印刷

ポスト・メカニック・ファンタスマゴリア

構成主義は、プロレタリアート的でも資本主義でもない。構成主義は本源的なもので、そこには階級はないし、それに先行する主義もない。それは純粋な自然の形態――原色、空間の調和、形態のバランス――を表現する。

――モホリ=ナジ・ラースロー1

 バンド・デシネ『闇の国々』(ブノワ・ペータース原作、フランソワ・スクイテン画)に所収されている『狂騒のユルビカンド』(1984年)は、とある南北に分断された街において都市計画を構想する男――ユルゲン・ロービックを主人公とした短編漫画だ。都市計画家ロービックは神経症的にシンメトリーのモティーフに惹かれており、彼の住む都市(ユルビカンド)を思うままに設計することを目論んでいる。ロービックの目下の企みは都市の対照性を強調するべく南北間に新たな橋を架けることだ。制作当時アクチュアルな問題だったベルリンの東西分断から想起を得た同作は、資本主義/共産主義で二分された世界の寓意として機能しているように思える。

 シンメトリーに憑かれたロービックの建築は微塵のズレをも許さない調和に支配されている。それらは合理性を追求した非装飾的建築と呼ぶにふさわしい。じっさい邦訳版刊行に際して付された序文において、ペータースはロービックの人物設計に「ル・コルビジェや…イタリアの未来主義者」を参考にしたと語ってもいる2。福田正知はつとに『狂騒のユルビカンド』を扱う論考においてロービックによる建造物に「全体主義建築」からの影響を指摘しているが3、しかし事態はそれほど単純でない。
 作中に描かれたロービック建築の特質たる無機的かつ、幾何学的なフォルムにとって「全体主義建築」は十分条件であって必要条件ではないのだ。作家がロービックの元となったと語る未来主義とコルビジェは「全体主義」というイデオロギーの手垢がついた言葉では一線に結び得ない。ロービックの生み出す幾何学的造形を端的に総称するとすれば、それは「機能主義」である。
 機能主義は19世紀末から20世紀初頭にかけて進行した工業的近代化のもと、自動車や電話、工場の生産機械、航空機などにおける「機械の美学」を新しい造形モデルとして見出した。この主義(運動)は左右のイデオロギーを問わず、全世界的に台頭したことが一つの要点として挙げられる。機械美を追求した建築(造形)運動は未来主義・ロシア構成主義・バウハウスといった様々なシーンを胚胎しつつ、後述することになるが欧州を超出した世界的波及をみせていくことになるからだ(それを未来主義は「速度の美」と呼び、ロシア構成主義は「機械芸術」と呼び、バウハウスは「新たな素材(鉄とガラス)と呼んだ)。

 同作に描かれるロービック建築を機械美の想像力とみなすとき、彼の住む「ユルビカンド」南部からは福田が見出したような「全体主義」――非資本主義(東側)陣営のイメージが消失する。じっさい『狂騒のユルビカンド』は作中に設定された南北の分断に、現実社会の東西(共産主義/資本主義)対立を容易には仮託させない撹乱を結構に有している。
 ロービックによって計画された「ユルビカンド」南部は先進的で開発の行き届いた豊かな国(当然、連想するのは資本主義陣営――西側だ)であるのに対して、「ユルビカンド」北部は貧しく雑然とした街並みが広がっており治安も良くない。対照的に福田が全体主義――共産主義陣営(東側)を幻視した建築は南部にしか建っていない。ここで作品は現実の東西(共産主義/資本主義)対立のアナロジーとして破綻をまぬがれない。そして、この見立ての倒壊と共に私たちの前に姿を現すのは、前世紀における「東西」の鏡像的関係である。

  『狂騒のユルビカンド』が到達した資本主義/共産主義の鏡像関係は事実、歴史において証明されている。ロービックの構想する機能主義建築は東西イデオロギーを超出して世界各地に現れることになった。「機械の美学」を打ち立てた未来派の影響の元に、ロシアにおいて「構成主義」が提唱される(1913年)。この幾何学的フォルムを特徴とする建築は1933年にスターリン様式に方向転換されるまで、ソ連でも推進され続けていく。
 西側(資本主義陣営)における機能主義建築を担うことになるのはバウハウスである。1919年にドイツに設立されたバウハウスは、早々に当初志向していた表現主義から機能主義へと接近していく。1922年にはソ連からカンディンスキーを招聘することで構成主義を取り込んでいくことになる。バウハウスの設立者であるグロピウスはナチス(全体主義!)による迫害を逃れるべく、米国――資本主義陣営へと亡命を果たす。ハーバード大学で教鞭を執りながらグロピウスは機能主義建築(パンナムビル)をかの地に打ち立てる。
 この資本主義的景観の一部を見事になしているパンナムビルと、ロシア構成主義者たるイワン・レオニドフが1934年に構想した建築を見比べたときに有意な差異を見て取ることは可能だろうか?
c4d12ec8d38f531bec97a565a51c0dbcY5670939_2

 機械美を対称軸とした「東西」の鏡像的関係は、ソ連において構成主義建築が失速した後も続くことになった。世界が恐慌に見舞われるなか、スターリンがソ連の国力を世界に示した「五カ年計画」にはアメリカの資本家が根深く関わっていた。ドイツで生まれ、後にフォード社の工場設計に携わり「デトロイトの設計者」と呼ばれたアルバート・カーンは招聘を受けてソ連へと渡る。プラント設計のほか521もの工場をソ連に建設し、東西双方の機械生産を助長したのだ。
 五カ年計画で新興開発が実施されたソ連の「夢の都市」マグニトゴルスクにおいても工場開発は「米国で作成された設計図に従って建設され、アメリカの技師チームがそれを監督した」4。わたしたちはこの東西に現れた二つの工場群を見分けることなど不可能だろう。

 建築における東西の鏡像的関係をみるとき、『狂騒のユルビカンド』は多くの示唆を与え得てくれる。資本主義/社会主義の対立構造で捉えられてきた20世紀の本質とは、つまるところ工業的近代の相似形でしかなかったということだ。私たちが自明のものと信じている両者の境界線はその相貌をたちどころに曖昧にしてしまう。

*******

 たしかに『狂騒のユルビカンド』は工業的近代の本質を指し示すことに成功しているのかもしれない。しかし、同作の啓示的特質はその地点にとどまるわけでは全くない。
 じっさいペータースは南北に分断された街を舞台としながらも、その対立とは別の第三項に物語を駆動させている。この第三項の想像力を扱うとき、前部でその輪郭を喪失した「資本主義」はふたたび私たちの前に姿を現すことになるだろう。

 ロービックは東西の鏡像的都市「ユルビカンド」で、不思議な立方体に取り憑かれたように熱中していく。ある日、工事現場から発掘された小さな格子状立方体がロービックのもとに届けられる。立方体は時間が経つに連れてフラクタル状に巨大化と分裂を繰り返し、網状組織と化したその物体は一日のうちにロービックの部屋を埋め尽くしてしまう。なぜか既存の建物は破壊せずに貫通して増長する網状組織を前にして、ロービックは成す術もなくただその成長速度を予測することしかできない。
 やがて、網状組織は南北の分断をも無効化する。両岸の溝を埋めるほどの大きさになったとき、網状組織が成長を一時停止したことで南北間の交流・交易が可能となり人々は往来をはじめるようになるのだ。

 この網状組織の無限増殖という現象は、どのような寓意をともなって私たちの前に立ち上がってくるのだろうか。存在自体がその存在を担保し、ポジティブ・フィードバックを形成して増殖し続けていくもの――。
 私たちは『狂騒のユルビカンド』における網状組織の“不完全な”アレゴリーとして現在の貨幣を想像することが可能かもしれない。ここで現在の、という留保をつけたのは近代以前において貨幣の価値はかなり限定的であったからである(この留保は二重の意味を持つことになるが、それは後述する)。貨幣(もしくはそれに似た媒体)が発明された当初、貨幣が交換できるのは「いま・ここ」に存在する有形物だけだった。この地点に立つ限り、貨幣の価値は現在に縛られており未来(成長)という時間軸を持ちえない。
 やがて近代をむかえると貨幣は有形物への交換という即時的な価値から、その本質に即した使用モデルを獲得していくことになる。その本質とは「信用」だ。そもそも貨幣が貨幣として流通するのは、それが価値あるものという前提が使用者の間(共同体)で共有されているからである。それが価値あるものとお互いに信じるから価値を持ち、その価値によってあらゆる交換が可能になるというトートロジー的性格である。「貨幣は貨幣であるがゆえに貨幣として流通する」5わけで、この地点において貨幣はまず増殖に成功する。

  「信用」を前提にして流通する貨幣は近代以降、時間軸を獲得することで現在の貨幣経済(資本主義)を成立させることを可能にした。時間軸の獲得とは、ルネサンス以降の科学革命が「進歩」という概念をもたらし、それが経済成長による未来への投資をもたらしたことである。ユヴァル・ノア・ハラリによれば「進歩を信じる人々は誰もが、地理上の発見やテクノロジー上の発明、組織面での発展によって人類の生産や交易、富の総量を増やすことができると確信している」6
 投資とはつまるところ現在のお金が未来には大きなお金になって返ってくるだろうという期待という名の「信用」である。成長という時間軸を獲得したとき、「信用」が「信用」を生み、貨幣の単純な流通からステージが一段階上がることになる。銀行の金庫に100万円しか入っていなくても、「信用」を担保に500万円のお金が動くといった現在に通じる貨幣経済がこの地点において成立する。この「信用」が駆動する貨幣経済は企業の時価総額を考えてみれば分かる。現在の金融市場における企業の時価総額とは、つまるところ「この企業が将来どの程度のお金を生み出すか」によって量られた成長への期待(信用)の価値である。UBERが事業開始から数年で7兆円近い時価総額を手にしたのも、この「信用」の校用のおかげだ。
 この地点に到達すると、貨幣はあたかも『狂騒のユルビカンド』における網状組織のような無限増殖が可能になった、とひとまずは信じることもできるかもしれない。

 しかし、現在の貨幣における「信用」はことごとく裏切られてきたことに私たちは目を瞑るべきではない。貨幣は歴史が証明するようにその「信用」を担保する主体を必ず必要としてきた。国家、中央銀行はもとより経済がグローバル/インターネット化した現在では、世界規模に拡張した金融市場、アメリカを中心とする国際秩序、PayPalのようなウェブ企業などが「信用」を担保するからこそ貨幣は流通し、投資は可能になる。
 だが、これらの主体はことごとく「信用」を裏切ってきた。国家・中央銀行ならばデフォルト(債務不履行)やハイパーインフレーションによる財政破綻、世界規模の金融システムならば直近のリーマン・ショックを思い出すことは容易い。PayPalのようなウェブ決済もまた背景に事業体という主体が「信用」を担保しなくなれば終わりである。この限界において現在の貨幣が『狂騒のユルビカンド』における網状組織の“不完全な”アレゴリーであるという第二の留保が位置している。
  『狂騒のユルビカンド』において網状組織はいかなる起点(主体)を持たず、ただ無限に増殖を繰り返していく存在である。貨幣もまた「信用」によって流通と投資という無限増殖をその本質を持つのだとしたら、現在の金融システムはその本質を阻害しているとはいえないだろうか。

 主体をもたず「信用」によって無限に増殖し続けていくこと――貨幣の本質を体現する存在は、しかし、技術革新という名の進歩のもとに現実となりつつあることを私たちは今まさに目撃している。ブロックチェーン技術を活用したSatoshi Nakamotoによる論文を基に運用が開始されたビットコインがそれだ。
 ブロックチェーンとはまず主体(管理者)が存在しない分散型のシステムを持っている。あらゆる取引(トランザクション)はパブリックに公開されており、その帳簿データが一定時間ごとにブロックという形でまとめられる。この取引ログのブロックが公開された状態で数珠つなぎのように増え続けていく。つまり「記録が恒久的に残り、ひとつを変えようとすれば前の記録との整合性がとれなくなる」7ことで、第三者による改竄を防ぐことができるというわけだ。
 また「信用」を人手に担う主体(管理者)が存在しないので、取引はP2P(Peer to Peer)によって行われる。「信用」はビットコインを扱う全員に分散されており、使えば使うほどその「信用」は厚くなっていくことが特徴的だ。このブロックチェーン技術は「信用」の無限増殖を原理上可能にする点で貨幣の本質を体現している。資本主義が貨幣の流通と投資をその特質とするならば、その「信用」を定期的に裏切ってきたこれまでの「資本主義」は不完全であったと言わざるをえないのではないか。

   『狂騒のユルビカンド』における網状組織は小さな立方体の増殖――文字(絵)通り「ブロックチェーン」(!)によってどこまでも拡張を続けることになる。南北に分断された「ユルビカンド」を架橋するに留まらず、網状組織は空を超えて世界(宇宙)的規模にまで至ることで「不可視の環境」と化してしまう。
 はたして貨幣の本質たるビットコインはその流通と投資を絶対的な「信用」にまで引き上げることになるのだろうか。もし実現するとなれば、そのとき、蓄積されたブロックチェーン記録は一つの「不可視の環境」としてすべてを裏支えすることになる。

 資本主義はいずれ終わるのか?という問いは片手落ちと言わざるをえないだろう。私たちは不完全な「資本主義」に似た何かからようやく解放されつつあるにすぎない。貨幣がその本質に近づくとき、何が起こるのか――私たちは無限増殖を前に、ロービックのようにただ括目することしか許されてはいない。

◆注記および参考文献
1.モホリ=ナジ・ラースロー「構成主義と無産階級」『MA 1922年5月号』※訳文は八束はじめによる
2.ブノワ・ペータース作、フランソワ・スクイテン画、古永真一、原正人訳『闇の国々』(小学館集英社プロダクション)2011年
3.福田正知著「前-イメージの思い出  ペータース=スクテイン『闇の国々』「狂騒のユルビカンド」論」http://ecrito.fever.jp/20160811183355
4.スーザン・バック=モース著、堀江則雄訳『夢の世界とカタストロフィ――東西における大衆ユートピアの消滅』(岩波書店)2008年
5.大黒岳彦著「ビットコインの社会哲学」『現代思想  2017年2月号』所収(青土社)
6.ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳『サピエンス全史 上・下』(河出書房新社)2016年
7.ドン・タプスコット、アレックス・タプスコット著、高橋璃子訳『ブロックチェーン・レボリューション――ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか』(ダイヤモンド社)2016年

文字数:6246

課題提出者一覧

  • ab2ezmpr
    ab2ezmpr
  • 丫戊个堂
    丫戊个堂
  • 今井 敦志
    今井 敦志
  • 淺田
    淺田
  • 餅野
    餅野
  • 稲井規一
    稲井規一
  • 福田正知
    福田正知
  • ねます
    ねます
  • ヒズミ
    ヒズミ
  • 吉田 無能
    吉田 無能
  • 吉木悠
    吉木悠
  • カゲヤマ
    カゲヤマ
  • かなめ
    かなめ
  • あ
  • 渡辺 かをる
    渡辺 かをる
  • 小田 一貴
    小田 一貴
  • makememambo
    makememambo
  • 手置政春
    手置政春
  • 水帆澪
    水帆澪
  • 谷 美里
    谷 美里
  • 西崎 紀章
    西崎 紀章
  • 西尾 聡壱郎
    西尾 聡壱郎
  • 一谷
    一谷
  • -
    -
  • ジャニー さん
    ジャニー さん
  • 遠藤オサム
    遠藤オサム
  • 信濃 東河
    信濃 東河
  • 秤 佑介
    秤 佑介
  • Kaito H
    Kaito H
  • 片桐 昂史
    片桐 昂史
  • 玉田 圭
    玉田 圭
  • \
    \
  • 鈴木 巌朗
    鈴木 巌朗
  • ひたごまだ しづお
    ひたごまだ しづお
  • 嘉手川 瑞姫
    嘉手川 瑞姫
  • ☆大山 結子☆
    ☆大山 結子☆
  • yume
    yume