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メイクアメリカグレートアゲイン 『インターステラー』論

Well my daddy worked the furnaces
(父親は溶鉱炉で働いていた)

Kept’em hotter than hell
(炉を地獄のような熱さに保つ仕事)

I come home from’Nam worked my way to scarfer
(俺はヴェトナムから帰り 溶接工として汗水たらして働いた)

Them smokestacks reachin’ like the arms of God
(煙突は神の手のごとく)

Into a beautiful sky of soot and clay
(煤と土ぼこりの舞う美しい空に届いた)
……
Now the yard’s just scrap and rubble
(今では鉄屑と瓦礫が残るだけ)

――ブルース・スプリングスティーン「Youngs Town」

  『The Ghost of Tom Joad』(1995年)は貧困にあえぐ米国の工場労働者たちを題材に採って制作されたアルバムだ。スプリングスティーンは「アメリカン・ドリームが一つずつ、あるいはまさに鉄鋼業という仕事が鉄材一本ずつ壊されて、国内から見知らぬ国に送られる」という「崩壊」を目の当たりにして、収録曲「Youngs Town」をレコーディングしたという1。その背景には70年代後半から合衆国の労働者を襲った、製造業における国外への生産移転の深刻化がある。中西部を中心にして工場の廃棄が相次ぎ、錆ついた地域――ラストベルト(rust belt)で工場労働者たちは職を失くしたまま貧困へと落ち込んでいった。この国における下層白人(poor white)を取り巻く環境は今なお改善されていないように思える。スプリングスティーンはプロテスト・ソングの歌い手として――かつてのウディ・ガスリーのように――いまだ彷徨い続ける「トム・ジョードの亡霊」たちの怒りをシャウトする。

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 2014年に公開され、宇宙物理学における先端の知見を取り込んだ本格的SF大作『インターステラー』は、その先進性にはおよそ見合わない世界観を内包している。21世紀半ばと思われるアメリカでは砂塵があらゆる光を遮り、農作物を次々と枯らしていく。世界は深刻な食糧不足に見舞われ、砂嵐の頻発が続けば人類は窒息死を免れない――。
 この『インターステラー』の物語設定には先行する史的モデルが明確に存在する。1930年代に合衆国を襲った断続的砂嵐――「ダスト・ボウル」(dust bowl)だ。監督であるクリストファー・ノーラン自身が明らかにしているように、冒頭に挿入される老人たちが回想を語るシークエンスは、実際にダスト・ボウルを経験した人々へのインタビュー映像を使用している。(この大災害の名を題にとったドキュメンタリーからの借用)。本作では、このダスト・ボウルの災禍が米国中西部のみならず地球全土に拡がっており、アメリカと世界が等号で結ばれた結構を持っている。
 ダスト・ボウルは農耕機の発達によって大規模に開墾され、瘦せ細った土地が原因となって大平原地帯で発生した人的災害だった。32年から39年の間には超大型の砂嵐が345回も巻き起こり、同時に未曾有の旱魃をも記録している。上空4kmまで巻き上がった砂塵が人々を襲い、400万人近い農民たちが中西部を後にすることとなった。
 作家スタインベックはダスト・ボウルに襲われたオクラホマを舞台として、「トム・ジョード」を主人公にすえた小説『怒りの葡萄』(1939年)で次のように表現している――「土埃は霧のように舞い、太陽は爛熟した新しい血のように赤かった。一日じゅう、ふるいにでも掛けられたように、土埃が空から降った。つぎの日も降りつづけた」。29年の株式暴落に次いで発生した災禍によって、合衆国は労働人口の約4分の1にあたる1300万人が失業し、国民総生産は半分にまで落ち込んでしまう。中西部の農夫たちは家族を引き連れて、西部へと職を探して彷徨う他なかった。
 国民的歌人であるウディ・ガスリーは、砂嵐を眼前にして作った曲を「ダストボウルバラッズ(dust bowl ballads)」として1940年に発表した。スタインベックに大きく影響を受けていたガスリーの同作には、『怒りの葡萄』の主人公たるトム・ジョードの名が二つの曲に登場する。そして、この点においてガスリーと、その影響下で80年代の下層白人の貧困を『The Ghost of Tom Joad』で描いたスプリングスティーンが交わることになる。ガスリーはダスト・ボウルによって土地を追われた農夫の悲哀を歌い、スプリングスティーンは『トム・ジョードの亡霊』のなかで米国の脱工業化によって失業したヤングタウンの工場労働者の悲哀を歌ったのだ。

 この国における下層白人の物語には奇妙な反復性がある。災いを前にして生きていくことができず、家族とともにその土地を離れていく――。そして、この反復が『インターステラー』において多重底的に再演されていることにわたしたちは驚かなくてはならない。
 主人公であるクーパーはかつて宇宙飛行士であったが、世界的な食糧危機ゆえの宇宙開発の中止によってその職を失っている。「失職したエンジニア」たるクーパーはしかし、職歴からメカニックス(mechanics)に精通しており、仲間たちからコンバインの修正を頼まれ、宇宙では他の乗組員の誰よりも宇宙船の構造を知り尽くしてもいる。自動車をはじめとした製造業で隆盛を誇った、かつての合衆国を支えた「工場労働者」の影がクーパーには刻み込まれているかのようだ。
 その一方で、失職のせいでクーパーは中西部で穀物を育てる農夫となって生活せざるをえない状況へと追い込まれている。そして、「ダスト・ボウル」的砂嵐に幾度となく見舞われ、その土地(地球)すらも後にせざるを得ない。ここでトム・ジョードの亡霊の影がクーパーに重なってくる。
 1930年代と1980年代において反復された、下層白人たちの物語の再演。劇中、クーパーは月面着陸がソ連を財政破綻させるための捏造だったと吹聴する教師に相対して、宇宙というフロンティアを切り拓いてきた「偉大だったアメリカ」へと思いを馳せる。それはかつての自分たちの仕事が消失する前のこの国へのノスタルジーにも似ているものだ。
 そして、クーパーに刻み込まれた下層白人の来歴を抽出するとき、 『インターステラー』は宇宙物理学の知見を取り込んだ先進的SF大作でも、家族愛をタイムトラベルを通じて本質的に表現することに成功した感動作でもない、ある―おぞましい―予見性をともなって迫出してくることになる。

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 ドナルド・トランプはなぜ2016年のアメリカ大統領選に勝利したのか――そのことを端的に証明する一つのデータがある。米国内における白人中年の死亡率の推移だ2。その調査は45歳から54歳までの白人(ヒスパニック以外)の死亡率が、1999年から2013年にかけて上昇していることを示している。他のどんな先進国でも、このような死亡率の上昇という傾向をみることはできない。自殺やアルコール依存、薬物中毒、そして慢性肝疾患が彼らの死亡率を押し上げたのだ。サブプライム・ローンの破綻によって家を失った人々が路頭に迷い、かつてないほど格差の拡大した21世紀の同国で、下層白人の物語は再び反復されようとしているのだろうか。
 トランプは実に周到に彼らの「怒り」に呼応した。「世の中には工場労働者が必要なんだ(We need mechanics)。私がなんとか皆を食わせるよ(I will look after you)」と演説し、この男は「自分の選挙の費用は自分で出す」といって当初ウォール街からの献金を突っぱねていた3。民主党のヒラリーですら金融機関からの献金を受けていたのにも関わらず、トランプは白人のエスタブリッシュメント層への徹底した攻撃を繰り返し、共和党のなかでも大きな反発を受けることにさえなる。
 このトランプが火をつけた「怒り」は、またたくまに歴史を遡行し、この国に眠る下層白人たちの集合的記憶にまで届いたのではないだろうか。農業や建設業、貿易業、製造業などの「オールドエコノミー」の雇用が多い地域ほどトランプの支持率は高いのだ。そしてダスト・ボウルで深刻な被害を受けたサウスダコタ州、オクラホマ州、テキサス州、アーカンソー州、そして最も重要なスウィング・ステートであり、「ヤングスタウン」のあるオハイオ州も全てドナルド・トランプを大統領として選んだことをわたしたちは看過してはならない。
 トランプは幾度となく壇上で叫んだ――Make America Great Againと。

 大統領選の2年前に公開された『インターステラー』は、その下層白人たちの物語の再演によって不穏な予言としてわたしたちの前に立ち上がってくる。ダスト・ボウルによって食糧危機に陥った世界を救うため、クーパーは地球という家を捨て、宇宙というフロンティアへと旅立っていく。この男は誰もが砂嵐に襲われて下(土表)を見つめるしかない時代に、空を見上げて月面着陸を果たした、かつての「偉大なアメリカ」を知っているからだ。やがて、難航の末に宇宙船は燃料を尽き、搭乗員のブランドン博士を最後の探査に送り届ける余力を残すのみとなる。クーパーは自己を犠牲にして博士を送り、自らはブラックホール「ガルガンチュア」に吸い込まれていく。クーパーはブラックホール内の特異点を通過し、五次元空間へと突入していくことになるのだが、このシークエンスを仔細に検討してみよう。
 特異点へと重力によって引き摺りこまれ、クーパーの搭乗する宇宙船は操縦不可能な状態へと陥る。やがて特異点へと接近していくと、世界は光の「塵」に包まれていく。光の粒子――それはあたかも同作を通底する「砂塵」の表象と実によく似ている――は容赦なく宇宙船を襲い、クーパーの視界を奪っていく。そして、クーパーは5次元空間(時空を超越する地点)へと到達して時を遡り、過去の娘にシグナルを発することで特異点の量子データを伝えることに成功する。

 古層のように積み重なった下層白人の物語の再演のなか、時空を遡り――「ダスト・ボウル」的砂/光塵を切り抜けて――アメリカを救う同作は、最後にその相貌を顕にしてわたしたちの前に現れてくる。
 クーパーは特異点を抜けて記憶を失い、目を覚ますと土星付近に建造されたスペースコロニーの病室に横たわっている。コロニーは「クーパーズ・ステーション」と名付けられ、窓の外では少年たちが超重力空間で野球に興じている。ここに開拓者ウィリアム・クーパー――クエーカー教徒として英国を離れ、米国に入植した血筋だ――がニューヨークに建造し、野球が始まった記念すべき土地である「クーパーズ・タウン」を連想しないではいられない4。『インターステラー』における重奏低音たる「偉大だったアメリカ」への重力はここでも機能している。彼ら開拓者もまた母国国教会からの圧力を逃れた「つまはじき者」であるとするなら、下層白人を巡る物語の再演はこの国の出自にすでに刻み込まれていたのではないか。時空を遡り、「ダスト・ボウル」的光塵の中を通過し、いくつもの下層白人たちの物語の反復を経て『インターステラー』は「偉大なるアメリカ」へと到達する――。

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 批評家がすでに先行して存在する(過去の)作品や現象のなかに徴候を読み取るならば、芸術家の表現はその営為自体が未来への一つの予言として機能することがある。ノーランが撮った同作もまたそのような表現の一つだろう。
 一部では2016年に誕生したドナルド・トランプ大統領は、人口構成の変化ゆえに白人「最後」の大統領だとする見立ても存在する。かつてこの国の中心であり「偉大なアメリカ」をつくった人々の「怒り」を、『インターステラー』は下層白人における物語の反復の裡に炙り出したのではないか――。
 同作で度々、一つの詩が引用されることをわたしたちはもはや看過することができない。

Do not go gentle into that good night,
(穏やかな夜に身を任せるな)

Old age should burn and rave at close of day;
(老いても怒りを燃やせ 終わりゆく日に)

Rage, rage against the dying of the light.
(怒れ 怒れ 消えゆく光に)

――ディラン・トマス「Do Not Go Gentle Into That Good Night」

◆注記
1 デール・マハリッジ著、ラッセル秀子訳『繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ――果てしない貧困と闘う「ふつう」の人たちの30年の記録』ダイヤモンド社、2013年
2 The Wall Street Journal「米国で白人中年の死亡率上昇、依存症など要因」http://jp.wsj.com/articles/SB12055383950015144394104581334663298544334
3副島隆彦著『トランプ大統領とアメリカの真実』日本文芸社、2016年
4 南波克行「過去と現在、天と地が重なる場所で」『キネマ旬報 2014年12月下旬号』キネマ旬報社

文字数:5368

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