印刷

▶へいせい は じゅもんを となえた! セクハラ!

昭和と平成の違いは、ふとした瞬間に「セクハラ!」という魔法の呪文が放たれるかどうかの違いだ。なにせ平成元年の流行語大賞が「セクシャルハラスメント」なのだから。

「新語、流行語大賞」を毎年選び始めたのは1984年(昭和59年)、「ネット流行語大賞」が始まったのは2007年(平成19年)だが、流行語は常にあった。

日本では平成元年に「セクハラ!」の呪文が放たれる社会に切り替わったが、地球全体を見てみると、既に1960年代(昭和35年〜45年)から世界中でウーマン・リブ運動が始まっている。国内でも1970年(昭和45年)に「ウーマン・リブ」が流行語になった。当時「ミス・コンテスト」が女性差別に当たるとされ始めたが、この時の日本人はまだ「セクハラ!」の魔法を習得していなかった。ジェンダー意識が輸入されていても、呪文「セクハラ!」を使うための最大MPが足りず、そこ止まりだったのが平成との決定的な違いである。

ところで、美人コンクールでは、ショーの出場者の容姿を値踏みするのが観客の仕事だが、その行為自体は古今東西にある。たとえば故事成語の「顰みに倣う」も、西施という美女の真似をした人物の見た目を村人が嘲ったというエピソードだ。つまり、これは普遍的な行為なので流行語にも反映されている。

では、どのような容姿に関する流行語があったか見ていこう。まずは昭和全体を通じて流行していた「マブい」。「マブ」は江戸時代にもあった言葉で、元の意味は多岐にわたるのだが、昭和の人々は「マブい」を女性の容姿の良さを表す言葉として使った。江戸時代の言葉を女性の容姿に応用しやすかったのは、まだ「セクハラ!」の呪文を知らない昭和ならではの感覚なのかも知れない。

また1967年(昭和42年)には「ボイン」という流行語が、女性の乳房の大きさをからかう言葉として誕生した。これに先駆けて、1954年(昭和29年)には女性の大きな乳房を魅力とする「グラマー」が、1959年(昭和34年)には小さくて高性能なトランジスタラジオに準えて、背丈が低く乳房が大きな女性を表す「トランジスタ・グラマー」が流行語に登場している。つまり昭和という時代では、女性の外見的特徴への名付けが、2014年(平成26年)の「マシュマロ女子」などとは違い、男性目線だけでの価値判断であっても「セクハラ!」の呪文は放たれず、それらの言葉が抑えられることもなかった。だから「グラマー」や「ボイン」は流行語にまでなった。

マリリン・モンローは、来日した1954年(昭和29年)に、「夜は何を着て寝ますか?」というインタビューへ「シャネルの5番よ」と答えて流行語を生み出したが、もしもこのやりとりが平成の出来事だとしたら、「いくら性的魅力を売りにした芸能人相手でも、女性の就寝環境を知りたがる様子は気持ち悪い」「いかようにも解釈できる回答であらゆる方面を納得させたマリリン・モンローがイケメン」とツイートされただろう。平成という時代に「セックスシンボル」が大衆の支持を得られるとすれば、攻撃魔法「セクハラ!」を回避するために、言動が常に「イケメン」でないといけないのだ。

セクシーな流行語には、「ちょっとだけヨ〜、あんたも好きねェ〜」もあった。これは1973年(昭和48年)、「ドリフターズ」によるもので、老若男女が集まるお茶の間で放映されたジョークだ。2014年(平成26年)のジョーク「ダメよ〜ダメダメ」は、金銭によって強いられた性行為への頑な拒絶だが、「ちょっとだけョ〜」はそれを承諾している。いささか不道徳な男女関係をジョークとして発信するブラウン管を観て「ハッスル」するのが昭和の人々だが、平成の人々は「ハレンチ」を許容せず、放送局にクレームを出したり、リビングが「空気読めない」番組によって「寒い」状態になったと感じてしまったりする。たまたまオンにしていたテレビやラジオからこのジョークが流れてきた場合でも、職場だったら「セクハラ!」の呪文が放たれ、困惑の感情表現「アジャパー」どころか、憎悪の「駆逐してやる」という魔物が召還される。人を呼び止めたい時、「C調」で「そこのグラマーな人」と発言した場合も、攻撃魔法「セクハラ!」が発動すること間違いなしだ。平成の人々はそれを半ば無意識に予防しているので、魔法の呪文「セクハラ!」には、ニフラムの効果もある。

平成だったら成立が難しい流行語があった昭和という時代も、転換期にはグレーゾーンがあった。1984年(昭和59年)の「私はコレで、会社を辞めました」は、結局はジョークとして受け入れられたが、当初は「女性団体から抗議が来るのではないか」と心配され、なかなか放送させてもらえなかったという。そして「セクハラ!」を経て平成になると、男性を差す流行語が隆盛する。とはいえ、2000年(平成12年)の「イケメン」、2005年(平成17年)の「ちょいモテおやじ」などは、江戸時代の「二枚目」、1950年(昭和25年)の「二枚目半」、1988年(昭和63年)の「しょうゆ顔・ソース顔」などの男性の容姿を表す流行語の言い方が変わっただけに過ぎない。

しかし、2010(平成22年)には「イクメン」が流行語になっている。「積極的に育児をしている、する意志を持つ男性」を賞賛するこの言葉は、今まで挙げてきた流行語とはやや趣が異なり、思想や意識への値踏みになっている。これらから読み取れることは、レベルアップによって「セクハラ!」の攻撃範囲が拡張し、育児に対して積極的ではないだけの男性にも「セクハラ!」の魔法攻撃が届きうる、そう予測できるということだ。

決して、育児に積極的かどうかと差別意識があるかどうかはイコールではないのに、「マタハラ」や「家事ハラ」もあいまって火に油を注いでいる。言い替えれば「セクハラ!」は、内容をあまり知らなくても、また、状況をよく分かっていなくても、なんとなく雰囲気に合わせて唱えておけば、周囲の人々がそれぞれに都合良く拡大解釈をして、多少の秩序なら飛躍させてでも波紋を起こしうるのだ。発言者の内側に「セクハラ!」への実体がなくても、唱えておけば何かしらの効果が期待できる。だから魔法の呪文に例えられる。このまま行けば「セクハラ!」は、問答無用で相手を黙らせる即死魔法へと進化し、暴走する可能性すらある、あるいは既に。

 

ジェンダーへの是非が、遠くに掲げられた理念ではなく、日常生活に浸透したのが平成である。だから人々は「セクハラ!」という呪文を日常的に放つようになった。「自分が早く結婚したらいいじゃないか」「産めないのか」の東京都議会のやじ事件も、平成の人々は「セクハラやじ問題」と命名した。職場で女性社員の尻をさすりながら「ねえボインちゃん、最近太った?」と話しかけて「ウハウハ」だった昭和の人々には「とんでもはっぷん」な未来だ。 そして今、流行語とジェンダーの関係はさらに更新されようとしている。それは現在が、5年後に東京オリンピックを控えているからだ。

1963年(昭和38年)の流行語は「OL」だった。従来は「BG」と呼んでいたが、隠語で「売春婦」のため、東京オリンピックに備えて「オフィスレディ」に置き替えた結果である。昭和女子はこれを「アゲぽよ」と感じたに違いない。

「売春婦」から「オフィスレディ」に格上げされた「OL」だが、近年ではその言葉も「腰掛け」といった下位なイメージが根強いこと、「職場の華」といった低俗な意味が付与されたことで、雇用上の男女平等の観点から使用が減っている。「OL」という呼称に、ナウなヤングは「激おこ」なう。もしかしたら、昭和の東京オリンピック前に「BG」が放送禁止用語になったように、今度は「OL」という言葉が何らかの規制を受けるかもしれない。ただ、平成の今、そのような現象が起これば、新たな攻撃魔法「言葉狩りだ!」も発動するだろうが。

あるいは反対に、バックラッシュが強い勢力を持ち、呪文「セクハラ!」を無効化する「ウルトラC」を発明するかも知れない。既に「女子力」という隠れたミソジニーが、真しやかに褒め言葉として流布しているのだから。社会がそちら方面に進化した場合なら、多用されすぎたチート技「セクハラ!」が禁じ手とされる大どんでん返しもあり得る。

平成が唱え始めた呪文「セクハラ!」がどうなるか、東京オリンピックまで、見物である。

文字数:3435

課題提出者一覧