印刷

「記憶」の中に記憶を留める 〜『トロイアの女』への旅路を通じて〜

今を昭和九十年と記すとき。日本が直面している困難の一つは、《戦争体験者》という記憶装置が失われつつあるということでしょう。戦後七十年という年数が示すように、当時二十歳であった昭和元年生まれは九十歳、終戦の年に生まれた人でさえ、もう老齢です。これ以上にない悲惨で大きな戦争を生き抜いた人々が、その記憶と共に永久の眠りにつこうとしています。思うに、「戦争体験者である」ということは、その人固有のアイデンティティであり、それが身体的な体験に根ざしている以上、私たちは他者の「暴力」の記憶をそのまま受け継ぐことはできないでしょう。「暴力」を、身体の伴わない「記憶」として維持していくことは、果たしてできるのでしょうか。

では、今を二〇一五年と記しましょう。時代の付箋を剥がしたからといって、イエス・キリストの誕生まで遡り、思いを馳せることはないでしょう。付箋をなくすことにより、むしろ、もっと近時的な事柄に対して注意は向けられます。二〇一五年の初めに起きたことすら遠い過去のことのように思えてしまうように。今、「イスラム国」についてどれだけの事が語られているのか、後藤健二と湯川遥菜はいつまで「世間」に覚えられているのか。あるいは、「暴力」に限定せずとも安保関連法案に関する一連の事象はいつまで頭に留めておくことができるのか。いずれにせよ、今、日本が直面している困難は、あらゆることがいとも簡単に忘れ去られてしまうということでしょう。

 

Windows95と共に「世間」に産み落とされたインターネットが成人を迎えた頃、一つの「暴力」が《インターネット》という記憶装置に収められました。それは、「イスラム国」という組織による「暴力」です。これ以後、今日に至るまで、シリアを中心とした異国の悲惨な状況が、彼らの記憶、あるいは実際に痛みを伴っていないが現場にいたジャーナリストの<記憶>として《インターネット》へ収められています。ところが、それら異国の記憶/<記憶>は、私たちにとっては身体を伴わない「記憶」であり、それを見聞きし知ることは、《戦争体験者》の話を聞くことと本質的には変わりません。「記憶」が記憶になることはない。見聞きした「暴力」を記憶にすることはできない、ということです。

しかし、それでも《戦争体験者》の話を聞きに行くことには、それなりの重要性と意義があります。それは《戦争体験者》と《インターネット》の最も異なる部分、すなわちその記憶へのアクセスの違いに依拠しています。《戦争体験者》の話を聞く場合、まず、その人を訪ねなくてはならないし、会ってすぐに戦争体験の話を聞くわけでもなく世間話もするでしょう。しかし、《インターネット》の場合は、ワードを打ち込む動作はほぼ一定であり、慣れてくれば初めて閲覧するウェブサイトでもどこにどのような情報があるのかはだいたい分かってしまうものです。記憶を見聞きするには、そこまでの道のりを辿らなくてはならないが、《インターネット》はその道のりがかなり容易なものとなっています。そして、道のりに関していうと、それが自分にとって生新であればあるほど、あるいは、これまでの経験で構築された「生活世界(当たり前の世界)」から逸脱していればいるほど、身体的な刺激が強くなります。いつもとは違うという感覚が身体に新たな刺激を与えてくれるのです。「記憶」はその刺激と連動する形で留められていくのではないでしょうか。その身体性は「暴力」とは無関係ではあるが、「暴力」の記憶の「記憶」を留めるための要素となっている、と。富山県の利賀村に『トロイアの女』を観に行った時に感じたことはそういうものでした。

 

鈴木忠志がなぜ富山県のそれも利賀村という辺境の地に劇場を作ったのか。私はそれが知りたくて二〇一五年九月六日にそこを訪れた。前日の深夜に長距離バスで東京から出発。朝六時に富山駅に到着。劇は十四時からだったので、とりあえず送迎バスがくる越中八尾駅まで行って、適当な店で時間を潰そうと思っていたが、あいにくその日は日曜日。ほとんどの店が閉店。仕方が無いので「八尾夢の森 ゆうゆう館」の温泉へ行くことに。i-Phone6で調べると駅から徒歩三キロと。本気出せば三十分で着くだろうと思っていたが、スマホに等高線の概念無く、思わぬ山登りを強いられた。途中、遠方にコンビニエンスストアが見えたので、朝食を買いに寄り道。結局二時間も歩き回ることになった。帰りは当然バスで山を下り、再び越中八尾駅へ。そこから送迎バスに乗り、いよいよ利賀村。そして『トロイアの女』を観劇。

 

『トロイアの女』のテーマは「暴力」。私にはそう思えました。トロイア落城後、奴隷となって連れて行かれるのを待つ女たちの嘆きが中心で、演者はあまり動きません。「SCOT SUMMER SEASON 2015」というパンフレットにも書いてある通り、「一番の劇的な事件はトロイア落城としてすでに終わっている」のです。嘆きは「静」、身体的な動作は目立たず、まっすぐと観客に向かって嘆いてきます。そこには状況的にもなんら変化はありません。しかし、ただ一カ所、躍動感の生まれる時間帯があるのです。それが殺害のときです。舞台中央、日本のサムライを模したギリシャ兵にゆっくりと、だが止まることなく流れるように斬りつけられる女と子。これまで人が嘆くのをただ聞いていただけなのに、ここで変化が訪れます。生きていた人が死ぬという変化です。嘆きが「静」なのに対して殺害は「動」です。演者同士の躰のぶつかり合いがあるだけでなく、生きているものが死ぬという変化が伴っています。この「静」と「動」の対比において「暴力」の「強調」が行われているのです。「暴力」があることを見逃してはいけない、そういった明確なメッセージが込められているのではないでしょうか。それは、鈴木忠志自身がその劇後の講演で「暴力」について語り「イスラム国(鈴木忠志はISと言っていた)」について言及していたところからも伺えるようでした。

このように『トロイアの女』で見せつけられる「暴力」は「静」の中の「動」として現れます。「静」によって「動」が「強調」される関係は、「生活世界」への突発的な異物の介入に似ています。これまでの経験や習慣で意識的にも無意識的にも構築されてきた「生活世界」は、同じような環境下にいるだけではほとんど変化を感じられません。しかし、環境が変われば自ずとその変化に気付かされるものです。三キロならば三十分で辿り着けるという、私の「生活世界」から導き出された算出結果が「山」によって見事に打ち破られたようにです。普段とは異なる環境下においては、考えずにできることも考えなくてはならなくなるし、考えたとしてもそれが自分の経験則に照らしたものである以上、打ち破られることがしばしばあるのです。当たり前が当たり前ではないと気付く瞬間ともいえるでしょう。そして、その打ち破りによってこれまでにない刺激が伴われ、出来事が「強調」されるのです。

 

さて、劇場で実際に「暴力」を受けたのは登場人物ですので、登場人物にとっては記憶です(なので《登場人物》となります)。しかし、その「暴力」は、私にとっては「記憶」です。それは「静」と「動」という演出上の効果によってもはっきりと頭に刻まれ得るものですが、それ以上に強固な「記憶」となっているのは、「利賀村で観た」ということに依拠しています。利賀村到着前の体験もそうですが、利賀村を巡る一連の流れ全体が、「生活世界」からの逸脱の連続で成り立っているのです。簡易テントで一人寂しく過ごしたことや、帰宅の日に朝寝坊をしてバスに乗り遅れ次のバスが七時間後にしか来ない事実を知らされて唖然としているとスタッフの人に「知らないのかよ」的な顔をされたような気がすることや(実際はとても丁寧な対応だったと思います)、代わりに乗ったタクシーの運転手が利賀村と劇団について色々教えてくれたことや、「運転手さんの話だけでも九千円の価値はあるな」と納得しつつもやっぱり痛い出費だったと嘆いている今など、こういった普段は味わえない利賀村体験は、まぎれもなく私の記憶です。もちろん『トロイアの女』を観たことも私の記憶です。そして、その中に「トロイアの女と子」の「暴力」の「記憶」があるのです。

つまり、『トロイアの女』は「暴力」の記憶装置として二重の構造を成しているといえます。まず、戯曲自体が「暴力」を際立たせる「静」と「動」の構造を孕んでいるということ。そして、利賀村に行かなければ観られないという「生活世界」からの逸脱の強制。仮に『トロイアの女』を東京で観る事ができたとしても、「暴力」を頭に留めるという側面からみれば、重要性と意義は失われているといえるでしょう。また逆に、この側面からのみ言えば、『トロイアの女』が好きなので利賀村に住むといったこともナンセンスとなるでしょう。むしろ、住まない方が良いとさえいえるのです。なぜなら、利賀村に住むことで、そちらが今度は「生活世界」になってしまうからです。また、昭和九十年の困難の話に戻ると、《戦争体験者》の話を直接聞きに行くことが、『トロイアの女』を観に利賀村行くことと似たような環境になるということが分かるでしょう。

 

さらに、「イスラム国」の「暴力」についてですが、シリアに行くことは当然オススメできません。しかし、こうした「暴力」がテーマになっている《芸術》はいたるところに存在しています。それらに足を運び観ることが遠い異国で起きている実際の「暴力」を忘れないことに繋がるのではないでしょうか。『トロイアの女』についていえば、上演後に鈴木忠志の講演があり、そこで関連する問題について触れるているので、こういった形での「記憶」の強化は望ましいことであろうと思います。また安保関連法案の特に国会前デモに関しては、それが東京でなされている以上、「生活世界」との断絶があまりないため、記憶としての強度も低い可能性があります。記憶も「記憶」も「生活世界」とは距離を置くことが望ましいのです。

文字数:4127

課題提出者一覧