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歌を超える歌い手の思惑

「わたしあなたのうさぎのWhite」
ステージ上に現れたMay’nは高めの声で歌い始めた。そしてステージの前面に歩きつつ右手で耳のようなものを表現したり、人差し指をあごに当てたりとかわいらしい振りをする。顔の表情もそれに合わせてニコニコしている。そして振り返り元いた場所に戻っていく。そして再びオーディエンス側に振り向くのである。

「アタシあなたのうさぎのBlack」
先ほどとはうって変わり、低めの声に歌い出した。そしてステージの前面に歩きつつ右手で耳のようなものを表現する。だけど、表情も挑戦的となり、振りももっと緩慢で攻撃的なものとなる。振り返って尾てい骨の辺りに右手の握り拳を置いてお尻を振り、振り向いて指した人差し指で胸を指したりする。セクシーさを前面に出したものを表現するのである。

うさぎのWhiteとうさぎのBlackという2羽のうさぎで象徴される女性を声、仕草、表情を用いて表現する。1番で愛する男との出会ったことへの女心を、2番で男との中を進めようとする女心を。

「My fairy tail will never end still go on & go on go on」
そして、声が硬質的になり、動きが人形のようになる。まるで童話の中にいるような。過去の思い出なのか、一方的な片思いの果ての妄想なのか、叶えられなかった愛を不毛と知りながらも想い続ける。絶望と知りながらもMay’nは力強く歌い上げるのである。

この歌は『ユニバーサル・バニー』。劇場版アニメ『マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜』の挿入歌だ。冒頭のライブシーンで主要キャラクターである女性アーティスト「シェリル・ノーム」が歌う歌である。マクロスシリーズは歌と三角関係がテーマであり、3作目の『マクロスF』も同様である。この『ユニバーサル・バニー』も作品にとても深く関係する歌となっている。つまり、シェリル・ノーム自身を表す歌となっているのである。May’nは歌詞の中のうさぎのWhiteとうさぎのBlackだけでなく、それを歌う「シェリル・ノーム」をも表現しなければならないのだ。うさぎのWhiteとうさぎのBlackの振りは『マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜』でシェリル・ノームが踊っていた振りを取り入れている。May’nはシェリル・ノームとなってステージ上で歌っていると言える。だが、それだけではやはりシェリル・ノームの歌を表現しているとは言えないのである。

『マクロスF』は元々はテレビアニメシリーズである。2人のメインヒロインの内の1人、アイドルとしてデビューして頭角を現していく「ランカ・リー」はオーディションで選ばれた中島愛が射止める。そして銀河の妖精と称されるトップアーティストのシェリル・ノームはMay’nが選ばれるのである。May’nはホリプロのオーディションを経て、15歳の時に本名の中林芽依で歌手デビューを果たすが、シングルの売り上げが芳しくなかった。そのためアーティスト名をMay’nに変更し、所属レーベルもFlying Dogに変更して再出発を図ったのである。

May’nはシェリル・ノームを歌で表現することとなる。『マクロスF』のシェリル・ノームは、大きなステージで歌う機会を失ってしまう。それでも歌を歌うことを諦めずに小さなライブハウスから再出発していくのである。その姿はMay’nの現実と重なっていく。シェリルの心情を表す歌はそのままMay’nの心情を表す歌とでも言わんばかりに力強いものとなっていった。まさにMay’nは歌でシェリル・ノームを表現する存在となったのだ。いや、May’nとシェリル・ノームが1つの存在となり、例えMay’nがステージ上でシェリル・ノームの歌を歌っても、それはもはやMay’nの歌となっているのである。

歌詞に対する歌い手とは、脚本に対する役者と言えるだろう。歌い手は声や身体だけでなく心情も込めて歌の世界に没頭する。その上で歌詞というものを表現することになる。それは歌い手によって一度咀嚼されるということだ。我々が歌と出会う時、それは歌い手によって咀嚼されたものなのである。その後にいくら歌詞に言及しようとも、歌い手の思惑を完全に無視して考えることはなかなか難しい。作詞家および作曲家の思惑を超えて表現された歌い手の思惑を引き受けてしまうからである。作詞家、作曲家の思惑は、歌の世界を作る屋台骨でしかなく、歌い手の思惑により与えられた彩りが歌の印象を決めるのである。

May’nの歌に込めた思惑は、とうとうシェリル・ノームを変容させる。テレビアニメ『マクロスF』が劇場版アニメの新作として『マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜』、『劇場版 マクロスF 恋離飛翼 〜サヨナラノツバサ〜』のシェリル・ノームはMay’nのイメージを引き受けることとなる。シェリルのケータイケースが鯛焼きとなっていたのだ。May’nが大好物だと公言し、とうとう公認の宣伝大使とまでなった鯛焼きがシェリルの持ち物へとなってしまったのである。そのため、シェリル・ノームはテレビアニメ版以上に隙のある人物となり、より人間味のある弱さを持った人物へと変化している。これもまた、May’nという歌い手の思惑がアニメ制作者の思惑を超えたと言えるだろう。

 

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