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おびえる批評宣言

「わたしたちの指使いを探そう!」 ── ドビュッシーの《練習曲集》

 エチュード(練習曲)とはなにか。「練習のために弾かれる」という奇妙な機能をそなえたこの制度は、いつももっともらしい表情をして、演奏者たちを脅迫してくる。平凡な意味でのエチュード(練習曲)は、たとえば毎日の練習のはじめ、まだ鈍っている両手をピアノを弾くための両手に仕立て上げるために、矯正ギプスのような役割を果たす。たいていは同じ音形をひたすら繰り返して、ここをスタート地点に行って帰ってこよう──と、こうなる。それ自体は作品と呼ぶほどユーモアを備えてはいないし、それを弾くという行為はしばしば苦行にも似てくる。特にテクニック上達を志す初学者にとっては、ほとんど刑罰に近い。そんな退屈な鍛錬に対して、多くの作曲家が反撃の手段を講じたのだった。たとえばショパンは、その音形の反復を悪夢的に増幅させ、反復の暴力性と華麗さを混同させることで、彼の《練習曲集》を作った。

 ドビュッシーの場合はどうか。彼の晩年の《練習曲集》は、やはり先達ショパンの方を向いてはいるものの、そこには生真面目な追随の精神とはいいきれないべつの企みがただよっている。とりあえずは練習のための曲だし、まずは特定の指、特定の和音形だけではじめてはみるのだが、ドビュッシーの場合、1曲を弾いているあいだに、もう生真面目さが萎えてしまう。おなじみの、練習に飽き飽きした子どものイメージがたちあらわれる。彼はすでに《子供の情景》の〈グラドゥス・アド・パルナッスム博士〉のなかで練習の退屈さを揶揄してみたのだが、それが《練習曲集》の第1曲になると、「練習曲」を不意撃ちして徹底的にコケにする。冒頭で寓話的に練習曲からの離脱を演じて見せたところで、演奏者に自らの指を解放することに成功する。そして「子どもになること」を見も蓋もなく実践してくかのように、そのまま連想の限り遠くまで逃げ去ってしまう。

 《練習曲集》は6曲ずつ2巻に分かれ、第1巻は限定的な指や和音形をつかって逃避の実践を演じてみせる。第2巻はさらに連想を激化させ、それが練習曲であったことを忘れさせるくらいには、もとの佇まいを消しかかっているかにみえる。ただ、こうした逃避の実践はあくまで二次的な悪事にすぎない。《練習曲集》の最大の悪事は、楽譜の冒頭に作曲者自身によって、あらかじめ宣言されているのだ。「Cherchons nos doigtés!(わたしたちの指使いを探そう!)」──その文言が演奏者の目に留まり、次のページに目を転じてみると、楽譜にはまったく指番号がない。したがって最適な弾き方を自分で探さなくてはならない。弾き方を探ること。ドビュッシーは練習曲から逃れていく過程を12曲に分けて記録した一方で、その再現のために、また別の課題をつくりあげたのである。でも、なぜそんなことをする必要があったのか。

 一見、12の華麗な脱出例のようにみえる《練習曲集》も、その実、第10曲〈対比的な響きのために〉だけ突出して音楽的な抽象度を増している。そして第10曲に至るまでのそれぞれの小品たちは、この1曲に向かうためのプロセスのように見えてくる。まるで第10曲を弾くためのエチュードであるかのように──。題中の「対比的な響き」という言葉が、この特異点に向かうためのキーポイントとなる。ここにいたるまでの各小品は、たとえあ8本の指とか、反復する音とか、具体的な縛りから出発していく体裁をとっていた。だが、第10曲で要求されているのは、打鍵による響きのさまざまなニュアンスである。それは、それまでの遊戯的な課題に対して、鍵盤という機構のもつ本質的な困難をつきつけてくるものである。第10曲に到達した演奏者は、そこにきて鍵盤に触れることの要求度が突然過酷なものになる、というわけだ。作曲者の文言にしたがって演奏者は、ここまで指探しのゲームに興じていたわけだが、そのとき発生したさまざまなタッチが、ここにきてその全てを再現せよと要求されるのである。というのも、指探しゲームの最中に生じたさまざまなミスでさえ、ここではそれも材料だったのだと言わんばかりに再登場を要請される。いわば、無意識的な逸脱でさえ、ドビュッシーによって周到に準備されていたのである。

 特徴的な「対比的な響き」の企てをひとつあげる。作品中、左右の両手の交差が二度あらわれる。右手の上に左手をかぶせるか、あるいはその逆をしなくてはいけない。そのポーズをとったとき、演奏者は自らの指にどれくらいの重さをかけるのか、その打鍵の質がいっそう問われていることが明らかになる。鍵盤を弾くときの最適の状態を外れながら、なお正しい指を探すこと。この部分はドビュッシーによる音色探求の真骨頂をなす一部であり、演奏者にとっては高難度のエチュードである。ここで強調しておきたいのは、この音色探求に課せられているのは、出てくる音色を吟味することと同等かそれ以上に、いかに鍵盤を「触る」か、という問題が生じていることなのだ。言い換えれば、そこにおいて、音楽は聴覚以上に触覚の審判をあおぐことになる。

 音楽における触覚の問題。ところが、ドビュッシーにとって、それはあくまで音色のための二次的な問題に過ぎなかったようだ。第10曲のあと、高度に濃密さを増していた音楽の触覚的問題は、ふたたび後景においやられてしまう。最終曲では、もはや触れるかどうか頑張ってみよう、というような様子だ。したがってこの問題を検討するには、ドビュッシーから離れるよりほかはない。それは南方、イベリア半島からやってくる。

鍵盤、触覚、墨守 ── アルベニスの《イベリア》

《イベリア》第4集より 〈エリターニャ〉(部分)。譜例はIMSLP(PD)による。
アルベニス《イベリア》第4集より 〈エリターニャ〉(部分)。原則、右手は上段を、左手は下段を弾く。矢印で示されたフレーズが旋律にあたる。譜例はIMSLP(PD)より。

 ジャンケレヴィッチが生前に出版した最後の本は『遙かなる現前』という音楽書だった。そこでは、20世紀初頭~前半にパリの楽壇に影響を与えた刺激的な周縁作曲家として、スペインのイサーク・アルベニスとフェデリコ・モンポウ、それに南仏のデオダ・ド・セヴラックを取り上げ、それぞれ論じている。もっとも当初は、これにエリック・サティを加える計画があり、さらには大きな音楽論シリーズの構想もあったのだが、完結には至らなかった。いずれにしてもこれら作曲家がみな、ピアノをその制作の中心に据えていたことは重要である。

 特にスペインは、鍵盤の音楽について語るには欠かすことのできない土地だ。そこではバッハの代わりにスカルラッティが、その祖先として見出されることになるだろう。オペラとカンタータの作曲家を父にもち、また自らもその影響下で作曲をはじめたスカルラッティは、にもかかわらず声楽から離れ、鍵盤の音楽に執心しつづけた。ナポリに生まれながら、スカルラッティは後半の人生をイベリア半島で過ごした。彼の膨大な《ソナタ》からも、イベリアの地で培ったリズムの跡を聴き取ることはできる。スカルラッティが《ソナタ》と呼ぶとき、それはベートーヴェンにおけるそれではなく、より語義に近い「鳴っているもの」としての断片の意味合いが大きい。そしてそれは西洋音楽史の中軸をなす声楽によってではなく、節付けられたインターフェイスとしての鍵盤を通じて、鳴らされたものである。

 アルベニスはその半生、スペイン的風土に材をとった作品を作り続けていた。大半の作品は、同時代の国民楽派的な傾向をもつ多くの作曲家と、だいたい同じ水準にとどまっている。ところが晩年、アルベニスは突如として、意味深長な作品集を書き上げる。「12の新しい印象」という副題の付いた作品集イベリアは、ドビュッシー、ラヴェル、メシアンといった、のちに現代音楽と呼ばれる20世紀の西洋音楽の下地を整備した作曲家たちに、少なからぬ刺激を与えたのだった。たとえばラヴェルは、《イベリア》をオーケストラに編曲して発表することを画策したものの、権利関係からそれを断念し、結果的に《ボレロ》を作曲するに至った。

 アルベニスの《イベリア》を弾こうとする演奏者には、きまって二つの困難がつきまとう。一つはドビュッシーの〈対比的な響きのために〉が霞んでしまうほど、左右の手が頻繁に交差したり元に戻ったりするということ、もう一つは楽譜を読む際の問題で、多すぎる臨時記号によって、弾くべき音を判断することが極端に難しいということである。

 アルベニスは、ドビュッシーの《練習曲集》のような課題と実践の様式をとらず、いつもいきなり本番からはじまる。複数の曲に同じ和音が現れるとき、アルベニスはその登場のしかたによって、さまざまに手の配置を検討している。あるときは片方の手で一つかみにし、別のときには両端の音をもう一方の手で掴ませる、等々。したがって作品の多くの瞬間、演奏者の手は同じ地点で重りあったり、交差したりする。こうした両手の跳び回る様相を楽譜に記そうとすると、音の高さと楽譜上の垂直的な位置の不一致が頻発する事態がおこる。ジャンケレヴィッチはアルベニスの作品について、作曲者自身は言っていないものの、それがラプソディの性質を帯びていることを指摘している(『遙かなる現前』)。それによれば、ラプソディであることは、累積的、多元的であり、連続性を欠いた構成をとるという。したがって、エチュードやソナタの弁証法的、一元的な構成とは対極に位置する。この対比は《イベリア》全体のみならず、個々の作品、またその音の描き方にも指摘できる。

 二つめの読譜の問題については、多少の説明が必要だとおもわれる。たとえば、白鍵上のド(C)とレ(D)のあいだにある一つに黒鍵には、通例二通りの呼び方がある──ドの半音上(C♯)か、レの半音下(D♭)である。どちらの名前で呼ばれるかは、作品中で使われる調性だとか、音の前後の文脈によってその都度判断される。だがこの二つの呼び名は、本来同じ一つの音を指してはいない。こうした音について、臨時記号をつけるという言い方がまさに伝えるように、それは基本となる音階上の音(とりあえずは白鍵のことである)を上方、あるいは下方に変化させた音である。そして実際に、この二つは微妙に音高が異なる。ヴァイオリンのようにフレットを持たない弦楽器でこれらの音を弾き分けてみると、このちがいはなおいっそう明瞭にわかる。本来はちがう音なのだ。にもかかわらず、鍵盤上では同じ音を指している。先に結論をいえば、これは十二平均律によって引き起こされた事態にほかならない。個々の調がもつ整数比的な調和ではなく、各半音ごとの差を均等を重視したこの十二平均律は、鍵盤が現在のかたちをしていることの根本に関わる。それのみならず、どの半音間も同じ周波数比であることは、自由な転調の可能性を音楽家たちに開くことになった。それが過激な転調を夢想させ、20世紀に調性の崩壊──無調性──へと至らしめたことはいうまでもない。

 ところでアルベニスは、豊穣な転調可能性よりも、それぞれの調の調和にいっそう入念な検討を重ねていた。それが二つめの困難、臨時記号規則の問題につながる。というのは、彼は作品の成立年代に反して、古い臨時記号の規則を墨守して書いていたのである。五線譜という記譜法は、純正調的な秩序を念頭に設計されているため、頻繁に転調が重なると、とたんに音の記譜が難しくなる──つまり、余計に臨時記号を振って、記譜しなくてはいけなくなる。そのリスクを無視するかのように、《イベリア》には複雑極まりない臨時記号(特にフラットやダブル・フラット)が溢れている。ここにアルベニスの企てが判明する。彼は平均律的秩序(のもとでつくられた鍵盤という機構)のなかにいながら、そこに多様なしかたで反旗を翻しているのである。記譜としては、古風な記譜法にのっとって、純正調という調和を想起させるものとして。そして奏法では、鍵盤をたたく指の触れ方を操作することで、純正律的な響きを仮構するという戦略をとる。つまり、彼は調和という原初的な問題に立ち返ろうとしていたのである。それも平均律の音響世界のなかで、である。ここに、鍵盤に触れる演奏者の、おびえる瞬間を聴き取る。

おびえを記録すること

 おびえを記録すること。見知らぬ怪物、思いもよらない出来事に遭遇したときに、ヒッ、と身をすくめる一瞬の防御の体勢を保存すること。何よりむつかしいのは、おびえを消そうとするあらゆる解毒作用から素早く身をひるがえすことだ。引きつった顔を緩めてはいけない。無理に記憶をおし殺そうとするそぶりが透けてみえてもいけない。ただ、おびえた瞬間にとどまり続ける。肝腎なのは、見知らぬ怪物との遭遇を果たしたときに走る鳥肌を認めることである。ほんとうは何も恐れてなどいないといった態度は、いずれは愚にもつかない冒険譚、退屈な英雄の身振りであるにすぎない。だが、やみくもにおびえていればいいというわけではない。この小心めいた行為にとどまるのには、それなりの理由がそなわっている。それは、ほかでもない。怪物に接触するためだ。それも、ほどよく湿った感傷の風土を離れ、その影が妙に薄れる曖昧な領域で接触すること。だが、なぜ接触が必要なのか。

 ──以上は蓮實重彥『夏目漱石論』の序章「読むことと不意撃ち」に依っているのだが、とはいえ触ることの必然性は、蓮實自身の批評の方法と浅からず関わっている問いにほかならない。たとえば蓮實が、表層、というとき、それは単に視えているものを指しているのではない。蓮實の言葉をたどればわかるように、表層において重要なのは、それが「触知可能」であるか否かなのだ。触知可能なものとしての表層。あるいは表層を把握する感覚としての触覚。そしていささか唐突にいえば、その触知を大いに妨げる知覚こそ、視覚(それも、悪い視覚)にほかならない。表層批評においては、触覚は視覚に対して優位をとる。あるいは、視覚は触覚化されなければならない。わたしたちが解釈の平面を想定するとき、その「平面」はすでに視覚的な広がりをもったものとしてイメージのなかに立ち現れる。そこには遠近がうまれ、距離がうまれる。接触を妨げるのはこの距離だ。そこにおいては、いかに視覚を凝らしていようと、把握することから逃れてしまう暗部がつきまとって離れない。だからここに、接触のための戦略が必然性を帯びてくる。鋭く触知を実現するためには、この距離との連関を断ち切って平面と把握することが必要になる。

 [未完です。この後『遙かなる現前』に沿って、セヴラックとムソルグスキーを論じる予定でした。]

文字数:6000

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