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『カントリー・ロード』の「て」について 〜言語を横断するカバーを通じて〜

「たちつてと」の歌がありました。いえ、もともとは「かきくけこ」の歌だったようなのですが、彼女が唄うとそれは「たちつてと」の歌になってしまうのです。いえ、正確には「たてと」の歌です。「たちつてと」は、音声学上三つに分類でき、無声歯茎破裂音の「たてと」と無声歯茎硬口蓋破擦音の「ち」、そして無声歯茎破擦音の「つ」となっています。難しい名称は置いときまして、「たてと」の歌とは、この音声学上の分類に依拠しているのですが、なぜこの分類にこだわるのかは、後に述べます。とにかく、いまお伝えしたいのは、ある場所に置かれているたった一つの「て」についてです。寂しさと覚悟の入り交じった、とても悲しい、けれどもそれしか選択の余地がないような、そんな過酷な感情が、爽快な響きにのせて唄われている。そんな「て」の存在を、見つけました。

 

その「て」は、スタジオジブリ制作の長編アニメ映画『耳をすませば』(1995)の主題歌『カントリー・ロード』の中にあります。この曲は、ジョン・デンバーの『Take Me Home, Country Roads』(1971)を翻訳したものです。映画の中では、主人公の雫が中学校の合唱部のために訳詞を手がけたことになっています。唄っているのは雫の声を担当している本名陽子。

 

この歌は、「たちつてと」の数が最も多いのですが、歌の軸あるいは枠組みを担っているのは「かきくけこ」です。冒頭を見てみましょう。

 

カントリー・ロード

この道 ずっとゆけば

あの街に つづいている

気がする カントリー・ロード

 

本名の唄う「カントリー・ロード」の「カン」の部分が始まりの合図となり、続けて「この道」と入る、終わりは「気がする」に続けて「カントリー・ロード」で締める。「かきくけこ」で始まるフレーズで「ずっとゆけば」、「あの街に」、「つづいている」を挟み込む構造になっています。この冒頭部分は歌のサビであり、途中あと二回出てきます。また歌全体の最後にある「カントリー・ロード」の「カン」は特別強く発音されています。最後の最後において改めて「かきくけこ」が強調されるのです。

しかし、この中で最も多いのは「たちつてと」です。「かきくけこ」の形作っている枠組みの中に過剰に内包されています。中でも「ち」と「つ」は、「たてと」とはそもそも発音の仕方が異なり、響きも強くなります。特に「ち」の方は語尾に置かれることが多く、それによって大きな存在感を示しており、過剰さが際立ちます。一方で「たてと」は他の文字と並列的な響きを保っているものの、数が多く、「かきくけこ」と対立関係にあるかのように見えてしまいます。あふれる「たちつてと」を内包しつつそれでもこれが「かきくけこ」の歌であると言えるのは、サビの構造とカタカナ的な「カントリー・ロード」の「カン」への力強い発声があるからに他なりません。これは日本語に親しみの深い人が唄うからこそできる表現なのでしょう。

 

二〇一〇年、一枚のアルバムがリリースされました。スウェーデン出身の歌手であるメイア(Meja)の『アニメイヤ〜ジブリ・ソングス〜』です。彼女のソロデビューは一九九六年。非常に親日的な歌手であり、日本のテレビ番組やラジオ番組にしばしば出演しています。このアルバムにはメイヤがカバーしたジブリ制作アニメの主題歌十一曲が収録されており、基本的には英訳された歌詞で唄われているのですが、『カントリー・ロード』だけは日本語歌詞のままとなっています。ちなみに彼女は日本語が話せません。しかし、日本語をほとんど知らない彼女だからこそ、偶然生み出すことのできた響きがあります。そうです、問題の「て」はこちらで生まれたのです。お待たせしました。

 

『アニメイヤ〜ジブリ・ソングス〜』に最初に収録されている曲は『となりのトトロ』です。この曲のサビ部分に「トットロ、トットーロ、トットロ、トットーロ」というフレーズがあるのはご存知でしょう。英訳でもトトロはトトロなのですが、発音は「ツォッツォロ、ツォッツォーロ、ツォッツォロ、ツォッツォーロ」になっています。出端を挫かれた。七曲目の「ポーニョ、ポーニョ、ポニョ」は完璧なのですが、なぜかトトロはツォツォロになっています。いくら英訳でも受け入れられない。参った。これでは、『カントリー・ロード』の日本語も期待できない。「と」がこれでは同じ発音形式である「た」と「て」もだいぶ崩れてしまうのではないか、そういう不安がよぎります。「かきくけこ」の枠組みの中に、過剰気味に孕まれている「たちつてと」に違和感が生まれてしまえば、歌が台無しになってしまう。ましてや響きは他の語と並列を保っていた「たてと」への違和感は、もしあるとすれば大きな影響を及ぼすでしょう。

ところが、予想を裏切り『カントリー・ロード』は綺麗な日本語で唄われるのです。少しぎこちない感じはありますが、ツォツォロを彷彿させるほどの違和感は全くありません。では、詳しく彼女の声を追ってみましょう。

 

冒頭のフレーズはアカペラで唄われます。メイヤの紡ぐ日本語だけが響く。「ずっとゆけば」の「と」を聴いて衝撃を受ける。「ずっツォ」じゃない、と。ビブラートが安定していないのか、少し震え気味の声が、かえって言葉を大切にしようとする意志を強調しています。「ひとりぼっち」からエンジンがかかり、「生きようと」の「と」も完璧です。所々発音に注意しながらも歌を楽しもうとするメイヤが垣間見えてきます。「て」を見てみましょう。

 

ひとりぼっち おそれずに

生きようと 夢み

さみしさ 押し込め

強い自分を 守っいこ

 

大丈夫です。「と」だけでなく「て」も問題ない。メイヤの歌声に寄り添えます。二番の「叱っている」の「て」も違和感はありません。しかし、いくらメイヤがうまく唄おうと「たてと」を気にせざるを得ないこの状況下では、『カントリー・ロード』はもはや「たてと」の歌と言うべきで、ましてや「カントリー・ロード」を「country roads」と英語で唄われてしまえば「かきくけこ」の存在は小さくなる一方です。また、二番には「たたずむと」というフレーズも出てくるのですが、「たーたーずーむーとー」の伸ばし棒である「ー」に聴こえる母音がカットされ、「たったっずむとー」に変化しています。本名の方では並列に置かれていた文字列が、メイヤでは「ずむ」が「たったっ」と「とー」の間に押し込まれています。こういったものもこの歌が「たてと」の歌であると印象づける所以です。続けましょう。

 

「どんな挫けそうな時だって」から曲調が変わります。ここは、ラストの盛り上がりへと飛び立つための踏み込みの部分です。ジョン・デンバーの原曲では、これまで故郷への風景を思い出し、帰りたい気持を募らせた人物が「昨日のうちに帰っていればよかった」と嘆きながら故郷へ車を走らせる場面になっていて、言葉の密度と速度が一気にあがります。日本語の方では意味は反転し、ベクトルは逆方向を向いていますが、その強さは同じくらいでしょう。「どんな挫けそうな時だって」、「決して 涙は見せないで」と「て」が続けて出てきます。続けて「心なしか 歩調が早くなっていく」の部分は、少し「て」を意識し過ぎたのか、「心なしか」どころではなく、歩調は早くなり過ぎて「なっていく」が「なってく」になってしまいます。「思い出 消すため」の「た」は問題なし。「思い出」だけでなく「て」も消えているので、ここはみなさんもメイヤも気にせずに済みます。

 

さて、歌はもう終盤です。短い歌です。残りの「て」はどこにあるでしょうか。歌詞を見てみましょう。

 

カントリー・ロード

この道 故郷へつづい

僕は 行かないさ

行けない カントリー・ロード

カントリー・ロード

明日は いつもの僕さ

帰りたい 帰れない

さよなら カントリー・ロード

 

もう、あと一カ所だけでした。「故郷へつづいても」の部分です。この「て」だけ「つ」の発音のような無声歯茎破擦音の一片が聴こえます。これまで「T」の音だったのが「TS」になります。つまり「ツォツォロ」に戻っているということです。すぐ後に続く「も」がなんだか「more」に聴こえてきてしまうほどです。ここの「て」によって、メイヤの外国人性が強調されています。その後、歌は登場人物が明確に「故郷へ行かない」と明言するところへ続くのですが、次に出てくる「明日は」と「帰りたい」に含まれる「た」は綺麗な日本語の「た」に戻っています。強調された外国人性は一瞬でした。しかし、その外国人性と故郷との断絶を意味する歌詞とが重なることで、ある解釈への欲望が掻き立てられます。それは、歌詞にある「行けない」と「帰れない」という不可能性を含む表現は、「て(TS)」から「た(T)」へと戻したのではなく、むしろ「て(TS)」を続けることができなかったという解釈です。自分は外国人であることを強調するも、帰る故郷を目指すことはできない。メイヤが唄うと、そんな外国人性がどうしても見えてしまう。それは覚悟のみならず、物理的、法的に不可能であるという外国人特有の問題を孕んでいるようです。

そういう外国人はまだ日本には少ない。しかし、このような想像力の喚起を図らずも促しているのがメイヤの『カントリー・ロード』です。昨今の情勢に目を配りながら聴くメイヤの歌声は、つまりあの「て」は、まだ訪れてはいないが近い将来に迫られるであろう大きな選択に関する想像力の一片を見せてくれているのではないでしょうか。まだ数は少ないがすでに受け入れている何人かの外国人への想像力と、これから受け入れるかもしれない多くの外国人への想像力です。

文字数:3946

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