引きつけてなおも離すこと
〈白く燃える太陽をバックに、まさに焼ける公園が映し出される。その中のブランコにLiftyがうつ伏せになり、Shiftyは座っている。右にはPetuniaが扇をあおぎ、Gigglesは汗まみれになりながら滑り台のうえで今にも滑りだしそうだ。
と、やはりGigglesは滑りだした。そこでただ滑っただけだったはずなのだが、血が出てGigglesはとても驚いた表情と身振り。血からは湯気が見える。Gigglesの悲鳴。
LiftyとShiftyはやはり暑そうに所在なさ気に映る。その前をNuttyが通る。アイスクリームを両手で大切に持ち、ゆっくり食べられるところまで移動中のようである。その様子を見て驚きと企みの表情のLiftyとShifty。Nuttyが移動を終え、今から食べようとしているところにLiftyとShiftyがやってくる。Nuttyが振り向くとLiftyとShiftyがニヤつきながらNuttyを見る。驚き、後ずさるNutty。そこへShiftyがNuttyの足を引っ掛けて転ばせようとする。その直後、NuttyはShiftyの足でこけてしまうのだが、そこはHappy Tree Friends。ただコケただけでアイスを手放すだけではなく、Nuttyの頭が割れて脳が飛び出てしまう。出てきた体液は燃える暑さによって蒸発してゆく。Nuttyが手放したアイスも手元のコーンは落とさずに済むものの、上に乗ったアイスは地面に落ちて蒸発してゆく。
アイスが蒸発したこと(だけ)に落ち込むLiftyとShifty。
そこへアイスクリーム屋のCro-Marmotがやってくる。またもしたり顔でニヒニヒ笑うLiftyとShifty。
所変わってLiftyとShiftyの部屋へ。氷漬けのCro-Marmotを利用して涼もうという魂胆である。ソファで飲み物を楽しむShifty。異変に気づく。飲み物の入ったコップをひっくり返しても入っているドリンクがこぼれ落ちてこない。凍ってしまったのである。驚くLifty。途端に寒気を催してくる。その奇妙な現象にではなく、室温があからさまに低いのである。部屋中の水が凍ってしまった。
防寒具をがっちりと着てもなお震えが止まらないほどの室温。粉雪も舞い始めた。何かがおかしいのだと議論するLiftyとShifty。原因はCro-Marmotだと考えた二人はドアから外へ出そうと試みるが、ノブは回ってもドアが開かない。ドアの隙間に氷が張り付いて壁とドアを固定してしまっている。
困った事態にLiftyがひらめく。ガスバーナーで氷を溶かしてしまえばいいという。ドアと壁の隙間に暑く燃える火を当てる。だが、火はあっという間に凍ってしまった。驚く二人。出続けるガス。凍った炎を手に持つShifty。その瞬間、手の上で炎が燃え出す。驚くShifty。Liftyの方へ向き直すとそこにはガスの漏れたバーナーが。まもなく大爆発。
部屋から飛び出す氷。爆発の炎も凍ってしまう。背骨から胴体にかけて、内蔵を骨もろともえぐりもがれながら炎の氷漬けとなるLifty。その横で驚きながらも自分に被害はなかったと落ち着きを取り戻すShifty。とShiftyの立つ床には血が滑りやすそうに凍っている。滑るShifty。あっという間にLiftyを覆う尖った氷へ眼が突き刺さる。最終的に飲み物を堪能しているのはCro-Marmotであった。〉
---
このHappy Tree Friendsに現れた文体は、われわれが求めてきた「動体」が確立されていることを示すひとつの例である。それは不安定であり、未成熟であるが、他のHappy Tree Friendsシリーズのエピソードがもちえなかった新しい世界をのぞかせている。「アニメの動体」としてみれば、これはやや冗長であり、やや滑稽にすぎるかも知れない。しかし、これらは結局、作者がひとつの劃期的な「動体」的な表現手法の転換をおこなったところから生ずる二次的な欠点にすぎない。つまり作者は、殺害にとらわれ、殺害に客体化され、殺害のなかに自己解消をおこなおうとする過去の非動体(非記号)的な世界から、実際に殺すという行動に拘束されない意味的な複数世界のなかに表現手法を転換しようとしているのである。
キャラクター間にある深き溝
ここにせばめられた焦点のある、しかも大胆なアイコンをみるがいい。足で引っ掛けられ、アイスクリームを落としながら、脳を提示するNutty――それは決して現実化するものではない。それは緊縛的なアイコンであり、それをまったく意に介さず、アイスのゆくえだけにしか興味を示さないLiftyとShiftyの散漫な悪巧みのなかにのみ存在する、不始末な、しかも、体内からの放出によって静止するアイコンである。客観的に怪我をしたNuttyがいて、溶けたアイスがあり、それらの間にLiftyとShiftyが存在しているときには、このような束縛的なアイコンは決してとらえられない。LiftyとShiftyは、いま、脳を提出したNuttyを軽々と無視し、「アイスが蒸発したこと(だけ)に落ち込む」。つまり、このようなアイコンはNutty、LiftyとShifty、2つの世界の「衝突」によってのみ、はじめてつくりだされる。そしてほとんど人体のすべてともいうべき脳すら放出をためらわないNuttyの自由な行動によって、緊張した、意味的な複数世界をかたちづくっていくのである。
世界と世界の分断、新たなリアリティ(世界観)への挑戦
さらに、分析者がいる現実世界と作品世界の分断に注意するがよい。間接的にいえば、複数世界性はあきらかに制作元の企業や原作者が所在するアメリカの多文化社会性を反映した作品であるが、そうだということよりも、このような動画による文法がCGアニメーションで可能なことが実証されたということのほうがはるかに重要である。現実からこれほど自由に分断を表現できる柔軟な性質が現代のCGによるアニメーションにあることを、このような動体ほど雄弁にものがたるものはない。「飛び出る脳」、「暴力無視」、「悲壮」というアイコンは、それぞれ短く流される軽薄さをうけとめながら紙層的に重ねあわされ、さらに一転して「出血滑り台」、「凍る炎」、「氷漬けの原始人」というはなはだ日常的な放射状の感覚科学的比喩にうつって、最終的に皆が動かなくなるというマテリアリティのなかに解決される。
なぜこのような世界観が一つ一つ据え置かれたのか。答えは明瞭であって、新のリアリティーはアイコンによってしかとらえられないからだ。現代の状況はどの時代にもまして世界観をしばりあげている。そのような窮屈の時代のなかから、新たな世界観を発見しうるのはやはり世界観以外にはない。しかし、世界観は、あの素朴なアイコン、脳を放出し、暴力を無視し、悲壮感を漂わせるという世界観のなかに自己放棄する勇気をもたぬかぎり、新たな世界観を対象化することはできない。まったくもって身体が分離することに納得しないキャラクターにおいて悲壮感は手にありあまる。ありすぎて無視されがちな悲壮感を逆に手にとってみよ。
娯楽のある世界、引きつけ離す物語から踏み出す一歩を
鋭利なもので人を貫くことは現実でも意外なほど頻繁に起こる。現実世界においての「事件」に悲壮感などない。社会が考えるのは再発防止であり、あるいは個人の周りにしか悲壮感がない。本来一定の人口をもって悲壮感を共有することなどできない。悲壮感の共有という願いはHappy Tree Friendsにおいても失敗している。しかしその行き過ぎた悲壮感から言葉も物理法則もない世界と現実世界との癒着が見え(悲壮感がなければこんな動画誰がみるのだろうか)、だからこそ作品世界と現実世界の断絶を味わうことになるのだ(誰がこんな動画に悲壮を感じるのだろうか)。娯楽作品だからこそ、この断絶がしっかりと眼に焼き付く。
動体についてふたたび触れると、アウトローアニメーションに見られうる描写がHappy Tree Friendsには見られないことがわかる。内臓が破裂するにもかかわらずスカトロジーの描写がないことからも、性的な文脈は極力排除されている。悲壮の観点から行われる局所的な癒着と、そこから生まれうる性的文脈を排除した戦略的世界観分断から、計算しつくされた娯楽主張の重みが発生している。Happy Tree Friendsの全エピソードには重い、巨大な、混沌とした「殺害」があり、登場キャラクターはその重みを簡単に切れる身体でうけとめながら、ともかくも立っている。しかし、それと同時に、登場キャラクターは自らの受ける仕打ち――簡単にバラバラに砕け散る身体の有様に正面から向き合って悲しみ、ほとんど絶望しかけている。「全員無事」をめざすことは許されない不誠実であるが、とはいえ最終的には皆が死ぬために誰も死ぬことを悲しむこともできない。
まさにここにおいて、すなわち作品内における絶望と悲しみの不可能性、あるいは視聴終了による絶望と悲しみ、双方の否定によって作品の娯楽性という磁場(動体的物理現象)は発生している。ただし、この磁場に自ら埋もれにゆくのはまったくあやまっている。引かれながらも磁場を利用して新たな方向へ飛び出す糧にしていけばよい。Happy Tree Friendsのもつ、寄せては返す潮の性質を作品世界の外側においてより増幅させることが、作品世界と対峙した視線の彼方へ向けて勇気ある一歩を踏みしめることにつながるのである。
模倣文献:江藤淳(1988)『作家は行動する 文体について』河出書房新社
参考映像:Happy Tree Friends – Swelter Skelter (Ep #66)
https://www.youtube.com/watch?v=QP9DC1a54u4
(グロテスクな表現が含まれており、視聴には注意が必要です。)
参考資料:川遊びで銛、当たった兄死亡 中2弟を傷害容疑で逮捕
http://www.asahi.com/articles/ASJ726T8SJ72POMB00H.html
文字数:4143