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接近するイスラームと受け止めない日本

イスラームが歴史的現実としてわれわれに急に近づいてまいりました。

                            ——井筒俊彦

上の引用は一九八一年に出版された井筒俊彦による『イスラーム文化 その根柢にあるもの』(岩波書店 p.p.11-12)によるものです。同年の国際文化教育交流財団主催による「石坂記念講演シリーズ」での講演の内容をもとに書かれています。数年前の第二次オイル・ショックからホメイニーのイラン革命(1979)、イラン・イラク戦争(1980〜1988)などイスラームへの関心が高まっている時期でした。上記の引用文には、そのような種々の事象の他に、地球的規模での人類統一化に世界が向かっているということが前提になっており、それに伴いイスラームとの関わりも色濃くなっていくとの見通しが含まれていました。井筒は、だからこそ「いま、この時点」でイスラームへの理解を深めておくべきだとの考えを示しています。七九年のイラン革命とそれに前後する第二次オイル・ショック、そして約八年間続くイラン・イラク戦争。これらは日本に大きな影響を及ぼし中近東への注目を促すものとなりましたが、それらの事象はイスラームの政治的・経済的側面についての理解を深めはしても、文化的側面についてはまだ浅いとの認識があったのでしょう。その文化的側面における理解の案内役となった一人が井筒です。イスラームという異質なものの接近に対し、われわれはどう対峙していけばいいのか。これが昭和最後の十年間を通底した日本の課題の一つでした。しかし、二〇一六年現在、三十五年前に発せられた井筒の言葉はいまもなお新鮮な響きを帯びてわれわれの耳へと届いています。昭和最後の十年間で培ったはずのイスラームへの理解は、時代と共に日本に根付くといったことはなかった。むしろイスラームの世界で何かが起こるたびに、「イスラームの接近」を意識し、再度イスラームへの理解の試みが始動しているように思えます。井筒の言葉の鮮度が落ちないということは、日本に接近しているかのようなイスラームだが、それが未だに日本には到達していないということです。

いま日本のイスラームへの注目の中心は「Islamic State in Iraq and the Levant」(以下IS)、通称「イスラム国」の動向でしょう。二〇一五年はじめのISによる日本人拘束事件の動画が配信された頃の注目は大きなものでした。そこから遡ると、アルカイダによる米同時多発テロ、オサマ・ビンラディンの死、そして「アラブの春」といった事象が思い起こされます。「アラブの春」は少し異なるかもしれませんが、これら各々の事象に対して「イスラームが近づいてきた」という言葉がしっくりきてしまう。米同時多発テロ以降、イスラームの接近は過激派組織の脅威が迫ってきたとの認識とアナロジーとなっているように見受けられます。この部分はオイル・ショックを受けての「接近」とは異なっているところです。しかし、経済的な打撃にせよ、脅威にせよ、それらを経由してイスラーム文化が日本に「到達する」という印象はありません。中近東の原油価格の高騰といった問題は確かに日本に到達しているが、それはあくまで物価の上げ下げ、文化とは切り離された数字の変化に留まっています。その留まりが井筒の言葉がいつでも新鮮なものとして受け入れられる理由でしょう。石油価格が安定してくれれば、その奥にあるイスラームがどのようなものであろうと知ったことではないということです。米同時多発テロはどうでしょう。米同時多発テロが起きた後くらいから池上彰やジャーナリストによってイスラームの解説書のようなものが出版されています。しかし、多くの日本人の興味はイスラームがどういった文化なのかではなく、戦争や紛争のきっかけとなっている具体的な政治メカニズムの方です。過激派組織を犯罪者として糾弾しつつも、それを引き起こしたアメリカを批判する。われわれの興味は誰が悪いのかに留まっています。それはイスラーム文化とは離れた領域の関心でしょう。その意味ではISも同じです。しかし、イスラーム文化を経由しないという点ではオイル・ショックと似ていますが、日本への影響の与え方は異なります。過激派組織アルカイダとISの文脈における「イスラームの接近」は「脅威の接近」です。その脅威が日本に直接浴びせられるといったことはありませんが、米同時多発テロや二〇一五年に起きたパリ同時多発テロなどは日本にも衝撃を与えました。また、中近東にいた日本人が殺害されてしまったということも起きています。これら脅威としてのアルカイダやISの動向への注目は、日本のイスラームに対する印象をよりいっそう曖昧にしています。それは過激派組織を特殊だと位置づけることで成立しています。つまり、イスラームは本来人道的な宗教であるとしたり、あるいは宗教とは切り離して、人類にとって普遍的な価値の存在を信じたりすることで、過激派組織を異質な犯罪者集団として特殊化し、イスラームの理解を不要とするものです。両者はほぼ同じことを言っています。イスラームを大まかに本来人道的な宗教だと考えることは、結局はイスラームについての詳しい理解は脇に置いておくということです。自分の人道的な道徳観に従えば特に問題は生じないだろうという楽観的な姿勢に基づいているからです。確かに過激派組織を通じてイスラームとはこういうものだと考えてしまうのは誤りです。しかし、過激派組織を反転させればイスラームが理解できるというのも誤りでしょうし、イスラームとは関係ない領域まで引っ張って考えていくことも不十分です。それではわれわれとイスラームとの間で起こりうる(実はすでに起こっているかもしれない)摩擦について考えることもできません。なにはともあれ、日本にとって「イスラームが近づく」とは、グローバル規模の事象がイスラーム圏で発生したということに留まり、その事象に伴ってイスラームを理解するまでには至りませんでした。

以上のように、「イスラームが近づいている」という実感と共に、昭和最後の十年に試みようとしたイスラーム文化への理解は、今日においても同じような「イスラームが近づいている」という実感からの試み、という感じに繰り返されています。それはその試みに反して、事象を理解するにあたってイスラーム文化の知識をそれほど動員していなかったからでしょう。しかし近年、またこれとは全く違った形でイスラームが近づいています。しかもそれは、資本主義の停滞と結びついています。どういうことでしょうか。

 

資本主義はフロンティアの拡大によって成立しています。資本主義には「中心」と「周辺」があり、フロンティアとは「周辺」のことです。フロンティアを広げていくことで「中心」の利潤率が高まり、資本の自己増殖を続けていくシステムです。かつて様々な経済研究者が資本主義の終焉を謳ってきましたが、それはこのフロンティアが地理的にも電子・金融間的にも発見できないことが大きな理由です。それを端的に表しているのが利子率の低さです。簡単に言うとお金の行き場所がない、投資先が見つからないということです。それでも資本主義を終わらせることはできない。それはおそらく誰かが止めるものではなく、勝手にとまるものなのでしょう。こう考えると、共産主義も結局は資本主義のフロンティア探しを一時的に停滞させて延命したに過ぎないと思えてきてしまいます。さて、投資先がないということはこれ以上商品を売りようがないということですが、商品の質を変化させることでフロンティの開拓を試みようとする姿勢が高まりつつあります。それがイスラーム向けの商品開発です。なぜ、イスラーム向けの商品開発が必要なのか。それはイスラーム教の神であるアッラーが、消費する(食べる)ことを禁止しているものが存在するからです。そして、なぜイスラームに目を向けるのか。それはイスラームの人口が増えているからです。この点に関しては、アメリカの調査期間ピュー・リサーチ・センターなどが予測していますが、二〇五〇年にはイスラム教徒人口が約二七億六千万に達し、キリスト教徒の約二九億二千万人に急接近するとのことです。しかし、かつての「イスラームの接近」とは少し様相が異なります。一つは、この人口増加が主に南アジアや東南アジアの人々によるものであるということです。つまり、中近東の出来事ではない。もう一つは、人口増加という事象としてはイスラームの世界で起こっていることですが、今度はわれわれがイスラームの方へと歩み寄っていく形になります。さらに、この商品開発の文脈に関して言えば、アッラーの教えにイスラーム教徒以外の人々が従っていくということです。そこに信仰心があろうとなかろうと、生産者の側もそれを意識せざるを得ないということです。

 

次章では、アッラーの教えとハラル商品の意義、そして「布教」をキーワードに日本とイスラームの関係を見ていきます。

 

 

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