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藤田 ボードレール グランヴィル ~無焦点のまなざしを視ること~

藤田嗣治の1943年の作品『ソロモン海域に於ける米兵の末路』(以下『ソロモン』)。この作品を前に、私たちはどのような態度で臨むべきだろうか。模範解答を探せば探すほど戸惑うに違いない。無論、鑑賞態度に模範解答などというものは存在しないのだが。

藤田の一連の戦争画の中でも、本作品は異彩を放っている。その他多くの作品は、実際の戦闘そのものを描写しているが、本作は絶望的な米兵たちの「状況」を語るものだ。戦闘と死様がグロテスクなほど精緻に描かれる『アッツ島玉砕』(1943年)『血戦ガダルカナル』(1944年)などに比較すると、一見直接的な殺戮は見当たらず、画面にはある種の静寂ささえ漂っている。しかしこの作品の細部を追えば追うほど、私たちはこの静寂が孕む狂気に気付かされることとなる。

画面中央やや右寄りに浮かぶ舟。その上に配置された7人の男たち。舟の下の海面は暗く荒ぶっているが、画面全体を支配する陰鬱な静寂さのせいで、静的なうねりを湛えている。舟にはオールもなければ、舵もなく、コントロール不可能な状況にあることが直ぐに見て取れる。

7人の男たちはバラバラの恰好をし、バラバラの姿勢で、バラバラの状態に置かれている。その表情はバラバラで、視線もバラバラ、決して交わることもなければ、同じ対象に注がれることもない。全員が疲れ切っており、互いに会話を交わす気力も尽き果てて久しい。一番目立つのは中央で仁王立ちの男であるが、その顔の周りは若干明度が高めに描かれている。その表情が背後の暗い海面に埋もれない配慮だろうか、しかし男の諦念をピンポイントで晒し出す照明のように機能している。男は固く結んだ口元の右側をわずかに上げながら、視線は真直ぐ画面の左方向に注がれている。そのまなざしは一体何を捉えているのだろうか。

藤田は猫を描いた作品群でも知られているが、本作のわずか3年前に文字通り『猫』という作品を残している。当初『争闘』という題名だったとのことからも明らかなように、合計14匹に渡る猫たちの「争い」が描かれている。この「争い」と、タッチは似ても似つかない兵士たちの血みどろの「争い」の間に通底しているものは何か。『アッツ島玉砕』にしても『血戦ガダルカナル』にしても、日本兵と米兵の表情には明らかな違いがある。日本兵は皆、決然とした意識を湛え精悍な顔つきをしている。一方の米兵は死を前にして様々に顔を歪めている。

一番の違いはその「眼」にある。日本兵たちは争いの中にあってもある種の落ち着きに満ち、暗く鋭利な意識を宿している。そのことは黒い「虹彩」に表象されている。これは『サイパン島同胞臣節を全うす』(1945年)での自決を前に毅然とした女性や子供たちの瞳の描き方にも顕著である。藤田の日本人の眼の描き方は、その動じない信念を象徴するように、白目と虹彩(黒目)の比率が安定している。一方の米兵の目は歪んでおり、白目と虹彩、虹彩の中の瞳孔が占有する面積が日本兵と比較して流動的である点において、『争闘』における「猫たちの目」に酷似しているのだ。絶命の瞬間が描かれている例もあるとは言え、米兵の表情は苦悶に満ちて歪んでいるものも多く、その点においても『猫』の数匹に見られる表情に重ね合わせられる。このように、日本兵の瞳にはあくまでも人間しか持ちえない意志を、米兵の瞳には「獣性」が宿っていることを描き分けた藤田が、『ソロモン』において描こうとしたものは何だったか。

戦争画において、藤田のような従軍画家に求められたのは、強くて高貴な日本と弱く野蛮な米国の描写である。『ソロモン』の構図においては、中央で決然とした態度を見せる米兵に象徴されるように、一歩間違えれば「絶望的な状況の中で毅然と振舞う米国兵」を描いていると捉えられかねないのではないか。このような見方をする軍部を、藤田はどのように説得したのだろうか。どこにも救いのない絶望。この状況を好転させるチャンスは万が一にも無く、ただただ恐怖に慄きながら最後の瞬間を待つ。このような状況に置かれた米兵を描くことこそが最も残酷であり、戦闘の中の「死」をそのまま描くよりも鑑賞者への心理的影響が大きい。そのことを説明したのではなかったか。

実際、7人の男たちはそのような極限状態に置かれている。西欧絵画において、画面の右側は未来を、左側は残してきた過去とその記憶を示していよう。そのことは、たとえば度々本作への影響が指摘されるテオドール・ジェリコーの『メデューズ号の筏』(1818-1819年)に描かれている、画面右の遠景、つまり未来方向に咲く希望へ手を挙げる人々を見れば明らかである。

一方、未来のない『ソロモン』では舳が右方向に向いているにも関わらず、ほぼ全員が画面の左を向いている。例外は舟の左端に寝転ぶ男だが、自らの右手で顔を覆っているため、そのまなざしは隠されている。彼らに出来るのは画面の左方向にまなざしを送り、過去の残滓に浸ることだけなのだ。どこにも辿り着くことのない舟に揺られ、死の時を待つ。死刑囚の心持で。彼らは牢獄で身を屈め、自分の名前が呼ばれるのをただ待っているのだ。画面の左奥には藤田が「魚類図譜」を調べて描いたという鮫の群れが遊泳している。体を見せているのが1匹、背びれが5匹分。合計6の断頭台。彼らは死刑執行を前にした人間の状況を示している。1人はその状況に耐え切れず、舌を噛み切って自ら死を選び取ったのではなかろうか。画面に向かって舟の右端に横たわる男。その血色の失われた顔色と、白衣に包まれた格好が描出する事実。それゆえ断頭台である鮫は7人に対して1匹足りない。

(図)『ソロモン海域に於ける米兵の末路』における男たちとそのまなざし
(図)『ソロモン海域に於ける米兵の末路』における男たちとそのまなざし

6人は執行前の極限状態の中、それぞれの表情を見せている。右手で視界を隠し、状況を見ないように現実逃避する⑥。目線を下に落とし、自己の過去を回想し、記憶に浸ることで逃避を図る③。目は上げているが焦点が定まらず、空想の世界に同じく逃避する⑤。断頭台である鮫を直視する④。中央に仁王立ちし、すでに運命を受け入れたかのような態度を見せる②。舟の左端の男⑦は向こうを向き、その表情を伺うことはできない。そして既にして6人の彼岸に横たわる件の①。

彼らを見舞った残酷な状況を描いていると軍部を説得しながらしかし、藤田は自身の欲望に忠実に従っていたに違いない。即ち、死刑囚の表情を公然とキャンバスに刻みたいというグロテスクな欲望に。そして刑の執行を待つ6人を、それぞれの精神の薄弱状況により描き分けているのだ。

藤田はコクトーやタゴールらの詩集を始め様々な書物の挿絵も手掛けているが、日本文化をフランスに紹介する書物にも複数関与し、その中には『芭蕉とその弟子のハイカイ』(1936年)と題された俳句の翻訳本が存在する。ここでは芭蕉の肖像や蛙など4点の挿絵を提供している。戦争画における、遠近法を強調しない、ある種平面的な兵士たちの描き方などに日本画の伝統的な手法を駆使している藤田であるから、日本の昔噺や和歌、俳句を紹介する書物の挿絵を担当しながら、俳句表現の豊饒さへの目配せもあったに違いない。

その俳句を通じて、藤田が示さんとした死刑囚の表情を窺うことができる。刑の執行の前に、心を整理し、俳句を詠んで、刑に臨む。そのような機会を持った囚人たちがいた。『異空間の俳句たち』(1999年)は、そうして生まれた辞世の句のアンソロジーである。括弧内は、作者名および刑が執行された時点での作者の年齢である。

 

刑場へ 一すじの道 春の風

(卯一/27歳)

たとえばこの句は、断頭台の象徴である鮫を直視している男、④の真っ直ぐなまなざしと呼応していないか。あるいはまなざしそのものが、彼らとその運命を接続する避けがたい「一すじの道」である。

 

眼裏は 瞑りて覗く 門火かな

(牛歩/54歳)

ふるさとの 坂 眼底に 西日 今

(えいぞう/30歳)

これらの句で描かれているのは、目を閉じている⑥、あるいは目は開けているがその瞳は明らかに眼前の光景を捉えていない③や⑤が、遠く回想している時や場所を超えた血の通った記憶の断片であろう。

 

綱 よごすまじく首拭く 寒の水

(和之/31歳)

画面中央で決然と構える②の面持ちには、この句に示されているような、全てを受け入れた者が到達する境地が描かれているようにも見える。当時この句がしたためられた色紙を手渡された係官は「もうこれは人間ワザではない。神様に近い存在だ」と感じて「手の震えが止まらなかった」という。

『ソロモン』への影響が指摘されるもう一つの作品として、ウジェーヌ・ドラクロワの『ドン・ジュアンの難破』(1840年)にも触れておきたい。ここで描かれているのは、海外へ向かうドン・ジュアンが乗る船が難破し、食料が尽き、自らが食物となる犠牲者をくじ引きで選んでいる場面である。23人のうち、一番左端と右端の2人はくじ引きに参加しないのみならず、完全に脱力している。特に右端の男の様子は生死すら定かでないが、その格好やポーズも『ソロモン』における右端に横たわる土色の顔をした件の男に酷似している。

くじ引きで「犠牲者」になる者を、その他の男たちは手にかける。「死刑執行人」のように。しかしそれとて一時凌ぎに過ぎず、次に「犠牲者」になるのは自分かもしれない。結局絶望的な状況が好転する訳ではないのだ。このグロテスクな状況はまた、ドラクロワを最高の画家と礼賛したシャルル・ボードレールの詩においても謳われている。

 

私は、傷でもあり小刀でもある!

平手打ちでもあり、頰でもある!

私は四肢でもあり、処刑の車輪でもある、

犠牲でもあり、刑吏でもある!

(ボードレール/『悪の華』(1857年)阿部良雄訳より)

ここで示されているのは、換言すれば、「死刑囚」でもあり、「死刑執行人」でもある「私」である。このような常軌を逸した自己の複数性に、暴力的に引き裂かれる人間の表情を藤田は描いてみたかったのではあるまいか。藤田はボードレールのこの詩を知っていただろうか。エッセイの中で、彼はルクセンブルク生まれのイボンヌというモデルが「ボードレールの詩を休憩の合間に諳んじ、ときに涙していた」と回想している。

そのボードレールが「彼は世界を上下に転倒せしめたのである」と評したフランスの風刺画家、J・J・グランヴィルの死の直前のデッサン『罪と贖罪』(1847年)は、人を殺めた男が「眼球」に追われ、逃亡の果てに「食人魚」の形となった「眼球」に喰われてしまう様子を描いている。バタイユをも唸らせた、男を追跡する「眼球」は、始めは大きな黒い瞳を湛えているが、やがて「食人魚」に姿を変える直前には、瞳孔が閉じ焦点の合わない「獣性」が開花した瞳孔の閉じた瞳が確認できる。左上から右下へ連なる物語は、人を殺めた「死刑執行人」が最終的に食人魚に処罰される「死刑囚」と成り果てる様としても読み取れる。男はその最期に画面右下の十字架に縋り付くが、この十字架は画面左上にも描かれている。つまりこの十字架は、食人魚と死刑執行人、死刑執行人(罪人)と犠牲者の関係性における因果応報のループを繋いでいるのだ。

J・J・グランヴィル J.J.Grandville『Crime et expiation』(1847)
J・J・グランヴィル J.J.Grandville『Crime et expiation』(1847)

グランヴィルは1847年の3月17日に精神病院で亡くなったが、彼はその死の前に「弛まぬ意思の力をもって、相次いで現れる夢と悪夢を素描の形で記録」し、「それは演説家の話を書き取る速記者のように正確だった」とボードレールは述べている。

このような自ら懊悩する悪夢を正確に素描したグランヴィルの狂気は、藤田をして戦争画を描かせしめた想像力、つまり狂気と如何なる距離にあったか。藤田とグランヴィルもまた、交点を持っていた。1949年に絵画作品『ラ・フォンテーヌ頌』を描いた藤田は、1961年に出版された『ラ・フォンテーヌ 二十の寓話』にも挿絵を提供している。この挿絵を描くための資料として、グランヴィルが挿絵を手懸けた『ラ・フォンテーヌの寓話』の19世紀の版が藤田の蔵書の中に存在していたことが確認されている。

幾分長過ぎる迂回路を通過してきたが、これらの議論を踏まえて、私たちは、再び『ソロモン海域に於ける米兵の末路』の画面に立ち帰らなければならない。

改めて、藤田の描く米兵に宿っているいう「獣性」とは一体何であろうか。性器を露わにした裸の自分を「猫」に見つめられて恥ずかしさを感じたというジャック・デリダは、講演集『動物を追う、ゆえに私は<動物で>ある』(2014年)の中で、「獣たちの固有のもの」即ちこれまでの議論の「獣性」とは、「裸であり裸であることを知らないこと」であり、「ゆえに、裸ではないこと、おのれの裸についての知を、要するに善悪の意識を持たないこと」と表現している。藤田の『ラ・フォンテーヌ頌』で描かれている9匹の狐たちの目が極めて人間的な意識で充満しているのは、最早彼らは裸でなく、文字通り服を着て擬人化されているからだ。

『ソロモン』における中央に屹立する男の左肩ははだけ、筋骨隆々な肉体を晒しているものの、辛うじてまだ服を纏っている。裸であるか否かを気にする状況にないことは想像に難くないが、それは先のデリダの言葉を借りれば、善悪の意識も薄れているということだ。そのことは、死者である右端の男の上を跨いでいる点にも現れている。

今や善悪の彼岸を眺めているようなその双眸の、虹彩の中の瞳孔は絞られているが、焦点が近くに合っているのか遠くに合っているのか判然としない。彼のまなざしは、何も捉えてはいなかった。永遠に無焦点のまま彷徨うことを余儀なくされるのだ。

同じように、『ソロモン』という絵画の鑑賞者の視線もまた彷徨うことを余儀なくされる。なぜか。本作は、藤田の数ある戦争画の中では一見すると地味であり、異質である。なぜなら、絵画に描かれているのは米国兵のみで、その他の作品のように日本兵の姿がないからだ。鑑賞者を日本人と設定した当時の戦争画において、日本人が描かれていない絵画とはつまり、感情移入先がないということである。鑑賞者はこの作品とタイトルを一見し、画面に感情移入先がないことで戸惑い、その視線は泳ぐ。

やがて鑑賞者は仕方なく、たとえば一番目立つ仁王立ちの米兵に感情移入し、「死刑囚」の絶望を慮る。救いがないその状況の中で毅然としている米兵の表情に、敬いの念が生じようとするまさにその時、転換点がやって来る。

鑑賞者はある事実に気付くのだ。この絶望的な状況を生み出したのは、まさにソロモン海戦で彼らを駆逐した、日本人である自分自身であると。俯瞰して見れば、鑑賞者は「死刑執行人」としてのまなざしを注いでいたのだ。

 

①鑑賞者として:感情移入先がなく、まなざしは彷徨う

②死刑囚として:絵画内の米兵に感情移入する

③死刑執行人として:日本人として絵画外から米兵の状況にまなざしを注ぐ

①鑑賞者として:しかし再び戦争画としての感情移入先がないことに気付く

(以下ループ)

このように、絵画内に日本人がいないことで、鑑賞者の態度にはこのようなループ構造が生まれている。このことは絵画に描かれている仁王立ちの男が、死刑囚と死刑執行人の立場を行き来することと共鳴している。藤田のグロテスクな欲望であり、狂気である想像力は、ここに鑑賞者も巻き込んで結実することとなったのだ。

ボードレールは『悪の華』に収録の2篇存在する『猫』と題された詩篇において、猫の視線は「深く冷たく」「投げ槍のように斬り」また「裂く」ものだと謳っている。本作を鑑賞する私たちのまなざしもまた、描かれた対象を冷たく斬り裂くような、獣性を宿しているのではなかろうか。

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