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10年代の狂った自画像

2015/10/1

 

10年代の終わりに待ち構えているのが東京オリンピックであるとするならば、2020年に行われるこの国際的な祝祭は――少なくとも対外的には――間違いなく10年代までの日本文化の総括としての意味合いを持つ。実際、現在までの東京オリンピックに向けた日本の動きは、現代日本の文化や風土を良くも悪くも反映しているといえる(※1)。
しかし、10年代の半ばに生きる我々は、自らが生きる文化の自画像をほんとうに把握できているだろうか?例えば東京オリンピックのエンブレムが撤回されたことに端を発した、twitterにおける「非公式エンブレム募集」(※2)への投稿作品を見てみると、多くの作品が桜や富士山、扇子や折り紙といったモチーフを使用したオリエンタルでアナクロな作品となっており、決して少なくない数の日本人が「現代日本」に対してはっきりとしたイメージを描けておらず、そのためにステレオタイプ――それも、海外から見た日本のアナクロな紋切型――なイメージに自らの自画像を仮託してしまっている、という事実が浮かび上がる。東京オリンピックが明らかにした、このような自画像の狂いに我々は真摯に向かい合わなければならないだろう。とはいえ、戦後の日本がアメリカ由来の「アニメ」を自らのアイデンティティとして仮構してみせたように、いま日本は「クールジャパン」の名のもとに自らの自画像を仮構するための戦略を練っている。
内閣官房による「クールジャパン推進会議」による定義(※3)によると、「クールジャパン」とは「外国人にとって『クール(かっこいい)』と捉えられるもの」であり、その対象は「ゲーム・マンガ・アニメといったコンテンツ、ファッション、産品、日本食、伝統文化、デザイン、更にはロボットや環境技術などハイテク製品」など多岐にわたる(「クールジャパン戦略官民共同イニチアシブ」、平成27年6月5日)。
また「知的財産推進計画2011」(※4)においても、「クールジャパン」は「クールジャパン(素敵な日本)」と記述され、定義も「日本固有のアイデンティティへの憧れや関心」となっている。つまり「クールジャパン」として売り出される「日本固有のアイデンティティ」とは外国人から見た日本の姿、言い換えれば外国人が享楽した日本の中の一要素であり、「非公式エンブレム」で用いられたモチーフたちと同じく、「クールジャパン」も外国人から見た日本の姿を内面化しているにすぎないということがわかる。
「クールジャパン」として売り出されるものは多岐にわたる。その代表として挙げられるのは、ゲーム・マンガ・アニメやJ-pop、アイドルなどのポップカルチャーであろう。このことは、「クールジャパン」戦略が「2020年東京オリンピック・パラリンピックまでとその後の展開を見据え」ているものであり(※5)、そこで見据えられた東京オリンピックの組織委員会理事に、アイドルプロデューサーである秋元康が任命されたことからもうかがえる。つまり、東京オリンピック・「クールジャパン」・ポップカルチャーは一セットであり、かつ「クールジャパン」とポップカルチャーは、現代日本の自画像の一つとしてその役割を担っている。
むろん、「知的財産推進計画2011」のように、ポップカルチャーを「ハシやタタミ」と同じく「日本固有のアイデンティティ」とみなす(※5)という行為は、明らかな詐術である。畳と違って、ゲームもマンガもアニメも日本発祥ではないからだ(※6)。すると「クールジャパン」が仮構する「日本固有のアイデンティティ」とは、必ずしも日本発祥でなく、それどころか日本固有ですらないものをも自画像として収奪してしまうしたたかさを持っていることがわかる。
このような「クールジャパン」という自画像の仮構自体は、決して否定すべきことではない。しかし、「日本固有のアイデンティティ」が決して望ましくはないやり方で仮構されるがある。その最も極端な例が「江戸しぐさ」である。「江戸の町民たちが行っていたとされる日常的マナー」と定義しうるこの「日本文化」は、いうまでもなく歴史的な資料のないねつ造の産物である。しかし、「日本固有のアイデンティティ」は虚構である「江戸しぐさ」をも飲み込み、ついに道徳の教科書にまで「江戸しぐさ」は載るようになった(※7)。行き過ぎた仮構は、虚構をも自らのうちに、真なるものとして取り込んでしまうのである。「クールジャパン」とは、かくも狂った自画像なのである。

似たような構図を、自画像としての「クールジャパン」的ポップカルチャーにおいて見出すことができる。2014年12月、三重県志摩市は「碧志摩メグ」を市公認のキャラクターとして指定した。海女をモチーフにしたこのキャラクターは、しかしあまりにも性的身体性を強調したキャラ――体のラインを強調したような服装に、おおよそ本物の海女が着ているものとは似ても似つかないほど広く空いたスリットに、角度によってはミニスカートとも見間違えてしまうほど足を露出した服装、さらに公式HPには、なんと3サイズまで書かれているのだ!――であり、地元で働く人間たちからすれば、海女の文化やイメージを損ないうるようなものであった。当然、「碧志摩メグ」を志摩市の公認から外すための署名運動がおこった(※8)のだが、市の対応は冷ややかなものであった(※9)。
署名運動に対する、市の回答(「『女性蔑視』はあくまで個人的な感じ方の問題だ。」)は、注目に値するだろう。ここには、ポップカルチャーにおける性的な含意への「鈍感さ」が透けて見える。「クールジャパン」と認定されるアニメのうち、とくに最近のものであればあるほど、多かれ少なかれ性的な含意を含むキャラクターが登場する(※10)。そのことは、女性キャラクターにおける性的な身体の横溢が日常化しているのだから、いまさらそのようなことを問題にして何になる?という態度を生み出してしまう。わかりやすく言えば、「萌えキャラ」における性的な身体とは、もはや「萌えキャラ」であるために必要な条件の一つ、つまり記号の一つとなっており、良くも悪くも、「萌えキャラ」の需要者は性的な含意そのものには鈍感であり続けるのだ。
公認キャラ=市の自画像としてのキャラクターが萌えキャラとなるとき、その萌えキャラは元となった現実のなんらかの属性(今回は海女)を収奪し、性的な含意の中へと吸収してしまう。しかし、「萌えキャラ」を受容しなれている人間では、「海女」という属性の収奪に気づくことができない。自画像としての「萌えキャラ」は、元となった属性とともに受容者までをも狂わせる自画像なのである。

クールジャパンやそこに含まれるポップカルチャー、そして萌えキャラは、10年代の日本の自画像たり得ることができるのだろうか?我々が求めねばならないのは、いかにして自画像としては問題多きこれらを、正しい自画像にするか、を解決するための処方箋である。

 

(※1)たとえば新国立競技場の建設を巡るいざこざ。建設費が膨れ上がった理由がザハ・ハディド氏の建設案にではなく、十分な競争がない中で建設会社が選定されていたことにあったことが指摘されている。(http://www.asahi.com/articles/ASH7X760HH7XUHBI01Y.html 最終閲覧日時2015/10/1 20:28)
また、当初ザハ氏が提出した案が地下鉄とぶつかりかねないという理由によって変更を迫られ、その修正案が地震対策のための強固な基礎に莫大な予算をかけることになり、再び却下されたという事態は、日本の風土の特徴を如実に表している。

(※2)2015/8/22に、「新生・サザエbot」(@sazae_f)がオリンピックの非公式エンブレムの募集を開始した。企画の趣旨は撤回された佐野氏のエンブレムを批判するのではなく、代案としての「自分だけのエンブレム」をつくり、それを公開しあうことによって、エンブレムを巡る騒動を「楽しいお祭り」にすることにあった。公開された作品は300点以上にのぼり、「新生・サザエbot」の管理者によって、撤回された佐野氏のエンブレムが最優秀賞に選ばれた。詳細や投稿された作品は今でもhttp://matome.naver.jp/odai/2144049915794468301にて見ることができる。

(※3)https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku2011.pdf

(※4)http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/cool_japan/

(※5)※3に同じ

(※6)いうまでもなく箸も中国発祥で、かつ東アジア全体で使われているために、畳と同列に「日本固有のアイデンティティ」と呼ぶことはできないだろう。

(※7)http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2014/12/01/1344900_4.pdf

(※8)http://www.j-cast.com/2015/08/07242285.html

(※9)https://www.change.org/p/%E5%BF%97%E6%91%A9%E5%B8%82%E5%85%AC%E8%AA%8D%E8%90%8C%E3%81%88%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC-%E7%A2%A7%E5%BF%97%E6%91%A9%E3%83%A1%E3%82%B0-%E3%81%AE%E5%85%AC%E8%AA%8D%E6%92%A4%E5%9B%9E%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%82%8B%E7%BD%B2%E5%90%8D%E6%B4%BB%E5%8B%95?recruiter=86545016

(※10)いまや、物語の進行と全く関係のない「温泉回」(女性キャラが温泉に入るのを描くだけの回)や「水着回」がアニメにおける「お約束」の一つになっていることは、否定しえないだろう。また過度に性的な身体部位が強調されたキャラが登場しないアニメとなると、探すほうが難しいのではないか。

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