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HIPHOP・近代・日本の批評――あるいは「翻訳」と「空間」を巡る横断的記述

 批評再生塾第一期総代による修了論文は、韓国人の父と日本人の母を両親に持つKOHHという「混血」のRapperを扱っている。しかし、楽曲のリリック(詞)を中心に分析し、KOHHの特異性を導出しようとする試みは、この批評文の持つ二重の閉鎖性によって失敗に陥っている。吉田雅史は「翻訳」という機能を見誤ることでHIPHOPから、そしてこの論考が成立する基盤である「現代(近代)日本の批評」自体からもその本質を持ち去ることとなった。それは論考が書かれる契機であり、同時に目標でもあった「批評の再生」を意味しない。

    

 『漏出するリアル ~KOHHのオントロジー~』でも指摘があるように、KOHHの特徴の一つに世界的な支持の獲得が挙げられる。2015年、米国でも人気を博する韓国人Rapper・Keith ApeにフックアップされたKOHHは「It G Ma」での共演を果たす。YouTubeで同曲は世界中からアクセスが殺到し、約2,300万回もの再生を記録する(2016年6月現在)。また、その楽曲に惚れ込んだヌーレディン映像担当官によって、KOHHはフランス大使館へと招待されてもいる。
 なぜ、KOHHの楽曲は日本という国境を越えて受容されているのだろうか。それはKOHHの楽曲が「トラップ(重低音を強調したビートに、スネアドラムの連続音や、派手な電子音を加えるスタイル)」という世界的流行の曲調と近しいという点には尽きない。筆者にはその理由はHIPHOPという表現の出自に基づく、ある本質に由来しているように思える――。

 では、最初に吉田雅史はKOHHの楽曲にどのような特性を看取したのかを確認しておこう。「漏出するリアル」は、KOHHによる楽曲の特性を大別して二つの要素に集約している。それは「翻訳語の不使用」と「反物語性」である。
 まず前者の「翻訳語の不使用」は、KOHHのリリックにみられる特性を扱っている。吉田は柳父章の見立てを援用することで「社会」といった熟語を「翻訳語」と定義し、そのような熟語がKOHHの楽曲に少ないことを指摘する。ここでいう「翻訳語」とはそれまでこの国に存在しなかった抽象的な概念を表わすために発明された語彙を指している。そのような抽象を表す「翻訳語」を使用しないKOHHのリリックは、私たちが日常的に使用している言葉(「歴史の中に生きてきた言葉」)によって構成される。
 これは二つ目の特性である「反物語性」と相乗的に作用する。HIPHOPの楽曲は貧困からの脱出→成功に溺れた末の「死」といった類型的物語を辿ることが(特にギャングスタ・ラップにおいて)多い。これらとは対照的にKOHHのリリックは「生」「東京」「今」「生活」といった日々の現実を捉えた語彙によって目に見えたままの世界を歌う。それまでのハードコア・ラップのように「類型的物語」をドラマチックに歌い上げることのないKOHHに吉田は「反物語性」を見出した。
 吉田の見立てでは、KOHHの楽曲は「翻訳語の不使用」と「反物語性」という二つの特質によって「目的」や「意味」が剥落し、それを表現する動物的語彙によって抽象化の契機を完全に失う。「大きな物語」を歌わず、また「社会」といった抽象的想像力を欠いたKOHHの楽曲に吉田は論題(漏出するリアル)のパラフレーズとして「セカイ系」という評価を導出した。

 冒頭に述べたように「漏出するリアル」には二重の「閉鎖性」が存在する。一つ目の「閉鎖性」だが、それは吉田が「翻訳語の不使用」という視点によって「リアル」自体が Real の「翻訳語」だというあまりに自明の事実を見落とすという、決定的な錯誤を犯していることに由来する。吉田論考でも鍵概念となる「リアル」は、HIPHOPにおいて多くの楽曲で繰り返し歌われてきたジャンルを象徴するキーワードである。KOHHもまた他のRapperと同様に、その楽曲で表現する内容を「リアル(本物)」と自称してやまない(「Living Legend」「気楽にやるさ」)。アメリカにおいて発明された「Real」という概念は様々な形で何度も反復され、HIPHOPの世界的浸透と共に波及した。大陸を横断し、あるいは海を渡って「Real」はそれぞれの土地(街角)における「リアル」となった。
 伝播した一つの概念が「翻訳」のもとで多に開かれつつ、同時に通底する。「Real」という一つの概念(と多数の言葉)でRapperは「ここ」にいながら同時に世界と通じているのだ。つまり、「翻訳」とはHIPHOPの本質である。
 この「翻訳(同一化)」とは近代という条件が可能にしたものだった。それは人や思想が否応なく「空間」(教会、王宮、サロン……)によって規定された中世では実現されえなかったが、近代という時代は大陸や海を超出する運動を可能にした。遠く懸隔された二つの「空間」に、一つの思想が伝播する(宗教、~ism)。あるいは一つの「空間」に、多数の概念が折り重なる。「翻訳」とはこのような二つのベクトルの運動を持つ営為なのだ。

 HIPHOPの本質は「翻訳」にあると先述したが、近代における種々の表現もまた、同様の前提を共有している。例えば、1920年代のパリという「空間」を想起してみよう。当時、同地は世界で最も国際的な都市であり、「エコール・ド・パリ」で知られる燦然たる芸術表現の時代をむかえていた。そのディケイドを創出したのは従来からパリという「空間」にいた者ではなかった。シャガールが、ピカソが、ツァラが一つの「空間」に同居し新たな絵画表現を切り拓いた。事態はヨーロッパに留まらない。アメリカからはリンドバーグが文字通り「飛来」し、ジョセフィン・ベーカーは地理のみならず人種の壁をも超出して、ジャズの鳴り響くパリで舞い踊った。極東の島国からは藤田嗣治が「エコール・ド・パリ」に華を添えた。ことほど左様に、パリという一つの「空間」に多数の表現が複層的に重なっていった。
 先述したように近代における「翻訳」は二つのベクトルを持つ。パリで確認できたのは一つの「空間」に多数のものが折り重なる現象だったが、HIPHOPにおける「リアル」はそれとは反対のベクトルを持っている。1920年代のパリとは裏返しに、一つの概念が多数の場所に浸透するという現象がHIPHOPにおける「リアル」には発生していた。

 HIPHOP、そして「リアル」はなぜ世界各地で「翻訳」され得たのだろうか。その背景にはいくつかの理由が考えられる。まず一つはその音楽性だ。楽器演奏の修練や先天的な歌唱力を必要としないというHIPHOPの敷居の低さは、世界的浸透を推し進めた要因の一つだ。また、この音楽における中核的技法であるサンプリングとは、マテリアルを組み直し(「翻訳」し)、国境と人種を超えて電子的に送り直すものである。近年その勢いを増しているビートジャック(既存楽曲のビートに自らの新しいラップをのせること)もまた他者と自己が同一化しつつ、新しいものを創出する「翻訳」的営為といえるだろう。この音楽は本来的に「翻訳」に適した表現形式を備えていた。
 また、それら音楽的特性のみならずHIPHOPが世界に浸透した理由は、その文化的性格にも由来する。HIPHOPの楽曲はRapperのアンダーグラウンド/スラム出身という背景のために、母を歌ったリリックを持つものが多い。また彼/彼女らは親から授かった名前という「ルーツ」を引き継がず、新しい名前を自ら命名し、所属するグループを家族や兄弟として扱う文化を持っている。伝統的な共同体や「空間」から隔絶された(父なき子の)音楽――それゆえに「翻訳」され、外に拡張していくのがHIPHOPなのだ。
 だが、HIPHOPおよび「リアル」が世界的に「翻訳」された理由はこれら内在的要因に留まらない。この地球規模の浸透は、ワールドワイドウェブという後期近代ならではの条件によって加速されていた。世界のどこにいても、サイバースペースにおいては情報が瞬く間に共有される。サイバースペースとは「Space」でありながら、実体を持つ「空間」ではない。それゆえに特定の「空間」に囲い込まれることなく世界に伝播し、それぞれの「街角」に「リアル」を積層させていった。

 サイバースペースの伝達速度、双方向性は「近代」における「翻訳」を次の段階へと移行させている。つまり、パリという中心が存在した1920年代の「翻訳」とは異なり、サイバースペースの拡張した現在には中心がなく、各地が相互に影響を与え合っている。中心の存在しないまま「翻訳」によって拡張されていく現在のHIPHOPシーンは、まさに「文化的宇宙」とでもいうべき様相を呈しているのだ。
 この「翻訳」による過剰な相互浸透によって発生した「文化的宇宙」という状況は、プレイヤーたちからも証言されている。日本のHIPHOPシーンを長く牽引してきた「練マザファッカー」のD.O.は80年代後半~90年代前半(インターネット普及以前)に存在していた「USっぽい」という形容はもはや通じなくなったと語る。現在のシーンにおいては流行のスタイルは「US」に限定されることなく、同時進行的に世界で実践される(KOHHもまたその証左の一人だ)。D.O.の証言はもはや中心のない「文化的宇宙」と呼べるようなHIPHOPシーンの現状を表しているのである。
 ここまで確認してきたようにHIPHOP、またその鍵概念である「リアル」は音楽的性格、そして後期近代という時代背景によって「翻訳」を徹底的に推進してきた。つまり、端的にいえばHIPHOP、そして「リアル」は漏出しているのではなく、今なお拡張し続けているのである。KOHHもまた「リアル」と同一化することで、目の前の現実を歌いながら同時に世界的受容に開かれている。そのリリックには「一にして多」ともいうべき情景が確かに綴られている。

東京 羽田、成田からどこ?

ゼロから始まった今はここにいる

今まで見たことないところに行くLet’s go

また飛んでいく

飛行機に乗って遠いとこへ行く

また飛んでいく また飛んでいく

同じ空の上

……

また飛んでいく 同じ空の上(「飛行機」)

海を越えオーストラリア

イギリス、アメリカ旅立ったあいつらに

負けぬように 恥じぬように やることやるのみ

……

離れ離れになっても

同じ空の下で夢をかなえる

また会えるから far away, far away(「Far Away」)

 KOHHはレコーディングや撮影で世界各地を飛び回る。だが、それは「同じ空の下」での出来事であり、どこにいてもKOHHはその目を通じて「リアル」を歌うことができる。
 吉田論考は「翻訳語の不使用」という事実的不整合を伴うアプローチによって、KOHHの可能性を把握しきれず、その魅力を持ち去った。これが「漏出するリアル」における、まず一つ目の「閉鎖性」である。この「翻訳」の機能を見誤るという錯誤は後期近代――現行の時代における特異性を捉え損なったことに起因していると言える。それはアナクロニズム的錯誤であり、事態はHIPHOP、そしてKOHHの本質を見誤ったことだけには留まらない。その時代認識のズレはHIPHOP云々以前に、批評文を書くという営為の水準にまで遡及される。時代認識を見誤っている以上、吉田が「いま、ここ」で批評文を書くことの意味をも錯誤していないとはいえない。

    

「漏出するリアル」における錯誤は日本の批評史においても、また一つの「閉鎖性」を示している。記述のために、まず日本の批評の歩みについて概観しておこう。通説において、この国における批評の歴史は小林秀雄(1902~1983年)において始まったとされている。前提に則って考えれば、日本の批評とはこの国における近代化の最中において誕生した。
 否応なく、小林秀雄の批評文には「近代」の刻銘がある。それは対象との「同一化」ともいうべき姿勢に集約することができるだろう。後年には批判の論拠ともなるが、論じられる対象と論じる自己を分離することにこれほど無頓着な批評家はいなかった。対象と出会う機会(私性)の特権化(「モオツアルト」)や、論じる対象との同一化(「ドストエフスキイの文学」)によって批評を実践する姿勢から、それは誰の目にも明らかだ。そればかりではない。比喩としての「同一化」ばかりでなく、小林秀雄は対象との完全なる「同一化」を果たしてもいる。「翻訳」である。小林はボードレール、ランボーをはじめとする、「近代」という条件下によって初めて接合しえた文学を自らの言葉で日本語に置き換えた。「翻訳」を通じて、異国の他者たちが書いたテクストを自らの言葉で反復したのである。
 小林は処女作『様々なる意匠』から、客観的な「理論」(マルクス主義)でもなく、主観的な「感覚」(新感覚派)でもないものとして批評を規定してきた。それは「社会」といった抽象語でもなく、日々の現実という個別具体の体験でもないという、HIPHOPにおける「リアル」とあまりに似てはいないだろうか。「一にして多」ともいうべき、この「同一化」の営為によって小林は批評家となった。

 やがて、その後の日本の批評は、小林への批判的検討によって「理論」偏重の趨勢を強めていく。それは主に柄谷行人を中心とする「空間」を中心的磁場として行われた。柄谷は「他者」や「外部」といったタームを使用しつつ、小林によって規定された批評を言語/論理によって解体していった。曖昧さは忌避され、すべてが言語によって真理に到達できるという、「表象能力万能主義」による批評が実践された。この趨勢は柄谷が編集委員を務める雑誌「批評空間」および、選考委員を担った群像新人文学賞評論部門による新人の輩出というネットワーク(「空間」)の形成によってより強化された。この柄谷を中心とする磁場は、後年多くの論者によって指摘されたように「他者」や「外部」といったタームを頻用しながらも、結局は閉鎖された「空間」に他ならなかった。「空間」の内部にいる者は柄谷による批評のタームを内面化し、そこで行われる対話は「モノローグ」の様相を呈した。
「翻訳」による相互浸透を条件とする近代において、閉じられた「空間」は自壊を宿命づけられる。2002年、「批評空間」の終刊によって一定規模を誇る批評誌は姿を消し、「批評」はジャンルとしての統一性を失うことになった。そして「批評」というジャンルの終焉と同時並行に、音楽/映画/演劇などサブカルチャーを専門領域とした豊かな雑誌文化もまた出版不況のなかで縮小を余儀なくされていった。
 しかし、あらゆる領域の「空間」が雲散霧消していく中、急速な勢いで増大し続ける特異な「空間」があった。サイバースペースである。そこには従来の「批評空間」を支えた(そして、自閉していった)者たちとは異なる読者の姿があった。インターネットによる越境性は、本来「近代」が持っていた相互浸透を著しく加速させる。日本の批評において一度閉鎖化したシーンは、東浩紀をはじめ次代の論客によってインターネットを中心に更新されようとしていた(かくいう筆者もまた2003年、14歳の頃に「惑星開発委員会」というHPで「批評」というものと初めて遭遇している)。
 やがて、東はかつては閉鎖的であった批評の「空間」を、自らの手で新たな形で創出することになる。それはサイバースペース上だけではなく、「カフェ」という実体を伴った場を創出するといういささか保守的な身振りを伴った。東浩紀は自身のデビューの場でもあった「批評空間」以後、新しい言説の「空間」を創出することに誰よりも意識的だった。
 ゲンロンカフェは五反田という空間に位置しながら、同時にニコニコ動画によって不特定多数のいる「外」に開かれている。トークイベントはその「空間」で発生しているが、同時に放送によって開かれており、視聴者によってコメントが随時フィードバックされる。「外」からのコメントによって現場の発話に変化が起こるという還流もみられ、相互浸透が行われている。
 このように、まさに「一にして多」ともいうべき「空間」がゲンロンカフェに発生したのである。かつて小林が体現していた近代/批評における「翻訳=同一化」の可能性はサイバースペースの誕生によって復活することとなった。そのような場で行われる批評再生塾もまた越境性を内包していることは、かつて「批評空間」の終刊と並行した雑誌文化の終焉のただなかにいた佐々木敦との共闘という側面からも証明されている。

 だが、そのような批評の本質でもある「翻訳」を実践するゲンロン、そして批評再生塾の可能性を吉田は拡張していると言えるだろうか。先述したように、「漏出するリアル」における二つ目の「閉鎖性」はこの批評史における水準に位置している。なぜなら、「漏出するリアル」における吉田の身振りには、柄谷行人を中心とするネットワークが柄谷の内面化によって自壊した現象とよく似た傾向が看取できるからである。吉田は「漏出するリアル」においてその奇妙に閉鎖した論旨のもとに、「セカイ系」というタームを結論部において導出している。それはあたかも柄谷による「空間」内部にいたものが、モノローグのように柄谷のキーワードを繰り返した様と酷似している。吉田雅史は東浩紀におけるキーワードを反復することで、その「空間」を自閉させつつあるのだ。
 吉田による「漏出するリアル」はKOHHの特異性を「翻訳語の不使用」と捉えることで、その本質を見失った。KOHHの世界的受容の背景にある「翻訳」の機能を見誤ることで「リアル」を漏出するものとみなしたのである(一つ目の「閉鎖性」)。
 また、論考における吉田の身振りは、ゲンロンカフェの持つ「翻訳」の可能性を捨象し、ゲンロンにおける批評再生塾という「内部の内部」にある運動体をあたかもその枠に閉じ込めてしまう危険性を伴っているのだ(二つ目の「閉鎖性」)。
 だが、私たちはこの「空間」を外に開かなければならない。「空間」はいつだって自壊する恐れから自由ではない。「翻訳」という相互浸透によって境界の融解した近代においてこそ、表現者は自己批評を絶えず求められている。
 すべての表現は時代と共にある。批評家はこの近代という時代で言葉を紡ぐこと、閉鎖したままで維持できる批評の場などないことに自覚的でいなければならない。批評再生塾第二期という「言論空間」は16回の律動と共に拡張していく。

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