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「非日常」を生きる、あるいは死ぬために

「『非日常』にいるのはフランス人だけじゃない」--Facebookのプロフィール写真をトリコロールにする人を咎めるために、ネットにはこのような言葉が飛び交っている。イラクでもアフガニスタンでも爆撃事件は起こっているのだから、平和な「日常」を生きる我々がその一つだけをことさらに騒ぎ立てるのはフェアじゃないという意見だ。2015年11月13日夜、筆者はパリで鳴りやむことのない救急車のサイレンを聞いていた。最も近い事件現場からわずか数キロというところで、テロや戦争とは無縁といわれる日本人が一転して「当事者」になりかけたのだ。とはいえ、実際に被害にあうわけでも現地に知り合いがいるわけでもない筆者は、結局「観客」のまま2日後に事件現場を目の当たりにした。

蜘の巣状にひび割れを残す弾痕、カラカラと無邪気に走るローラーボード、嗚咽を漏らしながら献花を捧げる夫人、通りすがりになんとなくシャッターを切って足早に立ち去るサラリーマン、12時になった途端示し合わせたかのように口をつぐむ人々、無味乾燥な原稿を読み上げる日本人レポーター……。非日常の空間になっているのは「KEEP OUT」のテープからせいぜい50メートル。そしてその中では、まさに「当事者」と「観客」が混在していた。多くの人間を生と死の境においやり、そして実際に160人以上が帰らぬ人となったその現場でも、2日後には日常の空気が色濃く立ち込めていたのである。

生と死の境目を意味する極限状態--それを描こうとしたといわれるのが藤田嗣治<<ソロモン海戦に於ける米兵の末路>>だ。とはいえ本作は、一般的にイメージされる極限状態としての戦争画とはいささか解離する部分が少なからず存在する。そこには生死を賭けた命のやりとりはおろか、銃器や軍艦すらも存在しない。ソロモン島で敗れた米兵のうなだれる姿が黄土色の背景と同化するようなトーンで描かれるだけだ。生者と死者が混在する身動きすら難しい状況で、それでも銃を構える<<アッソ島玉砕>>や<<サイパン島同胞臣節を全うす>>などの作品の方が、よほど極限状態という言葉のイメージに近しいはずだ。これらの作品を差し置いて、藤田は極限状態という非日常を<<ソロモン海戦>>において結実させたのである。

 

これらが公開された東京国立近代美術館「MOMAT コレクション」では、雑誌などに掲載された藤田の芸術への態度を示す5つの記述も公開されたが、そこには美術鑑賞家などとは異なる外部としての「観客」を想定した言葉が多い。例えば「戦争画制作の要点」では、「それが戦争の高揚の役に立ち後生に保存されるならそれほどうれしいことはなく、責任の重さがひしひしと打つものがある」と当時の藤田が戦争画に非常に積極的だったことがうかがえる。陸軍美術教会理事長として戦争画家の人選を担当するなど、日本戦争画の第一人者だった彼は戦争画こそあらゆる画題の縫合であり、事実の正確な素描よりも主題を伝えるための誇張を重視すべきと述べている。また、「美術批評に対する不満と展望」には「個人の内生にかんするすっぱ抜きはどうでもいい……。恐れずにどんどん批評すること……批評家と画家の間には殴り合いも有るではありませんか」と見当違いな指摘をする批評家にいらだちを覚えながらも、その指摘自体は否定せずむしろ作品を無責任に解釈し、真偽をめぐって語り合うことまでも希望している。ここで指摘したいのは、藤田がこうした言説を多く残していることではない。今回の展示はそうした発言の多くを積極的に選び、掲示している。他にも<<アッソ島玉砕>>のキャプションに本作が戦争のプロパガンダとして利用されたメディアミックスによる宣伝の先駆けだと付されていることからも分かるように、「NOMAT コレクション」は当時の作品背景の説明にとどまらず、それが現代の観客やメディア状況においてどのように映るかが多分に意識されていたのだ。

 

それを踏まえて改めて<<ソロモン海戦>>に視線を移してみる。声にならない嗚咽を上げるかのような負傷者や息があるかこちらからは確認できない者、行く末が分からない船の近くに身をひそめるサメなど、間違いなく本作は生死の境=極限状態を描いている。そしてその中で奇妙にも映るのが、毅然と直立を続ける勇猛な兵士だ。周りの兵士と同じく傷を負った彼は、満身創痍でも心はくじけていないことを示すかのように力を振り絞って口を結び、仁王立ちをしているように見える。これも藤田が考える一つの死の形のように見える。プロパガンダとしてではなく現地で起こる凄惨な死を描くことに尽力した後期藤田の戦争画は、死を一面的な凄惨さとして捉えていない。誰もが命の奪い合いに強制的に臨まざるを得ない戦場や、日本の戦争画が数多く扱う日本兵を対象に選ばなかったのは、極限状態が様々な形で存在することを示すためだ。恐れながら死ぬ者や動く意思すら湧かない者、そして勇猛な姿勢を誇示した者もみな、藤田からすれば平等に極限状態の姿なのである。

しかし、仁王立ちをする人物は誰に向けてその意思を示しているのか。疲弊した周囲の兵士たちを鼓舞しているように見えるがそうではない。今回の展示の特徴を踏まえれば間違いなく、それが時代も場所も違えた無理解な観客としての我々だと理解できるはずだ。藤田は戦争画のプロパガンダとしての一面を理解しながらも、それでもいいから作品が後世に残り多くの人に視られることを望んだのではないか。だとすれば、この勇猛たろうとする仁王立ちは作品の外部である我々に向けたアピールである。「非日常」の極致でも観客からの視線が意識されている。藤田が極限状態の表現として選択した戦争画は、観客の視線を意識した当事者の姿だったのである。

 

話を再び現代のパリに戻そう。献花をする人とシャッターを切る人が混在する事件現場。当事者=非日常、観客=日常という前提からトリコロール模様のプロフィール写真を咎める主張は一斉に瓦解する。そもそも、サッカースタジアムやライブ会場に集まる観客たちが一瞬で当事者に転じたのが今回の事件のはずだ。極限状態下の者にさえ観客を意識した行動をさせる<<ソロモン海戦>>と、歴史的事件現場にさえ観客が混在する現代は背中合わせの存在だ。これは非日常も日常も等しく視線にさらされるという意味ではない。視線という画一的なタームに回収されないよう一つ一つの極限状態を描くこと。それこそが藤田が戦争画に没頭し、そして諦めた理由だったのではないか。

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