印刷

競争の果て、共有の果て

「昭和は遠くになりにけり」
 平成の世になって今年で27年。平成の世に生まれた者たちもすでに成人し、そろそろ而立しようという頃である。しかし東浩紀は佐々木敦と開いた批評再生塾の最初の課題で、このようなことを述べている。
「昭和90年代、というのが今年度の批評再生塾全体を貫くテーマである。なぜ昭和で数えるかといえば、元号こそ平成に変わって27年というものの、ぼくたちはまだ昭和の引力のなかで生きているように思われるからだ。戦後70年のいま、戦後レジームの克服がいまだ政策課題になり続けていることが、いかにぼくたちが深く昭和に囚われ続けているかを証明している。」
確かにその通りだ。昭和の時代の中で働いてきた者たちが築き上げた繁栄の中で我々は生活している。昭和90年の中で生活しているとも言える。だが、本当に今は昭和90年なのだろうか。平成27年ではないのだろうか。いや、平成27年だろうと思うのである。そのためには『昭和』とはなんだろう、『平成』とはなんだろう。そのことを考えてみたい。
 では『昭和』とはなんだろう。昭和とは激動の時代である。昭和2年に世界大恐慌が発生。昭和6年に満州事変が発生。昭和7年に515事件が発生し、昭和11年に226事件が発生した。昭和12年には日中戦争、昭和16年には太平洋戦争が勃発。そして昭和20年に終戦を迎え、昭和27年に主権を回復。その後はSONYを筆頭に多くの企業が活躍することにより、日本の経済規模がどんどんと拡大していった。ついにはアメリカと経済戦争を繰り広げることとになり、昭和61年にはプラザ合意によってバブル景気が発生。その結果、日本は経済規模1位の地位にまで上り詰めることになったのである。つまり昭和の日本人は兵士として、そして企業戦士として戦っていたのだ。
 つまり『昭和』とは戦いの時代であり、その中で勝利を得ようと努力し続けた『肉食系』の時代なのである。勝利を得るために、他者より上に行くために、人々はガツガツと技術や情報を追い求めていたのである。バブル景気とはその戦いの果てに勝ち得た勝利である。その勝利は我々に自信をもたらした。その結果、我々は余裕を持ち、寛容になっていったのである。そのため、バブルによって大量に流れ込んだ舶来品を貢物のように受け入れていったのである。
 では『平成』とはなんだろう。平成もまた激動の時代である。平成3年にはバブル景気が弾けてしまう。平成7年に阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件が発生、平成23年に311の東日本大震災が発生している。世界に目を向けると平成元年に冷戦終結、平成2年に湾岸戦争、平成3年にソ連崩壊、その後のアメリカ的な合理化によって世界は均質に向かっている。だがその反面、その合理化への反発から、新たな多くの火種が炎上している。
 そして平成7年に発売されたWindows95とインターネットの普及により、個人が情報を発信できるようになった。HP、ブログによって、個人が蓄えていた知識や経験が合理的に共有されていく。社会が蓄えていた知識や経験が合理的に共有されていく。その知識や経験の合理化が進むと、ネット上の人々の合理化が進み出す。mixi、twitter、LINEといったものが生み出されて、人々はネット上現実を越えて繋がりだす。そして新たな人間関係がネット上で構築されていくのである。
 『平成』では、冷戦構造が解消されたために明確な主義主張する必要がなくなった。
「民主主義は社会主義と違ってここが優れている」
「社会主義は民主主義と違ってここが優れている」
冷戦は民主主義の勝利で終わったのだから、他者と優れていることを標榜することもないのだ。そしてその勝利者となったアメリカはグローバル経済を推し進める。そのグローバルな波は今まで各国が有していた固有の価値観を飲み込んでいくのである。それは合理化されたアメリカ的な価値観以外が消失することを意味している。
 そのアメリカの合理的な価値観から逃げるためなのか、多くの人が抱えている価値観がネット上にあふれ出した。そしてネット上の価値観も合理化されて、ネット上に新たな世界が現れる。情報にアクセスする手段が格段に容易になった。そのため合理的ではないテレビ、新聞、雑誌というメディアは非合理的と判断されて力を失い、ついには『マスゴミ』と揶揄される羽目にまで陥ってしまったのだ。権威と言われた価値観も合理化されて、多様な価値観の一つに成り果てたのである。
 『アメリカ的』という一つの現実の価値観の前で我々はその価値観に飲まれてしまう。そしてあまりに多彩なネットの価値観の前で我々はあまりに多くの価値観の前で途方に暮れてしまう。だから、我々は自分の価値観を作り上げるため、あっちにふらふら、こっちにふらふらと動き廻るしかない。
 『平成』とは放浪の時代であり、その中で仲間を見つけてその仲間との関係構築に努力し続ける『草食系』の時代である。自分と同じ考えを持つ人を、自分の居場所を求めるために、人々は共有できる情報を最適解で追い求めているのである。そして共有できる情報、居場所を見つけられたとき、その場所に居続けるために『空気を読む』ことが『知識を得る』以上に求められる時代である。『価値観の共有』を最重要とし、共有できない価値観を排除する。たとえ排除されたとしても、新たに共有できる価値観を探し求め、見つけた暁にはそこで再び空気を読むのである。そして価値観が合理化されて『誰の』が損失して『価値観』のみが残っていくのである。各人はその『誰の』が消失した価値観を選択して複数組み立てることで『私の』価値観を築いていくことになる。もはや価値観そのものに価値がないのである。
 『平成』となり価値観に価値がなくなったことで、各人が持つ価値観を前提とする批評も同様に価値がなくなっていった。
「『批評』なんて、知らない赤の他人の押し売りでしょ。自分で勝負をしないで他人のふんどしで相撲を取っているだけ。そんなものに価値なんてあるの?」
そんな声を良く聞くようになっている。それに危機感を抱いた批評に価値を見いだしている者たちが
「それは違う!」
と反論する。そして批評に批評に価値を見いだしている者たちが再生を標榜し、五反田に集まるのである。
つまり『批評再生塾が開塾される状況』こそが平成的なのだ。そして集った者たちは昭和的な熱量を持って平成の世に自らの価値観を提示するのだ。
「俺はこう思う!」
私たちは合理化された平成に、昭和的な生き方をしないといけない訳だ。時代に逆行する茨の道だ。だがその態度こそが平成という時代への『批評行為』なのだろう。
『昭和90年代』を論じるということは、批評家としての覚悟と決意なのかも知れないのだ。

文字数:2774

課題提出者一覧