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真摯であるがための継承

荒れ狂う茶色の海原に、頼りなく漂う小舟が一艘。その小舟には複数人のアメリカ兵が乗っている。ある者は疲れ切った表情をし、またある者はその状況に負けるものかと仁王立ちしている。奥の方には、その彼らを襲おうかとしている『ソロモン海域に於ける米兵の末路』を何も知らずに見たとき、これが藤田嗣治の作品なのかと驚いてしまう。そこには藤田嗣治の代名詞である、乳白色はここにはなかった。

『ソロモン海域に於ける米兵の末路』は、藤田が陸軍美術協会に所属して描いた1943年の作品である。この作品には、それまでに描かれてきた絵画への参照が見られる。米兵達の一部は1907年に和田三造が描いた『南風』にその参照元を見ることができる。難破した船に乗るのは、先を見据える男と心細く座る男。そして思案げな表情を浮かべる男は構図を変えて描かれている。そして米兵達の一部は1853年にウジェーヌ・ドラクロワが描いた『Christ Calming the storm』のキリストは横たわる男の参照元と見て良いだろう。船の形は1840年にドラクロワが描いた『The Shipwreck Of Don Juan』に見ることができ、荒れ狂う茶色の海原は1818年から1819年にテオドール・ジェリコーが描いた『メデュース号の筏』に見ることができ、その海原に泳ぐサメは1778年にジョン・シングルトン・コプリーが描いた『Watson and the Shark』に見ることができる。つまりこの絵画は今までの作品を参照することのみで1つの作品を作成したと言えるのだ。

これは各作品へのオマージュなのだろうか。いやそうとは言えない。この作品からは、自分は絵画の継承者であるという強烈な意思を感じるのである。フランスでの成功を得た藤田は新たな可能性を模索して、南米などを旅しながら絵を描き残している。その時に描かれた絵はフランス時代に描いていた乳白色でどちらかというと平面的な絵とは対照的に、とても人間くさいものであった。それは表面的な彫像の美しさではなく、内面的な生命の美しさに目を向けているように思える。その後、日本に帰国した藤田は軍に所属し「戦争画」を描くこととなる。昭和13年から14年に描かれ、1941年に発表された『南昌新飛行場焼打』はどこか屏風絵のような雰囲気を感じるものである。だが昭和18年から昭和20年と短い期間に描かれた多くの「戦争画」はよりいっそう生々しいものへと変貌していく。1942年に発表された『アッツ島玉砕』は見る物に大きなインパクトを与える。それは善悪を超えた人間達の絶望であり、そこにはアメリカも日本もあるように思えない。まさに地獄絵図として見ることもできるだろう。そして同年に発表された『ソロモン海域に於ける米兵の末路』はまた違った印象を与えている。小舟に翻弄されている「敵兵である米兵」はキリスト教の逸話を想定しており、それも多くの苦難の前に翻弄されている人間を描いていると見ることができるだろう。

実際の戦争を客観的にみると例へば軍服のボタンが外れてゐるとか、首筋に汗をかいてゐるとか色々のデイテールがある。しかしそれは戦争中は誰も感じないものだ。戦争画にはさういふ主観を含めての客觀描写が必要だね。戦争画の画面はきれいではあり得ない。今までのはきれいに描き過ぎてるね。僕は主観によつて誇張していいと思ふ。

海が対照的にきれいだとか、波の色が鉛のやうに鈍く光るとか、縦横無尽に主観を混へて描きまくるべきだ。

1942年の『旬刊美術新報』の「戦争画の真実とは?―現地で語る戦争画問題―」にて、藤田の回答がこのように掲載されている。だからこそ、藤田の描いた作品から伝わってくるのは、戦争という極限状態で現れる「人間性」なのだ。主題はそこにあると言えるだろう。その他にも戦争中の美術誌に答えている回答からも、「人間性」を描くことへの真摯さである。そこには『お国のため』以上に『絵画のため』という真摯さを感じずにはいられない。そしてそれらの戦争画には今まで描かれてきた絵画を参照して描いているのである。それはそれまでの傑作を租借し、あたかも自分は絵画の継承者であるという自負と責任を背負っているのだ。

或る戦争画の傑出せる作品は絵画の史上に於ての傑作であり得るのである。

1944年の「美術」の「戦争画制作の要点」にて、藤田はこのように答えている。彼が描いた戦争画は、「傑作」と言ってなんら問題がないのである。

戦後、藤田は戦争画を描いた責任を他の画家から糾弾される形で、フランスに渡ってフランス国籍を取得。日本に二度と戻ってくることはなかった。フランスへ渡るとき、藤田はこのようなことを口にしている。

絵描きは絵だけ描いて下さい。仲間喧嘩をしないで下さい。日本画壇は早く国際水準に到達して下さい

戦時中であっても真摯に絵に向かい合っていた藤田の言葉は何とも重いものではないだろうか。

文字数:2015

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