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「きみは死んだらおしまいだから、だから私は何度だって、死ぬなっていうし、世界を憎もうっていうよ」

序章 個人/文学と社会/文化

なにかが引っかかることがある。映画のワンシーン、小説のワンフレーズ、日常のちょっとした嫌なこと、忘れられない嫌な思い出、人混みのなかですれ違った綺麗な女の人、グループのなかでちょっとだけ浮いている仲良くなれそうな人。往々にしてそうした部分的な細部の方が大局的な全体よりも、我々の心には強く作用してしまう。我々人間はそうした「心にひっかかるちょっとしたこと」を大事にして生きている生き物と言えるだろう。そうした細部は心にひっかかってあれこれ考えて、そうしてどんどんどんどん大きく膨れ上がっていって、「人生とはなにか」みたいな巨大な命題へと変貌し、終いには全体や「私」さえも軽々と飲み込んでしまうものです。

この「細部」は言い換えるならば、「社会」に対する「個人」、または均一なフォーマットからハミ出し続ける「余剰」、もしくは「人間性」や「文学性」とも言えるでしょう。
本稿ではこうした「心にひっかかるちょっとしたこと」という細部を対象に批評をしていきます。と言うと、なんだかコジツケやコウジツのような感じがあるのですが、最初はただ単に「岡崎京子論」をやろうと思っていて、そこへ最近「あるかなしい出来事」が舞い込んできて、そのことについて勢いで一万字書き殴ったあと(その文章が本稿の前身です)、何も手につかなくなってお酒飲みながらずーっとドラクエ4をやっていたり、死にたくなってツイートを連投したり、「人生とはなにか?文学とは何か?批評とは何か?どうやったらうつくしく生きていけるんだろうか」なんてあれこれドラクエをやりながら考えているうちに、どうしようもない程大きく膨れ上がってしまった諸々の叫びを対象になんとか論じてみたいと思います。

私たちという個人は、社会においては細部にあたり、社会からすると取るに足らない存在かもしれないけれど、私たち自身にとってはエゴイズムにおいて何よりも優先されるのが「私」という存在である。でも皆が「私」のことばかり考えていても社会はうまく回らないので、法律や道徳的慣習などによってある程度ルール決めがなされていて、前者においてはやってはいけないこと、後者においてはやらなくてはいけないことがある程度決められている。それによって私たちはスムーズに社会とコンセンサスをとることができる。
しかし、昨今ではすこし状況が変わってきている。リオタールからの引用でよく言われるように、現代社会においては「大きな物語」つまり社会的な共通項が解体されてしまっており(何が正しいのか分からない状態)、我々はバラバラに乱立する小さな文化集団のなかで生きていくしかないのである。だが共通項を喪失した私たちにとってはコミュニケーションがもはや本質的に成り立たなくなってきており、それでも社会参画を余儀なくされる我々は、以前よりもより均一的な「審級」を採用する他はなく、コミュニケーションが不可能であるが故にその審級に対して有効な議論を行うことはもはやできない。それはもはや絶対的な「審級」である。そして、公私の二つに我々の身体は引き裂かれ、どんどん「フツウ」の勢力が増していき、「フツウ」でない発言ができない状況へと変わっていく。社会的な共通項から解放されたことで、かえって「審級」が強化されたのだ。

更に、従来の社会では職務や地域共同体を通じ社会参画し、その場において「審級」へと従属を余儀なくされていたのに対し、現代ではインターネットによって我々は常に社会参画を余儀なくされ、常に「審級」へとその身を接続されている。これはネットの炎上現象に端的に見て取れるが、その底部においても我々はいつ隣人にネットで言及されるか分からず、それは瞬く間に拡がり、いつまでも消えることなく記録され続ける。インターネットはある意味では社会以上に均一的で監視的な装置である。

こういう状況はあまり望まれるものではないだろう。そこから生まれてくる諸々の欺瞞や自己矛盾によって、決定的に傷ついてしまう人たちが数多く存在するし、中には本当に死んでしまう人もいるだろう。社会はどこまでも個人/文学性を排除するようになってしまったのだ。果たして、個人/文学性は「敗北」するしかないのだろうか。
しかし、まさにこのような状況を打破するために批評/文学は存在するのではないだろうか。批評とは、唯一このバラバラになってしまった社会を横断し、「それはうつくしいのか?」と問うことのできる営みではないだろうか。コミュニケーションの代わりにディスコミュニケーションを掲げ、絶対化されてしまった「審級」と積極的に戦っていける戦場を創り上げるのが批評/文学ではないだろうか。

我々批評再生塾生の目的もまた、そのような戦いへと身を投じることではなかったか。批評再生塾のHPでは以下の言葉が語られていることを、ここで改めて確認したい。

 

あらゆるジャンルで、ジャンルそれ自体や、その担い手や創り手たち、個々の作品や行為や現象などなど「について」の思考と言葉が、退けられ軽んじられる傾向が強まっている。いや、言葉は大量に生産され流通しているのだが、それは信仰告白や片想いの恋文にも近い、対象にべったりと貼り付いた全肯定(或いはその反対の全否定)や、そうした全き肯定/否定を強化し保護するための内輪の言葉でしかない。
批評とは本来、外の言葉である。たとえ或る領域の内部にあるとしても、絶えず外部の視線を導入して考え、語ることにより、その領域を構成する者たちと共振し恊働し共闘し、遂には領域自体の変化と進化を促すこと。
批評の危機とは、領域/ジャンルの停滞と固定化の別名でもある。わたしたちは、この状況を危機として認識することさえなくなりつつある。このままでは、何事であれ、刻々と健全に変わってゆくことや、新しい出来事が起こること自体が、不可逆的に減じていってしまうかもしれない。それは、あまりにも不幸なことである。
だからこそ、批評と呼び得る営み/試みを再定立し、批評家と名乗り得る存在を新たに出現させることが、急務だと思われるのだ。

批評は此処にあり、批評家は此処にいる。そう言えるのでなければならない。
そのためにこそ、ここに「批評再生塾」の開講を宣言する。

 

批評/文学が批評という枠組みの中にある限り、それが批評/文学の目的を果たすことはないだろう。
我々はまず各々が確固たる目的を持ちながら、枠組みの外で批評/文学を行わなければならない。

 

第一章 敗北し続ける批評/文学

「普通の人間が普通の日常のなかで普通に壊れていく」というのは、どこまでも現実の話で、この社会のどこでも普通に起こっていることであり、私たちは日々このどこまでも普遍的なアイデンティティクライシスを心の中で戦い抜いているのです。
今年は厄年なのですが、それ故なのか例年では考えられない不幸に相次いで見舞われておりまして、友人が二人自殺未遂を起こしたことは流石にショックが大きかったです。僕としては幸いなことに二人ともなんとか助かったのですが、普段から彼らの悩みを聞いていただけにショックが凄く強かったです。一人に至っては僕が警察に通報して無理矢理止めました。その人には「死ぬな」という旨の手紙をありったけの持ってない文才を用いて書いて渡し、「これは私が書きたかった遺書だ。これが言いたかった。ありがとう、なんとか生きていける気がする」との返事をもらっていたが故に、「文学を志していてよかった。やはり文学には人を変える力がある」と思ったと同時に、その後自殺をされて「やはり文学だけでは人は救えない」という心境へ至りました(そしてすぐ通報しました)。その人は生き延びたあと「お前のせいで死ねなかった。でも、また遊ぼうね」とメールをくれて、僕は「ごめんね」と返しました。今でも、僕があげた手紙を何度も何度も読み返してくれているみたいで、嬉しいなと思うと同時に、それは僕の立場の話であってその人は今でもなんでもないことに苦しんでいると思うと、「死ぬな」と胸ぐらを掴んで叫んでやりたくなります。

友人が自ら死んでしまうような社会が正しいわけがない。彼らを傷つける心無い社会を批評/文学で変えていきたいと私は思う。だけど、はるしにゃんさんはいなくなってしまいました。

僕ははるしにゃんさんに出会ったのが今年の三月で、お会いしたこともまだ二回しかなかったのですが、彼に誘われたことをきっかけに批評再生塾へ参加したり(彼は参加できませんでしたが)、彼主催のシェアハウスに参加する予定だったりしたので(彼が逮捕されてシェアハウスは解散になりましたが)、一時期少しだけ連絡をとっていました。しかし僕は彼ほど本を読んでいるわけでもなく面白い人間でもないので、彼のお客様というポジションを意識しながら彼から知を盗んでいけたらなと思ってお付き合いしておりました。そういう距離感の間柄で、彼のことも実際にお会いしてからちょっとした有名人なのだと知ったくらいで、別に信者でもファンでもなかったです。

まず、この件に関して様々な意見がネット上で交わされておりますが、その多くが関係者を責め立てることを目的としたものが多く、そういった目的の言説は全くもって何を意図しているのかが分かりかねますので、静かにして頂きたいです。
彼が死んだのは誰かに責任があるのかというと、どちらかというと彼の自己責任によるものが大きいのではと思います。それは彼がなにかの点で悪かったからという話ではなく、単に彼の生き方が諸々のリスクを伴うものであったからです。批評再生塾の参加を拒んだゲンロンに非は全くありません。ゲンロンは彼の行動に対するリスクを指摘し、それに対して参加を拒んでおり、事実彼は直後に逮捕されております。仮に彼があの時点で批評再生塾に参加を許されていたとしても、この後の逮捕を踏まえると参加の継続はかなり厳しかったのではないかと思います。

彼は必ずしも道徳的にうつくしい人間ではなかったと思いますが、私は彼のそういう破滅的な生き方は嫌いではなく、むしろ尊敬していたと思います。均一的な場にカオスを導入し、アンバランスに必死に生きている彼は、時にとてもうつくしい文学的なニュアンスを発することがありました。彼は「ディスコミュニケーション」としての生き方を体現した存在でした。

彼に二度目に会った時、彼は僕に「死にたい」と言ってきました。
いつも言ってるんだろうってのは分かってました。でも、そのときそれが「本当に死にたくて、近いうちに自殺しそうだな」って、なんとなく思ったんです。(友人が相次いで自殺未遂をしていたので、なんとなく勘が冴えてきた気がします。事実、上述の友人に関しては僕の直感の通報で助かってしまいました)でも僕はそこで「人生ってつらいですよねー」みたいなどうでもいいことしか言えなかったんです。心の中では「辛いなら俺にいくらでも頼れ」と強気に思ってましたけど、実際は何も言えなかったんですよね。僕は彼の顧客で、彼とはまだ数回しか会ったことないし、彼は何も話さない僕に興味なんかないだろうなって思うと、何も言えなかったんです。勿論、「死ぬな」って言うべきだったんだと思うんですよね。それからずっと彼のことが心配だったのですが、僕なんかが「大丈夫?」とLINEしてもなあと思うと、連絡とることができなかったです。(ここらへんのことを考えながら、綾門くんが「しくじり」の課題で、SEALsのデモに乗れなくて「また見殺しにするのか?」って自問自答するシーンとか凄く他人事ではなくて辛いです)逮捕されたと聞いて警察署まで差し入れのランボー詩集を持って行くも、移送されていて会うことができず、出所後に一度LINEでやりとりをしたのが彼との最期になりました。

「死にたい」と言われた日、私ははるしにゃんさんに「どうしたら友人の自殺は止められますか?」と質問をしました。友人が連続して自殺未遂をして私はこのことについてずっと悩んでいたので、ふとはるしにゃんさんに聞いてみたいと思ったのです。彼の回答はこうでした。「ごめん。わからない。でも……宮台さんは、「僕には君が死ぬことを止められないけれど君が死んだら僕は哀しい」と言っていて、僕はその態度を信じたいと思う」と言いました。その時、彼は僕に凄く複雑な困った顔、それでいてありのままの笑顔を見せてくれたのですが、その笑顔が本当に綺麗だったのを今でも鮮明に覚えています。同時に、なんでそんな簡単なことを僕は彼に言えなかったのかと、悩みました。彼に僕の詩を好きだと言ってもらったこととか、一緒に音楽聴いてたときのこととか、短い間だったけど凄く楽しかったことをよく思い出します。それと共に、僕は彼に対して距離をとってしまったけれど、彼は僕と普通に仲良くしようとしてくれてたのかもしれないなと、最近よく一人で考えます。

僕には本を読む友達が一人もいないので、同年代の人がこんなにも必死に本を読んで、熱いモノもって文章を書いているというのが非常に衝撃的でした。諸々のリスクを抱えながら、それでもなんとか自分らしく生きようともがいている彼の姿は文学的に思えて好きでした。そんな彼がいなくなってしまったことは、僕には批評/文学の不可能性を端的に現しているように思えてなりません。言ってしまえば、はるしにゃんさんは批評/文学を再生できなかったからいなくなったのです。彼は「批評をやる意味が分からなくなった。普通に働きたい」と言いました。

いなくなろうとした人、いなくなってしまった人、彼らはとても人間的でうつくしい気質の持ち主だと感じます。生きづらいことは間違いないですが、繊細さはうつくしいのです。僕は彼らのためになにかできないものか、どこまでも戦っていくつもりです。

(はるしにゃんさんと近しい方には、私が彼を取り上げて語ってしまうことにお怒りになる方が多数おられると思います。本当にごめんなさい。でも、許して欲しいなと思います)

 

第二章 化粧をしても美人にはなれないね

岡崎京子の漫画作品はうつくしい。文学的なるものがまず第一にうつくしさをその条件とするならば、岡崎の作品は文句なしに「文学」であろう。事実、岡崎の作品はしばしば文学的だと評されている。岡崎の作品の新しさは、少女・女性の理想を描くことよりも、都市に生きる現実の少女・女性を描写し、八0年代から九0年代にかけての時代を鋭敏に表彰していった点であると言われており、岡崎自身も「いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。いつも。たった一人の。ひとりぼっちの。一人の女の子の落ち方というものを」と発言している。そして、「これは東京というたいくつな街で生まれ育ち「普通に」こわれてしまった女のこ(ゼルダ・フィッツジェラルドのように?)の“愛”と“資本主義”をめぐる冒険と日常のお話です。」という『Pink』(1989年)のあとがきが見事にこれら岡崎作品の特徴の要約を果たしていると同時に、岡崎の描く苛烈な少女の生き様は「戦場のガールズ・ライフ」と言っても良いだろう。岡崎の作品には「ディスコミュニケーション」を基調とした軽やかでとても人間らしいうつくしさがあるのだ。
だが、岡崎の作品はただうつくしいだけなのだろうか。『Pink』(1989年)のラストシーンは、あまりにもうつくし過ぎてすべてが肯定されてしまう地平が現れていると同時に、どこか自罰的なニュアンスも含んではいないだろうか。
ここに岡崎作品の核心に迫る何かを見出せるのである。それは岡崎作品の新しさ、つまり「文学的なるもの」の発展と批判を担う細部であり、少女漫画を文学へと昇華してしまったことと、岡崎が執拗に描き続けた少女/女性に特有の「美への葛藤」と密接に関係する。
岡崎作品の核心とは、人間の破滅や日常をうつくしく捉えながらも、同時にそれに対して懐疑的であることであり、対象をうつくしく描いてしまうという文学的手法そのものに対する自戒/批判を有することである。何かをうつくしく描いても、それは虚構に過ぎず、本当はうつくしくないのである。この自戒が存在しなければ、表現形式はただ闇雲にその対象領域を拡げていき、すべてが表層的に美化されてしまいあらゆる批判が無効化されてしまうのだ。この批判は、もはや社会を描けなくなったと批判される文学(主にセカイ系という言葉で)のもう一つの問題点を浮き彫りにし、更には今の社会状況に潜む同種のある問題点をさえも的確に浮き彫りにし、岡崎はその先へと独自に進んでいる。

現代社会においては、共有可能な価値観が消滅しコミュニケーションが本質的に不可になったことで、より均一的な審級を採用せざるを得なくなったと前述したが、いま社会で真に起こっている状況はそこから更に一歩進んでおり、それぞれのプライベートな小さなコミュニティが一方で絶対的で「フツウ」な「審級」への従属を余儀なくされながらも、「みんな違ってみんないい」という欺瞞のもとでそれぞれの差異が等しく個性として肯定され、プライベートが全肯定されてしまうことで、かえってオフィシャルな領域へそれを持ち込めず無効化されてしまっていると同時に、オフィシャルな権力も肯定されてしまう現象が起こっています。至るところに肯定/美化の作用が蔓延り、他者や他集団に対して何の批判も有効に行うことができず、絶対的な「審級」との戦いさえも無効化され、ただただそれに従うかもしくは「フツウでないもの」として排除されるしかないのだ。「フツウ」という価値観だけが有効であり、野放しに肯定を許されたあらゆる他の価値観は、「フツウ」とはもはや分断されてしまっており、権力としての「フツウ」をなんら脅かすことはできないのです。

これは同時に、現代の文学というジャンルそのものの問題点でもある。現代の文学は社会を描けなくなっただけではなく、社会に対する「目的」をも喪失しており、故に「敗北」することもなく、「自戒」することもないのです。ただ形式としての文学作品があり、文学作品というジャンルに収まっている限りそれらはエンターテイメントでしかなく、「あー面白かった」という感想に回収されてしまい、ここでは「読者」と「作品」と「社会」がそれぞれ切断されており、もはや現実においてなんら効果を持たないのである。これらの作品はうつくしくなんてない。「コンテンツ/虚構としてのエンタメ文学」もしくは「こんな人もいるんですよ系文学」だ。後者においてはまさに諸々のジャンルに見受けられ、芸術作品はコンテンツとして消費をされるか、または「こんな人もいるんですよ」と肯定/美化の作用を社会において推し進め、人の個性を強調しながらもより均一な「審級」を創り上げてしまうのだ。これが現代の文学におけるもう一つの問題である。

岡崎の作品にはいつも一人の女の子の「敗北」があり、それをうつくしく描いてしまうことへの「自戒」があり、そしてそれ自体を「目的」とするような確固とした美学がある。岡崎作品の根底にあるのは「化粧をしても美人にはなれない」という葛藤から生まれるうつくしさだ。それに対し、なんでもかんでも美化/肯定してしまう現代社会/現代文化の風潮は醜いとさえ感じる。

「強さ」と「美しさ」は似ている。「強い」とは、自分の「弱さ」を知っていることであり、「美しい」とは、自分の「醜さ」を知っていることである。

森博嗣はこのように述べており、ニーチェは「その人がその血をもって書いたもののみを愛する」と述べているが、岡崎が示唆したように文学とは本来そのような「敗北」と向き合う行為であり、他者に「私」を主張するものであり、文学のうつくしさとはそこから生じるのではなかったか。

 

第三章 綺麗なもの

我々がこの現実世界で生きる以上、どこかで折り合いをつけなければいけないのは自明であるが、そこへ安住することもまた人間である以上は困難であり、我々は生きる意味を求めてしまうものである。
批評/文学には社会を変えられるかもしれないと思わせる魅力があるけれど、どうしたって世界は変えられないのである。こうした状況を踏まえたとき、はるしにゃんさんがいなくなってしまったことは私にはとても他人事に思えない。私もいつか折り合いをつけ、いつの間にか機械的に生存を続けるようになり、すべてに意味がなくなって死を選んでしまうような予感がする。それがいつか、それだけが問題である。文学/批評が敗北を免れないならば、自殺もまた宿命的なのだ。

だが、そうやって必死で戦って生きている人たちはとても綺麗に感じるし、本当にしんどくて「死にたい」って思う時が一番音楽が綺麗な輪郭/色彩に視える。病は感性を豊かにする。岡崎はきっと「私なら何が何でも生きる」と言うだろうし、最果タヒは「きみは死んだらおしまいだから、だから私は何度だって、死ぬなっていうし、世界を憎もうっていうよ」と言う。そうした苛烈な生を生き抜くことで、綺麗な輪郭に触れられるならば、綺麗な詩を書けるならば、私は一切の敗北/人生を十分に肯定できるだけの豊かさがそこにはあると確信する。

敗北は美であり、文学とは敗北である。だが、必ずしも批評は敗北ではない。

 

 

第四章 批評の果て

最後に、批評の意義を二つ整理して本稿を終了する。

まず一つは、均一的なコミュニケーションの場を解体し、「ディスコミュニケーション」の場を設定することで文学的なニュアンスを空間に導入すること。
そしてもう一つは、常に新しい視点を提示することで、豊かな感性の形成を手助けすることである。一義的な視点から解放され、豊かな感性を獲得した人間は、やがて〈内的空間〉を立ち上がらせる。〈内的空間〉においてはすべてのイメージが複合的に修飾しあい、すべてのイメージが多重に反復され、色や形の五感が繋がり、どこまでも感傷的で、極限までにうつくしい色合いに満たされ、潮が香り、緑色の海が視えるだろう。その領域で私は死にたい気持ちを引きずりながらも生を完全に肯定しているのだ。

個人/文学は「敗北」を免れることはできない。いつか何らかの自殺へと収束しまうだろう。だが、ただ黙って簡単に殺されることは不可能である。我々が破滅するその一瞬に散る、抗議にも似たその閃きは、世界を暗く彩るだろう。そのうつくしさに魅せられる人間は常に一定数存在する。故に文学は敗北することでうつくしく有り続け、また新たな破滅を引き起こし続ける限り永久に不滅である。我々は機械になりきれない。そして、批評は消えていった敗北者たちを拾い集め、別の歴史を創るのだ。

 

 

 

 

 

 

(だが、岡崎京子が少女の破滅をうつくしく描きながらも、同時に美化されてしまう破滅に対して懐疑的であり、退屈な「日常」を何よりもうつくしく彩ろうとしたことを留意しておきたい)

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