印刷

界面批評宣言――「ゴジラの命題」と近現代日本のサブカルチャー

 序
 ゴジラが再びこの国に姿を現したとき、その巨軀があたかも書割りのごとく表象されていたことを記憶しているだろうか。ゴジラは鎌倉の水平線をかぎるように再び日本へと襲来し、その業火で東京を焼き尽くす。この再上陸のシークエンスは従来のゴジラシリーズと異なり、『シン・ゴジラ』(2016年、庵野秀明総監督)で散見される遠景のショットであることに注目したい。同作はある特質ゆえにゴジラの相貌を極端に引きで捉えたショット(あるいは、その逆に接写ともいうべき近景のショット)が頻出する。
 鎌倉に姿を現したゴジラ第4形態の“書割っぽさ”もまた、同様の理由に起因している。その理由とは、つまるところ『シン・ゴジラ』において彼の怪物は全編にわたってフルCGで描出されているということだ。

 『シン・ゴジラ』とは何か。東京湾沖に現れた巨大不明生物は蒲田に上陸、その体躯を引きずりながら街を破壊していく。日本政府が対応に追われる一方、巨大不明生物による被害が拡大する。超速度で進化する巨大不明生物は二足歩行を開始し、ふたたび東京湾へとその姿を消す。若手官僚たちを中心に政府が対策を思案するなか、第4形態へと進化した「ゴジラ」がふたたび東京を目指してこの国に現れる――。
 同作でのゴジラは現実に「痕跡(指標性)」を持たないため、その相貌はスクリーンという平面の上にしか存在しない*1。より正確にいえば『ゴジラ』(1954年、本多猪四郎監督。以後、ファースト『ゴジラ』表記)であれば、セットにその身を置いた100キロ近いギニョールのゴジラがフィルムという支持体に記録されていたが、同作におけるゴジラはデジタル・データ上に加工/仮構された平面的存在にすぎない。いまやハリウッドを中心にデジタル上の映像加工を伴わない映画を探す方が難しく、多くの観客はCG映像に特段違和を感じることなく消費する事態が出来しているといえよう。
 しかし、冒頭のシークエンスにたち戻るならば、ゴジラは空気遠近法によってあたかも鎌倉を映した光景(疑似空間)に実在するかのようにコンポジットされているが、視る者にとってその虚構性は明らかである。なぜ『シン・ゴジラ』はある種の現実性の不和を感じさせるのだろうか。
 きわめて技術的な水準から考えてみよう。わたしたちはごく体感的なレベルでゴジラの虚構=平面性を感得しているが、たとえば実際の生物の表皮(肌理)はその乱数的な凹凸によって実に複雑な光の反射を相互に繰りかえす。現在の映像技術の水準ではその光の乱反射(生物の質感)までを十全に再現するシミュレーションは難しく、ここに無機物のCGによる再現とは異なる現実性(リアリティ)の壁が位置している。
 実写映像のなかにゴジラというCGによる被造物が配されるとき、この現実性の壁によって精巧なわたしたちの視覚は無意識のうちに生理的違和を覚えることになる。誤解のないようにただちに言い添えておけば、筆者は従来のアクターが操る「着ぐるみ」のゴジラにリアリティがあったと主張したいわけではない。ここで問題としているのはどちらにより現実性があったかという比較でなく、ゴジラが現実空間に実在したか/平面に描かれたものであるか(指標性を伴ってカメラに記録されたか否か)という存在論的問いだ。じっさい、ファースト『ゴジラ』にはギニョールに身を包んだ中島春雄という現実的な指標(痕跡)はあるものの、特撮セットというすべてを縮約した映像に虚構性は孕まれざるをえない。換言すれば『シン・ゴジラ』における虚構性は空間表象を裏切るゴジラの平面性に位置しており、それは従来のシリーズとは別種の虚構性だということである。

 この『シン・ゴジラ』の虚構性とは、まさしくカメラ・アイで捉えられた現実空間とCG技術によって描かれた平面の“あいだ”に位置している。実写の背景と、それとは別のレイヤーに存在するゴジラの表象との懸隔。本論はこの現実性の齟齬を生む地点を「界面(inter-face)」と呼ぶことにしよう。この界面性こそが『シン・ゴジラ』の特質である。
 ここで問いを立てなおす必要がある。では『シン・ゴジラ』における「界面」は、特撮セットで撮影されてきたこれまでのゴジラシリーズと、どのように異なる虚構として視る者の前に現れるのか。突きつめて言えば、なぜ『シン・ゴジラ』において彼の怪物は特撮セットという空間から平面へとその存在を隠したのか――。
 議論の一部を先取りすれば、この探究には技術的水準にとどまらない社会的背景がつきまとうように思える。2016年に公開され、それぞれ異例のヒットを記録した映像作品すべてにこの「界面」の問題系が貫通しているからだ。そして、それらの作品がこの国における災禍を虚構上で再演した物語であることもまた看過することはできない。
 災禍はその衝撃ゆえにわたしたちの生活における現実性を揺るがす事象である。災禍の後、その経験を語る芸術は多かれ少なかれその衝撃を「界面」として作品に刻印するのかもしれない。後述することになるが、『シン・ゴジラ』は2011年にこの国を襲った東日本大震災、そしてメルトダウンによる原発事故を連想させるシークエンスをあまりに多く含んでいる。震災から5年が経ち、あの災禍の経験を時と空間の懸隔を超えた他者に伝えるべく、その象徴たるゴジラは「界面」を身にまとった存在となったのではないか。また、同年に公開され、それぞれヒットを記録した長編アニメ作品『この世界の片隅に』(2016年、片淵須直監督)と『君の名は。』(2016年、新海誠監督)は、両作ともに戦争や自然災害を主題として描き、それぞれが相異なる態度でこの社会を襲った災禍を再演してみせる。たとえば『この世界の片隅に』では作品のアニメーション(平面性)という出自を露呈し続ける演出のうちに、『君の名は。』では断絶しているように思える現実性の(非)連続に、わたしたちは「界面」の問題系を目撃することになるだろう。

 同時発生的に生まれた「界面」の芸術はなぜ災禍を再演するのか。この命題は必然的に「空間表象を裏切る平面とは何か」という問いにたどり着くことになるだろう。しかし、本論の平面へのアプローチはこれまでの批評の蓄積とはいささか異なるものになるはずだ。平面――それをスクリーンの表面とするならば直ちに蓮實重彦による「表層批評」が連想されることだろう。あるいは美術批評家クレメント・グリーンバーグによる絵画に対するモダニズム(メディウム・スペシフィティ)の議論から導出された「平面性」を想起するかもしれない*2。
 しかし、“空間表象を裏切る平面とは何か”を問う本論の「界面批評」はそれら内在的なアプローチ(フォーマリズム批評と換言してもいいだろう)とは、決定的に態度を異にしているといえる。また、平面性(flat)を問う思索はポストモダン思想と密接することで時に非-歴史性を強調するような議論も存在するが、本論はそのようなアプローチも採用しない。この批評文は平面を内在的にだけ扱わず、また平面をこそ歴史的に――ときに日本近代の始源にまで遡行しながら「界面」という視座から思考することになる。

 アニマティックと「ゴジラの命題」
実写映像という空間表象を裏切る『シン・ゴジラ』の「界面」はどのような虚構性を伴って視る者の前に現れるだろうか。3.11という災禍を再演する同作はゴジラを全編においてCGによって平面上に描き出すこととなった。それはなぜか。
 ファースト『ゴジラ』のような従来のシリーズでは彼の怪物はギニョールという実体をカメラに捉えられてきたのであり、現実空間に指標性(痕跡)を持つ存在だった*3。そのゴジラが『シン・ゴジラ』では存在を完全に「界面」のなかへと隠すことになる。ここで『シン・ゴジラ』の表象を裏支えしている中核的技術「アニマティック(animatic)」について触れておこう。同作のゴジラはその制作技術によって現実空間に痕跡を持たず、かつその動作をすべてあらかじめ規定されることとなった。

 アニマティックとは大まかに表現すれば、CGによるデジタル絵コンテともいうべき制作技術である(日本では「プリヴィズ(Pre-Visualization)」と呼称されることが多い)。アニメ―ションにおける絵コンテが実際の作品の画角・レイヤー(位置関係)・図像を大まかに画定しているように、アニマティックもまた映像作品の「下書き」と呼ぶにふさわしい。もちろん通常の映画にもコンテは使用されるが、コンテとアニマティックの最大の違いはそれが「映像」であるか、という点に集約される。つまりコンテは静止画でしかないが、アニマティックはそれ自体が一つの「映像」であるため、キャラクターの動態やショットの長さまでをも規定することが可能になるのだ。またコンテがあくまで二次元のスケッチである一方、アニマティックは三次元をシミュレートした仮想空間の上で映像を「下書き」する。
 『シン・ゴジラ』では撮影の前にすべてのショットをアニマティックで描いており*4、撮影はアングルから人物の動きまですべてが「下書き」たる映像に沿って実施された。着目すべきは特殊効果の必要のない、素朴な「実写」のシークエンスですら『シン・ゴジラ』はすべてアニマティックを使用していたことである。

 お気づきの読者もいるだろうが、この制作手法はアニマティックの語源に等しく、きわめて「アニメ」的といっていい。アニメーションは作画においてスクリーンの全てを作り手に統制されており(すべての細部に神を宿す)、アニマティックはその力学を実写映画において応用することを可能にした。これはじつに皮肉な事態でもある。実写映画の媒体特性がそのカメラ・アイによる偶然性の記録だとするならば(作家の意図を超えてカメラは現実のすべて――偶然をも写し取る)、アニマティックはその特性を無に帰してしまう技術だ。「すべての映画はアニメになる」という押井守の箴言はこの地点で達成をみることになる。
 またアニマティックは三次元をシミュレートした仮想空間を用意するが、そこにはカメラのレンズ設定さえ内包されている。つまりこのテクノロジーは光学空間そのものをシミュレートしており、その上にゴジラや実際の風景などがデジタル上に描出/付与されていく(東京の都市景観や日米の戦闘機は実際のモデル/データをシミュレーション上に落とし込み、CGでふたたび加工された)。
 現在CGを使用しない作品がほとんどないと言われ、また支持体もフィルムからデジタルへ完全に移行しているハリウッドにおいて、アニマティックは一般的な制作手法となっている。SFやコミックを原作に持つCGを多用する作品などは、アニマティックでロボットやモンスターをデジタル上で造形し、撮影事前に動態をシミュレートすることは制作工程の要点となるからだ(ちなみに『シン・ゴジラ』は全編に渡ってこの手法を導入して制作した国内初の長編映画である)。

 ことほど左様に『シン・ゴジラ』はCGシミュレーション(平面)上でアニメートされた後に実写で撮影されていったのである。このCGゆえの可塑性を持つ同作のゴジラは、これまでのシリーズでは描きえなかった豊穣な「細部」を獲得することになる。たとえば『シン・ゴジラ』における最も抜本的な形態の変更だった尾の表象(先端には第二の顔が刻印されており、単独で画面を覆いつくすに足る存在感を獲得した)、第2形態から第3形態への進化に際しての脱皮を思わせる肌理の表象、線状火炎を吐き出すときに複数に分裂する開口部など、いずれもこれまでのゴジラシリーズを支えてきた「ギニョール」では描き得なかった表情といえるだろう。ゴジラは界面的存在と化すことによって、エイゼンシュテインのいうアニメーションならではの「原形質性」を獲得した*5。

 『シン・ゴジラ』ではゴジラの実体そのものは現実空間に存在しないので、CGによる加工物として平面(虚構)性を顕わにしながら、空間を捉えた実写映像のなかに立ち上がることになる。その界面的虚構性は従来のゴジラシリーズにおけるギニョール(着ぐるみ)の虚構性とはいったい何が違うのか――。
 かつて批評家である斎藤環は実写/アニメーションにおける現実性の差異を次のように論じている。

表現ジャンルをコンテクスト性の高い順に「アニメ」「コミック」「TV」「映画」と並べてみることができる。…ここで「コンテクスト性」とは、表現ジャンルそれ自体が、その細部の意味を規定する度合いを指している。…視覚メディアは、その「表象コンテクスト」が理解されていなければ、おそらく幻視にひとしいものになろう。*6

 「表象コンテクスト」とは視覚メディアそれぞれの固有の運動性であり、その文脈に沿うことで作品はジャンルにふさわしい「現実性」を得る。実写映像とはフィルムであれば1秒24コマからなる、指標性をともなう運動の再現前である。一方でアニメーションはすべてが作家の手によって統制された、(基本的には)指標性を持たない「絵」の連続投射による運動の捏造である。当然ながら両者の現実性(リアリティ)は異なってくる。たとえばロトスコープという作画技術は現実における人間の動態をそのまま「アニメ」にトレースすることを可能にしたが、その動きは決してアニメーションにおいて「リアル」なものとして受容されなかった*7。ロトスコープによる作画は動きが“現実的すぎる”がゆえに、アニメーションのなかでは非現実的なのである(そこでは現実よりも誇張された動態こそが自然になる)。

 ファースト『ゴジラ』を含む「特撮」もまた、それ独自の表象コンテクストを持っている。何百分の一のスケールで再現されたセットを同比率で縮約された怪獣および異星人が動き回るというのが特撮の観客にとっての約束事であり、現実性である。それらセットを使用した映像による特殊効果は、ある一つの表象コンテクストを形成する。
 では、『シン・ゴジラ』における虚構性はどうか。『シン・ゴジラ』の特質たる「界面」とは、表象コンテクストと表象コンテクスト間のズレが生じる境界線に位置している。その境界線はちょうど先述したアニメーションにおけるロトスコープの効果(アニメーションにおける実写的存在)とは正反対の事態を生んでいるといえるだろう。つまり、『シン・ゴジラ』ではカメラ・アイで捉えられた現実の都市景観という「実写」の映像に、それを裏切るCGによる平面的加工物(ゴジラ)が付着しているということだ。
 表象コンテクスト間の断層に位置する「界面」。この点で『シン・ゴジラ』の虚構性は従来のゴジラシリーズにみられる特撮という単一の表象コンテクストからなる虚構性と、その性質を完全に違えている。総監督の庵野秀明はアニマティックから本編映像を撮影していく段階において、再三再四「プリヴィズ(アニマティック)どおりに」という発言を繰り返したことが知られている*8。コンピュータ上の演算による動態が生み出す生理的違和を強調することで、庵野は積極的に表象コンテクストの「ズレ」(実写映像上のリアリティの欠如)を強調する。この界面性ゆえに周囲の実写映像という表象コンテクストからたえず逸脱し続ける――いわば自己差異化する存在としての――ゴジラがスクリーンに立ち上がることになる。

 『シン・ゴジラ』は表象コンテクスト間の断層という虚構性をともなってわたしたちの前に現れる。この界面はいかなる理由で作品に要請されたのか。なぜ、ゴジラは実写映像に捉えられた空間から平面へとその存在を境界線上に隠したのか――。
 同作は2011年の東日本大震災の再演をその主題に持っている。蒲田の呑川を上ってくる第2形態のゴジラの表象は震災における津波の被害を想起させ、また蹂躙された街に山積された瓦礫は被災地の光景をわたしたちに強烈に思い起こさせる。ゴジラの移動経路から放射線が検出されるシーンでは、メルトダウンによって「水素爆発」を引き起こした原発事故がただちに連想される。ゴジラ対応に追われる官邸の描写も3.11の再現といっていいほどアナロジーに満ちている。
 震災を直接体験した人にとってその記憶は様々な表情を持つだろう。5年以上の月日が経ったとき、その「経験」を誰かと共有することは一層難しくなる。時と空間の懸隔を経た他者にある経験を伝えることを表現と呼ぶのならば、わたしたちはいまやコミュニケーションや表現を通じた想像という形でしかあの震災に接しえない。そして、原理的に経験とは誰とも共有することができないものだ。
 いつ忘却されてしまってもおかしくない、共有不可能な災禍をもう一度想像してみせること。その表現として実写映像はあまりに「リアル」すぎるのかもしれない。共有不可能であり、伝達不可能な「経験」を伝えるには、わたしたちは非現実的な虚構(想像)を通過する必要があるのではないか。実写という指標性を持つ、正確な現実の再現前から逸脱し続けるゴジラを視ることによってこそ、わたしたちは再びあの震災を想像する可能性を手にする。

 ゴジラは「界面」という違和を纏うことで、その想像不可能性によって災禍を象徴しうる存在である。ここで本論は、この仮説を「ゴジラの命題」と呼ぶことにしよう。虚構的界面によってこそ、現実に起こった共有不可能な災禍の「経験」を他者にひらくこと。「ゴジラの命題」は『シン・ゴジラ』と同年に公開された二つのアニメーション作品を貫通する問いでもある。「ゴジラの命題」を解くにあたって、同じく界面の問題系に貫かれた作品――『この世界の片隅に』を次項で検討してみたい。

『この世界の片隅に』と「界面」の問題系
クラウド・ファンディングによって制作の援助を受けつつ、およそ6年に渡る制作期間を経て公開されたアニメーション映画が『この世界の片隅に』である(原作はこうの史代が『アクション』に連載していた同名の漫画作品)。興行収入21億(2/19時点)というインディペンデント作品としては異例のヒットを記録している。『シン・ゴジラ』と同年に公開された同作にも界面(空間表象を裏切る平面性)の問題系を明瞭に看取することができる。

 『この世界の片隅に』のあらすじは次のようなものだ。広島市江波で育った浦野すずは呉市の北條周作のもとへと嫁ぐことになる。時は戦時下であり、軍港として栄えていた呉はたびたび米軍による空襲の被害を受ける。絵を描くのを得意にしていたすずだったが、戦火のなか時限爆弾によって自分の右手と姪の晴美を失ってしまう。すずの日常を丹念に描写する一方で、同作は迫りくる戦況の悪化と広島への原爆投下を間接的に描きもする。終戦後、すずと周作は晴美を思わせる戦災孤児を家へと引き取り、育てていく――。
 同作は背景美術などの作画に膨大な考証作業を経ているため、きわめて事実に忠実である一方、絵のタッチそのものは従来の日本のセル・アニメ的である(作画作業はほぼアナログであり、コンポジットはデジタル上で行われた*9)。その点で同作は対比されることの多い『君の名は。』の写実的な側面を持つ背景美術とは、一線を画している。

 まず『この世界の片隅に』で注目すべき特性は、すずがたびたび作中で絵を描くというモティーフである。このモティーフはアニメーション上の空間(作品世界)における平面の現出という効果を発揮する。たとえば冒頭のすずの幼少期を描く場面は、通常のアニメーションとして展開されつつも、突如として別のレイヤーが出現し、その場面はすべてすずが妹のすみに「絵」を描きながら思い出話を聞かせている結構であることが明らかにされる。この演出にはスクリーンに映る作品世界(空間)が「描かれたもの(平面)」であることを露呈する効果が孕まれている。わたしたちはアニメーションを観るとき、それが絵(平面)であることを暗黙のうちに了解しつつ、虚構の世界(空間)を想像しているものだが、『この世界の片隅』はアニメーション世界の虚構性をまざまざと自己言及してしまう。
 つまり『この世界の片隅に』で発生しているのは、疑似空間(作品世界)とそれを破綻させる平面の衝突というきわめて「界面」的事態である。そして、この現象は同作のいたるところで散見される。すずが女学生の頃、思いを寄せていた水原哲との岸辺での邂逅のシークエンスでは、飛び魚が海辺を跳ねる情景がそれまでのリアリズムを超出した形で描かれる。海辺の情景は突如すずが描いた絵のようなタッチに変容し、キャラクターはきわめて絵(平面)的な背景のなかでアニメ―トされていく(虚構=界面性の露呈)。
 また、すずが呉で空襲を受ける場面では、米軍戦闘機による空からの爆撃が突如としてすずの絵(心理内描写)のように七色で描かれることになる。時限爆弾によって姪の晴美を亡くすシークエンスではスクリーンは暗転し、線描画の過程が緻密に展開されていく。この他にもすずが失くした右手を回想するショットでは、寝室の輪郭線が歪曲していき、それが描かれた絵であることを強調する。原爆投下後に軒先の大木にかかった障子の紙(平面)に挿入されるアニメーション、呉の海に沈んだ戦艦「青葉」を発見するシークエンスや産業復興奨励館(のちの原爆ドーム)をすずが描く場面などにも同様の演出は一貫して通底している。

 アニメーションが描かれた虚構(平面)であることを、その疑似空間のうちに露呈させること。界面の問題系が『この世界の片隅に』にも貫かれており、同作もまた戦争および原爆投下というこの国における災禍を扱うことで「ゴジラの命題」へと接近していく。
 あらゆる経験とは究極的には共有不可能である。だが、社会には引き継ぐべき経験が存在するのもまた事実だ。経験を伝達し、共有するためには何らかの形に表現し、その表現されたもの(象徴)を通じて他者へとひらいていかなければならない。象徴化や抽象化なくして社会は成立することができない。『この世界の片隅に』はすずにとっての、あるいはこの国にとっての戦争という災禍の経験を、アニメーションにおける界面の表出によって現前せしめた――。

 『シン・ゴジラ』『この世界の片隅に』が公開された2016年には「界面」の前景化をより看取することのできるアニメーションが公開されている。その作品――『君の名は。』もまた災禍を再演していることはこの傾向が単なる符号ではないことを暗示する。

『君の名は。』と表象コンテクストの(非)連続
 昨年8月に公開され、現在興行収入243億円(2/20現在)を記録するメガヒットとなったアニメーション映画『君の名は。』はかぎりなく『シン・ゴジラ』と近い主題を持った作品といえるだろう。ゴジラに象徴された震災のイメージは『君の名は。』では彗星の隕石落下に仮託され、同作もまたこの国を襲った災禍を再演することになるからだ。
 東京に住む高校生・立花瀧はある日突然、地方にある糸守町に住む宮水三葉との「入れ替わり」を日常的に経験するようになる。やがて「入れ替わり」が途絶えると、瀧は消失していく記憶をたよりに三葉を探しに行くことになる。瀧が三葉のいる糸守町にたどり着くと、そこには3年前の彗星の落下によって跡形もなく破壊された糸守の情景が残されていた。瓦礫が水面に山積する様子や立ち入り禁止のテープは、視る者に否応なく3.11の記憶を想起させる。糸守町は完全に破壊され、三葉もまた隕石によって命を落していたことを瀧は知る。
 やがて『君の名は。』は時空の跳躍によって彗星落下による犠牲から糸守町の人々を守り、最終的に瀧と三葉の二人の再会を描いて幕を閉じることになる。

 一見するとアニメーションという一つの完結した表象コンテクストを持つように見える『君の名は。』だが、ここでも「界面」の問題系が作品を貫通する。
 新海誠は写真を作画に取り込むことで、その作品にフォトリアリスティックな背景描写を与える作家だ。また新海作品の「実写っぽさ」はその他の要素にも裏支えされている。その最たる例はアニメーションには本来不要なはずのレンズフレアやゴーストといったカメラでの撮影にしか発生しないはずの光学事象が平面に描き込まれていることだろう。太陽を画面に捉えたショットでは必ずゴーストが画面上に描き込まれ、また空気中に漂う塵が光を反射する演出もわざわざ作品に挿入されている。それらカメラによって撮影された映像に偶発的に入り込む現象を描くことで、新海作品の(疑似)フォトリアリスティックな作品背景が完成する。
だが、その一方で写真取り込みなどの「空間」を模倣する技術を導入しながらも、『君の名は。』でのキャラクター描写はじつに平面的な“書割りっぽさ”を備えている。現実空間を模倣する志向性をもつ背景のうちに、従来からのセル・アニメ風のタッチで描かれた平面的キャラクターがコンポジットされているのだ(新海のキャラクター描写はともすれば平板であり、そこに強烈な個性を感じさせることが少ないことも多くの論者がつとに指摘している)。
平面的キャラクターと空間的背景が衝突する「界面」がここに発生する。『君の名は。』における背景描写を写実的と捉えるのなら、この作品の図と地のあいだ(inter)にはたしかに表象コンテクスト間の断層が生じている。

しかし、である。『君の名は。』を視る者は同作に潜む「界面」に違和を覚えるだろうか。画面を凝視さえすれば、そこにはたしかに平面的キャラクターと写実的背景の「あいだ」には表象コンテクストのズレが発生しているのもかかわらず、多くの観客はそのズレを繊細に感得することはない。それはなぜか。
まず平面性と空間性の衝突(「界面」の生起)という事態は『君の名は。』のみ看取される事態ではなく、「デジタル的転回」を経たこの国の多くのアニメにおいて発生している今日的事象であることを確認したい。セル画をもちいたアニメーションの制作過程がデジタル化することで、現実空間を模倣した作画は写真取り込みなどの技術によって容易となる。しかし、その一方でわたしたちがアニメーションに感じる表象コンテクストは、キャラクターまでをも写実的に描くことを許容しなかった。ここにリアリティの追求のはてに早々に3DCGによるアニメーションを導入したディズニー/ピクサーとは異なる、現代日本のアニメーションにおける新たな表象コンテクストが位置しているといえよう。その表象コンテクストではセル・アニメ風のキャラクターとフォトリアリスティックな空間という異質な描写のスタイルが共存することになる。このとき平面的キャラクターが縦横無尽に、写真を取り込んだ(疑似)空間を動き回ることは「自然」になる。
じっさい『君の名は。』で美術監督を務めた丹治匠は、この平面性と空間性を折衷する制作上の工夫を語っている(「セルの密度に合わせて背景のハイライトの細かさを調整するとか、そういう配慮をしています。端っこは少しラフに描いても、 セルのあたりは細かくしておこうとか」*10)。また、新海作品における彩色の独自性もまた写実性という観点からでは説明しきれない、アニメーションならではの「質感」を背景に生み出すこととなっている(写真取り込みによる対象の忠実な模倣からの逸脱)。
このように写実的でありながら、同時に美しく作為的な背景を描くことで『君の名は。』は、そのうちに潜む「界面」を視る者から隠蔽することに成功している。それは違和感のない十全で美しい映像であり、そこには虚構性を露呈させる表象コンテクストの懸隔(inter)は存在しない。
これは作品のナラティヴとも相関する問題だろう。『君の名は。』ではタイムリープによって彗星落下の「災禍」から糸守を救うことになる。電力会社を破壊し、町の放送システム(メディア)を自分たちの手に取り戻し、災禍を克服する。これ以上にない3.11の(希望的)再演によって災禍は解決され、犠牲になるはずだった者の名前は忘却されていく――。災禍の再演という行為にひそむ虚構性を隠蔽するとき、視る者は現実に災禍が解決されたかのようなカタルシスを得て劇場を後にする。界面という虚構こそが災禍を他者に伝達し、想像させることができる――「ゴジラの命題」をそのように換言するとき、界面性を隠蔽する『君の名は。』は災禍の忘却として機能したとみることもできるかもしれない。

『シン・ゴジラ』『この世界の片隅に』『君の名は。』という2016年にヒットした作品群を「ゴジラの命題」を通じて思考してきた。後者二作品はアニメーション映画であり、『シン・ゴジラ』もまたアニマティックによってきわめて「アニメ的」に制作されていることをすでに確認した。
ここに一つの問いが立ち上がる。本論は虚構性の現前をもたらす「界面」を、空間表象を裏切る平面として定義してきたが、それはアニメーション作品の近傍にのみ現れる事象なのだろうか。それとも「ゴジラの命題」は特定の領野だけでなく、あらゆる表象コンテクスト間の断層すべてに通底するものなのか。
わたしたちはここで時間軸を大きく遡行することで界面の問題系を拡張することを試みたい。そのとき「ゴジラの命題」はアニメーションの領野から逸脱し、より本質的な問い――空間表象を裏切る平面の「平面性」とは何か――にたどり着くことになるはずだ。

時計の針は明治時代、日本近代の始源にまで巻き戻される。

*******

近代日本初の「災禍」
この国が近代をむかえて以後、初めて経験することになった「災禍」――それは5つの村と11の集落が跡形もなく姿を消す自然災害だった。死者477名を記録する近代日本がはじめて経験することとなった災禍とは、1888年に福島県で発生した磐梯山噴火である。7月15日午前7時に発生した地震を契機に磐梯山は「水蒸気爆発」を15回以上繰り返し、その岩屑なだれは北麓に位置する村々を襲った(被害地総戸数は463戸にのぼる)。この災禍は明治・大正・昭和・平成を通じて最悪の被害をもたらした火山噴火である。磐梯山は1888年のこの噴火によって山体の一部が完全に崩壊し、今に至るまでその姿に災禍の痕跡を残し続けている。
磐梯山噴火は近代化以後初の災禍として、それまでにない一つの特異な性格を有している。それはこの災禍が当時、普及間もない「写真」によって記録されているということである。磐梯山噴火は写真ジャーナリズムの歴史でも一つのメルクマールであり、当時の新聞は従来どおり「絵」でその被害状況を伝えているものもあったが、同時に写真を元とした版画によって災禍の現況を伝える記事も掲載されるようになっていった。
ここでわたしたちはこの災禍を最先端テクノロジーたる写真で記録し、ルポとともに新聞上で言説を展開した思想家――田中智學(1861-1939)の存在を看過してはいけない。田中智學は磐梯山噴火の発生の報を聞くと、「写真に撮り幻燈に視し人の感情に訴えて、慈善福田の木鐸ともならばやと自ら思」い立ち、噴火発生の5日後には写真師を引き連れて現場へと向かっている*11。智學は磐梯山噴火による被害の状況を写真に収め、読売新聞にルポルタージュを連載(「磐梯紀行」)として寄稿することになる。また被災地の状況を民衆に周知させるべく、写真スライドを会場で投影する写真幻燈会を東京や近県各地で連日開催するる。「磐梯噴火実況視察写真幻燈説明演説会」と名称されたその幻燈会で集まった資金は、救援金として被災地に送られた――*12。

田中智學とは何者か。智學は父・玄竜の影響のもとに日蓮宗の僧侶として仏教を学ぶ。しかし、明治以降の近代日蓮宗のあり方に疑問を感じた智學は還俗し、1880年に蓮華会を結成して精力的な活動をはじめる。智學の思想の要諦は「国体=仏法」の思想に基づく超国家主義にあるといえるだろう。日蓮の教えに皇国主義的解釈を独自に加えることで、智學は天皇による世界統一を道義的に肯定する(ここに智學の造語でもある「八紘一宇」の世界が到来する)。1884年には立正安国会(のちの国柱会)を結成し、本格的な日蓮主義活動を開始すると宮沢賢治、石原莞爾、北原白秋、井上日召など政治・軍事・思想など様々な領野を横断して支持を集めることとなった。
戦後には超国家主義として糾弾される思想を胚胎した田中智學は、その一方で芸術活動にも積極的に携わっていたことはあまり知られていない。還俗する以前より智學は和歌・俳句に親しみ、新体詩や歌謡の作詞から小説・戯曲の執筆も手掛けていた(戯曲は歌舞伎座で上演されることもあった)*13。超国家主義の源流という視座からは語ることのできない側面を智學は備えているといっていい。
やがて智學は写真や幻燈といったニューメディアにも関心を示し、先述したような写真幻燈会も催行するようになっていく。国体と仏法を同一視する智學にとってこの国が直面した磐梯山噴火という厄災に自らの役割を感じ取ったにちがいない。近代日本初の「災禍」を国民に共有すること――写真幻燈会はその試みの一つであったが、智學はその後、より本質的な表現でそれを実践することになる。そして、そのとき智學の残した幻燈もまた舞台上でのメディアミックスによって「界面」の問題系に貫かれることとなる。

 1893年の「界面」
智學の催行した、磐梯山噴火の災禍を伝える写真幻燈会に足繁く通っていた一人の役者がいた。その男――五代目尾上菊五郎は智學の強い影響のもとに河竹黙阿弥と組んで磐梯山噴火を題材とした歌舞伎を、震災から5年が経った1893年に中村座で上映することになる。その歌舞伎『音聞浅間幻燈画(おとにきくあさまのうつしゑ)』は磐梯山噴火を題材としただけでなく、ある特異な演出をそのうちに含んでいた(作品設定としては1783年に起こった浅間山の噴火に変更されていたが、「是万代話柄(こればんだいのはなしぐさ)」という肩付きから作り手と観客の間ではそれが磐梯山噴火のアナロジーであることは共有されていた。じっさい智學は会場の中村座で被災地から持ち帰ってきた溶岩や火山弾を実物展示してもいる)。
智學の写真幻燈会に強く影響を受けていた尾上菊五郎は、その幻燈を劇中で使用することを決める。『音聞浅間幻燈画』は歌舞伎であるから、当然ながら舞台という空間上で役者による演技を観客に見せていくことになる。しかし、智學の考案したその特異な演出によって同作のクライマックスにあたる浅間山(磐梯山)の噴火を描く場面で、「界面」の問題系が立ち上がることになるのである。
噴火を描くクライマックスにおいて菊五郎は磐梯山のスライド映像(幻燈)を浅間山として舞台の後方に映した。そして場面の進行が噴火の瞬間になると、「猛然たる爆音」とともに幻燈を写真から噴火によって山が割れる様を描いた絵のスライドに切り替えたという*14。演出はそれにとどまらず、「濛々たる黒煙が爆音と共に出て来る」という特殊効果もあわせて使用していた。

舞台芸術は観客の視点を決して一点に集約することはない空間性を有している。だが、『音聞浅間幻燈画』の幻燈はその舞台上という空間を裏切る平面性によって、表象コンテクストの断層を生じながら観客の前に立ち上がってくることになる。たしかめるまでもなく、それは役者の身体という現実性とは異なる虚構性を孕むことになる。平面性ゆえにあたかも書割のように舞台空間に出現する幻燈は、視点を少しでもずらせば描かれた周囲の光景との間に歪みが生じてしまう(視点は移動するのに対象の姿形は変化しない)。一方で舞台上は空間性ゆえに視点がずれても、対象(役者)の大きさや形の変化によってその同一性が失われることはない。この二つの表象コンテクストの混在に、まさしく界面の発生点が位置しているといえるだろう。

虚構性をともなう界面によって、現実社会に発生した災禍を伝えようとした『音聞浅間幻燈画』。アニメーションという領野を超出してもなお、「ゴジラの命題」は反復されているようとしている。

ここでさらに思い出したいのが写真と、アニマティックという媒体特性の類似である。写真で被災地の様子を捉えるとき、智学と写真師は眼前に広がっていた光景のなかから、ある画角を選び取っている。当然ながら写真もまた平面的メディウムなので空間を再現することはできず、その疑似空間の再現前には一つの画角を決めることが求められる。ほとんど無限に近い画角選択の可能性のなかからアングルを選び取るという「跳躍」は、じつは『シン・ゴジラ』における制作過程においても等しく存在するものだ。3DCGでシミュレートされたゴジラの表象から、ある画角を選び取り、実写映像のなかに配置する。そこでは無限に存在するパースから一つの画角を選択するという「跳躍」がある。そうして配されたゴジラは周囲の映像から解離しながら界面性をその身に纏い、災禍を想像上で共有する存在となる。

被災地の光景からある画角を選び取り、それを舞台空間のうちに幻燈で投影した『音聞浅間幻燈画』、実写映像という疑似空間のうちにゴジラという平面的加工物を付着させた『シン・ゴジラ』はそれぞれその界面性によってこそ「災禍」を伝達しえた――。

界面の問題系はアニメーションから超出してあらゆる表象コンテクスト間の断層に発生するのだ。そして、わたしたちはより本質的な問いにここで直面することになる。その問い――空間表象を裏切る平面の「平面性」とは何か――に答えることは可能だろうか。

「ゴジラの命題」と残された最後の問い

空間を裏切る平面の「平面性」とはつまるところ何か。「界面」をその本質から思考するにあたって、この問いを避けて通ることはできない。

まず「空間」とはわたしたちの知覚が視る世界(光景)のすべてであるといっていい。一方、それに対して「平面」とは何だろうか。哲学者である船木亨は「平面」たる条件を次のように述べている。

平たく滑らかな前面をもつ物体は、光を反射することによってその光景のなかに別の光を導き、光景を切りとってそれを別の光景に嵌めこんでみせる。*15

空間における平面とは、光景のうちに別の光景(虚構)を発生させる存在といえる。つまり平面はその光を反射する性質にこそ、その虚構性が位置している。

なにより重要なのはそのように平面上に現れる存在とは、必然的に光の反射によってのみ推定されるにとどまるものであるということだ。空間やモノとは異なり、物質性が希薄で、かつ三次元の奥行をもたない「平面」とは、わたしたちの通常の視覚および触覚認識とは異なり、想像力を駆使しなければ感得することができない存在である。

想像でしか伝達されえないもの。それはまさしく社会にとっての災禍と等しい存在ではないのか――。

東日本大震災、広島への原爆投下、磐梯山噴火。生起した災禍そのものはその瞬間その場での一回性の出来事にすぎない。しかし、そのような出来事を受け止めた作家の手によってその経験は表現へと昇華される。犠牲者や被災者といった直接の体験者だけではなく、時と空間の懸隔を超えた他者にその経験を共有し、伝達すること。共有不可能な災禍の経験を“想像”を通じて他者にひらいていくという「ゴジラの命題」は、その界面の本質に由来している。

『音聞浅間幻燈画』で佳境に立ち上がった幻燈の投影という「界面」は、その虚構性――平面上における光の反射をみてその内実を想像すること――のうちに災禍の再演と伝達を視る者にもたらした。『シン・ゴジラ』におけるゴジラや、『この世界の片隅に』でのメタ・アニメーション的演出はそれぞれが作品世界に「界面」を発生させ、観る者に災禍の存在を“想像”させる。

それは被災地(現場)へ向かうという体験を特権視したり、災禍を体験した者のみがその出来事を語りうるという狭窄的態度とは姿勢を異にした、虚構によって他者へ「災禍」を共有するという可能性である。

本論は界面批評として『シン・ゴジラ』『この世界の片隅に』『君の名は。』そして『音聞浅間幻燈画』をその対象として扱ってきた。これらの作品に貫通している表象コンテクストの相違という「界面」から、「災禍」の経験を他者にひらく働きを「ゴジラの命題」と名付け、そのありようをみてきた。わたしたちは災禍の経験を、直接体験したものやその関係者に閉じるのではなく、時と場の懸隔を超えた他者へとひらいていく必要がある。そのためには空間における平面の表現(界面)が、その表現を視る者が象徴的に想像するしかないという点において、社会における「災禍」という出来事の本質を最も真に指示しえている。

しかし、筆者はここでこれまでの議論のなかで通奏低音のように響いていた一つの問いを等閑視してきたことをはっきりと述べておかなくてはならない。

それは共同体の問題である。『シン・ゴジラ』はともすれば災禍に直面する共同体(国家)――日本の組織力を称揚するものであったし、『この世界の片隅に』ですずは玉音放送を耳にしたとき、作中最も印象的な感情の高ぶりを顕わにする。『音聞浅間幻燈画』に大きな影響を与えた田中智學は、維新後の日本という新たな共同体を模索するなかで「国体=仏法」という過激な日蓮主義を唱えていくことになる。やがて智學の結成した国柱会は超国家主義を胚胎し、軍事力による植民地の拡大に(ある一定の)思想的背景を付与することになっていく。

界面による「災禍」の共有が、必然的に共同体(国家)の擬集性を高める効果を持っていることは疑えない。災禍を再演する作品がいかにして共同体の結束へと働きかけるのか。『シン・ゴジラ』と『音聞浅間幻燈画』は、その奇妙な反復性によって「ゴジラの命題」に潜むもう一つの側面を炙り出す。

戦後最悪の自然災害たる東北地方太平洋沖地震は誘発した津波によって、福島原子力発電所を全交流電源喪失状態に陥らせる。やがて第一・第二原子力発電所は水素爆発によって放射性物質を拡散する(この事象は同じく原発事故であるチェルノブイリの「水蒸気爆発」を連想させた)。近代以降、この国で最大の被害をもたらした火山噴火である磐梯山の山体崩壊は、地下活動によって熱せられた地下水の気化によって引き起こされた「水蒸気爆発」が原因だ。岩屑なだれは5つの村を覆い隠すように流れ込んだ。一方で3.11の津波は宮城~福島沿岸部を襲い、街のすべてを呑みこむ。

災禍の後には表象芸術はそれまで所与のものとされた「現実」との関係が揺るがされる。『シン・ゴジラ』、そして『音聞浅間幻燈画』はともに災禍の発生から5年が経って上映/上演された界面の芸術だ。その作品内に表象コンテクストの断層が生じ、災禍を象徴する存在が「界面」において立ち上がるのは必然的な要請だった。

災禍の経験を視る者に“想像”という形で共有するそれらの作品は、共同体としての擬集性を高めた点で「国体」の問題に接続される。『音聞浅間幻燈画』はその界面によって福島・磐梯山の災禍を国民に周知せしめた。その背景には田中智學という新たな国体思想を産み落としつつあった男が色濃く与えてた影響がある。『シン・ゴジラ』では日本人の組織力や、その国民性が鼓舞する作品でもあった(庵野秀明は本作を制作前のプロットメモに「日本と日本人の良さを国内外に伝えたい」と書きつけている*16)。それは3.11以降、「絆」が声高に謳われ復興にむけて一体感の演出がなされていたことと完全に同調する。

福島をその発生地とした1888年の噴火と2011年の地震および原発事故という災禍。『音聞浅間幻燈画』と『シン・ゴジラ』はその二つの災禍うちに「ゴジラの命題」を反復し、共同体への擬集性をそれぞれ高めることととなった。

しかし、災禍に対応した「界面」の作品を生み出した智學の思想は国体への熱狂をもたらし、それはやがてこの国に有史上最悪の経験につながる禍根を残すことにもなる。3.11以降、日本の政治状況は保守回帰ともいうべき現象をみせてきたことも記憶に新しい。

「ゴジラの命題」はこの地点でその倫理を問われることになるだろう。

他者/当事者という断層を前に

だが、この災禍と共同体の問題から奇妙に抜け落ちている作品があることを看過してはならない。ここまで論じてきた「界面」の問題系に貫通された作品のうち『君の名は。』だけはそのナラティヴ上、共同体(国家)への視座を欠き、瀧と三葉という二人の作中人物の物語にのみ主題を絞っている。

『君の名は。』はその作中、たえず界面(平面的キャラクターと写実=空間的背景美術の衝突)を発生させているにもかかわらず、それを視る者に意識させず、またその他の作品が生んだ共同体への擬集も呼び込まない。先述したように『君の名は。』では、虚構的界面によって現実上の災禍を他者に共有する「ゴジラの命題」は成立していないのだ。『君の名は。』が界面を隠蔽し、虚構上で災禍を解決することで、それを忘却する作品とみる可能性もすでに指摘した(幾人かの論者もつとにその問題を指摘している)。

しかし、それとは異なる可能性を『君の名は。』は胚胎しているのではないか。その可能性とは同作において界面がまったく視る者に意識されない事態そのものに位置している。『シン・ゴジラ』やその他の作品は表象コンテクストの断層を通じて「災禍」を描いた。同時に災禍はその衝撃によってわたしたちの日常における現実性においても、一つの断層を生じさせる事象だ。災禍によって生じた現実性の齟齬を、表象芸術は界面という形式で作品に表出することでその経験を他者へと“想像”によって伝達したのである。

『君の名は。』は界面という災禍の表出を画面にとどめながら、しかし、それを現前させることなくむしろ一つの表象コンテクストのなかに回収してしまっている。換言すれば『君の名は。』とは界面を「所与=日常のもの」として描いているのだ。

界面という現実性の齟齬を「日常的」な「所与のもの」としている――この性質を実際の現実(生活)の水準で捉え直すとき、そのような界面を抱え込んだ場所がこの国には未だある。被災地である。

被災地は3.11という災禍の傷痕をたしかにその地に深く残している。破壊された街の跡のに新しく整地された土地や、仮設住宅の横にならぶ新設された住居群。その復興の光景はたしかに震災の痕跡を残しながらも、新たな日常が(歪な相貌を伴いながら)築かれようとしている様を映し出す。

震災が発生した「あの日」の痕跡と、それ以降の月日を反映した光景に潜む断層。その光景にはまぎれもなく「界面」があり、同時にそれが所与のもの=日常と化している震災以後の被災地における現実性がある。このことは『君の名は。』が界面を持ちながら一つの完結した表象コンテクストを有していることと完全にパラレルである。

かつて批評再生塾第一期最終課題において上北千明は「非日常が来た後もつづけられる日常、言うならば日常の皮を被った非日常」を「擬日常」と呼んだ。被災地に今もなお生じている、災禍の痕跡を残しながらも、その上に築かれつつある日常とはまさに「擬日常」ではないだろうか。この被災地という当事者の視座に立つとき、「ゴジラの命題」の相貌もまた逆光で照らし出されることになる。

「ゴジラの命題」とは虚構的界面によって、時と空間の懸隔をかかえた他者に災禍の経験を想像という形で共有することである。つまり、この命題では作品の受け手が災禍という経験の「他者」であることが前提とされている。一方で、『君の名は。』で要請された界面の隠蔽ともいうべき事態は、災禍による現実的界面が今なお発生している場所があるからこそ生まれえたのではないか。「界面」の問題系はこの地点で「わたしたち」ではない、本当の他者――当事者と対峙する。そこでは共同体はその影を見せない。

「界面」をたえず画面に刻み続けながら、あるべきだった災禍への対応を再演する『君の名は。』に一つの倫理をみることは可能だろう。その表象コンテクストのズレを覆い隠す美しさは、「ゴジラの命題」とは異なる、もう一つの「界面」の想像力ではないのか。

想像ではなく現実としての「界面」のある世界を生きること。その世界を語るのに、あの美しく(自閉した)映像が要請されたのは必然だったのかもしれない。

界面の現前によって災禍を他者へと伝達する虚構と、界面を内面化した当事者の虚構の対峙。忘却の圧力に耐えながら/忘却の必要性のうちに、物語を紡いでいくこと。双生児のような二つの「界面」の物語系はこの国に生じた断層を逆照射しつづける。

◇註

1 批評家ロザリンド・クラウスは哲学者C・S・パースの記号論を参照して、独自の指標論を展開している。パースは記号を類似記号(イコン)、指標記号(インデックス)、一般記号(シンボル)に分類する。指標記号(インデックス)は物理的な結びつきに基づく記号であり、たとえば写真は対象の類像(イコン)でありながら、同時にフィルムの感光という物理的結びつきを持つので指標(インデックス)でもある。

2 美術批評家クレメント・グリーンバーグはモダニズムとして諸芸術の純粋化の過程を見出した。アートはそれぞれの領野で非本質的な要素を排除し、その媒体独自の表現(メディウム・スペシフィティ)を獲得するという見立てである。絵画においては平面性、そして視覚芸術という二点が本質的な要素であるとされた。

3 もちろんこれまでのゴジラ・シリーズでCGが一切用いられてこなかったということはない。『シン・ゴジラ』のこれまでのシリーズとの決定的な差異は、ラストショットを除くほぼ全編にわたってゴジラがフルCDで描出されているということである。

4 正確にいえば本編撮影開始の時点ではすべてのアニマティック(プリヴィズ)制作は終了しておらず、撮影が開始されるなか残存部分のアニマティックを制作していた。※『ジ・アート・オブ シン・ゴジラ』より

5 映像作家エイゼンシュテインはアニメーションやドローイングにみられる「一度定められれば永久に固定される形状という拘束の拒絶。硬直化からの解放。ダイナミックにいかなる形状をも取りうる能力」を総称して「原形質性」と呼んだ。

6 斎藤環『文脈病 ラカン/ベイトソン/マトゥラーナ』(2001年)青土社

7 ロトスコープはフライシャー兄弟によって特許を取得されたアニメーションの制作手法である。実写映像をベースにしてアニメーション映像を作り上げていくことで、現実の動態の模倣を実現した。

8 庵野秀明編集『ジ・アート・オブ シン・ゴジラ』(2016年)グラウンド・ワークス

9 渡邉大輔「ポスト・シネマ・クリティーク 『この世界の片隅に』論」『ゲンロンβ9』(2016年)ゲンロン

10 丹波匠+中田健太郎「色彩と陰影の向こうに」『ユリイカ2016年9月号 特集=新海誠』(2016年)青土社

11 小桧山六郎『新磐梯紀行:ルポルタージュ・明治21年の磐梯山噴火』(2000年)歴史春秋社

12 同上

12 山口昌男『敗者学のすすめ』(2000年)平凡社

13 大久保遼『映像のアルケオロジー 視覚理論・光学メディア・映像文化』(2015年)青弓社

14 船木亨『〈見ること〉の哲学 鏡像と遡行』(2001年)世界思想社

15 前出『ジ・アート・オブ シン・ゴジラ』(2016年)

文字数:20956

課題提出者一覧