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Re: 昭和

「ポスト昭和」は可能か。たとえば安倍政権は「戦後レジームからの脱却」を掲げるが、そこで問題とされているのはあくまで「戦後」であって、それは昭和とは必ずしも一致しない。あるいは、昭和の三分の二以上を占める「戦後」こそを「昭和」と見なす方が、平成二十七年を生きる私たちの実感としては「正しい」のかもしれない。しかしそのような思考こそが「ポスト昭和」をどこまでも遠のかせることになる。なぜか。

「ポスト」という言葉は両義的だ。「〜の後」を意味する接頭語は一つの切断を示す一方、接頭語であるからには「〜」の部分を埋めなければ機能しない。ゆえに、「ポスト」の一語が冠された諸々の事象は本質的に無印のそれとの関係から逃れることができない。

たとえば辞書で「ポスト印象主義」の項を引けば、「印象主義の影響下に出発しながら、それを脱し20世紀の抽象絵画への展開を準備したり、象徴主義への傾倒を見せる画家を指し、特定の様式や主義のもとにまとめられるグループではない」(※1)とある。あるいは佐々木敦は、「ポスト・ロック」を「明確に「ロック」と地続きにあるものであり、むしろかつて「ロック」と呼ばれた音楽の未だ見えざる可能性、それが進化の過程でどこかに置き忘れてきてしまったオルタナティヴの発現、すなわち「ロック=音楽」の内在的批判の別名」(※2)だと言う。そしてもちろん、「ポストモダン」はリオタールによって「大きな物語」=モダンの終焉として提示されたのであった。

このような語の用法を考えたとき、「ポスト昭和」とはしかし、些か奇妙な謂いではないだろうか。「昭和」とは単なる元号であり、芸術や思想のジャンル・傾向を名指したものではない。「昭和」という言葉に先立って実質があったわけではなく、あるいは名付けることによって何らかの実質が措定されたわけでもない。それは実質とは無関係に、半ば自動的に与えられた名なのだ。むしろだからこそ、文字通りの「ポスト昭和」である「平成」という言葉以上の実質、「ポスト昭和」なるものが問われることになる。それはもちろん「昭和」への欲望と同じものだ。

日本史では、江戸時代まではパラダイムの転換に基づいて時代が区切られ、名が与えられている。しかし明治以降の時代区分は明治時代、大正時代、そして昭和時代と元号に基づく。これにはいくつかの理由が考えられるが、重要なのは、それらの時代区分には本来何の必然性もないという点だ。元号は代々の天皇の在位期間に与えられた呼称でしかない。にも関わらず、少なくとも明治については「元号+時代」という時代区分の名称がそれなりに有効であるように見えるのは、それが大政奉還というパラダイム・シフトによって生まれたものだからだ。明治という元号は新しい時代の象徴としてあったはずだ。

では昭和はどうか。主権は天皇から国民に移った。だが、敗戦によって大きな切断が刻まれた時代を、それでも私たちは昭和という一つの名の下に呼ぶ。一方で、昭和から平成への移行にパラダイムの転換は伴わなかった。昭和とはつまり、はじまりにも終わりにも有意な切断を持たず、しかし一方でその内部に巨大な切断を抱え込んだ時代なのだ。

時代区分とパラダイムの転換との間に生じているこのような齟齬こそが「(ポスト)昭和」を語ることの困難を招く。元号という一つの制度とは異なるレベルで言えば、昭和という時代は終わる理由があるときに終わらず、終わる理由がないままに終わってしまった。パラダイムに従って「戦後」=「昭和」と見なすならば現在は未だ「昭和」の延長線上にあると言わざるを得ず、「ポスト昭和」は達成されていない。一方、元号通りに昭和を捉えその実質を定義しようとするならば、前後に引かれた二本の境界の無意味さと内部に入った亀裂がその試みを阻むことになる。いずれの立場を取っても答えが出ないという意味において、「ポスト昭和」を問うことそれ自体が一種の罠として機能するとさえ言えるだろう。

ところで、安倍政権の掲げる「戦後レジームからの脱却」は、しばしば「戦前への回帰」だと批判される。緊急時における基本的人権の停止条項や九条の改変を盛り込んだ憲法改正案や知る権利を限定する特定秘密保護法の成立、武器輸出の解禁や集団的自衛権を巡る議論がこのような批判を招く原因となっているわけだが、ここではひとまず個々の政策の是非や批判の正否は措くとしよう。だがもし仮に万が一、「戦前への回帰」と呼べるような事態が訪れてしまった場合、それこそがまさに「ポスト昭和」の訪れなのではないだろうか。「戦前への回帰」「昭和のオルタナティブ」への欲望の先にある。あまつさえ、国会で安倍総理はポツダム宣言を「つまびらかに読んでいない」と発言してもいるのだ(その後「読んでいる」と修正されたが)。反復と忘却は二度目以降にしかない。さて、私たちは「ポスト昭和」を生き(られ)るのだろうか。

 

※1 益田朋幸・喜多崎親編著『岩波西洋美術用語辞典』(岩波書店、2005)

※2 佐々木敦『ex-music〈L〉 ポスト・ロックの系譜』(アルテスパブリッシング、2014)

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