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「子供から大人まで楽しめる」の変遷

「時は早く過ぎる、光る星は消える」

この文句を聞いて、どれだけの人がすぐ『アンパンマンのマーチ』(1988年、やなせたかし作詞のミリオンセラー、アニメソング)の一節だとわかるだろうか。

 

幼児向けのアニメにしては歌詞が深くて重いこの楽曲を、へこんだ夜中に一人で聞いてスッキリ泣けたという経験のある者は少なくない。夜中に一人で嗜む『かわいそうなぞう』(1951年、土屋由岐雄によるノンフィクション童話)に匹敵する涙腺破壊力を誇るこの歌が、2011年3月に起きた東日本大震災の折に、避難所で流された時のエピソードもとても有名だ。誰もが不安や焦燥に包まれて沈んでいたのに、この楽曲が聞こえてきた途端、子供達はいきいきと笑ってはしゃぎ回り、大人達はむせび泣いたという。

『アンパンマンのマーチ』は、音声だけで鑑賞する場合と、字幕などで歌詞を確認しながら鑑賞する場合とで、印象や涙腺破壊力にかなりの違いがある。それは、歌詞に不釣り合いとも思えるメロディーの陽気さが理由に大きい。加えて、この楽曲を歌う者は『それいけ!アンパンマン』を中心としたコンテンツの対象年齢に沿って2歳から始まる幼児であるから、アイデンティティーを問いかける歌詞の意味が、まだ理解できないことも挙げられる。

 

一方、まさに幼児の身体の発育を促進するために創作された、同コンテンツから派生した楽曲『アンパンマンたいそう』(1991年)では、アニメの登場キャラクターが楽曲の振り付けを示す動画と共に、分かりやすい身体の動きが付随させられている。体操は単純明快なもので、歌詞の意味、内容も、単純というほどではないが、普遍的で理解しやすい。2歳以降の幼児向けのコンテンツとして違和感のない仕上がりだ。

ところが、『アンパンマン』コンテンツが絶大な人気を持つ国民的なものであることと比較すると、『アンパンマンたいそう』はそれほどのヒット作ではなく、幼児向け体操ソングのベスト10にランクインすらしていない。では幼児向け体操ソングで、かつアニメから来る人気曲は何かと言えば、ゲームソフトに端を発する『妖怪ウォッチ』(2013年)の『ようかい体操第一』(2014年)だ。この体操ソングは、サビの歌詞である「妖怪のせいなのね」が流行語大賞にもノミネートされ、『妖怪ウォッチ』が一種の社会現象となったのと同期しながらヒットした。歌詞も幼児、児童向けらしく「言葉遊び」が多用され、体操の内容も『アンパンマンたいそう』と大差ない。それなのに、『アンパンマンたいそう』の不発とは対照的に、『ようかい体操第一』を踊るプロのダンサーの動画がネットにアップロードされると言った具合である。こういった子供向け体操ソングが、全年齢対象という表示の通り、幼児だけではない全ての年齢層に人気を博すという現象は、一見とても不自然だが、その登場は2006年の『涼宮ハルヒの憂鬱』と、そのテーマ曲である『ハレ晴れユカイ』の大ヒットに予告されていた。

 

『ハレ晴れユカイ』は、一般に「ハルヒダンス」と呼ばれる振り付けを、楽曲に合わせて動作することが特徴のアニメソングだ。このダンスを習得して踊ることがファンの間で流行していった理由の一つは、かつて「ピンク・レディー」のファンの間で、『UFO』(1977年)の振り付けを習得する遊びが流行したのと同じだろう。秋葉原の歩行者天国で、大勢が「ハルヒダンス」を踊るというフラッシュモブも展開され、その動画も流布されたが、それは現代美術におけるハプニング作品さながら、世間をぎょっとさせる存在感を放っていた。

 

『ハレ晴れユカイ』がもたらしたのは、それとセットになった「ハルヒダンス」の流行によって、老若男女を問わず、アニメソングと振り付けを結びつけることに抵抗が無くなったという心理状態である。誰もが手元に音楽再生プレーヤーを持つ今、楽曲を聴くものは、カラオケのように曲に合わせて歌う、歌い手にもなるだけでなく、楽曲に合わせて振り付けを踊る、踊り手にもなったのだ。そして幼児向けの体操ソングと同じく、「ハルヒダンス」は身体のトレーニングをも兼ねることになった。ダンスをしながら得点を稼いで遊ぶテレビゲームの流行からも分かる通り、2000年以降の若者にとって、身体を激しく動かすことは「新しい」遊びであり、身体能力を鍛える行為は「珍しい」要素なのである。こうして、意図しないうちに、いわゆるオタク層向けのコンテンツは、幼児向け体操ソングと同じ構造を持つ、身体のトレーニングやその健全な育成という目的を果たすこととなった。その8年後、紅白歌合戦に『ようかい体操第一』が採用され、かつて「ハルヒダンス」を踊っていた大人も、文字通り一緒にそれを踊った。

 

大人の視聴者がアニメソングで踊るという現象は、他に『らき☆すた』(2007年)のメインテーマ『もってけ!セーラーふく』でも、同様に見られた。登場人物達が、メインテーマ曲に合わせてチアガールとして踊る映像が、この楽曲と結びつけられているのだ。その振り付けはさほど難しいものではなく、学校の授業や部活などでほんの少しチアリーディングの訓練をしたことがあるだけ、という程度のスキルしかない者でも、かなりそっくりに真似て踊ることができる。映像の中で踊っているキャラクターの衣装や小道具も、ごく普通のチアの道具で、在学中の人物ならほとんど誰でも傍に置いてあり、手軽に揃えられる範囲のアイテムだ。曲名こそ「体操」や「ダンス」ではないものの、まるで幼児向けの体操ソングのように、視聴者たちへ、手軽に振り付けを真似できるよう、真似て体を動かしてもらえるように意図されて作られたアニメーション映像として『もってけ!セーラーふく』はある。しかも、これを実際に踊ってみると、『アンパンマンたいそう』よりも振り付けが簡単なのだ。

大人をメインターゲットにしたコンテンツの中で、『アンパンマンたいそう』よりも簡単な振り付けとセットにした楽曲が提示され、それが受容されるのは、まるで社会の幼児返りのようにも見える。先ほどの『もってけ!セーラーふく』の例では、歌詞の中に「言葉遊び」やオノマトペが多用され、幼児や児童をメインターゲットとする『ようかい体操第一』と奇妙な類似を見せている。加えて、一時期のヨーロッパでは、日本のアニメという言葉が、幼稚なものの代名詞とされていたこともあるそうだ。あまりクオリティが高いとは言えない日本のアニメが存在していたことは事実であるし、「子供っぽさ」がウリであるコンテンツの「アイドル」というジャンルがメインカルチャーの一部として成立しているのも、戦後の日本に顕著な現象だ。ここに、幼さに対して寛容であるだけでなく、むしろ積極的に幼くあろうとし、また幼さを愛でることに熱心になる我々の姿が浮き彫りになる。

 

おそらく『アンパンマンのマーチ』は、幼児には「そうだ〜」や「い〜やだ!」と言った身近な音声で、大人へは、大人になってからでしか理解できない複雑な歌詞で、それぞれ異なるアプローチをするようにデザインされた作品だ。しかし大人が『ようかい体操第一』と『もってけ!セーラーふく』を同じように扱う昨今、「全年齢対象」の楽曲へ、そのような二重構造のデザインを施す必要は、あまりなくなったと言える。「子供から大人まで楽しめる」と言った謳い文句の内容が、少々、有り様を変えているのと同じように。

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