印刷

ソロモンの鍵を探して

「犯人ってやつは独創的な芸術家だ。探偵はただ批評家であるのみだ」彼は苦笑しながら独語ちた。

チェスタートン「青玉の十字架」[*1]

<1>
海を漂う小舟に、人が7人乗っています。
藤田嗣治『ソロモン海域に於ける米兵の末路』は、2015年11月現在、東京国立近代美術館3階の第7室で展示されており、横長ですが縦の長さも193cmある大型絵画作品です。描かれる7人の人物のうち2人は舟底で横になっています。上半身裸の人物は2人、目が開いていることが確認できるのは3人で、他にも鑑賞者が視認できる形で描かれている耳の数は7個、腕は11本、指は19本あります。舟の近くでは鮫の背びれが5つ、海から突き出しており、明らかにそちらに目線を向けている人物が2人。更にこの絵の海の名称「ソロモン海」の総画数は計19画……さて、この辺りで、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ここまでに記述した数字にご注目ください。そうです。実はこの作品に関する数字は、奇しくも「素数」ばかりなのです![*2]
つまり「素数」こそが本作品を読み解いていく鍵となるでしょう。
他にも絵に描かれた生物は人と鮫を合わせると13。これは人物の数7人とセクシー素数[*3]の関係にあたります。また、17世紀から伝わる作者不明の魔術書『レメゲトン』は別名を『ソロモンの小さな鍵』と言い、その中に記されるソロモン王が使役したとされる悪魔たちに、この7人を足すと79というエマープ[*4]になることも注目すべきところで……

<2>
美術作品を観察し、それについて思いをめぐらす最初の機会はいつでしょうか。日本で生育した場合、小学校の図画工作の授業がそれに相当する場合があります。学習指導要領の図画工作の項が「表現」と「鑑賞」の2つの領域で成り立っているためです。現行版の指導要領では「鑑賞」について「我が国や諸外国の親しみのある美術作品、暮らしの中の作品などを鑑賞して、よさや美しさを感じ取ること」[*5]と記述され、指導が義務付けられています。

<3>
<1>の意見は説得力に欠けています。都合のよい数値のみを列挙しているからです。
たとえば、舟の中で立っている人は1人で、鮫は飛び跳ねている1匹を足すと6匹います。要素を細かく数え上げていくと素数ではない数字の方が多く現れることから、「素数」はこの作品を考えるうえで特別な意味を持たないと考えるのが自然です。
ただし目の付け所は悪くなかったかもしれません。ポイントは“7”という数字にあります。絵が置かれた部屋の名称は7室で、ソロモンは絵に描かれる米兵の言語で記すならSolomonとなり7字。二重の意味で7の場所に7人が描かれている訳です。そして、作者の藤田嗣治(ふじたつぐはる)の音節は7、フランス語表記のFoujitaは7字です。
つまりこの作品は、作者の藤田嗣治を含めた「7人の藤田」が世に出ていく様子をキリスト教用語における「7つの大罪」(傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲)と関連させて描いた予言画なのです!
もう少し解説しましょう。生涯で5度の結婚をした藤田嗣治は裸婦の絵で有名になりました。これは7つの大罪のうちの一つ「色欲」を暗示させます。「暴食」は、1998年にTVチャンピオンの全国大食い選手権で優勝し、1999年に国際ホットドッグ早食い選手権に出場した藤田操。JRAの元騎手でフェアプレー賞の歴代最多受賞者でありつつ、乗り方の悪い他騎手への怒りを表明することの多かった藤田伸二は「憤怒」。以下、サイバーエージェント代表取締役社長・藤田晋、初音ミクの声優・藤田咲、『うしおととら』の漫画家・藤田和日郎、“新おバカ女王”とも呼ばれるモデル・藤田ニコルがそれぞれ……

<4>
先ほど図画工作では、鑑賞の活動が義務付けられていると記しました。実態はどうでしょうか。図画工作に関する公的な調査は実施される機会が少なく、少し古いデータになってしまいますが、国立教育政策研究所が平成21年度に実施した抽出調査[*6]によると、「図画工作の授業で日本や世界の様々な作品を見ることがあると回答した児童は約4割」とのことで、実際には美術作品を鑑賞していないと認識している層の方が多いことが分かります。
同研究所が平成16年度に実施した別の調査[*7]では、教師の指導の実態に関する質問で「美術館、博物館等を活用した授業を行っていますか」という回答に否定的な回答をした教師は小学校4年~中学校3年で各学年とも8割を超えており、学校教育で美術作品を鑑賞する機会は少ないようです。
また、「美術作品などから、美しさや作者の気持ちなどを感じ取ること」という質問に対して「好きだった」、「できた」という肯定的な回答をした生徒はいずれも各学年5割を切っています。
美術作品の鑑賞は義務教育で実施することが定められているにも関わらず、鑑賞は実施していない/されていないことの方が多いし、また、美術作品に対して何かを感じ取ることに否定的な層が多数を占めます。
これは現代日本において、美術作品の鑑賞に消極的な層が多いことを示しています。

<5>
<3>の意見を真面目に受け止めた方は少ないかと考えます。作品自体から離れて、藤田と名の付く人物を7つの大罪に無理矢理こじつけているだけだからです。そもそも「予言画」というオカルトワードで鼻白んだ方も多いでしょう。
ただし絵の中の人物と絵が置かれた第7室にフォーカスするのは悪くなかったと言えます。この人物たちの目線と、絵が飾られている位置には意味があるからです。以下に図示します。

Eの人物が正面を見ていることは図録では判断しづらい
Eの人物が正面を見ていることは図録では判断しづらい。

このように7人の人物たちは別々の方向を眺めています。これを間取り図と組み合わせます。

 

東京国立近代美術館3階(イメージ図)
3階の間取り図(イメージ)。Bの視線の先は4階の展示画。

いかがでしょうか。実はこの絵の人物たちの目線はそれぞれ、他の展示画の方を向くように設置されていたのです!
これに対し私は「この絵を見た後に他の展示画に目を向けさせ、関連付けさせようとしているのではないか」という展示担当者の意図を感じ取りました。
実際に絵の正面の少し離れた位置で、この絵を鑑賞する入館者たちを観察すると、十分間ほどの間にこの展示画を観に来た人たちは一様に、この展示画を観た後にCやGの展示画を眺め……

<6>
<5>の推論が正確かは分かりませんが、美術を鑑賞しなれている人ほど(無意識化である場合もありますが)「関連」を踏まえて鑑賞する姿勢をとりがちです。それは、その作品を単独で考えるのではなく、他作品と比較したり背景知識を身に着けたりすることなどで美術作品の鑑賞が深まることを経験則で学んでいるからです。
また、<4>で記した美術作品の鑑賞に消極的な層が多い理由にも、このことは関係していると考えられます。何かと即時性が求められる現在、謎に正面から向き合うのは面倒くさい、と。では、解決できない謎があるからという理由で鑑賞を避けるのならば、探偵に頼るのはどうでしょう。
冒頭の引用文にもあるように、特定の事物を観察し意味を見出すという点において、探偵と批評家は似ています。であるならば優れた美術批評というのは名探偵の推理の開陳と言えるのではないでしょうか。
主体的に謎に触れ、時には探偵を呼んで解決してもらう。そのようにして、美術作品と美術批評は楽しむことができます。

<7>
美術作品の鑑賞と探偵の推理には違いがあります。それは美術作品の鑑賞においては「真実はいつもひとつ」ではないという点です。だからこそ素人は素人なり、玄人は玄人なりの鑑賞があります。今回わたしは素人の目線からの鑑賞を行いつつ、その過程で本作品についての周辺知識を得たり批評に接したりする漂流を行うことで多重的に楽しむことができました。
あなたも美術作品という謎に触れ、推理を展開してみませんか。手始めに『ソロモン海域に於ける米兵の末路』を鑑賞していただき、魅力的な推理が整いましたらぜひお知らせください。

 


*1:チェスタートン『世界探偵小説全集 第九卷 ブラウン奇譚』平凡社、1930年、直木三十五訳。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001123/files/42932_35769.html
*2:201511も素数。
*3:差が6の素数の組。ラテン語の6(sex)に由来し、性的な意味のセクシーとは無関係。だけれど関係があるような気がしてしまう。
*4:emirp(primeの逆綴り)。素数であり、かつ逆から読むと違う素数になる自然数。回文素数とも言う。79⇔97など。
*5:平成20年度版『小学校学習指導要領』「第2部 各教科 第7節 図画工作」※引用文中の太字は引用者。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/zu.htm
*6:特定の課題に関する調査(図画工作・美術)調査結果
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/tokutei_zukou/index.htm
*7:音楽等質問紙調査
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/ongakutou/index.htm

文字数:3757

課題提出者一覧