印刷

神に抗う細部

 

神をめぐる問題は、ほとんど意味の問題に等しい。安部公房はまさしくこの神=意味という問題に常に抵抗していた作家だったと言うことができる。

 

 

意味とは感覚的なものと叡知(知性)的なものとの結合のことである――などと言うと難解なことの様に思われるかもしれないが、極めて常識的な話をしようとしているに過ぎない。すなわち例えば「石」について考えてみると、われわれは「石なるもの」という1つの一般性――1つの理念――を保持している。この様な一般性に即して個別的な石たちを認識しているのである。同時にまた、個別的な石たちの実在なくして石なるものという一般性は獲得され得ないだろう。実在から遊離した純然たる理念なるものは存在しないのである。この様に、眼で見たり手で触れたりするというこの感覚と、感覚から得られた情報を抽象し総合するという知性の働きとの結びつき、その循環こそがまさしく「意味」と呼ばれているものの正体である[i]

問題は、この感覚と知性の循環が欲望されているということ、そしてまたその欲望に即してわれわれが変容させられているということにある。対象を「石」から「国家」に変えてみよう。いわゆるナショナリストは、自国を愛するということの論理的基盤に「母なる大地」への憧憬を据えている。国家形成のプロセスとして未だに強く信じられている[狩猟→牧畜→農耕]という三段階説に基づくならば、このことは容易に理解されよう。すなわち、人類は進化の過程で必然的に農耕をする様になったのであり、それこそが現在のわれわれの文化の基盤となっているのだ、したがってわれわれの民族、文化、国家はまさに農耕を可能にしたまさにこの大地が起源となっているのだ――と言われ得る。しかしながらこの様な発展段階説は必ずしも正しいものではない。というのも狩猟=放浪と定住の間には、連続説では説明できない大きな断絶が存在しているからである。「狩猟民族の放浪性は、〔…〕それ以外の行動形態は想像することも出来ないほど、すでに常態化してしまった基本的な生活様式だったのだ。われわれが永遠の放浪に対して『死』に近いイメージを浮べ、恐怖するのと同じく、狩猟民は定着に対して、やはり『死』の恐怖に似たイメージを持っていた」[ii]。それでもなお、獲得した食料の保存、貯蔵場所の確保、家族の増加、これらに伴う集団作業の組織化、部族連帯の強化、といった様に現実的な制約のもとで大地との結びつきを強くしていき、結果として農耕せざるを得ない共同体形成へと導かれることになっていったのである。

 

 

ここに、国家という「意味」のもとで主体が変容させられる様を見ることができる。このことは一つには、共同体のあり方に即して自らの意識を変えていかなければならないということを言わんとしている。しかしより重要なのは、この歪曲した意識を自らに――あるいは共同体に――浸透させていくために、自らの属している共同体=国家なるものがあたかも原初から現実的に、そしてまた理念的に、不動のものとして存在していたのだと考えてしまうことである。国家という意味が創出されるのはまさにこの点においてであり、次第に「神的なもの」が様々に姿を変え、人々にとっての意味を強固にする装置として機能する様になっていく…

 

 

以上のことは全て安部公房が68年に述べていたことである。この「内なる辺境」という有名なテクストは、安部公房の思想のそれまでとそれからを極めて良く表していると言えるだろう。いわゆるナショナリズムに抗うという意味で、彼は典型的な「左翼」であった。「正当な国家観」に抵抗するための「異端」な生を模索しながら、作品にもその思想を反映させていた。しかしながらそれは、彼が左翼イデオロギーに与していたということを意味しない。極端に言えばイデオロギーなき左翼、あるいは少なくとも「理念〔イデー〕」を極力排除しようとした左翼であった。

 

「超正当性」も、正当信仰である点においては、「正統性」と本質的に変りあるはずがない。〔…〕一方の信仰の対象が、具体的な国家であり、もう一方は抽象的な国家の理念にすぎないとしても、正当信仰であるかぎり、磁石の同じ極どうしが反発しあうように、互に排斥しあうのは理の当然だ。[iii]

 

安部公房は、現実の国家、国境をゆうゆうと越えていく理念的な共同性のあり方を強く批判している。国家に、あるいはその理念に抵抗していたからこそ、その実効性の強さを誰よりもよく理解していたのである。このことは彼の作品群を一瞥すればすぐに分かることだろう。戯曲『巨人伝説』では、辺境の村における因習や過去の出来事、あるいは困窮に捉われた人間たちの、解決されえない苦悩の網目が描かれている。『砂の女』の主人公の男は、集落の女と子供をつくり、それがあたかも自由な選択であるかの様に定住へと導かれる。彼の作品は常に、脱出困難な強固な(それでいて奇妙な)共同体と、それを打破することのできない登場人物との関係の物語を示している。したがって、安部公房は単に「正当」に「異端」を、「中心」に「辺境」を単に対置するのではなく、「まず〔国家の〕属性のもっている非常に奇妙な性質、そういうものを徹底的に暴露してみる必要がある」ということを戦略の核にすえていたと言えるのである。

 

 

結局のところ安部公房にとっての問題は、知ってか知らずか固化してしまった(あるいは日常的な、あるいはイデオロギー的な)認識を脱し、より確かな現実をしっかりと見定めるということに終始している[iv]。この様なパースペクティヴは、多くの作家に通奏低音として共有されていることと思う。しかしながら安部公房が特異なのは、そこに「科学的精神」を導入しようとしているところである。この様な発想は父親が医者であり自らも医学部出身であるということに少なからず関係しているとは思われるが、科学的精神とは言っても、それは決して完全なる正しさをもとめようとする理知的な眼のことではない。そうではなくむしろ、正/誤などという二分法にとらわれることのない創造性を志向しているのだ[v]

より具体的な方策を、彼の演劇論のうちに見ることができる[vi]。いわゆる自然主義演劇に抗うベケットやブレヒトの演劇を評価しつつ、次の様に語っている。

 

類型的にそっくりにするんじゃなくて、普通の人が意識していない細部、つまり偶然性ということを非常に尊重する。これは、モスクワ芸術座にもない新しさだ。例えば舞台に俳優が出て来る。すごく歩いて来て歩き疲れて小休止するわけだが、そのとき靴を脱いで振ったり、ちょっと匂いを嗅いだりするんだ。やっていることは意味がないんだ。日本で言えば間だよ。ところが間じゃなくてこれが芝居なんだよ。〔…〕つまり偶発的なものを意識的にとらえるということ、それは僕は非常に高度な演技だと思ったわけだ。[vii]

 

安部公房は偶然的、あるいは無意識的に行われる極めて細かい動作の模倣を極めて高く評価している。彼によれば、その様な細部の上演=再現前化こそ、対象をオブジェ化するものであるという。すなわち、因習や様々な観念にとらわれることなく「物質」を眼差すことが可能となると言うのである。勿論これは演劇論であり、文学論に直結する訳ではない。しかしながらこの様な細部への志向が、彼の後の作品にまで強く影響を及ぼしている[viii]。「細部を優先して、そのために主題が犠牲になってもかまわない。それでもかまわないんだよ、芸術というものは」[ix]

 

 

しかしながら細部の描写ということについて、これが汲み取れない読者ないし観客が多すぎるということを嘆いている様も見て取れる。細部の読解、これは訓練をつまないと分からないことであると自身でも述べている様に、極めて強固な主体の存在を要請するのだ。「細部」――これはまた一つの理念となってしまう恐れがある。形骸化された認識に対置された強き細部、そしてそれによるオブジェへの接近。これがイデオロギーでないと明言することは難しい。

最後に安部公房の最晩年の小説『方舟さくら丸』に言及してみよう。この作品をめぐって安部公房自身が語る言葉は、極めてニヒリスティックな様相を呈している。「核」という計算不可能な暴力を前にして、彼は強い絶望を覚えているのである。

 

もちろんバンド〔人間同士のつながり〕の安定と固定化による弊害を調整する機能も人間集団はもっていたからここまで来たわけだが、権力が核で武装するレベルまで来てしまった今、果たしてまだ調整機能が有効なのか、人間はそこまでコントロールできる生物であったのか、不安になってくる。[x]

 

いかに人間が人間の組織に対応できずにいるかというところに思いを致さざるを得ないんです。人間は物質に関しては相当な対応力を持っている。希望もあると思う。しかし、人間の組織との対応に関しては、この無能さというのは、もしかするとどうにもならない限界が遺伝子中に組みこまれているのじゃないか、という気さえしてくるんだ。[xi]

 

作家が晩年になってある種の諦念を示したり、悟りを開いた様な言表を行うという事例は無数にある。安部公房のこの発言もある意味ではその一つの変奏であるという風に言うことも勿論可能である。しかしながら大きな問題圏自体は変わっていないのではないか。彼ははやい段階から極めて強いアンビヴァレンスを抱いていた作家であったのではないかと、科学的精神によって無意識のうちにこの様な事態まで予見していたのではないかと、そう思えるのである。

 

[i] 「意味」というと、一般的にはそれを知性的なものとして考えてしまう向きが強いだろう。しかしながら繰り返し強調しておけば、「知性の働きそれ自体」などというものは存在しないのであって、あくまで感性との結びつきによって初めて意味はそれとして成立するということを強調しなければならない。なお、本稿における安部公房のテクストは全て新潮社『安部公房全集』(全30巻)から抜粋している。以下では『全集』と略記する。

[ii] 「異端のパスポート」『全集022』(p.143)

[iii] 「内なる辺境」『安部公房全集022』(p.220)

[iv] 安部公房の、初期から一貫している思考様式であり、これは様々な箇所で語られている。例えば「若き芸術家たちの課題」、「記録・報道・芸術」『全集012』など。

[v] 1960年前後のテクストにこの種の言表を多く見ることができる。とりわけ「宇宙の果ての反世界」、「SFは消滅するか」『全集015』、「SFの流行について」『全集016』など。

[vi] 安部公房の演劇! これも極めて大きな問題をはらんでいる一つのテーマである。後期、「安部公房スタジオ」を立ち上げてその活動にいそしんだ安部公房にどの様な転向があったのか、あるいはなかったのか。

[vii] 「現代演劇論」『全集012』(pp.214-215)

[viii] 例えば『砂の女』を書く動機の一つとして、安部公房はリッチ・コールダーの『砂漠と闘う人々』という著作を読んだ時の感動を挙げている。その砂漠の細部を極めて精緻に分析は、砂漠の全く新たな一面、砂漠との人間との新たな関係を描きだしているとまで言っている。

[ix] 「創造のプロセスを語る」『全集027』(p.31)

[x] 「明日を開く文学」『全集027』(p.179)

[xi] 「核時代の方舟」『全集027』(p.243)

文字数:4678

課題提出者一覧