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プッチーニとドビュッシーにおける見えるものと見えないもの~ジャポン、ジャパン、ジャパニズム理解を巡って

【プッチーニとドビュッシーにおける見えるものと見えないもの~ジャポン、ジャパン、ジャパニズム理解を巡って】

 

クラシック音楽において日本ではイタリアオペラではプッチーニとヴェルディが、又印象派の音楽としてはラヴェルとドビュッシーがたびたび音楽家として対比される。

 

私は音楽史上の独創性という点では明らかにプッチーニよりヴェルディが、そしてラヴェルよりドビュッシーが優れていると考える。

 

しかしながら日本の聴衆の人気においてはこれらの評価はきれいに逆転する。

 

それは果たして何故だろうか?

 

この問題を考える上で今年の五月に新橋演舞場で行われた西本智実プロデュースの座オペラ『蝶々夫人』を鑑賞してきたときのことを思い出した。

 

平日の午後にもかかわらず、宝塚の男装の麗人のような西本の印象のためか席の大半が有閑マダム達で埋まっており、特に着物姿の女性が眼についた。改めて西本に対する彼女たちの人気を再認識できたといえるだろう。

この公演についてはまずは形式から検討してみたい。

新橋演舞場にオーケストラ・ピットがないということもあってか、舞台上の半分近くを西本が指揮するオーケストラが占めているのがすぐに分かる。

チラシを見ても西本の姿が前面に出ていることから明らなことであるが、西本の指揮を見たいお客さんが対象であることはそこからも理解できる。

この公演はつまり蝶々夫人と共に西本がもう一人の主役なのである。

次に内容についてこれまでの指揮者達との演出の違いを考えてみよう。

 

西本のプロデュースした『蝶々夫人』は、いわゆる欧米の指揮者が演出するようなピンカートンに捨てられた蝶々夫人が人生を儚み自害するという悲劇的なストーリーを取らない。

日本人の指揮者は蝶々夫人をどちらかといえば運命に翻弄された弱い女性というよりも、運命に立ち向かい自らの名誉と矜持を守るために死を選んだ強い女性として描き出すことが最近では多く、西本も基本的にはこの路線を踏襲しているように見える。

だがあくまでこれは私の印象ではあるが、西本の演出はこの蝶々夫人の日本女性としての強さを十分に表現できているとは言えないように思えた。

西本は日本でこの公演を実施するということから、実際の芸鼓や舞妓の方々に対して出演を依頼しており、当時の日本のあり方を再現しようとしている点に好感を憶えることはできた。

しかしながら全体を通してみるといわゆる日本的な「わび」、「さび」を強調して全体に過度に抑えられた地味な演出に終始しているように感じられた。

その抑制、いい意味での日本的な抑制が蝶々夫人の強い女性としての感情表現と上手く絡み合わないように思われたからである。

これは一方では舞台演出において西本とオーケストラを重視することからくる弊害ともいえるが必ずしもそれだけではない。

プッチーニの捉えた蝶々夫人が、ブロードウェイで活躍したアメリカの劇作家デーヴィッド・ベラスコの戯曲を参考にして台本化された登場人物であり、それはオリエンタリズムいってもよい描かれ方をしていた。

つまりプッチーニが直接に日本を見たり、一次文献に当たらなかった結果として、元来特にヴェルディと比べて感傷的になりやすい彼の作品を、アメリカ人の眼を通したオリエンタリズムというある種の感傷を内在させているより矛盾あるものにしてしまったのである。

従って今回の公演で西本自身の演出の問題はプロデュースの仕方だけでなく、そもそも日本的にしようとし過ぎたために『蝶々蝶夫人』という作品自体のバランスが崩れてしまった点にあると言えるだろう。

プッチーニはアメリカ人によるジャパン理解を通したジャポニズムは見ていたかもしれないが、日本はもちろんのことジャポンも見ていなかった。

抽象的なジャポニズムは見ていたかもしれないが具象的な日本とそして又ジャポンは見ていなかったのである。

 

それにもかかわらず日本人がヴェルディよりプッチーニを好む点に私は戦後日本とその近代化との関係で日本の批評家を悩ましてきた「アメリカの影」を見ることができると言えよう。

 

同様のことはプッチーニだけでなく日本人とドビュッシーの関係にも当てはまる。

 

1年程前になるだろうか。ドビュッシーとジャポニズムに関する世田谷美術館の企画展に行ったことを最近になってあらためて思い出した。

クロード・モネの描いたボストン美術館所蔵の扇子を持った若い女性、つまり彼の妻カミーユの絵が今になっても想起される。

私は彼のジャポンと日本理解は明らかにプッチーニよりも優れていると考える。

他方でジャポニズム理解はプッチーニによりも劣っているように思われる。

なぜだろうか?

この違いはどこから生じるのだろうか?

それはドビュッシーが彼の印象派時代に作曲した『海』から明らかなように葛飾北斎の浮世絵の原典に触れているのに対して、プッチーニはアメリカのブロードウェイで理解された二次文献しか鑑賞していないからだ。

 

その意味でプッチーニのジャポニズム理解がドビュッシーより素晴らしいのは明らかであると言えよう。

 

言い換えればオペラであれ印象派の音楽であれ、戦後の日本人のクラシック音楽への嗜好がアメリカのジャパン理解、つまりジャポニズムを通してのみその深層を観取できる点に私は「アメリカの影」を観て取るのである。

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