印刷

BPM120で刻まれていくこの想い

2013年11月、池袋西口公園。そこには多くの人々がいる。東京芸術劇場に向かう人々、路上ライブをしている人々、それを聞いている人々、踊っている人々、それを楽しんでいる人々、待ち合わせをしている人々、ただぼんやりしている人々など、いろんな人々がそこにいる。

 

しばらくすると、東京芸術劇場の方から音が聞こえてきた。

 

ポッ、ポッ、ポッ、ポーン。

 

徐々に路上ライブの音が小さくなる。踊っている人の動作が小さくなる。

 

ポッ、ポッ、ポッ、ポーン。

 

音が消え、踊りが停まっていく。そしてリズムに合わせて音が鳴り始める。

 

ポッ、ポッ、ポッ、ポーン。

 

リズムに合わせて演奏がはじまる、ダンサーもそのリズムに合わせて踊っている。だが、それは完全に統一されていない野暮ったいもの。それぞれのレベルが違うのだ。だがその野暮ったさが外側に居たと思うわたしは音楽の内側に入り込まれてしまった。そして一体感を感じ、池袋東口公園にいるわれわれとなっていく。

 

ポッ、ポッ、ポッ、ポーン。

 

これは口ロロによる「00:00:00」を元にしたフラッシュモブ。F/T2013の仕掛けた催しの一つである。

 

街に出れば、電車のモーター音、人の足音、人の話し声などいろんな音が聞こえている、家の中も冷蔵庫のモーター音、上の階の子供の足音、隣人の話し声などいろんな音が聞こえている。音はこのように至る所に溢れているのだ。無音の部屋に入ったとしても音からはけっして逃れることはできない。自分自身の中から音が聞こえているからだ。だが、それら音を意識することはなかなかしない。多くの音を聞いていないのだ。それらの聞き逃されている音がBPM120で刻まれるポッ、ポッ、ポッ、ポーンというリズムによって、一つとなっていく。すると、聞き逃されている音たちが音楽へと変わっていくのだ。その音楽を体験している人々のリズムは統一されていく。それが一体感へと繋がっていく。そして広い地球上で自分は孤独ではないという認識へと変わっていく。こうして池袋という日常空間は、音楽によって劇空間となるのである。

 

2009年に発表された「00:00:00」は、男と女の物語だ。

 

一秒 その時運命感じて 繋がって

一分 原稿用紙一枚分の話 繋がって

一時間 予感が徐々に確信に 繋がって

一日 言葉じゃ足りないから唇 繋がって

一週間 体と体 文字通り 繋がって

一ヶ月 分の給料の指輪と誓い 繋がって

一年 恋から愛 の結晶生まれ 繋がって

一世紀 僕も君も もういない それでも 繋がって

 

今、この瞬間の女への男の想いはバタフライエフェクトの様に世界中に拡散していき、世界そのものとなる。

 

おやすみ まだ名前のない無数の想い

おやすみ またこんな夜に歌になる日まで

 

今夜 どうか どうか

今夜 どうか どうか どうか

 

その世界そのものとも言える大きな想いが女に通じて欲しいという切実な想いを歌っている

 

三浦と親交のある柴幸男は、この「00:00:00」のプロトタイプを聞き、ある着想を得た。そして一つの作品を作り上げる。それは柴が主催する劇団「ままごと」のマスターピース「わが星」だ。

 

「わが星」は、地球の一生を描いた物語であり、ある女の子の一生を描いた物語である。まず、星の一生があっという間にラップ調に語られる。そして、ちーちゃんという女の子の一生が語られる。地球が10歳ぐらいの女の子に擬人化され、あたかも普通の女の子のように人の一生をままごとする。その一生の背後には、「00:00:00」のポッ、ポッ、ポッ、ポーンというリズムが刻まれている。それはもはや時報ではなく、一定間隔に繰り返すリズムそのものとなる。そのリズムによって地球とちーちゃんの一生を並列化し、作中の象徴的な言葉「ハッピー バースデー トゥ ミー」という誕生と「ハッピーデースデー トゥ ミー」という消滅というサイクルが万物に存在していることを示す象徴へと変化する。

「わが星」ではさらにちーちゃんを見守る学生が存在する。校則を破って登った学校の屋上から、今にも燃え尽きんとするちーちゃんという「わが星」を見つけた学生は、光速を超え、物理法則という拘束も超えて、ちーちゃんと出会うために一途に駆け抜ける。そしてちーちゃんと出会えた学生は、ちーちゃんが消えていく様を静かに見守るのである。「わが星」はちーちゃんと学生のボーイ・ミーツ・ガールでもあるのだ。

「わが星」は音が重要な役割を演じているレベルではなく「00:00:00」がなければ成り立たない作品である。「わが星」はリズムそのものと言って良いだろう。そして「00:00:00」の音楽は「わが星」によって拡張された。「わが星」という壮大なバックボーンを得たことで、「今、この時」の想いがさらに強化され、宇宙的な広がりを持つものとなった。まさにこの二つの作品は双子のように切っては切れない関係で結ばれているのだ。

 

2010年に岸田國士戯曲賞を受賞した「わが星」は2011年に全国ツアーを行うことになった。そのツアーの直前に東日本大震災が発生。そして4月から行われたツアーによって「00:00:00」と「わが星」はさらなる意味合いを持つようになる。震災によって死を強制的に認識させられたわれわれは、「ハッピーバースデー トゥ ミー」で始まりと「ハッピーデースデー トゥ ミー」で終わる一生というものをより意識することとなった。そのため「わが星」という作品の中に、すでに出会えなくなってしまった人々の一生を見いだすことになった。これから出会う人々の一生を見いだすことになる。そして自分の人生を見つめ直すこととなったのである。ポッ、ポッ、ポッ、ポーンというリズムで、すでに出会えなくなってしまった人々とこれから出会う人々とわれわれは並列化される。その結果、われわれはすでに出会えなくなってしまった人々の一生を、これから出会う人々の一生を生きることになる。そしてその人々はわれわれと一体となり、われわれの中で生きることになる。「わが星」は東日本大震災の死者への鎮魂を背負うこととなる。

 

そして「わが星」と同時に「00:00:00」のワークショップが行われていた。そのワークショップで語られた想いを三浦は編集し、「いつかどこかで」という新たな音楽を制作した。好きな人にカレーを作ってあげたい。一番好きなのはおばあちゃんのビーフシチュー、布団の中でエロいことを考える。一秒間に増えていく日本の借金への憂い、旅行先での思い出に浸るなど、実感の伴った想いが封じ込まれている。それを歌手として訓練されていない彼、彼女が自分の言葉として歌っている。そのありのままさがわれわれの刻むリズムを刺激し、まだ名前のない無数の想いを想起させる。今日が昨日、明日が今日に変わるAM00:00:00の「今、その時」のあなたとわたしの想いは、わたしとあなたと彼と彼女の想いへと拡張されている。その結果、われわれと同じように想いを抱えている人物を認識することになる。そして、また違う誰かにわれわれも同じような想いを抱えていることを認識させることになる。その結果、AM00:00:00という瞬間にわれわれは一人ではないという一体感を与えることに成功している。「00:00:00」は東日本大震災の生者への安心を背負うこととなる。

 

そしてこの「いつかどこかで」はスマホのGALAXY SIIを成層圏まで打ち上げる「SPACE BALOON PROJECT」という計画で使用された。打ち上げられたスマホの画面には事前投稿された内容やTwitterでつぶやかれた内容が映し出されている。それは「いつかどこかで」で歌われていない無数の思いが形になっているのだ。

 

ポッ、ポッ、ポッ、ポーン

 

それらの想いもリズムの中に溶け込んでいく。

 

おやすみ まだ名前のない無数の想い

おやすみ またこんな夜に歌になる日まで

 

今夜 どうか どうか

今夜 どうか どうか どうか

 

われわれの、まだ名前のない想いもまた、リズムの中に溶け込んでいく。

 

 

宇宙に向かってどんどんと上昇していくGALAXY SII。それが成層圏に達したとき、われわれはちーちゃんという「わが星」の姿を目撃することになるのだ。われわれはちーちゃんに見守られていることを認識する。そしてこの動画を通してわれわれはちーちゃんを見守っていることを確認する。こうしてわれわれは「わが星」は接続され、「今、この時」を共に生きる存在なのだと実感するのだ。ちーちゃんに見守られるわれわれと、ちーちゃんを見守るわれわれと。ミクロコスモスとマクロコスモスが接続した印象だ。その想いは宇宙規模に広がっていく。そしてわれわれの中へと潜っていく。そうして「いつかどこかで」は「わが星」に取り込まれることになる。

「00:00:00」と「わが星」の関係も、お互いを補完し、拡張するものであると言えるだろう。ポッ、ポッ、ポッ、ポーンというリズムで繋がった二つの作品は、どこまでも拡張し、どこまでも収斂していく。それはまさに世界であると夢想させるのだ。

 

ポッ、ポッ、ポッ、ポーン

フラッシュモブの演奏が終わると、音はバラバラとなっていく。劇空間の中で一体となっていたわれわれは、夢から覚めたようにわたしの日常空間へと戻っていく。

2013年11月、池袋西口公園。そこには多くの人々がいる。東京芸術劇場に向かう人々、路上ライブをしている人々、それを聞いている人々、踊っている人々、それを楽しんでいる人々、待ち合わせをしている人々、ただぼんやりしている人々など、いろんな人々がそこにいる。地球上で生きているわれわれがそこにいる。

 

文字数:3923

課題提出者一覧