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盆踊りという可能性

何もなかった空間に端切れが縫い合わされて作られた風呂敷が池袋西口公園に敷かれている。その上にカラフルな櫓が組まれ、その上では、櫓の周りには珍しいキノコ舞踊団が輪を作って踊り、さらにその周りには私達が輪を作って踊っている。それに併せて、池袋西口公園にある舞台の上で大友良英率いるブラスバンドが演奏する。プロジェクトFUKUSHIMA!が仕掛けるフェスティバルFUKUSHIMA!@池袋西口公園は、そこにいる人々を1つにまとめ、大きなうねりを作り上げる。

盆踊りは、そもそも空也上人や一遍上人の念仏踊りが始まりと言われている。激しく踊ることでトランス状態に入り、法悦境に人々を導くものだった。それが死者の供養と村の娯楽と結びつき、今の盆踊りへと続いていく。それはもちろんこのフェスティバルFUKUSHIMA!にも引き継がれている。

プロジェクトFUKUSHIMA!は震災後にできた団体で「フクシマ」という言葉に潜んでしまった影のイメージを払拭しようと活動を続けている。そのために多くのアーティストが福島に集まってクダラナ庄助祭りを開催し、多くの人々を福島に呼び寄せている。そしてフェスティバルFUKUSHIMA!を福島を始め、愛知、六本木、池袋と各地で開催して、多くの人々に福島を伝えに行っている。そこには「フクシマ」ではない「福島」という地域への想いが込められている。

 

まずは、「クダラナ庄助音頭」。相馬盆唄で歌われている小原庄助さんを歌った歌で、朝湯に入って背中をごしごしと洗う踊りがとても楽しい。次に「ええじゃないか音頭」。幕末に起きたええじゃないか騒動を入れた音頭である。福島を取り巻くあれやこれや。それをええじゃないか、ええじゃないかと笑い飛ばすとても力図良い音頭だ。そして「新生南相馬音頭」である。添付した図のような踊りを繰り返す音頭だ。これは稲の成長と収穫を繰り返す五穀豊穣を願った踊りなのだ。その願いは福島第一原発によって怪我されてしまった地域の再生を願いへと昇華し、失われてしまったものへの憧憬まで感じるものとなっている。それを自覚的に、無自覚的に皆が踊り、一つとなっていく。その熱狂に私たちは溶け込んで、福島と一つとなっていく。

フェスティバルFUKUSHIMA!@池袋西口公園ではその他にも大友良英が作曲した「あまちゃん」の楽曲を用いた「あまちゃん音頭」と「地元に帰ろう音頭」という三陸を感じるもの、ラッキー池田が振り付けをした「すみだ川音頭」という下町を感じるものなどその「地域」を感じる盆踊りを踊る。そして去年のフェスティバルFUKUSHIMA!の為に作られた「池袋西口音頭」を皆で踊り出す。

 

公募によって集められた単語を組み合わせて作られた歌詞には池や駅と言ったものが含まれる。踊りもサビにくると電車ごっこが始まる。人々が前の人の両肩に手を乗せて、縦横無尽に駆け出す。二人が向かい合って手を結び、その手を上にあげる。するとトンネルができあがり、そのトンネルを電車と化した人々がくぐっていく。なんとも楽しい。そして、私たちは溶け込んで、池袋と一つとなっていく。

 

踊り終えた、自分の中に福島、池袋という地域が消えずに残っているのを感じずにはいられない。私たちはそれらの地域に所属するものへとなったのだ。そしてそれらの地域は私の中で地続きとなるのである。盆踊りを踊るという身体を通してその地域に接続することができる。生活をせずとも接続する可能性が秘められていると言えるのではないだろうか。

※装置は作ったんですが、薄すぎてスキャナで取り込めませんでした。ちゃんと作ったものをnoteにすぐあげます。投稿に間に合わないので、これにて。

 

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