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初体験の相手

「ほんまにすごいな、そんなん九歳で思いつかんでって、先生がびっくりして。青いけむりは、ごんのたましいなんやないでしょうかって言うたときに。あそこまで褒められたんは、はじめてやったし、あれが国語得意なんやと思うたきっかけやわ」って、たぬき顔の人に最近聞いたエピソードなんすけど、まあ優しい嘘ちゅうか大袈裟ですよね、先生の発言。だって教科書の教師用指導書の指導例に「『青いけむり』が何を象徴しているのか考えさせたい。」(※1)て赤字で書いてあるし。掌の上で学習意欲が高められただけの話なんすよ。

似たようなことが全国の小学校で起きていたんですかね。「小学生のときに国語の教科書で読んだ作品」の話題になったことが人生で2、3回あるんですけれども、いつも早い段階で新見南吉「ごんぎつね」の名前が挙がりました。私の周りに限ったことではなく、集った人たちの年代や場所が違っていても、上記の話題になったら「ごんぎつね」は筆頭に来るでしょう。ここまでみなさまの記憶に残る理由として、わたくしは新見南吉「ごんぎつね」が「初体験の相手」だからやと考えます(※2)。以下の文章で、新見南吉がみなさまの「初体験の相手」である点について、「ごんぎつね」の文章表現を引用しつつ記していきますので、読んでいくときっとあなたにとっても「(私の○○の初体験は)おまいだったのか。」てことが、あると思います。

最初なんでよくある例を挙げますと、ケモナー(人と動物の特徴を併せ持つキャラクターに性的興奮を抱く人)である知人は、その目覚めのきっかけは「ごんぎつね」やったのでは、と言うていました。やや擬人化された挿絵つきで示される「うなぎは、キュッと言ってごんの首へまきつきました。(中略)うなぎは、ごんの首にまきついたままはなれません。」という描写が幼心に何やら興奮したそうです。長じて後「ごんぎつね」を題材とした性的欲望を満たす類の同人誌を購入したこともあるそうです。

性的欲望を満たすと言えば、美少女ゲーム(アニメ調のキャラクターとの恋愛・性交を描くゲーム)の分野で一時期、「泣きゲー」とも呼ばれる、直接的な官能表現が他作品と比較して相対的に少ないものの悲劇的なシナリオで人気を博してセールス的に成功する作品群がありました。このことについて思想家・東浩紀は、射精することと落涙することは体内から液体を出すという共通点が云々と言うていたような気がしますが、確かに物語に触れて感動して泣いてまうというんは射精のように原初的な快感を覚えるものですね。多くの男性が初めての射精経験の詳細を覚えているように「ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。」のシーンで涙腺が崩壊したということで「ごんぎつね」を記憶している人もいるやもしれません。「神は死んだ」という言葉でおなじみのニーチェに言及する記述の多い『超人計画』(※3)という著作もある作家・滝本竜彦は、読者を泣かせる方法論について「感情移入させた後に、殺す」(※4)と発言しており、「ごんぎつね」なぞは正にこの手法がとられています。

殺すと言えば、文学で主題になることがある「神を殺す」ということについて扱った物語の中で、日本国内で教育を受けた人の多くがはじめて触れるテキストは「ごんぎつね」なのではないでしょうか。作中、ごんが栗やまつたけを兵十に届ける行為を、加助という百姓は「神さまのしわざ」と表現し、兵十はそれを半信半疑ながら否定せず、「ごん=神さま」の構図ができた翌日、兵十はごんを撃ってしまう訳ですが、「ごん、おまいだったのか。いつも栗をくれたのは」の台詞とともに、兵十は神を殺してしまったとも言えませんかね。

ごん、おまいだったのか。」もそうですけど、時代がかった口調や方言のような文章表現に触れる初体験も「ごんぎつね」だったという人が一定数いるはずです。また、ごんと兵十の関係性は、お互いどちらかと言うと嫌い合う状況から始まり、片方がもう片方を気にするものの勘違いからうまくいかず、最後は悲しい結末、でも心では結ばれる……と記載してみると、ありふれた恋愛ドラマのあらすじのようではありませんか。このような、その後の人生で数限りなく目にする物語のパターンの初体験も「ごんぎつね」である場合があります。

こんな風に累計数千万人の初体験の相手をつとめた新見南吉すごいね、人数だけでいうたら歴代日本でも上位かもね、ちゅう話ですけど、本当に新見南吉を多くの人の初体験の相手としていいんかというと怪しい部分があります。

「ごんぎつね」の初出は、鈴木三重吉が主宰する雑誌『赤い鳥』1932年1月号に掲載された「ごん狐」なんですけど、『赤い鳥』は鈴木三重吉の意向が強過ぎる雑誌でした。後に直木賞を受賞することになる堤文子が「狐のよめ入」という作品を投稿した際の返事の手紙が残っています。

 (前略)私の直すのが御参考になるでしょう。「狐のよめ入」なぞは全部直しました。かわいそうに私は毎号一冊の童話全部を私がかくか、かき直すかして、一頁だって私の表現をくぐらないのはありません。つかれます。でも、そのため、赤い鳥に、すみずみまでいい香気があるのです。(後略)(※5)

他にも別の投稿者に宛てたこんな手紙もあります。

 (前略)ほかの人の名前になっているのも、私が寄稿を一々こまかに手入れをしてのせたのです。ですから、ほかの雑誌とちがい、どこをあけても表現が光っているかと思います。(後略)(※6)

「ごん狐」も例外ではなく、新見南吉が初めに投稿した「権狐」に「こまかに手入れ」が行われとります。本稿で引用した文章も、実は鈴木三重吉によって一部が書き換えられた箇所です。詳細を記す紙幅はありませんが、書き換えは主として郷土色が強い箇所や、まどろっこしい(と三重吉が感じたであろう)表現の削除・変更で、ほぼ全文におよびます。読み比べると、酷似した別の作品と言えるレベルです。

今の感覚で言うと、三重吉どうなん? ちゅう行為ですが、鈴木三重吉の改稿がなければ、ここまで多くの人に受け入れられやすい作品になることもなく、教科書の定番となることもなかったでしょうし、そしたらそもそも出会えていなかった人も多かった訳で、どうなんでしょうね。まあとにかく、見方によっては私たちの初体験の相手は、新見南吉ではなく鈴木三重吉やったとも言えます。三重吉、おまいだったのか。

ちなみに冒頭のエピソードは私の初体験の相手から聞きました。あと私は、きつねより断然たぬき派です。

 

※1:『小学生の国語』学習指導書 朱書編 四年、三省堂、2015年。

※2:単純に多くの人の目に触れているからという理由もある。「ごんぎつね」が初めて大日本図書の国語教科書に載ったのは1956年。その後、「ごんぎつね」を載せる国語教科書は増え続け、1989年以降は現在(2015年)に至るまで全社の国語教科書に載っている。2015年現在、小学校の国語教科書を発行しているのは5社だが、その5社の教科書全てに掲載されているのは「ごんぎつね」のみである。余談だが、国語の教科書が複数あることを知らなかった大学時代、ポディマハッタヤさん(※7)を「覚えていない」という友人の記憶力はどうかしていると思った。

※3:角川書店、2003年。

※4:『ユリイカ』2007年4月号p193、青土社。

※5:かつおきんや『「ごん狐」の誕生』p228、風媒社、2015年。

※6:同上p229-230。

※7:「いっぽんの鉛筆のむこうに」に登場する黒鉛を採掘するスリランカ人。同作品は光村図書4年の国語教科書に1992~2001年に掲載。洞窟の中で半裸というインパクトのある写真とともに、発音するのが楽しい名前であったことから、全国どこの小学校でもおそらく人気を博したであろう人物。

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