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「世界塔」を爆破せよ

《ここから抜け出す方法があるはずだ》
ボブ・ディラン「見張塔からずっと」

 かつてニューヨークの中心、世界の中心はワールドトレードセンター(WTC)のツインタワーであった。日本語で世界貿易センターとも呼ばれるそのビルはロックフェラー一族の平和に対する思いから「世界」という単語をその名称の一部とすることになった。その特異な構造は日系アメリカ人であるミノル・ヤマサキにより設計されたものであり、イスラム建築を思わせる独特のエントランスを持ち、ノースタワーとサウスタワーからなる「ツインタワー」という様式が選択された。1966年に建築が開始され1974年には完成してすぐにニューヨークのシンボルとなり、世界中から観光客が集まる観光名所ともなった。
 一方で1960年代から世界的な課題として議論された経済的な格差を指し示す「南北問題」において、WTCは間違いなく「北」を象徴する建物物であり、世界経済を支配する先進資本主義国のシンボルともみなされることになる。WTCはその名称と構造から「世界塔」とも呼ぶべき建築物なのであった。


 日本のロック史における切断は「ツインタワー」と「世界塔」によって引き起こされた。
 当初は小山田圭吾と小沢健二を含む5人編成であったロックバンド「フリッパーズ・ギター」はメジャーデビュー後の相次ぐメンバの脱退を経て、小山田・小沢という「ツインタワー」からなるユニットとなった。誰もがその聳え立つような才能を認めるツインタワーは立て続けに傑作アルバムを生み出すことになる。「ネオアコ」とも呼ばれるポップで繊細なサウンドにさりげない引用を織り交ぜた文学的な歌詞を乗せた『CAMERA TALK』(1990年)、そして全編サンプリングからなるコラージュのようなサウンドに哲学的な言葉を連ねる『DOCTOR HEAD’S WORLD TOWER –ヘッド博士の世界塔』(1991年)という2枚のアルバムは、バンドブームの影響下にあった日本の音楽シーンにおいてそのオリジナリティが群を抜いており、その後の日本のロックに多大な影響を与えることになる。
 特筆すべきは歌詞とサウンドだけではなく、ファッションやメディアでの言動などのすべてが当時のロックの文脈をはみ出したものであったことである。当時のサブカルチャーの先頭を走っていた少女向けファッション誌である「Olive」に登場しても違和感のないファッションに身を包み、テレビやラジオでは司会者・DJを小馬鹿にしたような対応を見せるなど、古くからのロックのコードを攪乱し、「脱コード化」とも呼ぶべき振る舞いを演じていた。そこにはロック=反体制といったステレオタイプな概念はなく、ただ記号と戯れることを肯定するポストモダン=後期資本主義を体現していたと言えよう。フリッパーズ・ギターとは「北」のなかでも「極北」と表現すべき場所に位置する「ツインタワー」=「世界塔」なのであった。
 フリッパーズ・ギターの出世作であるアルバム『CAMERA TALK』の終盤に収録された「Southbound excursion/南へ急ごう」という曲は彼らのポジションを象徴している。フリッパーズ・ギターにとって「南」に直面することはexcursion=小旅行のような体験なのであり、その曲まではなめらかに記号を吐き出し続けたフリッパーズギターは「南」という言葉に出会った途端言葉を失ってしまうのである。「南へ急ごう」という曲において、小山田圭吾はただ「ダバダバ」という意味を欠いた音を発するのみとなってしまったことを銘記すべきであろう。「北」に位置するフリッパーズ・ギターは「南」に直面した時に失語症のような徴候を示してしまったのである。


 フリッパーズ・ギターの『CAMERA TALK』がリリースされた1990年、強権的なフセイン大統領が権力を握るイラクによる隣国クウェートに対する軍事的な侵攻が発生した。これをきっかけにアメリカを中心とした多国籍軍によるイラクに対する空爆が始まり、日本を含めた多くの「北」の先進資本主義国が巻き込まれることになる「湾岸戦争」が勃発した。湾岸戦争をきっかけにアメリカは「北」の警察官を自任するようになる。一方で湾岸戦争は、現在に至るまで欧米諸国を悩ませ続ける「南」に位置するイスラム教テロ組織との戦いのきっかけをつくることにもなった。
 そして1993年にはイスラム原理主義のテロ組織が関与したとされる「世界貿易センター爆破事件」が起きる。WTCはテロリストによる爆弾テロの標的となり、辛うじてビルの倒壊は免れたが1,000人以上の死傷者がでる大惨事となった。テロの後、WTCは徹底的にセキュリティを強化し「最も安全なオフィス環境」として再出発することになる。世界貿易センター爆破事件は「北」の世界塔に対する「南」からのテロ攻撃の前触れでもあった。


 フリッパーズ・ギターにとって最後のアルバムとなった『ヘッド博士の世界塔』は、ビーチ・ボーイズの曲である「God only knows」のサンプリングで幕が開く。「ほんとのことが知りたくて/嘘っぱちの中旅に出る」(ドルフィンソング)という宣言から始まるアルバムは、まさに「神のみぞ知る」と表現するしかないような未来の「ほんとのこと」を予言する不穏さを感じさせるものであった。「制御不可能で自爆もままならず」(世界塔よ永遠に)、「どうすることもできず/僕はただ昇りつづけてる」(奈落のクイズマスター)という言葉が綴られる『ヘッド博士の世界塔』は、WTC=「世界塔」の未来の姿を先取りするものであったと言える。そしてアルバム中盤に位置し、核となる曲の一つである「GOING ZERO」は、爆心地を意味する「グラウンドゼロ」をも想起させるタイトルであろう。
 我々は少し議論を急ぎすぎているようだ。ここで「神のみぞ知る」未来を「神のささやき」として表現したもう一組のミュージシャンを「南」から召喚する必要がある。「世界塔」を撃ち抜くことができるロックバンドを。


 湾岸戦争において世界中から批判されたアメリカのブッシュ大統領による武力行使や、それに追従する日本政府などの「北」の姿勢に対して「南」から的確な批判の矢を放ったのは、中川敬を中心としたロックバンド「ニューエスト・モデル」であった。パンクロックに影響を受けた音作りと反体制的でひねりのある歌詞が人気であったニューエスト・モデルは、1992年にリリースされた『ユニバーサル・インベーダー』においてはファンクやヒップホップを取り入れてより洗練された楽曲を披露し、バンドの代表作であり最高傑作との評価を得た。その歌詞はより直接的にアメリカとブッシュ大統領、そして日本政府をも射貫くものであった。

 向かうとこ敵無しのお前さんは/全世界を股に掛け人も殺す
 
僅かな正気をお前さんは焼き捨てて/自由という名の教義を説きむせんでる
 (ニューエスト・モデル 「独り善がりの風」)

 その音楽性や歌詞の内容は大きく異なりながらも、中川敬はフリッパーズ・ギターに対するリスペクトを隠さなかった。中川は影響を受けた同世代のミュージシャンとして常にフリッパーズ・ギターの名前を挙げる。1991年には雑誌においてただ一度の対談も実現することになる。
 それはただ一度、「世界塔」との直接的な衝突が起こった瞬間でもあった。


 2001911日、後にイスラム系テロ組織アルカイダの犯行とされる、2機のハイジャック機によるWTCへの衝突という前代未聞のテロが発生する。2,000人以上の死者を出した歴史に残るテロ事件によりツインタワーは跡形もなく完全に崩壊する。その跡地は原爆の爆心地を意味する「グラウンド・ゼロ」と呼ばれることとなった。
 テロ事件に対する報復を誓った湾岸戦争時のブッシュ大統領の息子であるジョージ・W・ブッシュ米国大統領はイラクが大量破壊兵器を持っていることを口実に、イラクに対する戦争に踏み切る。この戦争が21世紀の南北問題を引こすIS(イスラム国)誕生の遠因となったことは周知のとおりである。


 1993年、中川敬はニューエスト・モデルを発展的に解消し、それまでも活動をともにしてきたメスカリン・ドライブとともに「ソウル・フラワー・ユニオン」というバンドを結成する。同年、アイヌ民族という日本における「南」を中心テーマとして、「神のささやき」という意味のタイトルを持つ『カムイ・イピリマ』をリリースする。民族音楽を大胆にフィーチャし、より一層「南」の立場を鮮明にした本作は、その不穏さにおいて群を抜いている。神のみぞ知る世界塔に対して、「神のささやき」で未来のテロを暗示するかのように、アルバムには空を飛ぶ飛行機や鳥の形象が満ちている。

 飛ばそ/あの塔の上まで/飛ばそ/お互いのスピード
 
ソウル・フラワー・ユニオン「人力飛行機」)

 アルバムの中核となる曲である「THE TWO FLYING TOWARD THE HIGH TOWER/人力飛行機」はまさに2機の飛行機が塔へ突入する映像を喚起するかのようである。その他にも「天の生贄」や「信天翁~あほうどり~」といった曲が未来を予言するかのようにアルバムは構成される。

 不思議の国から来た風が/深い眠りを吹き飛ばし/寝首かかれた酋長が/地中深くで唄歌う
 (
ソウル・フラワー・ユニオン「寝首かかれた酋長」)

 「寝首かかれた酋長」から我々はジョージ・W・ブッシュ大統領を想起せざるを得ないことは言うまでもない。「北」の世界塔への「南」の空からの攻撃、「God only knows」から「カムイ・イピリマ」=「神のささやき」へ、90年代日本のロックにおける「北」と「南」」の衝突が『カムイ・イピリマ』には凝縮されている。


 9.11のテロの後、「北」においてはセキュリティや監視が最重要の問題となる。通信の傍受や生体による認証など、かつてドゥルーズが指摘した「管理社会」「統治権力」が日常生活を支配するようになる。
 イタリアの哲学者ジョルジョ=アガンベンは「『天使』への序論」などにおいて、キリスト教において天使が特殊な統治権力を担っており、天使とは官僚=統治機構のことであると論じる。
 塔が崩壊するかのように突然解散したフリッパーズ・ギターのメンバーであった小沢健二は、『カムイ・イピリマ』と同年にリリースされたソロ第一作となる『犬は吠えるがキャラバンは進む』(1993)において「天使たちのシーン」という13分を超える極めて印象深い曲を発表する。アガンベンの議論を敷衍すれば、それはまさに小沢健二がJ-POPにおける官僚=統治機構を担うことを象徴することになろう。その後の小沢は官僚ならぬ「王子」キャラで『LIFE』というアルバムを大ヒットさせ、NHKの紅白歌合戦にも出演することになる。あたかも「北」における管理社会の浸透と歩調を合わせるかのように。『LIFE』がフーコーの「生権力」をも想起させるといえば言い過ぎであろうか。
 一方で関西出身のメンバが中核を占めるソウル・フラワー・ユニオンは『カムイ・イピリマ』の後に阪神大震災を経ることで、その作品風土を決定的に変化させる。『カムイ・イピリマ』の不穏さは影を潜め、アイヌや琉球の民謡・大衆歌謡を大胆に取り込むことで、より「南」の立場を鮮明にしていく。さらには東ティモールやパレスチナでもライブを行うなど、その活動は日本の「南」にとどまらず世界の「南」を目指すものとなった。旧約聖書においてバベルの塔が崩壊がさまざまな言語を生み出したように、ソウル・フラワー・ユニオンは『カムイ・イピリマ』で「世界塔」を崩壊させることにより「南」の群衆=マルチチュードの只中に飛び込み、現在も「北」の帝国への闘争を継続している。

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