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「準拠の投降兵」

「住民票を有する全ての」人間に「1人1つの番号を付して」、「社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理し、複数の機関に存在する個人情報が同一人の情報であることを確認するために活用される」(注1)マイナンバー(個人番号)は、「通知カード」の郵送(マイナンバーの通知)が決して順調にいっているとは言えないものの、行政手続きにおいて既に、その運用が始まっている。内閣官房によれば、マイナンバーを用いることによって期待される効果は主に三つあり、一つ目が「公平・公正な社会の実現」(生活保護などの不正「受給」の防止と、税金などの「負担」のとりっぱぐれの防止による)、二つ目が「国民の利便性の向上」(行政手続きにおける添付書類の削減などによる)、三つ目が「行政の効率化」(行政機関同士の情報の照合のツールとして、マイナンバーを用いることによる)にあるという(注2)。また、いまだ検討段階ではあるが、今後はポイントカードやクレジットカード、キャッシュカードや購買記録といった情報までマイナンバーに紐づけられ、マイナンバーはその用途を徐々に拡大していく方針であるという。

このような行政側の熱気とは裏腹に、マイナンバーについての理解も、マイナンバーそのものの周知もうまくいっていない現状において、制度に対する不安や批判の声は数多い。例えば、個人情報の流出について。2015年5月に起こった日本年金機構からの個人情報流出事件をうけて、行政機関のセキュリティに対する信頼は大きく揺らいでいる。そのような状況の中で、行政機関が管理する個人情報全てを紐づけるマイナンバーの流出は当然想定されるべきリスクである。このような不安に対する内閣官房の回答(注3)も、従来の個人情報保護の仕方と同じやり方でマイナンバーを管理することを「制度面」の対策として打ち出しているにすぎず、マイナンバーのための制度設計と言えるのはせいぜい厳罰化くらいである。ただし、「システム面」の対策として打ち出される個人情報の「分割管理」は注目に値する。マイナンバー導入後も、「従来通り、年金の情報は年金事務所、税の情報は税務署といったように分散して管理」される。つまりマイナンバーの役割とは個人情報の「一元化」ではなく、散らばってしまい管理しきれなくなった情報同士を「分類」し、記録されたある人物が申請者と同一人物であることを容易に「照合」できるようにすることにこそ、あるということになる。

とはいえ、クレジットカードや購買記録と紐づけられたり、マイナンバーが記載された「個人番号カード」が身分証として機能する時、マイナンバーの「照合」機能は、幾分か奇妙なものとなる。しばしばマイナンバー制度は、2003年に開始され多額の負債のみを残しその役目を終えた「住民基本台帳ネットワーク」(いわゆる「住基ネット」)の後継として語られており、マイナンバーの開始と共に「住基ネット」が廃止されたことからもその見立ては概ね正確であることは間違いないと思われるが、マイナンバーを「分類」と「照合」という観点から眺めてみたとき、むしろマイナンバーは「指紋」の後継者であると言った方が、その奇妙さを理解するうえで適切であろう。

ATMにおける本人確認やスマートフォンのロック解除に至るまで、現在幅広い用途で用いられている「指紋」であるが、「指紋」が何かのために役立てられる道具として最初に用いられたのは1896年、アルゼンチンのラプラタ警察においてであった。フランシス・ゴルトン(1822~1911)の研究に示唆を受けたファン・ブセティッチ(1858~1925)が犯罪記録の分類法として「指紋鑑定法」を生み出し、ラプラタ警察において用いたのが「指紋」の活用の始まりである(注4)。ローマ法に端を発し、十八世紀の後半ごろから概念として明確化された「累犯」に対する処遇として、累犯加重の原則が各国において取り入れられて以来、捕まえた犯人が累犯者であるかどうかを確かめるため、膨大な量の犯罪記録の中から捕まえられた犯人と同一の人物によって行われた犯罪の記録をいかにして発見するかというのは、重要な課題であり続けていた。「指紋鑑定法」は、人間の指紋が不変かつどれ一つとして同じものはないという性質を利用し、犯罪記録を犯人の十本の指の指紋の組み合わされ方によって分類し、新しく捕まえられた犯人が累犯者であるかどうか特定するのを容易にするための方法であった。無論、「指紋鑑定法」の発明以前にルイ=アドルフ・ベルティヨン(1821~1883)による「人体測定法」が犯罪記録の「分類」と分類された記録と犯人との「照合」に一定の成果を上げており、「指紋」による「分類」・「照合」は、当初「人体測定法」の一部として提案されていた。それが次第に「指紋」のみによる照合へと変遷していった理由は、手軽さと「照合」機能の優秀さにある。「靱帯測定法」は人体の各パーツの長さを計るために専門的な機械と技術が必要とされ、「指紋」の採取に比べて手軽とは言い難かった。また、犯行現場に残された痕跡から犯人を推理しなければならない時、採取された「指紋」は今も昔も大きな役割を果たしていた。このことから、「指紋」の機能とは「分類」と「照合」であり、とりわけ「照合」機能に特化していることがわかる。

犯罪記録と犯人の「照合」は、いうまでもなくアイデンティティの問題でもある。佐々木中がピエール・ルジャンドルを援用しつつ指摘する通り、「中世以来、ヨーロッパの規範は、身体を直接操作する儀礼(たとえばヨーロッパ各地に見られた憑依のダンスや、特に特権的な例とされるユダヤ教の男子割礼など)を異端視し排除してきた。そのことによって西欧は書かれたものとしてのテクストの読解を、つまり言語的なもののみを法の受肉化として考えてきた」(注5)。このことは、中世以前に累犯の記録として用いられていた「焼き印」が廃止され、犯罪記録という「テクスト」によって犯罪を犯したという過去がアーカイブされるようになった、という事態とパラレルである。中世以前、当たり前の話であるが焼印を管理するのは焼印をほどこされた主体であり、より大きな傷をつけるなどして、自らの罪の記録を消すことも出来た。しかし中世以来、テクストによる人間統治が始まり、自らの犯罪記録を管理するのは犯罪を犯した主体ではなく国家の役割となった。

問題を敷衍しよう。ジョン・トーピー(1959~)が編集した本につけられたタイトル、『個々のアイデンティティを文書化すること』は、本論の探究の道筋を一言でいいあらわしている。トーピーが指摘する通り、近代国民国家において移動の制限と滞在先における権利の行使に役立てられたパスポートや、それの提出を様々な場面において求められることにより、無実の人間まで犯罪者予備軍として嫌疑の対象とする身分証明書といった書類たちは、「行政目的のために持続的なアイデンティティを構築し維持するために、すなわち国家による個人の掌握を推進するため」(注6)の文書(テクスト)であった。テクストによる統治というあり方は、宗教を脱し世俗へと向かった近代というパラダイムにかなうものでありながら、実は世俗化そのものがキリスト教のプログラムの一部であり、近代化とはヨーロッパのローカルな現象にすぎないというのは、ピエール・ルジャンドルやF・ベンスラマが指摘する通りであり、ベンスラマ「が文学の成立によって我々は、テクストによってつくられる人間からテクストを作る人間に移行した。つまり自己を産出するものを自ら産出していると思い込む、あるいは自己の産出される条件を産業規模で製造する、そんな人間へと移行した」(注7)と語る時に含意されるのは、まさにそのことである。

 

 

 

(注1)http://www.gov-online.go.jp/tokusyu/mynumber/point/#sec1

(注2)注1に同じ

(注3)注1に同じ。

(注4)詳しくは橋本一径『指紋論』(青土社、2010年)第Ⅲ章「犯人の身元確認」、あるいは渡辺公三『司法的同一性の誕生』(言叢社、2003年)第十二章「指紋と国家」。

(注5)佐々木中『夜戦と永遠 上』(河出書房新社、2011年)

(注6)ジョン・トーピー『パスポートの発明』(法政大学出版局、2008年、藤川隆男監訳)

(注7)フェテイ・ベンスラマ『物騒なフィクション』(筑摩書房、1994年、西谷修訳)

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