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そこにわたし達はいないのだから

 

序 わたしのいない場所の複数

近代文学はわたしとともにあった。明治期に言文一致の告白によって「発見」された両者の結びつきは、大正期を経て、昭和期に入ってもその延長線上に(あるいは戦争という断絶を挟んで、再びのやり直しとして)あるといえる。そのことは、戦後を代表するといってよいであろう作家の主人公が、「古義人(コギト)」と名付けられていることから、あるいは現在最もその動向を注目される作家が、いつも「僕」の「内面」(の空虚さ)を巡る小説を書いていることからも分かるだろう。
このように書き出したからといって、本論の目的は「わたし」と「文学」の結びつきを文学史的に整理することにはない。むしろここで検討されるのは、その潮流からは外れた作品たちだ。しかしそれらはまた、従来その潮流に対する批判としてなされた、哲学・思想と結託した「テクスト」ないし「エクリチュール」の実践ともやや異なる。その「エクリチュール」たちが言語の形式、テクスト自体が孕み持つ力によって「わたし」からの超出やその解体を試みていたのに対し、ここで扱われる作品たちは、単にこう宣言するからだ。そこに「わたしはいない」、と。その作品とは青木淳悟『私のいない高校』と柴崎友香『わたしがいなかった街で』を指す。
この二作が「わたし」が「いない(かった)」「場所」というよく似たタイトルを持つことは一目すれば明らかだが、興味深いのはそれだけでない。注目すべきは、両者が同じ年代に発表され(前者は2011年2月、後者は2012年4月が初出)、しかも同じ賞を争ってすらいることだ(2012年の三島由紀夫賞、青木の作品が受賞)。つまりこの「わたし」の不在は、同時代的な現象として見ることができる。
にもかかわらず、この二者を併せて論じた文章は少ない。その理由の一端は、両作が三島賞を争った際のウェブニュースから知ることができる。そこで両作は、「酷似するタイトルが示すように、「私」という存在の希薄さは共通するが、まったく印象の違う2作」として紹介される。つまり「私(わたし)」の存在の薄さ以外の要素があまりに異なっているために、というより他にほとんど共通点がないために、タイトルの類似は単なる偶然として受け入れられているきらいがある(最も重要な違いは語り手の視点の採り方、『私のいない高校』は三人称で語られ、『私がいなかった街で』では一人称(わたし)が語ることだ。この点については後に詳述することになるだろう)。
だがそれは、本当に単なる偶然なのだろうか? 確かにこの二作品の「印象」はまったく異なっているし、両者とも、偶然似ることが有り得ないほどに奇抜なタイトルではない。そもそもある現象が偶然でないことを証明するのは、原理的に不可能である。しかしそれでも、類似がこの二作品にとどまらないとすれば、その一致はより「偶然とは思えない」ものになるだろう。そして小説から目を離して見る時、現に類似したタイトルを持つ作品を、さらにもう一つ発見できる。しかもその作品の初出は、2012年の7月なのである。これは柴崎の『わたしがいなかった街で』と、僅か三ヶ月しか離れていない。その作品、三部けいによる漫画のタイトルは『僕だけがいない街』という(2016年2月現在連載中。同年の3月4日での完結が予告されている)。
つまり2010年代の初頭には、『私のいない高校』と『わたしがいなかった街で』と『僕だけがいない街』、時系列順で中央に位置する『わたしがいなかった街で』を蝶番とするように類似した題名を付された作品群が、はかったように同時に現れている。この偶然にしては出来過ぎている(と判断してよいだろう)同時代的な現象を扱うために、本稿ではその紐帯を強調し、これら三作品を「わたしのいない場所三部作」と暫定的に呼称しよう。「わたしのいない場所三部作」の出現が、この年代をどのように象徴しているのか、あるいは象徴していないのか(つまりいかに偶然とは思えなくともやはり単なる偶然にすぎないのか)を見ることが、この文章の出発点である。

序にあたる本章では、作品の各論に入る前準備として、『三部作』の共通点、すなわち「わたしのいない場所」というタイトルが、どのような問題を喚起しうるかを検討する。結論から言ってしまえば、それらはいずれも「反実仮想」というテーマを持たざるをえない。これはある意味では至極当然のことだ。わたしたちは「わたし」である限り、「わたしのいない場所」に「いる」ことは出来ない。である以上、「わたしのいない場所」については空想を巡らせるしかないからだ。
逆に言えば「わたし」と「場所」は本来、不可分な関係にあった。その関係の根源性は、例えば聖書にまで遡ることができる。

たとえわたしが自分について証しをしたとしても、わたしの証しは真実である。なぜなら、わたしはどこから来たか、またどこへ行くかを知っているからである。しかし、あなたがたは、わたしがどこから来たか、またどこへ行くかを知らない。(ヨハネの福音書)

後に「わたしたちはどこから来てどこへ行くのか」という(そのフレーズ自体はゴーギャンの絵画に由来する)哲学的な問いの紋切り型として流布するこの一節からは、「わたし」の「証し」=アイデンティティが、「どこ」=場所に結びついていることが読み取れる。そして両者を取り持つのはその「知」である。
だとしたら「わたしのいない場所三部作」の小説作品ふたつが、いずれも「日記」を重要な装置としていることは見逃すべきではないだろう。それはかつて「わたし」を名乗っただれかがどこかにいたことを「知」るための「証し」となるからだ。『わたしがいなかった街で』の「わたし」は、実在したSF小説家「海野十三」の「日記」を読みふけり、「わたしがいなかった」往時を思い描く。『私のいない高校』では、作中に「日記」こそ姿をみせない(「いない」)が、作品自体が『アンネの日記 海外留学生受け入れ日誌』というやはり実在のノンフィクションを下敷きとし、それを虚構化した二次創作である。
「日記」、それはだれかがどこかにいたことの記録=記憶として、それを「知」らせる媒体である。したがってそれは「高校」や「街」という「誰か(わたし)」がいた「場所」を、必然的に想起させることになる。そしてその想起は「わたしのいない場所」に「わたし」が「いた」可能性を示すだろう。

日記に書かれたその声が響いていたのがどこなのか、目の前の風景と比べてみても確かなことはわからない。〔……〕しかし、ここにも焼夷弾は降ってきた。それを知ったとき、自分も焼夷弾の炎に追いかけられている気がした。(『わたしがいなかった街で』)

だから「わたしのいない場所三部作」はどれも、多かれ少なかれ「反実仮想」的な色彩を持つ。そしてその色彩が最も強いのは、『僕だけがいない街』である。同作では「日記」そのものは登場しないが、『文集』=手記や『ニッポン 昭和の重大事件史』という書籍などの他者の「記憶」の集積が、自分が経験しなかった「記憶」を知る「反実仮想」への媒介になる。そして同作では、まさにその「反実仮想」を現実化することが、主人公に課せられた使命となるのだ。
簡単に筋をなぞろう。同作の主人公「悟」は、何か事件が起きそうになると、その原因となる出来事が確定する前の時間(通常、事件の一~五分前)にタイムトラベルする、「再上映(リバイバル)」という名の能力を持つ。(例えば自動車が子供を轢く事故が起きそうになると、その子供が横断歩道を渡る前の時間にジャンプする。)これは基本的に本人の意志でコントロールすることはできない。しかしある事件が起こってしまった時に、彼は能動的に「再上映」を発動することを試みる。その結果彼は、18年の時を遡り、自身が小学生だった昭和63年へと戻ってしまう。その年に発生し、自身のトラウマとなっている事件の真犯人が、現在(2006年)に起こった事件にも関わっていたからだ。以降彼は失敗と「再上映」を繰り返しつつ、真犯人をあばいて過去と現在の二つの事件を阻止するべく行動する。
ここでゼロ年代批評の読者は、これがゲームの「プレイヤーの視点のリアリティ」自体を物語化した「ゲーム的リアリズム」(東浩紀)の典型例であることに気がつくだろう。「再上映」を行使する悟の視点は、前の失敗の記憶を保ったまま、失敗の選択肢を排除し、ハッピーエンドのルートを模索するゲームのプレイヤーのそれと重なる。『私のいない高校』が『アンネの日記 海外留学生受け入れ日誌』の二次創作であること(同作を巡る青木淳悟と阿部和重の対談のタイトルは「キャラクター化する無名の存在たち」だった)と併せて、「わたしのいない場所三部作」の持つ「反実仮想」性は、ゼロ年代初頭のサブカルチャーの動向と、親和性が高いように見える。
だとしたら、次のような仮説を立てることができるだろう。2010年代の初頭に現れた「わたしのいない場所三部作」は、ゼロ年代において東浩紀が分析した「オタク」的想像力の、他領域への蔓延の産物ではないか、と。もちろん『僕だけがいない街』はそれ自体漫画作品であり、一般にサブカルチャーと分類されるジャンルである。しかしそのタイトルが二つの小説作品と一致してしまうこと、ジャンルを跨いで「わたしのいない場所三部作」が成立してしまうこと自体が、領域間をまたぐ想像力の形成を示している。無論そこには、『ゲーム的リアリズムの誕生』で「オタク的話題に親和性が高い」と言われていた「ブログやSNS」の本格的な台頭といった環境的な要因も関与しているだろう。実際、『わたしがいなかった街で』の「わたし」は上の引用の直後、「パソコンを開いて〔…〕ブログを辿」り、「ソーシャルネットワークサービスというもの」で「知人同士が、知人とだれかが、やりとり」している様を眺めている。
このような視点からみると、その東浩紀が2015年に「ぼくたちはまだ昭和の引力のなかで生きているように思われる」という問題意識から「昭和90年代」という観点を提出していたことは象徴的である。上で示唆したとおり、『僕だけがいない街』の悟がジャンプするのは、他ならぬ昭和の終わりの年、「昭和63年」だからだ。そして彼は、その年代をループする。つまり同作は、昭和が終らない作品なのである。正解のルートを探し当てた時にはじめて、彼は「昭和」から脱出するだろう。その作品が、昭和90年度の終わりとともに完結することは、先に述べたとおりだ。
では昭和80年代の後半に相次いだ「わたしのいない場所三部作」は、文学における「昭和」を終わらせることが出来たのだろうか。あるいはわたしたちは未だ、昭和という時代の円環の中に囚われたままなのだろうか。それを確かめるためにはまず、文学における「昭和的なもの」を画定しなくてはならない。そのためにはやはり、「わたし」がどのように表象されてきたかを浚うべきだろう。章を改めよう。

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