印刷

アメリカという光の下で 

「この作業にどれだけの時間がかかっているんだ」

Excelを使ってまとめたテスト結果を上司に提出したところ、このような返答が返ってきた。

「遅れが出ても対応できるようにテストタスクの工数は余裕を持って積んでいるけれど、その工数をすべて使って良いというわけではないんだ。マニュアルがあっただろう。それに合わせれば良かっただけなんだ」

上司はPMBOKの講習を受けてきた。生産性を上げることを求められているからだろう。要点のみに集中して聞いていると、上司はおもむろにiPhoneを取り出した。

「本社から電話だ。ちょっと待ってくれ」

そう言うと上司は部屋から出て行った。

席に戻ってレンタルしているDELLのパソコンに向かい合い、マニュアルを見つける。なんだこれは、テストが足りてないじゃないか。これでいいのかと思いつつ、マニュアルに沿ってテスト結果を直しはじめた。

ここまでの話は日本の職場を想定しています。でもここにあげたものはすべてアメリカ発。日本の職場はアメリカにどっぷり。影どころではありません。

では、その日本の職場はなぜここまでアメリカとなってしまったのか。

アメリカはプロテスタントの影響の強い国と言われています。プロテスタントとは、腐敗した教会に対して、聖書に帰れと抗議(プロテスターリー)したから始まったもの。その中でカルヴァンは、全ての人は堕落しており(全的堕落)、神に救われる人は初めから決まっていること(予定説)を提唱しました。それにより、信者は神に選ばれたものとして神の教えに適う人であろうと聖書に従って、天職を全うし、質素な生活をし、蓄財したものを社会に還元する生活を送るようになりました。そのことがマックス・ウェーバーは『プロテスタティズムの倫理と資本主義の精神』で、プロテスタントのこのような考え方こそが資本主義を生み出したと提唱しています。天職を全うするために、無駄を省いた効率化、効率を上げるための工業化を行い、より多くの富を蓄える。そして蓄えた富を天職のために再投資を行う。金のための仕事ではなく、信仰のための仕事。金を貯めるのは目的のためなのです。

アメリカの歴史はイギリスからやってきたプロテスタントの一派、ピューリタンによって始まりました。よって、アメリカの根底にはプロテスタントの教義が流れています。つまり、アメリカとは「効率」といえるでしょう。

その「効率」によって、人々の手を極力使わないようにシステム化、誰がやっても同じ結果が得られるようにマニュアル化が作られていきます。そして冷戦に勝利した後、アメリカは世界を「効率」よくするために、自分たちのやり方を他の国々に押し付けていきます。

日本もその流れに飲み込まれ、いつの間にかビジネスの場でリストラクチャリングだ、イノベーションだと言うように、さらにはコスパが大事と誰もが言うようになっています。もはや日本はアメリカの放つ「効率」という強烈な光に晒されていて、効率化された所に、もはや境界はありません。アメリカの影を感じるとするならば、「効率」という強烈な光に照らされて作り出される効率化されていない部分の影と言えるでしょう。その影は「効率化せよ!」と雄弁に語っており、光の一部になることを要請しています。

そしてその効率化を要請しているのは、もはやアメリカではありません。

「サービス業界の生産性が悪いので、改善されることを要請する」

「成長戦略は新たなステージに入る。その鍵は生産性改革だ」

など、安倍政権が生産性の向上を打ち出し、今までのものをどんどん破壊しています。組織が硬直化しているから下部組織が効率的に動けないとJA全中の権限を取り上げました。効率的にビジネスができるよう、アメリカやカナダ、オーストラリアなどと環太平洋パートナーシップ協定の話を進め(効率的に考えて、農業で失う分より自動車関連の輸出などで得る分が多いと判断しています)、有事の際、米軍との効率的な運用を行うために安保法案を通しました(効率的に通すため、複数の法案をまとめてすらいます)

効率的に政権を運営できるよう、思惑と違う報道されるようなら放送権を盾に訂正を要請したり、NHKに近しい存在を送り込んだりしました。(ISのニュースはほとんどなされなくなりました。デモのニュースもなかなかなされませんでした)。国民の情報を効率的に管理できるよう、マイナンバーを施行しました(マイナンバーのシステムに対して便宜を図ったことによる逮捕者がもう出てしまいました)。国民が政府と同じように考えるよう、道徳が科目化して愛国心を植え付けるようとしています。

なぜここまで効率を求めるのでしょう。生産性を上げて、政権発足当時に打ち立てた名目GDPの成長を3%に上げGDPを600兆円にまで引き上げることで日本の覇権を再び取り戻そうというのでしょうか。かつてのアメリカみたいに。それはアメリカの影を追った行為と言えるのではないでしょうか。

だがしかし、そのように効率が進んでしまった社会にアメリカも日本もありません。その時に覇権を握るとすれば、それはグローバルに展開する企業なのではないでしょうか。

文字数:2113

課題提出者一覧