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我々は亡霊になったJPOPをいまも叫んでいる

 

序文 結論を踏まえて

本稿では佐々木中の『切りとれ、あの祈る手を』(2010年)を用いて現代社会にひとつの補助線を引くことを試みた。「文学は死んだ」だとか「音楽は死んだ」など、そういう危機感を煽る改革宣言がとてもありふれているが、なんとも滑稽であろうか。何も終わってなどいない。佐々木中はこのような言説を「終末論的な享楽」だと批判した。それどころかまさに「知」が「血」を、文学や音楽を陳腐な言語化によって抑圧しているのだ。「知」は「血」を抑圧するから、彼らの発言は薄っぺらく取ってつけたような問題意識ばかりを掲げ、無内容な悲観と絶望的な改革宣言が繰り返される。そして「知」自身が抑圧した「血」が、文学が亡霊となって漂い、ときに回帰し、「知」はそれに酷く怯えているだけなのだ。そうして「文学は死んだ」と声高に「知」は叫ぶが、文学は死んでなどいない。こういった「革命」には一切付き合うべきではない。私が向かうのはそういった既存の問題意識とは別の何か、別の書き方、別の戦場の向こうなのだ。

 

 

序章 消えたJPOP、増えるオタク、壊れた平和の幻想とSEALDs

1991年生まれの僕が物心ついたのは2000年代に入ってからのことだった。小学三年生だった僕はノストラダムスの2000年問題なんてよく分かっておらず、幼心に少年時代を満喫し、2004年に中学生になり大人になろうと背伸びする同級生に戸惑い周囲との摩擦を経験しつつ、2005年中学二年生になった私は始めて音楽という文化に興味を持った。
テレビゲームが好きな内気な少年だった僕は、『キングダムハーツ』(2002年)をプレイすることで宇多田ヒカルに興味を持った。時を同じくして三歳下の妹が宇多田ヒカルを好きになりCDを全部買い与えてもらうことに成功したので妹からそれを借りてよく聴いていた。やがて数少ない友人にいくつか流行りの音楽をMDに焼いてもらうようになり、いつしか自分でMステを見て流行りの音楽のなかから好きなものを見つけてTSUTAYAで借りるようになった。そのなかで僕はGLAYを特別に好きになって、2007年には育った町を遠く離れて東京の高校へと進学した。GLAYの『Rock”n”Roll Swindle』(2006年)を繰り返し繰り返し聴きながら「飛び出してこの町、未練なんかない思い出もないいいことなんかない」と繰り返し繰り返し泣きながら歌ってた。

2010年、東京の大学生になった私は所謂JPOPをまったく聞かない人間になっていた。Crystal castlesやAphex twinやAutechreなどのエレクトロ/テクノを好んで聞くようになり、「JPOPはRockじゃない」と批判的な態度を頑なに形成していた。だが僕らの青春には間違いなくGLAYやL’Arc〜en〜CielやASIAN KUNG-FU GENERATIONやポルノグラフィティやB’z等の「JRock」と呼ばれる音楽があって、僕はそこに確かにRockを感じていたような気がする(Rockと文学って似てますよね)。

Mステもしばらく見なくなった。だが私はふいにMステを見てびっくりすることになる。アイドルとジャニーズ(ジャニーズもアイドルか)ばかりではないか!!しばらく音楽の話を誰かとしなくなったと思ったら、それは私がJPOPから離れただけではなく、周りもまたJPOPから離れていたということに気が付いたのだ。
思えば、私は青春を2000年代で過ごしたというのに、2000年代を生きていたという感覚があまりない。1990年代を生きていた、1990年代の音楽を聴いていたという感覚だけがあるが、実際には1990年代に流行った音楽はあまりピンとこず、2000年代後半のJPOPシーンにどっぷり浸かっていたのだ。思うに、GLAYやL’Arc〜en〜CielやASIAN KUNG-FU GENERATIONやポルノグラフィティやB’z等の2000年代に僕らが聴いていた音楽は、1990年代の熱の残余を引きずっていたのではないだろうか。事実、彼らの多くは1990年代から活躍/活動しているミュージシャンである。
だが、2010年代に入って途端にJPOPがつまらなくなった。流行っているのはアイドルばかりで、僕らが聴いていたミュージシャンも、新しくでてくるミュージシャンもとてもツマラナイ。2010年代に入ってから、JPOPがツマラナくなって、なんだか日本から「雰囲気/ニュアンス」が消えてしまったような気がする。これも大きな物語の終焉の一現象なのか?若気の至りで憎んでいたJPOPもなくなってみると途端に悲しいものだなあ。いなくなってから好きだったことに気が付くってパターンですが、僕はどうやらGLAYやL’Arc〜en〜CielというJPOPを愛していたらしい。

『鋼の錬金術師』(2003年)ってアニメがあって、二回アニメ化されていて僕は最初の方が好きなんだけど、それの凄いところはL’Arc〜en〜Cielに『Link』(2005年)と『ready steady go』(2004年)をつくらせ、ASIAN KUNG-FU GENERATIONに『リライト』(2004年)を、ポルノグラフィティに『メリッサ』(2003年)を主題歌としてつくらせたところなんだよね。2000年代のJRock好きなら分かると思うけど、これってすっごく豪華。ていうか、2000年代のJRockを要約したかのようなラインナップだ。アニメ自体もすっごく面白い。この作品は原作が犯した失敗をちゃんと回避できている。
これに比べ、二度目にアニメ化した『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』(2009年)の主題歌は酷い。この頃には既にJPOPは力尽きていたのかもしれない。

2010年代に入ってJPOPが消えたあとにアニメが流行って小奇麗なアニメオタクが増えたのは気のせいだろうか。『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)も『あの日見た花の名前を僕はまだ知らない』(2011年)も『STEINS;GATE』(2011年)も『Fate/Zero』(2011年)も2011年以降、震災以降の作品だ。
彼ら新しいアニメオタクは、なにか共通言語としてアニメを消費してはいないだろうか。なぜ毎クールのアニメをそんなに必死で追いかけるのか。オタクとはもっと孤独で探究的な人種ではなかったか。この新しいオタクたちは、オタクのよさである探究を行わない癖に、精神だけは軟弱になよなよとしてオタク化されきっているのである。「フツウ」を自称する人間も、自分を「オタク」でないと自認する人間も、残念ながらその多くは軟弱なオタクである。

『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)とほぼ時を同じくして東北地方太平洋沖地震、通称「3.11」がやってきた。放射能汚染の恐怖は漠然とあったけど、でも結局原発に賛成か反対かどうしたらいいか分からなかったし別に調べもしなかった。被災地のこともよく分からなかったし、でもなんかしなくちゃいけないんじゃないかなって感覚だけがあってそれだけで特に何もせず、反原発デモや多くの意見が通り過ぎて行った。何かが壊れてしまったような感じがあって、多分それは偽りの平和が壊れたんだと思う。
そうして徐々に徐々に社会は揺れ動き始め(それを感じられるようになって)、今年2015年は安保関連法制の可決とSEALDsのデモ騒動があった。

こんな感じで2010年代は不気味に進行/侵食しつつ、僕は気づけば大学を卒業して社会人になっていた。

 

 

第一章 革命としてのSEALDsの方法論的な諸考察

2015年9月19日未明、安保関連法制が参議院本会議で自民・公明の与党ほかの賛成多数で「可決・成立」しました。これを阻止すべくSEALDsという学生を中心にした団体が連日国会前などで大規模な反対デモを行い、一種の社会現象にまで肥大化し、ついには2015年9月15日にSEALDs代表の奥田愛基氏が国会にて「公述人」として意見を表明したが、結果として安保関連法制は可決されることとなった。
この問題における焦点はまず第一に「安保に賛成か否か」という点であり、SEALDsは断固として反対の立場をとっていたわけである。だが問題の本質はそこではなく「如何に国防を成すか」という点であることは忘れられがちであるが自明であり、この答えは現段階において究極には誰にも分からない。そしてSEALDsへの批判として「彼らの真の目的」や「彼らの正体/真の所属団体」を推論し、「そもそも信頼に足る団体ではない」とするやり口がある。しかし、こちらに関しても究極には誰にも分からない、「仮にそうだったとして」SEALDsが救世主である可能性を否定し尽くすことは不可能である。それらは共に「安保に賛成すべきか否か」という未確定の命題に沿って議論が繰り返されるからだ。
ならば、まだ見ぬ結果ではなく、SEALDsの起こした行動/方法を考察することによって、事の本質へと迫ろうと本稿では試みることにする。それはひとえにSEALDsが起こした一連の社会現象を失敗に終わった「革命」とみなし、「革命」の方法について論じられた佐々木中の「切りとれ、あの祈る手を」(2010)に沿って論を展開する。
なぜSEALDsを「革命」とみなすかというと、彼ら/彼女らの主な戦略が、国会前でデモを起こすことで、世間/メディアの注目を浴び、人を集め、社会や国会が無視できない程の勢いを獲得することで(あたかもSEALDsこそが民意を反映しているかのように錯覚するほどの人を集めることで)、安保の可決を止めさせることであるからだ。これは正規の手続きを踏まえていない点で、既存の民主主義の否定である(民主主義とは、市民が直接、もしくは自由選挙で選ばれた代表を通じて、権限を行使し、市民としての義務を遂行する統治形態である)
これはネガティブに捉えれば「暴力」であり、ポジティブに捉えれば「革命」である。だがSEALDsの「革命」は失敗した。なぜか。

佐々木中の「切りとれ、あの祈る手を」(2010)では、聖書を徹底的に読み込み、聖書に即さない教会は過ちを犯すだろうと言ってのけたマルティン・ルターの宗教改革(=革命)を踏まえ、「革命の本質とは文学(テクストの読み/書き)であり、まず根拠を明示したテクストが、テクストの書き換えが先行し、暴力などは二次的な派生物に過ぎない」と述べられている。

お分かりであろう。政治的判断には根拠が不可欠である。SEALDsはテクストを提示することなく、テクストを書き換えることなく、デモという「暴力」によって安保阻止の「革命」(=現行の民主主義の否定)を為そうとしたのだ。彼ら/彼女らがテクストを提示していないというのは、彼ら/彼女らのHPや、国会における公述人としての意見表明、デモでのスピーチにおいて一切代替案を提示していないことに端的に表れている。
代替案を提示しないということは現状維持の方がまだ望ましいということになるが、果たしてそうであろうか。本件における失敗は、SEALDs諸君が述べた以上に、全国民に悲劇的な結末をもたらすことになるが、彼ら/彼女らはその責任はとれるのか?また、彼ら/彼女らは現状維持を選択することの多大なるリスクについてしっかりと認識しているのか?しっかりと検討しているのか?現状維持を選択することのリスクについて、行動に見合う責任ある意見表明をしてきたのか?否である。つまり彼ら/彼女らには端的に発言/行動を行う資格がない。(「隣国が攻めてきたら仲良くすればいい。僕が仲良くしてみます」なんて戯言は分別のあるまっとうな青年ならば到底口にはできないだろう。攻めてくる兵はただ攻めてくるのみ。撃ち返し撃ち勝てないならば撃たれるのみ。「Take my tip—don’t shoot it at people, unless you get to be a better shot. Remember?」(「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」)というレイモンド・チャドラーの言葉があるが、ガンジーが如く非暴力主義を主張できるのは、撃ち殺される覚悟のある者だけだ。安保廃案で皆が死ぬ可能性がそこにある(そうならない可能性も多分にある)。平和を謳うその発言もひとつの銃弾だということを常々忘れるな。前論考でも述べたとおり、発言とはそうした命懸けの責任を伴わなければならない。それが例え平和であれ、お前がそのために死ねない理想は、お前自身にとっても虚構だ

祝祭的な雰囲気とか、佐々木中の言う終末論的京楽だとか、平和のファッション化しいてはファッションの宗教化だとか、扇動的かつ誘導的な二項対立の構築とか、暴力的な熱狂とか、個人と匿名の卑怯な往復とか、色々言いたいことあるけどとりあえず割愛して、単にテクストを書き換えて提示していないという点で政治運動として根本的にダメ。あのデモもあの叫びも、どこまでも無内容なんですよね。でも、だったら彼ら/彼女らはいったい本当は何を叫んでいたのだ?

 

 

第二章 郵便的復讐

JPOPが消えて、オタクが増え、SEALDsのデモが勃発した。この奇妙で不気味な2010年代を読み解くために一本の補助線を引き込みたい。
佐々木中の「切りとれ、あの祈る手を」(2010)には、テクストの書き換えこそが正当かつ有効な革命だという論旨以外に、ある重要な事柄が記載されている。
「フロイトの有名な言葉がありますね。抑圧されたものは外から回帰する、と。無理にそれを見まいとすると、外からそれに復讐される。これは無意識の理です。そうです――詩、ダンス、演劇、歌、音楽、絵画といった藝術の驚くべき力を抑圧するからこそ、それは外から回帰し、われわれを強襲する。その力は、ファシズムあるいはスターリニズムという形で驚くべき無残な死を強いることになった(中略)われわれは藝術を抑圧した。それは根本的に政治の外に置かれた。だからこそ、それは恐るべき政治と権力と暴力の根源として、外から回帰したのです」
そう、抑圧されたもの、排除されたものは再び回帰するのである。社会は文学性を抑圧するが、それは思わぬ形で回帰するのだ。故に文学性は不滅であり、同時に時折実に厄介な回帰の仕方を実現するのだ。これは東浩紀のいう「郵便空間」に相当するだろう(手紙は誤配される可能性を持ち、誤配された手紙はどこかに遅れて幽霊のように回帰する)。本稿ではこれを「郵便的復讐」と名付けることとする。この「郵便的復讐」という補助線を用いて、戦後日本史の再構築を以下に試みることとする。

日本では1960年代および1970年代は学生運動が盛んであったが、1980年代に入るとその勢いをなくしバブル経済に突入した。1990年代に入るとバブル経済が崩壊し、2000年代にかけてJPOPが興隆することとなる。ではJPOPとはなんだったのか。JPOPとは学生運動の失敗とバブル経済の崩壊によって、郵便空間を漂うこととなった「ノスタルジー」の回帰である。つまり、JPOPとは挫折した希望へのノスタルジー的な幻想なのだ。そして、学生運動とバブル経済もまた過去の何かが抑圧されて郵便空間を漂った果ての回帰ではなかろうか。恐らくそれは第二次世界大戦の敗戦が根本にあるのではないだろうか(勿論、敗戦自体もそれ以前に抑圧されて郵便空間を漂っていた何かの回帰ではあるが)。白井聡が「永続敗戦論」(2013年)で述べたように、「敗戦の事実を誤魔化しているがゆえ(=否認しているが故に)に、敗戦をもたらした体制が延々と続いている」のである。それは社会体制の話だけではなく、敗戦の否認/抑圧が郵便空間を漂い、文化へと姿を変えてそのノスタルジー的な欲望を満たすのだ。それはまずアニメだった。東浩紀は、オタク系文化とりわけアメリカ発祥のアニメ文化に対し「オタク系文化の根底には、敗戦でいちど古き良き日本が滅びたあと、アメリカ産の材料でふたたび疑似的な日本を作り上げようとする複雑な欲望が潜んでいる」と分析しているが、まさに戦後日本におけるアニメとはそうした敗戦を否認/抑圧することで生じた幻想であったのだ。この「幻想」に回収されなかった「ノスタルジー」こそが、学生運動とバブル経済という二つの方法による社会への接近であり、前者は社会の変革を手段とし、後者は社会の発展を手段としたが、そのどちらもが挫折に終わり、郵便空間に漂い集積した「ノスタルジー」がJPOPというアニメとは別の一大幻想を築き上げたのだ。このJPOPが席巻する1990年代~2000年代は、敗戦の記憶を極限まで抑圧して成立した偽りの平和の時代、まさに「忘却の20年間」と言えるだろう。これが「ゆとり」の正体である。抑圧/忘却された敗戦の記憶が、ゆとり世代である我々の身体へと回帰したのだ。だが、「3.11」によって抑圧されてきた現実が郵便空間を漂って回帰し、JPOPという20年にも渡る一大幻想がとうとう崩れ落ちる、「郵便的復讐」が成し遂げられる。そしてアニメは「幻想」の場としての機能を強化され、膨張し、アニメオタクが急激に増えることとなる。だがそれでもアニメ文化は相変わらず「幻想」としての機能を完全には果たしておらず、社会には抑圧されて郵便空間を漂った果てに回帰して溢れ出てきた様々なものたちで満ち満ちており、SEALDs現象とはその一切の極限のマグマなのだ。あれが単なるデモではなく、学生運動とJPOPとが一挙に回帰しているという点においてひとつのインパクトのある極限であり、またSEALDs現象に固有の特異性でもある。SEALDsとは郵便的に回帰したJPOPであり、デモという形で「3.11」(=社会)に復讐したのである。これが「郵便的復讐」である。つまり、社会によって抑圧されたナニカたちが、延々と回帰し続けているのだ。「郵便的復讐」と東浩紀の「郵便空間」との具体的な差異については最終章にて考察する。

オタクとは、暴力への劣等感を抱きながらも暴力への欲望も同時に抱くが故に、非暴力を謳い暴力的なものに暴力を加えることで暴力性を発散するような、自己欺瞞的な幻想に浸っている人種のことであるが、そうした二重思考の特徴は今や誰しもに当てはまるであろう。それは何らかの(もしくは敗戦の)否認に発端があるのだ。

 

 

終章 真の革命のために

以上の議論を踏まえてSEALDs現象を再考察することとする。SEALDs現象がJPOPの回帰であるならば、彼ら/彼女らの情念やその叫びもまたJPOP的なものであり、つまり彼ら/彼女らの無内容な叫び/主張は実際には「なんで私が危険な思いをしなければならないの」ということを言っているに過ぎず、そのことを彼ら/彼女らは無自覚である。敗戦の記憶や、学生運動の挫折、バブル経済の崩壊、そしてJPOP、これら亡霊的な幻想が未だに何度となく郵便的に回帰しているのだ。

SEALDs現象はJPOP的な亡霊に取り憑かれた抽象的な危機感の爆発を表明していると同時に、彼ら/彼女らは国民という立場から国会へなんとか力を作用させようと叫んでおり、これは無自覚的にではあるが具体的に間接民主制の問題へと向かっていると言えるだろう。間接民主制においては、我々国民は選挙を通じて投票した議員に委任するよりは他ないのだが、そういった制度上の問題以上に国会と国民が乖離している状況に2010年代は直面している。SEALDsは端的に政治への不信を主張するが、果たして国会は本当に信用できないのだろうか。それよりも、今回のSEALDs騒動を見ていると、むしろ国民に政治を任せられないのではなかろうかという気がしてくる。革命にはまずテクストを書き換えること、テクストを明示することが必要であり、我々国民が日本をよくしようと考えるときもまた明確な理論/テクストが必要なのである。

だからまず、我々は学ぶ必要がある。佐々木中が言うように、読み、書き換える必要があるのだ。それは政治や歴史や経済に留まらず、批評や哲学をも学ばなくてはいけないのだ。なぜなら、批評や哲学の視点を通してしか見えてこないものがあるからである。本稿は批評的な視点を現在の日本社会及び日本文化に導入し、両者を接続して考察した批評文であるが、こういう手法でしか見えてこないものがあるということが幾らかはお分かりになって頂けたのではなかろうか。批評は縦横無尽にあらゆる角度からこの世界を見ることを可能にする。それは時に大きく間違っているかもしれないが、そういった失敗を踏まえないと見えてこないものがあるのだ。テクストを読むとは、社会を見るとは、学問的厳密性や言語ゲームに還元されない何かを見抜くことである。
そして、哲学とは「私とはなにか」、「社会とはなにか」、「自由とはなにか」、「しあわせとはなにか」のような、「それはなにか」を問う営みであり、人が人である以上哲学することは避けられないのである。SEALDsのデモにしても、「なんで私が危険な思いをしなければならないの」という叫びは「なんで貴方は私を脅かすの」という問いへと変わり、「なんで貴方はそういう風に私を見るの」という根源的かつラカン的なヒストリーへと変容し、ついに「国民を舐めるな」という反動的かつ被害妄想的な叫びへと変貌する。これを裏付けるようにこのフレーズはSEALDsのデモにおいても度々叫ばれている。このように、人は根源的で存在論的な問いを孕み、またそれを免れることは不可である。我々はまず我々がいったい何を叫んでいるのかを知らなければならず、そのために哲学が必要なのである。再度言う、哲学を退けることは不可能である。
もしも読むこととテクストを書き換えること、政治や歴史や経済、批評と哲学を放棄するというのであれば、お前はそのお前が放棄したそれそのものの郵便的回帰によって復讐をされるであろう。有り体に言って、因果応報は確率論的に存在する。記憶は幽霊となって我々に取り憑き、我々を脅かすのだ。ただし、因果は誤配されるもので、それがどこへ回帰するのかは不明であるが、決してその痕跡は消せはしない。それをしっかりと見定めなければ、SEALDsのように亡霊となったJPOPに突き動かされてしまうだろう。

哲学は排除不可能であり、我々は自由やしあわせを欲望し、それとは何かを知る必要がある、我々が本当に叫んでいること、本当に望んでいることを知る必要がある。さもなければ、排除したそれらに郵便的復讐をされてしまう。亡霊となったJPOPはいつもどこかをふわふわと漂っているのだ。

デリダはすべての言語活動には根源的な暴力性から逃れられないと述べている。だが時には沈黙ですらまた別の暴力になってしまうだろう。自身が暴力的に機能していないかどうか常に自戒しておく必要がある。そしてだからこそ我々はその暴力性を覚悟して何かを発言しなくてはいけないときがあるだろう。沈黙とは黙殺であり、それはお前に郵便的復讐を成し遂げるのだ。

もう一度言う。撃っていいのは撃たれる覚悟のある者だけだ。
だが、「今こそ革命のときである!

この文句を胸に刻もうではないか。これはデリダの記述方法であり、意味は「~であり、~でない」だ。つまり、「今こそ革命のときであり、今は革命のときではない」。佐々木中が述べるように革命はまずはじめにテクストを読むことと書き換えること、つまり文学が先行する。これは一時にすべてを覆す革命ではない。それは不可能である。ある一夜の一文との出会いを信じて読むことこそが革命なのだと佐々木中は言う。「書くことは書き換えることであり、書くことを正しいと信じて いなければ書き換えることはできませんが、書き換えることができるということは信じていないということなのです。書くことの狂気とは、この「信」でもなく 「不信」でもない永遠の空間に投げだされることです」、と。

まあ、とりあえずやってみようではないか。誰のためでもなく、自分のためでもなく、未来や世界のためでもなく、何の見返りも求めずに。我々には読み、書くことしかできないのだ。国民の主権は、ひとりの人間や存在であることの証明は、そうした「知」と「血」によって自分の主人は自分であると、それにふさわしい資格があると、自ら積極的に示さなくてはいけないのです。いったい今の日本に読書する人は何人いるのか?今こそ、真の識字率をあげようではないか。それが革命の第一歩だ。

 

 

終章二 「際限なく正義の方へ向かっていくほかはない」

本稿は佐々木中の「切りとれ、あの祈る手を」における論考を下敷きに展開されているが、ではこの「切りとれ、あの祈る手を」はどういう批評的文脈に位置づけられるのだろうか。この作業によって既存の問題意識に対しての佐々木中の回答がより明確になるだろう。それは柄谷行人との差異において最も顕著に表れる。

柄谷行人は『近代文学の終り』(2005年)にて、かつては文学(=小説)には「共感」の共同体、想像の共同体としてのネーションの基盤としての役割があり、それ故に特殊な意味や特殊な重要性があるものとされていたが、それはもうなくなってしまったと述べている。柄谷は文学は終わったと言う。だが佐々木中は文学は何も終わっていないと語っている。1850年のロシアでは全国民の90%が文盲(字が読めない人)だったにも関わらず、ドストエフスキーは文学を書いたのだ。「はっきり言いますよ。今や文学は危機を迎えていて、近代文学は死んだのであって、そもそも文学なんて終わりで、などと様悪しいことを一度でも公言したことがある人は、フョードル・ドストエフスキーという聖なる名を二度と口に出さないで頂きたい。不快です。これくらいのことを指してはじめて危機というものです。文学の危機なんて言って騒いでいる人は、言っていることが温いんです。明日起きたら日本人の文盲率が九割になっていたとしたらどうしますか。地獄の一言でしょう。失礼ですが、日本の作家の九割以上は書くのをぴったりとやめると思うんですね。意味がないから。(中略)もっともっと酷い有様だったのだから。それを生き延びてきたのだから。(中略)何故か。どうしてそんなことができたのか。当然です。文学が生き延びる、藝術が生き延びる、革命が生き延びるということが、人類が生き延びるということだからです。それ以外ない。何故書くのか、何故書き続けるのか。書き続けるしかないじゃないですか。他にすることでもあるんですか」と佐々木中は述べている。そう、文学は生き残ってきたのだ。テクストを読んでしまった者たちが取り憑かれたようにテクストを書き換えてきたのだ。何故書くのか、読んでしまったら書くしかないのだ。

柄谷行人と佐々木中の第一の差異は上記のような文学への態度の差異だ。佐々木中は柄谷行人よりも広い意味で文学という概念を考えている。
「ルジャンドルは一見きわめて奇妙なことを言う人なんですね。つまり、「テクスト」は「文書」であることを必要としない、とね。(中略)読書はダンスであり、人は法と踊るのである。そう、彼らが身にまとっているすべて、呼吸法や発声法、服や装飾品や音やリズムや歌そしてダンスの振り付けは、それそのものが法典であり、聖典であり、神話であり、詩なのです。ならば、自らの身体に法と神話を纏った彼らのひとつの挙措、踏みしめられる一歩は何なのか。自らの心身に染みこませた掟、詩、文章を鳴らし、揺らし、そしてそこに新たな創意工夫を付け加えることは何なのか。アクセサリーのデザインを少しづつ変え、リズムを改良し、そしてダンスの振り付けを変えていくことは何なのか。われわれの言葉で言えば、まさに読み変え書き書き変える、「文学」の営みそのものだということになる。彼らの「ダンス」は、そのまま彼らにとって法的、規範的、哲学的、そして文学的な「思考」なのです。(中略)ルジャンドルにとって、こういうことすべてが「テクスト」なんです。詩も、歌も、ダンスも、楽器も、リズムも、蜜の味も。あるいはさりげない日常の挨拶とか、挙措とか、表情とか。こうしたものがすべて「法」を意味し、「法」を読むことであり、読み変えることであり、書き変えることであり、書くことでありうる」
柄谷行人は文学を小説の内部にしか見いだせなかったのだ。文学という営みは不滅である。
だが、柄谷行人の問題意識も間違ってはいないのではないか。佐々木中の言うとおり、文学が滅びることはないだろうし、それは今日まで生き延びてきたわけだが、機能しているかというとどうにも疑わしくはないだろうか。私はこの革命を推し進めるために、佐々木中の言葉を現状肯定の道具として受け取るべきではないと考える。さしあたって、このポストモダンと呼ばれる現代社会における文学の可能性を佐々木中のテクストからより明確に見出すために、デリダ-柄谷行人-東浩紀という系譜の末端に佐々木中を位置づけて考察を推し進める。佐々木中の『切りとれ、あの祈る手を』が「切手本」という通称で呼ばれることによって、東浩紀の『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』(1998年)――通称「郵便本」と対比されている理由も明らかになるであろう。

ポストモダンとは、近代(モダン)のあと(ポスト)に来る時代区分を指し、ひとつの思想や主義(イズム)が決して社会に広く通じることのない時代を意味する。それは日本においては1980年代に起こったポストモダニズム(すべてを相対化しようとする思想)の終わりをもって1990年代において徹底化された。ポストモダンの到来はリオタールのいう「大きな物語」の終焉とセットで説明されることが多いが、まさに日本においても学生運動の挫折とその後のバブル経済の崩壊という大きな物語の終焉と重なるのだ。
ポストモダンにおいては柄谷行人が語ったように文学は効力をもたない。そのなかで批評家はどのような抵抗を起こしてきたのか確認する。ポストモダニズムの代表であるデリダは、論理的な脱構築によってフォーマットを解体することで新たなフォーマットが形成されてしまうという東浩紀が「否定神学」と呼ぶ構造に対する問題意識を抱え、東浩紀が述べたように郵便的な脱構築という別の手法へと転回し独特の奇妙で難解なテクストをいくつも残した。それらのテクストはキーワードと全体性の否定によって成立する。柄谷行人は共通の規則(キーワードと、それを共有することにより生じる閉じたコミュニケーションの全体性)をもたない他者への「命懸けの飛躍」によってコミュニケーションし、そこに可能性を見出した、そこでは失敗が常に付きまとうも新しい何かが生まれる可能性が存在する。東浩紀はデリダの緻密な読解を経て郵便空間を発見する、そこでは常に手紙は誤配される可能性があり、誤配された手紙は幽霊のように漂い続けある日ふとどこかへと回帰するかもしれず、故に誤配がキーワードとシステムの全体性を否定しているのだ。
柄谷行人と東浩紀に共通する問題は、彼ら自身の手紙も他の手紙と同じく誤配可能性つまり失敗の可能性を有しているという点ではないだろうか。まさに文学の不可能性の問題であり、彼らの手紙はポストモダン=郵便空間における相対化の運動に抗えず、他の手紙との差異の創出に失敗している点ではないだろうか。デリダは「際限なく正義の方へ向かっていくほかはない」と述べているが、これはすべてを脱構築し相対化され尽くしてしまってはいけない、相対化されない何か大事なものはあるはずだという問題意識であり、柄谷行人と東浩紀にはこの問題意識をデリダから継承していないのではないだろうか。
この問題意識を継承したのが佐々木中である。佐々木中の『切りとれ、あの祈る手を』は「切手本」つまり「切手」である。ポストモダンひいては郵便空間における「切手」とは果たして何を意味するのか。『切りとれ、あの祈る手を』の論旨を再確認しよう。文学は決して滅びることなく、そして革命とはまずテクストを読むこと、書き換えることつまり文学であり、それらの革命は常に既に起こっている。そう、佐々木中にとって文学はポストモダンであっても滅びることなく、更になんら相対化されていないのだ。つまり、すべてが等しく誤配可能性によって相対化された郵便空間にあって、「切手」とは「文学」のことである。
以下の論考はこれまでの佐々木中論を踏まえて筆者の持論を展開する。ここでいう「文学」は「血判」のようなものであり、それは筆者が以前のテクストで述べた「自戒」、「破滅」、「デメリット」をもってしてエゴ/暴力性を克服し、はじめて不毛な言語ゲームの外側で「意味」を獲得するのだ。この「血判切手」はその「しるし」を手紙に付与することそのものが「デメリット」にあたり、よってその「デメリットのしるし」(それは血で書かれた血判である)によって他の手紙とは差異づけられ、それそのものは「血判」という「デメリット」を表す「記号」でしかないため逆説的に誤読されることがないのだ。それはまず第一に血でしかない。そしてこれが情報と文学の差異であり、他の手紙は情報であり「血判切手」とは文学である。つまり、「血判切手」は受け手に言語外の何かを伝え、それそのものが転移を起こすひとつの郵便的脱構築である。わかりやすく言うならば、「お前はその発言に命を賭けられるか」ということであり、「血判切手」とは私は命を賭けているということの「しるし」なのだ。

文学的な自己否定へと至る前段階として、利己的な「情念」が存在する。「情念」は文学とは別物であり、それは利己的であるがゆえに他者へ伝わりづらい概念であるが、抑圧/排除されることで結果として「血」となりそれは「血判切手」に類似する効力を持つようになる。それは何度抑圧/排除されても幾度となく郵便的に回帰する。これが亡霊となったJPOPの強さである。JPOPとは戦後日本の情念の結晶であり幻想であり亡霊なのだ。1990年代にポストモダンへと突入し、大きな物語は解体されてしまったかにみえたが、JPOPという一大幻想はむしろ1990年代から始まっており、2015年の今においても亡霊となってSEALDsとして郵便的に回帰し、我々に取り憑き我々にJPOPを叫ばせているのだ。佐々木中は「大きな物語は終わってなどいない」と言う。まさに文学が滅びなければ大きな物語もまた滅びず、革命は永遠に続いていくのだ。そしてJPOPという一大幻想――情念の亡霊もまた幾度となく何度でも何度でも郵便的に回帰し、我々はそれを読み、書き換え、自ら血を流し、何度でも何度でもそれと対決するのだ。

以上の通り、「血判切手」は柄谷行人の「命懸けの飛躍」と類似しながらも、本当に命を賭けているのかどうか、デメリットや破滅のために書かれているかという点で異なり、「郵便的復讐」は抑圧されたものたちの強い情念により、東浩紀の「幽霊」よりもしつこく回帰し我々と何度も敵対するのだ。

JPOPという亡霊は不滅である。そして、批評が「再生」であるならば、批評対象のみが「再生」されるのでは決してないはずだろう。

彼の偉大なる根源「力への意志」を事有るごとに宣言する必要はないだろう。我らは自身の生活と批評/テクストの血だらけの断絶に、文学的なるその極限を血が如く赤く滲ませ、海が如く満たすのみだ。

私は次の詩句をのみ信条とする。
「常に心に思うことを進んで語れば、卑しい人はあなたを避けるだろう」

 

 

 

 

 

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