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文字を書きつけていく。話を内容に限るなら、支持体は問題ではない。それが原稿用紙だろうとモニターだろうと、書かれた物事に変化はない。無論、環境の変化が内容に反映されるという反論はあるだろう。だが以下で取り上げられるのは、環境無き筆記、すなわち小説内における筆記である。したがって書き付けられる対象が「チラシ」から「往復はがき」に変更されたところで、それは取るに足らない些事である。
そう、話を内容に限るなら、それは問題ではない。だが話には、内容以外に形式がある。そして形式=形状(フォルム)に着目するとき、「チラシ」と「往復はがき」の差異は青木淳悟『匿名芸術家』にとって、些事ならざる大問題となる。同作は「往」と「複」の如き「シンメトリー」が支配する作品であるからだ。
例えば、「田中南」という名前。『匿名芸術家』は青木のデビュー作、『四十日と四十夜のメルヘン』の構想期が描かれた裏話として読まれるものであり、単行本には『四十日…』が併録されている。しかしそれは私小説の形をとらず、練馬区「南田中」在住の女性の語りとして虚構化される。

作者名となった〈田中南〉のことで、それ自体について直接何かどうこういわれたことはなかった。しごく簡単で短くてシンメトリーで、そういう名前があってもおかしくはない、というくらいの名前だ。そして暗示されたそのあたりの土地のアパートの一室に暮らし、なぜかよりにもよって往復はがきに何か書きつけている。(『匿名芸術家』pp.29-30)

そして併録された『四十日…』には「田中南」の署名がされる。「わたし」が「チラシ」の裏に日記と作中作『チラシ』を描く『四十日…』自体が、「往復はがき」に書きつけられた作中作として提示されるわけだ。「高田馬場の新宿北局『ゆうゆう窓口』にて、S社編集部宛てに応募原稿(『四十日と四十夜のメルヘン』)を発送する。」という日記で閉じられる『匿名芸術家』は、「チラシ」の配布員の手記の体裁を採る『四十日…』の記述を裏返すものとして読まれる。
さらにここで、「往復はがき」と同じ「シンメトリー」を形作るのはその名前だけではない。「田中南」という「匿名芸術家」自体が、「私」と「彼」の「シンメトリー」なのである。『匿名芸術家』において描かれるのは、「『ポスティング』のアルバイトをして生計を立てていた」「画家志望」の「彼」と、「文学新人賞」への応募を目指しつつ「往復はがき」に「日々の雑感めいたものをただただ書きつける」「私」の共作関係である。「チラシ」から「往復はがき」への変化に対応し、「作者」もまた一対になるのだ。
とはいえ実は、この「シンメトリー」自体は『四十日…』に胚胎されていた。『四十日…』の「わたし」は結尾近くで、やはり「画家志望」の「上井草」と同居し、作中作において自らの分身を「下井草」と名づけている。これら(に限らず作中)の名は西武新宿線の駅名から採られており、両者は「井荻」を挟んで対称である。
さらにその「わたし」が暮らす部屋の隣室には、「背高女」と「アーティストらしき若者」が暮らしている。後者が「画家志望」の「上井草」と重なるのは言うまでもないが、「わたし」もまた「長身」に設定され、「同じようなものを背高女が履いている」「デッキシューズ」を使用していた。この二部屋もまた「シンメトリー」になっているのだ。そもそも「わたし」が書きつける「チラシ」の「裏」は「表」と一対を成し、その表題自体「四十日」と「四十夜」との表裏一体を示していたではないか。
だとすれば『匿名芸術家』の「シンメトリー」は、表裏一体=一対の「チラシ」をさらに対にした形状=形式に他ならない。このことは、西武新宿線を対称軸に池袋線と中央線に住む「私」と「彼」がさらに、「上井草経由と下井草経由と」いう対称な「バスルート」を「循環」する記述に象徴される。すると以下の文章が、対の対の接続部として、ただならぬ意味を帯びることになる。

とにかくそこにいるのは二十三歳の女。男は二十一歳。これまで守ってきた独り暮らしの生活はまさに、「部屋の模様替えをするように」印象を変え、〔……〕あるいはずっと奇妙だが、同じ造りの隣室にそんな二人が越してきて、彼らの生活を想像しているようだとも感じた。そのことを先に言い出したのは彼のほうだったかもしれない。〈四〇二号室〉で共同生活を送る二人――「私」はそれを自分自身の生活だと思って見つめている。そういうことではなかったのか。(『匿名芸術家』p.18)

これは「私」と「彼」が同居を始めた際の記述である。ここで鍵となるのは、鍵付きの「「私」」(以下『私』)という表記だ。見落としが無ければ作中で他に二箇所(「そんな場所に住んでいる『私』というのは、現実にも杉並区民ではなかったにしろ、やはりどうにも居心地悪く感じられる」p.32,「当時は何か生身の自分と距離を保とうとか、ひたすら『私』を希薄化するといったことばかり考えていたと記憶している。」p.74)使用される『私』は、上記の箇所から明らかなとおり、視点人物「わたし」と重ねられた書く主体としての「私」といった意味である。つまり『私』は、「私」と「わたし」という「シンメトリー」の対称軸、蝶番の位置にある。
そしてこの『私』を軸に、『四十日…』とその裏話『匿名芸術家』は、表裏を反転させる。上の引用の『私』が、『四十日…』で「背高女」と「アーティスト」が住む「〈四〇二号室〉」を、「自分の生活だと思って」見つめていることに注目しよう。その場合、「私」は『私』の想像に過ぎず、『私』は本当は「隣室」に住む「わたし」であることになる。そして重要なのは、「そういうことではな」いという判断を下すのが不可能であることだ。
『匿名芸術家』は『四十日…』の前日譚として、その創作過程を描いた作品であった。そこでは「私」と「彼」の二人が、「わたし」の生活をどう組み立てたかが書かれている。だが一方で、上の引用の「奇妙」な「感じ」が端的な事実だとしたら? その時同作は、『四十日…』の「わたし」が、「生身の自分と距離を保」ち、「ひたすら『私』を希薄化する」ために「想像」した「彼らの生活」に過ぎなくなる。つまり、「私」(と「彼」)が「わたし」を描いているのか、「わたし」が「私」(と「彼」)を描いているのかが、決定不能の状態に置かれる。あたかも二つの手がお互いを描き合う騙し絵のように、「私」と「わたし」は「循環」してしまうのだ。
そして『私』と並んでこの「循環」を担うのが、あの「往復はがき」である。そもそもそれは「先生」と呼ばれる人物が「私」に課した、「左面にその日思いついたこと(着想、観念、直感的性格のメモ)を、右面にしたこと(当日の出来事、スケッチ風の内容)を、一日一枚ずつずっと書きつづけ」るという、「小説の準備体操」であった。「先生」自身が実践したらしい「MH式カード」と名付けられたこの「創作の秘訣」は、『四十日…』においては「わたし」が通っていた「創作教室」の講師「ニコライ先生」=「はいじま みのる」が翻訳を書き溜めた「京大式カード」に対応する。「わたし」は「ニコライの『京大式カード』のことを思いつつ、洒落のつもりでチラシの裏」に小説を書き始める。
つまりどちらの作品においても「シンメトリー」に、「カード」が『私』の創作の起源に横たわる。ここで、現実に存在する「京大式カード」がオリジナルの「MH式カード」に置き換えられていることには留意が要る。『四十日…』の創作日記としてより現実に近い位相にあると思われた『匿名芸術家』の「カード」の方が、あえて虚構化されているからだ。しかもその名称は明らかに「はいじま みのる」のイニシャル(Minoru Haijima)から採られるのだ。
「拝島」は「私」が創作した『四十日…』の登場人物である。にもかかわらず「私」の創作の起源には、その虚構の人物のイニシャル「MH」が、「MH式カード」という虚構として刻みつけられている。だがその人物は、「私」が創作をしない限り生起しない。ここでもまた「循環」が起きる。
だとしたら『匿名芸術家』と『四十日…』の関係は、単なる入れ子などではない。それらはお互いがお互いの起源となることで「循環」し、そのことでお互いの起源を消去する「シンメトリー」な二作品なのである。それゆえ「チラシ」と「往復はがき」という二つの「日記」は起源となる現実との繋がりを失い、お互いに依拠して完結する。現実に対応する日付は無化される。

人生が一日一日、部屋の中に目に見える形で蓄積されていく。そんな感慨めいた思いさえ抱きつつ、紙が本棚を埋めていくのを眺めていた。〔……〕平々凡々の。十年一日の。だからそれが何月何日のことかとわかったところでほとんど意味を成さない。何年なのかさえはっきりすれば整理せずともたいして支障にはならず、日記にしろ備忘録にしろ日付も入れずに「いつのことだったか――」と書き出そうとも一向に構わなかった。(pp.18-19)

この引用のとおり、「日記」とは「一日一日」の時間を「目に見える形」へと空間化した記録=記憶の具象化である。だからそれが現実から遊離し「循環」をはじめたとき、記録=記憶違いは、自覚の有無を問わず自らの時空間を塗り替えてしまう。『四十日…』では「電車の進行方向」が「現実とはまったく逆」になり、「MERCURE」というスーパーは「メーキュー」に、「グーテンベルク氏」は「ブーテンベルク氏」に転じ、「松戸」から各駅停車で北上すれば夜には「函館」に着いてしまい、「はじめて隣人の新聞に手をかけた」同じ日付に「この新聞は三ヶ月ほどベランダに放置していた」ことになってしまうだろう。それはあたかも『匿名芸術家』に語義を引かれる芸術用語、「あるべき場所から物やイメージを移し、別の場所に配置すること、そこから生じる驚異」=「デペイズマン」や、「『現実の断片性』を失わずに絵画の『構成要素』ともなる」「新聞紙、切符、包装紙、写真などをキャンヴァスや紙などの支持体に貼り付ける技法」=「パピエ・コレ」の如く、自らを「支持体」として「現実」を再「配置」・再「構成」していく。
そして「日記」が「現実」の反映ではなくなり書き換え可能になった以上、それが誰の記録=記憶かという同一性もまた問題で無くなる。だからこそ『四十日…』の最後の日付が「 月 日」という日付の無化だったのと対称に、『匿名芸術家』の最後には「筆名〈田中南〉。本名なし。」と明示される。つまり「匿名」が匿っていたのは、その奥に誰の名も存在しないという事実そのものだったというわけだ。『四十日…』と『匿名芸術家』は、「わたし」と「私」の「シンメトリー」を描くことで『私』を無化し、「ひたすら『私』を希薄化する」という目論見は達成される。その主体は、いつでもなく、どこでもなく、だれのものでもない記憶の時空へとちらされてしまったのだった。

文字数:4489

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