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私生と円環


《「ママ。私なんでここにいるのかなあ?」

 彼女はやっと重い口を開いた。稚拙な訊き方。本当は、ママはどうして私をアメリカに送ったかと訊きたいのだ。
 「ねえ」と私は過去の私に言う。
 「ママじゃなくて、他の人に訊いたほうがいいしママには、わかってないのよ。どうしてあなたをアメリカにやったのか」
 彼女は、太平洋と北米大陸を隔てて、黙っていた。(中略)
 通話が切れた。彼女はまた、母親に捨てられたと思ったのかもしれない。そして、そう思ったのはこれが何度目なのだろう》

 親の愛から見放された捨て子とは、私生児のような存在である。通常の家庭で育てられた子供とは異なり、私生児には「父」も「母」も存在しない。享受されるべき家庭からの恩恵を与えられず、血統(伝統)からは断絶され、その子供は自らの物語を孤立のうちに語ることなくして生きてはいけない。


『東京プリズン』(二〇一二年)は赤坂真理氏が一六歳の頃に実際に経験した渡米経験――現地でのハイスクール生活がその中核をなす自伝的性格の強い作品だ。私はこの『東京プリズン』を読みながら、ある小説を想起せざるをえなかった。それは小島信夫氏『抱擁家族』(一九六五年)である。両作はどちらも「アメリカ」の存在を描かずには成立しえない小説であり、すなわち戦後の日本社会をある種の形で象徴している。
 『抱擁家族』は、俊介および時子夫妻が住む家に米兵のジョージが居候することからはじまる。やがて妻である時子はジョージと姦通し、その事件を境として結束していたかに見えた一家が実は空虚で散逸的な状態だったことが明らかになっていく。一方で赤坂氏による『東京プリズン』は、アメリカにいる十六歳のマリと、日本に戻り四十五歳となったマリの時空軸が交錯・円環しながら、自身の渡米経験を振り返るという結構を持っている。

 『抱擁家族』と『東京プリズン』はともに「アメリカ」の影が色濃く看取できるが、同時に半世紀におよぶ発表年の懸隔を超えた断絶を示してもいる。それはまた別の通底する要素――「翻訳」を端緒に思考することで明瞭に浮かび上がるように思われる。『抱擁家族』において俊介は大学講師を務めながら、英米文学の翻訳を担当することで日銭を稼いでいる。『東京プリズン』では、冒頭でマリは母が東京裁判の翻訳を担当していた事実を祖母より告げられる(後半部で裁判資料の下訳と訂正される)。私はここで、両作における敗戦を前提とする翻訳の仕事に主要な作中人物が従事する(していた)という類似ではなく、その差異を問題としたい。
 実のところ『東京プリズン』はその自伝的性格から逸脱した、一つの事実修正を行っている。富久田朋子氏がつとに指摘しているように、事実において東京裁判の翻訳を担当していたのは赤坂真理氏の父なのである。だか同作における父は、バブル崩壊によって経営破綻した後に死去したという挿話で言及されるに留まり、その存在感はきわめて稀薄だ。赤坂氏は「父」にまつわる要素を『東京プリズン』から捨象している。一方で『抱擁家族』における俊介は「父」らしさを欠く(米兵に妻を姦通され、翻訳によって生計を立てる)もののその存在は捨象されるに至ってはいない。いってみれば、俊介は同作の主題である父性の減衰を象徴するように描かれている(ジョージとの諍いの後に行われる時子との性交は俊介の不能によって不首尾に終わる)。
 『抱擁家族』と『東京プリズン』における父性の減衰/捨象という対比は、当然のことながら「母」の問題へと敷衍される。小島氏は「父」として機能しえない俊介を描く傍ら、「母」である時子を解放された存在として扱っている。「父」が機能せず、それまでの共同体(家)が崩れていく最中で「母」は喪失の恐怖と裏腹に、解放による希望を与えられることになる。家父長制が揺らいでいるからこそ時子は夫以外の男性(米兵)と姦通し、「家」の外に出て消費することを愉しむことができるのである。

 だが「父」が崩れていく中、「家」の外に出発することを愉しむ時子に対して、『東京プリズン』における「父」を完全に失った「女」たちははっきりと当惑を顕わにしている。マリの母はバブル経済の崩壊後に父を亡くし、「嫁ぎ先の〈家〉を失ってから心を病」むこととなった。崩れ去った「家」の外(アメリカ)へと強制的に放逐されたマリは母と同様、その自由を安心して謳歌することができない。マリはただ「家」に戻ることのできない寂寥を覚えるばかりだ。

《いつか私が焼けた骨だけになっても、あの骨の中には混ざることはない。私はあの家を出たのだから……。(中略)
 家族が箱に入って暮らしていた。でもそれは、誰かが他の家族から来て、できた家族。そしてその家族からも、誰かが出て行く。
 その誰かとは、たいてい女だ。
 私と母は、別れる。
 すでに別れているように》

 アイデンティティを保証する伝統的な「家」の秩序が喪失するとき、「女」は確かに自由になる。しかし、それはあたかも家庭の庇護から見放された私生児の自由ではないだろうか。自由の代償となる責任をとる主体は「父」でも「母」でもなく、ましてや地域や血縁の共同体の底は抜け落ちている。『抱擁家族』において、自由を愉しむ時子は「死」という大きすぎる代償を支払うことになった。「私生児」はあらゆる責任を一身に負うことを強いられる存在なのだ。

 しかし、それでは完全に「父」を喪失した「私生児」たる少女――マリにどのような成熟があり得るのだろうか。
 言うまでも無く、作中でそれは「ハイスクールの進級」に象徴される。マリは終盤において、「天皇の戦争責任を問う」ディベートに進級をかけて参加することを義務づけられることになるのだ。東京裁判の寓意でもあるその討論会において、赤坂氏は天皇(大君)もまた「私生児」として捉え直すという跳躍によって、一つの祈りに似た救いを描出する。

《大君はかつて人の子、一人の女だった。谷あいの集落で育てられた。そこは実は共同体の贄を育てる集落だった。彼女はある日、しかるべき手順で生贄に捧げられるがなぜかそれを逃れ、逃れおおせ、逃れた先の森で真白な繭のごとき寝具に招き入れられて「何か」と交わりを持ち、しかるのちこの世に新生した。
 彼女は人間であり、人間ではなくなった。
 彼女は捨てられた。親や生まれ育った共同体から捨てられてこうなったことを知っている。が、そのことを嘆き悲しむ気持ちにも恨む気持ちにもならない》

 天皇(大君)はかつて「一人の女」であった。マリは度々幻視のうちに天皇(大君)と交信するが、そこで提出されるイメイジは神話をベースとした「森」や「大地」の風景であり、天皇(大君)は「父」たる唯一神ではなく、多神的な存在として表されている。赤坂氏は治者(父)として提示されてきた従来の天皇像を「女」と見立てる復古的転倒を行っている。
 だが、ただ「女」であるというばかりではない。天皇(大君)は共同体としての「家」から放逐された存在でもあったのである。そして「繭」のなかにおいて、父たろうとする男ではない「何か」と交わることで新生する。私はここで描かれる天皇(大君)の相貌に「私生児」の影を認めざるをえない。伝統を引き継ぐことなく、見知らぬ親の元に新たな生を享ける者。
 赤坂氏は仮構のうちに「私生児」として天皇を新生せしめた。それは古代の神話にまで遡った天皇観を復権/円環的に語ることによって成し遂げられている。つまり敗戦によって人間宣言を執り行い、虚偽の存在となった天皇を再び治者たる神として措定せしめたのだ。
 そして、マリもまたこの「私生児」の思想によって「家」からの放逐という喪失を引き受けることになる。『東京プリズン』は特異な叙述方式によってアメリカにいる十六歳のマリと、日本に戻り四十五歳となったマリの時空軸が交錯・円環する。冒頭に引いたのは、夢とも現実ともつかぬ時空移動によって四十五歳のマリが十六歳のマリからの電話に応じる場面だ。そこで描かれているのは「父」の喪失によって心を病んだ母にかわり、マリ自身が自己の喪失(「家」からの放逐)を引き受けて救いを語るという可能性である。「私生児」は誰の子供でもない。それゆえに歴史や血統といった直線的な過程を容易に逸脱する。赤坂氏は「私生児」の思想によって、天皇の人間宣言を無効化し新たな神話を語ったように、マリもまた円環的時間軸のうちに自身の出生を肯定的に物語ってみせたのだ。


 『抱擁家族』から半世紀の懸隔を経た『東京プリズン』には、ここまで述べたように「父」を完全に喪失した時代において治者を取り戻す神話が描かれているように私には思える。
 しかし、と言葉を接ごう。「私生児」の思想によって果たされた天皇/マリの円環には、ある断絶を隠蔽する作為が働いていると言わざるをえない。
 どういうことだろうか。赤坂氏は『東京プリズン』刊行後に、マリがアメリカに渡った年である「一九八〇年」が持つ意義について率直に綴っている(『愛と暴力の戦後とその後』)。日本という国において「一九八〇年」とは「戦後の世界とその後の世界のミッシングリンク」である、と。ここまでお読み頂いた方は、だからこそ『東京プリズン』は断絶点である「一九八〇年」を軸に戦前と戦後をリンクさせる円環を描いたのだと思われることだろう。その読みはある側面では正しい。しかし、その正しさゆえに赤坂氏と同様にある隠蔽の補助に手を貸している。

 ここで私が問うているのは、つまり次のようなことだ。「一九八〇年」に一体私たちのなにが断絶したというのだろうか――。
 赤坂氏と同様に私自身の体験を語ることをここでお許しいただきたい。十六歳の赤坂氏がポートランドに渡った「一九八〇年」、私もまたアメリカに渡っていた。マリがメイン州で敗戦による断絶の事実と直面した一方で、私がメリーランド州でみたものとは「もう一つの断絶」の相貌といっていい。それは戦後に行われた米軍民間検閲支隊(CCD)による占領下の日本への検閲の実態であった。戦後誰もが忘れかけていた、事実を隠蔽する検閲を行ったという事実自体もまた執拗に隠蔽されるという二重の言語空間への桎梏を、私はプランゲ文庫において発見したのである。その徹底された検閲はいうなれば喪失を喪失すること――つまり忘却をこの国にもたらすこととなった。

 『東京プリズン』は確かに天皇の人間宣言による「父」の喪失を超克しうる「私生児」の思想を生成したように思われる。
 だが「一九八〇年」に起きていたこととは、「父」を喪失すること(「一九四五年」)ではなく、「父」を喪失したことすら忘却してしまうことである。そして「忘却」とは顕在しているものが奪われる「喪失」とは異なり、内発的に生じるがゆえにその断絶に気づくことができない。この「忘却」が生み出されたシステムを問うことなくして、この国における断絶を乗り越えることはほとんど不可能であるように思える。この国の成熟は二重の断絶によって執拗に阻まれている。

 天皇の人間宣言による「父」の喪失という断絶そのものがいかにして忘却されるに至ったのか――換言すれば「父」を失っていった『抱擁家族』と、「父」の存在が捨象された『東京プリズン』のその狭間にこそ戦後の日本社会の核心は位置しているのである。
 『東京プリズン』結末においてマリは進級のかかったディベートに敗れ、現地でのハイスクール生活を挫折する。円環によって跳躍できない断絶の前に立ち尽くすことなくして、私たちの成熟への方途は残されていない。

※対象に江藤淳を選んでいます

文字数:4740

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