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近年の社会「状況」におけるシビック・プライドとアート・プロジェクトの可能性について

【近年の社会「状況」におけるシビック・プライドとアート・プロジェクトの可能性について】

 

近年日本で地方創生やコミュニティ再生といった地域の重要性を説く言葉をたびたび耳にする。

 

90年代以降の地方分権化による地域間競争の激化と人口減少による縮小社会の到来という社会「状況」の中で地方が疲弊し、逼迫しているのを象徴しているかのようだ。

 

これらの問題を解決するキー・コンセプトとして現在脚光を浴びているのがシビック・プライドという概念である。

 

これはシビック(civic)によって「町や都市や地域にかかわる人々の義務や活動の」という意味を、プライド(pride)によって 「その人自身の達成したこと、近しい人々の達成したこと、幅広い賞賛を受ける資質や所有物によって引き出される深い喜びや満足の感覚」という意味を含んでいる。

 

元々は19世紀半ばヴィクトリア朝のイギリスにおいて産業革命と市民社会の成立により都市の人口が急激に増加したときに生まれた用語である。

 

起源を見れば古くは、古代ギリシアの都市国家やルネサンス期イタリアの都市国家、ドイツのハンザ都市等の自治の感覚にまで辿ることができる。

 

それは近代化の過程で農村から来た多くの「よそ者」を含む、雑多な人々がそれにもかかわらず「都市」という一つのまとまりを担っているという自負心による高揚感を指していたものとも言える。

 

従って単に産まれ育った地域への郷土愛や、近代国家に対して忠誠を誓うナショナリズムとは異なり、その都市に住むことを自発的かつ主体的に選択した様々な国籍、宗教、言語等を有する人々がその担い手として含まれている。

 

言うなれば「ここをより良い場所にするために自分自身がかかわっている、というある種の当事者意識に基づく自負心」なのである。

 

このようなシビック・プライドの機能は多面的であるが、それは主に三つに整理・類型化することができる。

 

第一に、社会参画(social engagement)である。シビック・プライドの根底には自ら主体的かつ自発的に都市に関与しているという意識があるため、ボランティア活動や地域活動等の社会参画に市民を誘因することになる、

 

第二に、都市アイデンティティ(civic identity)である。シビック・プライドは他ならぬ今の、ここの場所に対する誇り、自負心であるために都市アイデンティティと結びつき、それ故に都市の印象やイメージを形象する象徴を市民が欲するようになる。それは建築、公共空間、アート、スポーツ、祭り、音楽、産業技術等様々なものに及んでいる。

 

第三に、熱狂的愛郷心(civic boosterism)である。地域のスポーツチームへの応援に顕著に見られるように、シビック・プライドは熱狂的な地域に対する市民の愛郷心を呼び起こすことがある。それは市民にとって都市が身近に感じられる一方で、その安易な振興がプロパガンダに陥らないように注意する必要がある。

 

シビック・プライドの社会的な効用は以上のようなものであるが、それを喚起するためには異質で多様な人々をその都市の市民として一体になるように束ねていかなければならない。

 

そのための「メディア」として、市民の心の拠り所となる市庁舎、コンサート・ホール、美術館、学校等の建築物があり、それ故都市の近代化や地域経済の活性化とも密接にこのコンセプトは関連してきたのである。

 

しかしながらこれらの「メディア」は、公共事業によってこのような物質主義的かつ商業主義的な大掛かりなハコモノを建てることに対する反発と、繋がりや絆という市民同士の社会的な関係性を重視する近年の社会「状況」により、実効性を持ち得なくなってきた。

 

そこでコミュニティー・アートの制作や音楽祭の実施等の国内外のアート・プロジェクトによって市民の地域への一体感を高め、シビック・プライドを持たせようという動き、文化政策も多く見受けられてきている。

 

私はそれ自体は良いことだと考えるし、実際に参加して楽しんでもいるのだが留意するべき点を二つ挙げておきたい。

 

第一に、アート・プロジェクトに即効性を求めないことである。アートは一般にアーティスト達の激しい情念の、自己表現の産物と私は考えており、短期的な問題解決のための経済性には馴染めないからである。

 

翻って言えば既存の社会的な関係性、絆を維持し、強化するだけのアート・プロジェクトは本来のアートの在り方には適っておらず、自己矛盾を来すことになるとも言えるのである

 

第二に、それにもかかわらず安易な福利厚生に流れないアート・プロジェクトを実行してもらいたい。マクロ的に見た場合そのようなプロジェクトが既存の問題に潜在する、或いはその問題を超越する新しい価値体系を点が線を取り結ぶようにして創造すると考えるからだ。

 

そのようなアート・プロジェクトによって既存の社会的な関係性を一度解体し、未だ表象されていない社会的関係性を顕にするか、あるいはそれを超越する関係性へと接続するか、それによってこそ初めて新しい社会的な関係性が生み出されると言えるだろう。

 

従って最後に私はこう述べておきたい。

既存の社会的な関係性に基づくシビック・プライドの高揚に安易に直結しないアート・プロジェクトこそが、新たな価値観と社会的関係性、絆を創造し、次代のシビック・プライドを涵養し得るのだと。

 

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