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いつ、どこで、この曲をかけるべきか?

朝のラッシュアワーの地下鉄内で、爆発が起きた。それも1ヶ所ではない。3ヶ所においてほぼ同時に爆発した。その時ちょうど同国内では首脳会議(G8サミット)が開かれており、首相は討議の途中でテロ事件について説明し、各国の首脳らは哀悼の意を示した。

2005年7月7日に起ったロンドン地下鉄同時爆破テロ事件は、同時期にスコットランドにてG8が開催されていた事もあり、サミットを狙ったテロ事件として世界に衝撃を与えた。地下鉄3ヶ所またバスにおいて爆発が起き犯人4人を含む56人が犠牲となった。

 

このニュースは世界中を巡り、日本でも大きく報道された。FMラジオ局J-WAVEにて放送されている番組「JAM THE WORLD」でも当然ながら報道された。FMでは珍しい報道主体の番組である。ロンドン同時爆破テロ事件が起きた翌日の7月8日の同番組内のTODAY’S HEADLINEというコーナーでも事件に関する報道がなされた。通常、コーナーの終了後は曲が流れるのであるが、当日流れた曲はU2の「SUNDAY BLOODY SUNDAY」であった。

何故この曲を流したのだろうか?この曲について知っている者であれば、そう感じるはずである。中にはこの選曲に憤る者がいても不思議ではない。意図的にこの曲がかけられたのである。この曲をかけたのは間違いではないか?

 

U2は1976年に結成されたアイルランドの4人組ロックバンドであり、グラミー賞を何度も受賞し、現在も精力的に活動する世界的なバンドである。「SUNDAY BLOODY SUNDAY」は3枚目のオリジナルアルバム『WAR』(1983年)の一曲目に収められている。WAR、ずばり戦争というアルバムタイトルである。他のアルバムと比べてもこれほど単純、だが過激なタイトルはあまりない。「SUNDAY・・・」をはじめ『WAR』の中の曲はどれも攻撃的で力強いサウンドに満ちている。ラリーのダンッダンッと打つ単調なドラムは銃声もしくは軍靴で踏みしめられる行進の音のようにも聞こえ、ジ・エッジのセンチメンタルなギターは戦争の虚しさを奏でる。U2は宗教的内容、社会的主張を絡めた曲が多い。キング牧師に捧げた「MLK」、「PRIDE」やアウンサンスーチーについて書かれた「WALK ON」など。曲の中で政治性・社会性が強く出始めたのがこの『WAR』である。例えば「SECONDS」は核兵器について歌われており、曲の途中でデモのシュプレヒコールが聞こえてくる。政治色が強くなった背景には、U2結成当時に隣国イギリスで巻き起こったセックス・ピストルズやクラッシュに代表されるパンクブームがある。実際ベースのアダムは当時、ロンドンを訪れ反体制的、反社会的なパンクロックの空気を吸い込んでいる。ただ、U2はアンチ・クライストでも反社会的でもない。そのためどこか優等生っぽい雰囲気があるが、フロントマンであるボノはいやいやと否定するだろう。実際学校の勉強は苦手だったようだ。

ボノは、父はプロテスタント、母はカトリックという特殊な家庭で育ったことがキリスト教に対して客観的な距離感をもつようになった。「SUNDAY・・・」という曲には彼の物事に対する距離感が現れている。それは絶対的正義を求めないということである。

「SUNDAY・・・」は1972年北アイルランドの都市デリーにおいてカトリック系市民らのデモ行進に対して英国軍が発砲し、13人が死亡した「血塗られた日曜日事件」をモティーフにしている。北アイルランドはプロテスタント系が多く、少数派であるカトリック系は様々な政策で差別され長年対立していた。ここにIRA(アイルランド共和軍)による武力行使が起り、緊迫した状況になっていた。

ボノはこの曲で、どちら側の味方をするわけでもなく「どちらもやめてくれ!」と主張している。それはアルバム発売直後に行われたツアーでボノが振った「白旗」に表れている。白旗はどこの国にも属さない事を示している。まさにそれは国境線を消そうとしたジョンレノンの「イマジン」である。それはプロテスタントとカトリック両方の「信仰」を受けながら両方を超えようとしたボノだからこそできたパフォーマンスである。社会的主張をする一方で特定のイデオロギーや主張に偏らないのが彼のスタンスである。

『WAR』でU2はこのまま攻撃的なロックを目指すのだろうかと思われたが、その後アメリカでブルースなどの影響を受け、90年代に入るとエレクトロニック音楽を取り入れ始め、いわゆるパンクロックバンドになることはなかった。したがって『WAR』が唯一の、ある意味パンクなアルバムである。

 

北アイルランドの独立を目指すIRAはロンドンで度々爆発テロを起こしている。今回の同時爆破テロ事件もIRAの犯行を思わせるが実際は関係がなかった。では何故「SUNDAY・・・」がラジオで流れたのだろうか。この曲によってIRAによるテロとの関連を彷彿とさせる意図がラジオ局側にあったとするのは深読みし過ぎかもしれない。単純に平和への祈りをこめて、流したのかもしれない。あるいは、たまたまこの曲が流れた、という可能性も否定できない。予めラジオ局で流れる曲が数日前から決まっていたかもしれない。そもそも報道内容と曲は無関係であり、関連付ける必要性はない。だがそうだろうか。

今回のテロ事件は世界的なニュースであり新聞でも一面トップで扱われたものである。テロのニュースを聞いて衝撃を受けたリスナーもいるだろう。そのニュースの直後に「SUNDAY・・・」のイントロが流れるのである。その時にリスナーは頭の中でテロ事件について様々な事を思い描き、咀嚼しているはずである。そのような中で自然と流れてくる曲。そこに関連性がないといえるであろうか。

小説のエピソードとエピソードの間に関連性があるように、ラジオにおける放送内容と曲にも関連性がある。曲は放送内容から自律しているわけではなく、包括された一つの流れなのである。特にFM局の場合はその流れをスムーズに作り出すセンスが問われるのではないか。確かにどんな曲をかけようとそれはかける側の自由である。しかし、悲惨な事件の報道内容の後に例えばAKB48やリップスライムの曲を流すだろうか。ラジオはリスナーがスイッチを止めなければ延々と流れる受動的なマスメディアである(「観る」という能動的行為を必要とするテレビより受動的である)。そこでどんな曲を流すかは時と場合を考えておかなければならない。局側は自由に曲を流す権力を持つ。リスナーはスイッチを切らない限り強制的に聞かされるのである。そこで安易な選曲は許されない。まして今回のように意図的にロンドンのテロ事件とIRAを結びつけようとする局側意図に疑義を持たざるを得ない。ラジオではその時と場合によって正しい曲をかけなければならない。

以上に述べた事はあるリスナーのある曲の捉え方の一つである。間違っているかもしれないが、曲を流す側の意図とは別の意図をリスナーが捉えたとしても、それも音楽の一つの聴き方である。

 

 

それにしても・・・本当にあのときラジオでテロ事件のニュースがなされ、直後に「SUNDAY BLOODY SUNDAY」が流れていたのだろうか。もう10年前の出来事だ。もしかすると勘違いかもしれない。実は流れていなかったかも・・・。いや、あの時確かにテロ事件の報道の後にあの曲が流れたのである。その時に抱いた違和感。そうでなければ、10年経っても記憶に残っているというのはありえない。

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