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戦力としての巨大ロボ

近年アベンジャーズやバットマン、スパイダーマンなどの大ヒットにより、日本にはアメコミブームが到来している。スーパーマンもリブートされ、アメリカのヒーローが日本でも再び有名になった。コミックス自体は読んだことがない人でもこれらのキャラクター自体は聞き覚えがあるだろう。アメリカンヒーローたちは様々なヴァリエーションがあり、能力、戦う理由、舞台設定なども千差万別だ。

しかし、ここまで日本で市民権を得た多くのアメコミヒーローたちだが、日本にあって海外に少ないものがある。「ロボットモノ」だ。敢えて言えば巨大ロボットものである。ロボットモノとヒーローモノは厳密に言えば別ジャンルかもしれないが、地球や人々の命を救うバトルモノ、というジャンルで通底している。日本にはガンダムやマジンガーZ、エヴァンゲリオンなど多くのロボットモノが存在する中、海外の巨大ロボットものと言って思いつくのはトランスフォーマーや映画『パシフィック・リム』であろう。さらに言えばトランスフォーマーは日本のおもちゃメーカー・タカラとの合作であるし、『パシフィック・リム』は監督が日本のロボットものが好きだと明言しており、これら二つも純アメリカ産ではない。このように巨大ロボット市場は、まだまだメイドインジャパンの独壇場であると言えるであろう。

これらが海外で流行らない理由は様々なことが言える。まずは軍隊の存在。マジンガーZに代表されるロボットは怪獣と戦うことになるが、なぜアメリカでこのような存在が生まれなかったかと言えば、災害として怪獣が来たならば世界最強の軍事力であるアメリカ軍が倒せばいいだけだからだ。わざわざ非現実的な人型ロボットなんて作らなくても戦闘機や戦車、最後は核ミサイルでも打ち込んでやればいい。トランスフォーマーもこの延長線上にあり、戦う相手は同じトランスフォーマーで、アメリカ軍と同盟関係を結んでいる。ここではロボットに乗り込んで戦ったり、ただ守ってもらうのではなく、結局はアメリカ軍=現行の人間の戦力でも十分に対抗できることが示されている。映画『インディペンデンス・デイ』などの多くの宇宙人侵略モノでも軍隊と対決する展開が大多数であり、UFOは戦闘機によって破壊され、マジンガーZの出る幕などない。身近な軍の存在による新戦力の不要、がおおきな要因のひとつである。

また、アメリカの物語作品に登場するロボットの多くはAI(人工知能)を搭載した人格所持タイプだ。トランスフォーマーのリーダーであるオプティマス・プライムというロボは、あのようなメカメカしい外見からは想像もつかないほどの人格者であるし、胸を貫かれればまるで血のようにオイルが滴る。一方でガンダムやエヴァンゲリオンは感情をあらわにすることはない。一部の例外、たとえば自立的に搭乗者を守る場面や、搭乗者の感情に呼応するようにふるまう、まるで感情を持っているかのような描かれ方をするときもあるが、それはあくまでこちらの推測に基づくものであって基本的にコミュニケーションはとれない。ここには人が生み出した機械、あるいは兵器としてのロボット観がアメリカにはないことがうかがえる。兵器はあくまで兵器であり、人型を取った場合にはキャラクターとして人格をもつ。これは一見、日本で見られる八百万の神の思想から言えば逆のように思えるかもしれない。しかし人工の工業品であるアメリカ側のロボットには感情が与えられない。なぜならトランスフォーマーは厳密に言えば金属生命体であり宇宙人であるため、そもそも人間が生み出したロボットではない。人工的でない宇宙人的、神の要素が入って初めて擬人化が成り立つのである。また、『ブレードランナー』をはじめとする多くのSF作品においてAIが人間のメタファーとして描かれていることをみると、人型である以上、物語的にキャラクター性を持ち合わせないと意味がないという発想があるだろう。そしてただの兵器にするならば、前述の理由と重複する点もあるが、人型である必要がないのである。それは対怪獣や人と戦うためのツールとしての巨大ロボット観の欠落故であろう。

 

ここまで、なぜアメリカで巨大ロボットモノが流行らないかという理由を述べてきたが、これらをそのままひっくり返すことにより、日本独自の文化と思われた「巨大ロボット」の中に“アメリカの影”を見つけることができる。

 

それは主に欧米に対する軍事コンプレックスである。それは単純に兵力だけの差ではなく、肉体的人種的格差も含まれる。アメリカの影を語る上で第二次世界大戦の敗北、アメリカによる事実上の占領は外すことができない。日本は軍事力や兵器開発の点でアメリカに劣ったがために、リアリティをもった科学的フィクションに傾倒できないのではないか。前述のようにアメリカは自国の軍事力を信じるが故にフィクションにおいてガンダムのような荒唐無稽な兵器を必要としなかった。裏を返せば、日本は敗戦により軍事力を信じていないために逆にガンダムのようなありえない軍事力を欲したのだ。またガンダムにフォーカスすると、そのキャラクターにおいても第二次世界大戦の影響が見られる。連邦軍とジオン軍が繰り広げる宇宙戦争が舞台であるが、敵対するジオン軍は明らかにドイツを模しており、主人公たちの連邦軍には日系であろうキャラクターが多く存在する。主人公側にはアメリカ人のようなキャラクターも多く、ガンダムの世界を斜めに見るなら、「日本がアメリカをはじめとする西側諸国と連合を組んで、ドイツと戦う話」とも取れる。そのリアリティのためにはガンダムのような圧倒的軍事力がフィクションの中に必要だったのではないだろうか。

またマジンガーZの動力源は「光子力」であり、元祖合体巨大ロボであるゲッターロボのエネルギーは「ゲッター線」である。どちらも「原子力」「放射線」がモチーフなのは明らかだ。これはもちろん、核エネルギーが原子力発電など無限のエネルギーであるという理由もあるが、もう一方でアメリカ軍に見せつけられた兵器としての核の絶大な威力を、身を持って知っているからこそ説得力をもつ設定である。核を持たないと決めた被爆国が核エネルギーを動力にするロボットに守られるという皮肉と、そこに込められた悪しきイメージがただのエネルギーということ以上にロボットという非現実なものを動かすためのリアリティと転化する。核というアメリカの影がもたらしたリアリティだ。

 

ここから見えるのは日本の軍事力に対する価値観である。日本は枢軸国であり、敗戦によって実質的な侵略的戦力がアメリカにより剥奪された。軍事力を持つべきだということを述べたいのではない。日本人は強い兵器としてフィクションの中で、ロボットという非現実的な戦力を持たざるを得なかった、といことだ。そしてこの人型の兵器にはもう一つの精神的要素がある。それはヒーローを巨大な兵器とすることによって、操る人間、つまりはその心によって正義の価値観が変わるということである。アメコミヒーローの多く、スーパーマンやキャプテンアメリカは、正義の化身であってその存在は絶対的である。しかし、不安定な存在として不安定な人間が乗り込むロボットをヒーローとした日本人。それは敗戦国の小さな民族による僅かな反抗かもしれない。

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