向き合えなかったのかね。とはいえ種田に降りかかった災難は事故だったし、ビリーも「つまんねえ死に方」だって言ってたけど、やっぱり簡単に納得できる別れ方ではなかったよね。
色々理由も考えてみたんだけれど、結局こうなった理由はわからなかった。考えても結論は出ないんだと思う。
ねえ、種田。わたしたちってほんとに好きで付き合ってたのかな。さっき種田が死んじゃったことについていろいろ考えて、結論出なかったって書いたけど、っていうことは種田が死んだってこととあたしが生きてるってことに関係を見つけることができなかった、ってことじゃん。種田の死が偶然だったら、あたしは種田の人生になんの影響も与えられなかったって、これって行き過ぎた考えなのかな。行き過ぎているのだとしたら、種田を殺した歯車の一つとしてあたしが存在してるってことになるのかな。
……うん。そうだね。あたしは結果的に種田を殺す歯車の一つだったし、そのことについて自分で自分を責めてた。もちろん、種田は事故で死んだ。そしてその現実をともに作り上げてたあたしがいた。だけど、種田が死んでしまったことについて、あたしに落ち度はない。あたしだって歯車の先に何があるのか、わかってなかったんだもの。バンドのデモCDの結果だってそうだよ?あたし自身の仕事だって…
最近ふと思い出したんだけど、サークルの卒業追い出しライブ、当日の朝、ひどいこと言っちゃったよね。安易に就職決めちゃったあたしにそれでいいのかーって種田が言ってきて。それに対して「あんまり、あたしに自分重ねないでよね」って。
こんな距離をおいた態度に種田は本音をぶつけてきた。えーっと…たしかこんな感じだったはず。
あーもう歌詞なんていらねーよ!いいっすか、チョー不謹慎なこと言っていいっすか!飛行機がビルに突っ込んだり、どっかで戦争が始まったりした時、やな気分なのにどっかちょっとわくわくしてるスッゲーやな自分がいるんだ!だって俺らの未来には全然希望の光が見えてこなくて、劇的な変化もきっとなくて、退屈な毎日が続くんだ!たとえゆるい幸せがだらっと続いたとしても、それで満たされた風な格好だけの大人なんかなんねーぞ!
この後、もう少し時間が必要だって言ってた種田と就職決めちゃってたあたしと、どこがそんなにちがっちゃったんだろ。…って、言葉にしてみても結構違うか。道はそれぞれで分かれてたんだね。あたしはデモCDやバンドがうまく売れなくても、つつましく暮らしていければそれでいいって最初から思ってたし、そういう世界に種田を無理に引きずり込んだ。種田はバンドを、時間をかけてでもより良い方向に向かわせたかったけれど、あたしが発破をかけて早くも動き出してしまった。種田に無理させちゃったんだよね。
考えれば考えるほど、種田の言葉どおりだよ。あたしは種田に自分の夢を押しつけすぎてた。何をやってもうまくいかない自分に嫌気が差して、そのうまくいかない感じから逃げるように種田と同棲することで満足してきた。
このあたしがやってしまった失敗を直すことはもうできない。「もし」を考えても、辛くなるだけ。そしてこの辛さを完全に忘れ去ることもできないだろうけど、でも「別れ」たほうがいいときは誰にだって、いつだってありうる。そしてその「別れ」の時は自分で設定していいんだ。というか、自分と「別れ」るんだから、当然自分で設定しなきゃ、ダメ。とはいえ「設定するぞ!」って固くなって考えても、ダメ。ぼんやりでもいいから、かつての自分を想像して、すでに新しい一歩を踏み出している自分と比べてみる。そうやって変えられないかつてと「別れ」る。
決してかつては変えられないし、平気になるわけでもない。かつてと同じ線の上には悲しみばかりがあって、最初は悲しんでいたけれど、途中から悲しんでる自分にも嫌気が刺したんだろうね。それより、線上に落ちてる種田が大切にしてたものを集めなきゃ、消えないうちに、忘れぬうちに、って。そしたら線なんか飛び越えちゃって、あたしは悲しんでたかつてのあたしと「別れ」ることができた。
そして、線をたどっていけば悲しみと種田が死んだってことはありありと存在してる。でもむやみに手前へさかのぼることもないでしょ?一緒に死んでしまうことを、あたしは選択しなかったし、それだけ種田が死んだことを絶対視したいわけでもない。ただ、今までは種田とあたしによって世界は満たされていたけれど、かつてのあたしとあたしが「別れ」ることで、これからはあたしだけでも世界を満たすことができるようになったんだー…
ううん、もしかしたらこれも嘘かもしれない。あたしだけで世界が満たされるようになったという嘘を自分について、あたしはあたしで大切なものを守ろうとしているのかもしれない。ゆるい幸せをだらっと続けて、満たされた風な格好だけの大人になっているのかもしれない。…じゃああたしはどうすればいいの?
待ってよ。あたしは未来も見えないし、やりたいこともわからなかったんじゃないの?かつての自分と「別れ」ることが嘘だったら、まるでやりたいことがしっかりわかってて、未来も綺麗に見えてるみたいじゃない。そんなことないよ~(苦笑) …ある線上の先にあるものをかつて目指していて、そこから「別れ」たのだとしたら、「別れ」る前のあたしは嘘だった、ってことになるけど、そうじゃないもんねえ。種田への感情を乗り切ってしまえば、案外さっさと別の線に移ってゆくことは簡単なことだったのかも。見栄もこだわりもこれといって強いものはないし。
そうそう、このあっさりした感じが、どうも種田との関係をどれだけ大切にしてたのかってこととダブって見えたんだよね。まあ、種田はあたし、芽衣子とは違うのです!…と言うしかないよねえ…(笑) それだけ種田とあたしの時間はまだまだ短かったんだろうね。もっともっといろんな経験を一緒にして、二人でいっしょの未来が見えるようになるまで、一緒に過ごしたかった。
種田が最後に作った「ソラニン」って曲、どんな未来を思い描いて作ったんだろう。かつてとか、今まで続いてきたことからの別れの曲なのはわかってるんだけど、改めて歌詞を読んでみると意外に今後進むだろう未来について書いているわけでもなく。どんだけ目先のことすらわかってなかったんだろうね…なぜだか情けなくなってくるよ…(笑) でも、とにかく現状打破!まずはこれまで続けてきた、だらだらからはさよならだ!と宣言してる。そしてこの曲をとても爽やかぁにしてるのがこの部分。
寒い冬の冷えた缶コーヒー
虹色の長いマフラー
小走りで路地裏を抜けて
思い出してみる
うん。寒い日のマフラーは爽やかっていうよりもほかほかあったかだよ。どうだろうなー、でも小走りで走ってて顔には冷たい乾燥した空気が強くあたって。キリッと、サラッとした雰囲気に包まれながら別れることができそう。
もう折りたたみ式携帯なんて誰も持たなくなった時代だもの。みんな他人とも、自分自身とも折り合いつかなくなったりすること、よくあるんじゃないかな。そういうひとに聞いて欲しい曲だよね。よくよく考えると、自分一人でもどーにかやれる。だったらかつての自分と「別れ」てみても、そんなに負担ではないし、なんならもう少し色々うまくいくかもよ、って背中押してくれる。
あるいは、今まではゆるゆる生きている人がいるとして、そういう生き方にイエローカードを突きつけてる曲でもあるよね。危険だぞって。悪い芽が出てるから、さよならしたほうがいいんじゃないかって提案してる。
あたしはこの曲、とっても種田らしい曲だなって思うなー。とてもきっぱりした曲だし。でも、ってことは、種田はこの曲のようには考えていなかった、ってことなのかな。ここまで書いてみてわかったことは、あたしと種田の間には最期の電話の時まで考えが埋まらなかったってことで、ということは、これを作詞した時には全然種田自身「別れ」られるだなんて微塵も考えられなくて、それでも歌をきっかけに色んなものから別れられるんじゃないかって考えてたんじゃないかな。これが種田の言ってた、世界を変える、ってことなのかな。そして、そこからあたしは、自分から「別れ」るってことを汲みとった。
なんだかここまで書くと、種田と初めて話したみたいに思えてきたよ。音楽が世界を変えるって言ってたのは覚えてるし、いい言葉だとは思ったよ?でもそれがどういう意味なのか、これを書くまで全然分かってなかった。できっこないって思っていることでも歌にしてしまうことで、未来においてその歌を聞く人へ変化を委ねることができる。種田自身もこの曲を自分で歌って、自分で変わったし、種田がいなくなった後のあたしの人生もこの曲で変わることができたんじゃないかな。
なんともならない人生であっても、しっかり足元みて、「別れ」て、世界を変えられればそれでいいや。今日はそう思う。
参考
映画『ソラニン』<https://www.netflix.com/title/80072433>
ASIAN KUNG-FU GENERATION 『ソラニン』<https://www.youtube.com/watch?v=XNURRmk8YrQ>
ソラニン 歌詞<http://www.uta-net.com/song/91828/>
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