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失敗と訂正

2003年に出版された、綿矢りさの高校を舞台とした青春小説、『蹴りたい背中』は次のような書きだしではじまる。

さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く住んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。髪を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。気怠げに見せてくれたりもするしね。葉緑体? オオカナダモ? ハッ。っていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでいるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく、だってもう高校生だし。ま、あなたたちを横目で見ながらプリントでも千切ってますよ、気怠く。っていうこのスタンス。

この冒頭は少しやりすぎている。周囲を見下ろして距離をおく青春小説の主人公というのはありふれたものだが、この文章からは、過去の小説のそうした主人公というよりも、その小説を読んでそれに憧れを抱いている人物が独白をしているような印象をうける。『蹴りたい背中』より以前に出版された青春小説の例として、1989年の山田詠美の短編小説集『放課後の音符』に収録されている「Body Cocktail」を見てみよう。

カナは十七歳だけど、もう男の人とベッドに入ることを日常にしている。彼女の話を聞いていると、色々な男の人が登場してきて、それだけでも驚きなのに、その人たちが彼女と普通にベッドに入るので、もっとびっくりしてしまう。そんな私を、カナは、ふふふと笑うのだ。そして、言う。あら、寝るだけよ。寝るだけといったって、眠るわけではないのだから、私は、その様子を想像して、ますます困ってしまうのだ。私はまだ、男の人と、ただ、寝たことがない。
カナは別にクラスで人気のある女の子ってわけじゃない。人気がある女の子は、よく笑う可愛らしい子たちだ。はやりの洋服を着て、男の子たちの言うことに一喜一憂する女の子たちだ。そして、そういう子は、教室の中でも、とっても目立つ。目立つ女の子に目が行くのは仕様がない。だって、十七歳なんて、まだ子供だもの。目に見えないものに惹かれる程、余分なものには飢えてはいない。自分の目や、そこから見て、心がとらえるものを、皆、素直に信頼しているのだ。
そういうわけで、クラスの男の子たちは、カナの魅力になんて気がつかない。私から見ると、彼女の良さに気付き始めたら、その子は大人に近付きかけたな、なんて思うのだけど、まだ、そういう子はいないみたいだ。彼女自身も、誰々と寝たわ、なんていう話は、私ぐらいにしかしないから、誰も彼女のすごさになんて気付いちゃいない。
他の女の子たちときたら、彼とキスをしたとか、デートのお迎えの車が何だったとか、もうじき、ベッドまで行っちゃいそうなんてことを、昼休みや放課後に、わいわい騒ぎながら、全部がまるで大事件のように騒ぐので、そういうことはすぐに大事件じゃなくなってしまう。

『蹴りたい背中』に比べると「Body Cocktail」は落ち着いている。「私」と「カナ」とクラスの「他の女の子たち」との距離感の根拠が、具体的に示されている。これに比べると『蹴りたい背中』は距離感の根拠が曖昧で、周囲から距離をおきたいという欲望だけが先走っている。

『蹴りたい背中』の冒頭を読んで、僕は一時、この小説を読むのをやめてしまった。自意識過剰な主人公のつまらない小説だろうと思ったからだ。しかしそれは間違いだった。

『蹴りたい背中』には絹代という登場人物がいる。主人公の中学校からの同級生で、彼女は山田詠美の小説でいうところの「他の女の子たち」のような存在として初めは描かれる。

高校に入ってから化粧を始めた絹代は、目蓋に白いアイシャドウを塗りすぎていて、瞬きすると鳥みたいに白目になる。中学の頃は真っ黒だった髪も、”びびり染め”と呼ばれている先生に見つからない程度の茶髪になった。

絹代についてこのように批評してみる『蹴りたい背中』の主人公のハツは、垢抜けた山田詠美の小説の主人公たちのような人物だろうと想像していたが、しかしそうではなかった。ハツは、オタク気質のある同級生のにな川と、絹代と共にオリチャンというモデルのライヴに行く。

土曜日、待ち合わせ場所の駅のホームで目に飛び込んできたのは、しゃがみこんでいる生気のないにな川と、すがるような目をして私を見た絹代だった。
「ハツ、来るの遅いよ! にな川が”このままじゃライヴに間に合わないかもしれない”って苛立ってて、すごい怖かったんだよ。」
時計をつけてないから詳しくは分からないけど、三〇分以上は遅れてしまっていた。汚いホームに座り込んだままのにな川は、私が近くに来ても、目線さえ上げようとしない。
「気にしなくていいよ。別におれ、苛ついてなんかないし。」
「苛ついてたよ! 駅せわしなく歩いたり、きっぷ噛んだりしてたじゃん。ねえハツ、にな川、さっきまでずっと一点見据えてきっぷがじがじ噛んでたんだよ。」
「きっぷ噛むの、癖なんだ。なんてな。」にな川がどうしようもなく暗い笑いを吐く。絹代はため息をつき、私の耳元で小声で言った。
「ハツはどうだか知らないけど、私はにな川と全然面識ないんだからね。いきなり二人でずっと待たされて、どうしようかと思った。」
「ごめん。服を選んでたら時間がなくなって。」
「で、それが厳選してきた服装?」
絹代はだんだん不自然さの消えてきた、でもやっぱり目蓋の白すぎる目で私を見て、顔をしかめた。
「そう。」
「……虫取り網が似合いそう。」
Gパンを短く切ったやつに、あずき色と茶色の太い横縞が入っている、袖口の大きすぎるラガーシャツ。Gパンの後ろポケットに財布をつっこんで手ぶらだった。普段は制服で、服を買い替える必要がなかったから、パジャマ予備軍のような、生地がもろもろになっている服しかなかった。足元の貧相さが、とどめを刺している。足指の黒い跡がくっきりとついた黄色のビーサン。あの古ぼけたスニーカーよりはましだと思ってつっかけてきたけれど、こうやって陽の当たる所で見ると、なかなかいい勝負、むしろ勝ってるんじゃないだろうか。それに、家にいた時には気づかなかったけれど、陽の当たるホームにいると、体操服の日焼けの跡がずれているのが丸分かりで、ラガーシャツの白いボタンを、暑いのに一番上までとめなくてはいけなかった。絹代の格好は中学の頃と変わらずGパンにTシャツだったけれど、でもよく見ると、Tシャツにはさりげなくブランドのロゴが入っているし、Gパンも細身の七分丈で足首が見えてて可愛いし、靴は学校には履いてきていない新品同然で、中学の頃より細部がおしゃれになってきている。知らないうちにピアスまで開けている。私と絹代がお姉ちゃんと弟みたい、ちょっとずつ、絹代の隣から離れる。にな川はというと、英字新聞の柄の開襟シャツを着ていた。駅の風景と同化してしまいそうな、英字だらけの灰色のシャツ。糊の利いた、先の尖った襟が、なんだか痛々しい。

絹代の服装やファッションを小馬鹿にしていたハツだったが、彼女自身はそれよりもひどい、中学生のような格好をしている。それに対して絹代は、まだ若干の違和感を残すものの、しかし確実に高校生らしく、お洒落になっている。ハツの抱いていた価値観が、服装の大人っぽさ、幼稚さという目に見える尺度で否定される。
小説の終わりで、ハツと絹代とにな川は、ライヴの後、にな川の家に三人で泊まる。そこでは何も起こらない。「Body Cocktail」のような格好のよい小説とはちがった、そうした小説をハツの現実に合わせて訂正したかのような結末を物語は迎える。ハツの失敗は彼女の過剰な思い込みからはじまり、読者である僕もそれに騙された。しかしこの失敗と誤読は、この小説が嚆矢であるとされている、実在の社会現象とも関連づけられる「スクールカースト小説」と呼ばれる作品群やその現象への訂正の可能性を、その流行を生んだとされる作品が実際には、はらんでいたことをしめすものだった。

文字数:3272

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