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《他人の靴》を履いて歩く

映像からパフォーマンス、ドローイングまで表現の幅を広げてきた小金沢健人の新たなインスタレーションが、現在、金沢21世紀美術館で公開されている(展覧会「われらの時代:ポスト工業化社会の美術のなかで」)。宇川直宏やスプツニ子!らも参加している同展覧会は、SNSやスマートフォンといったソーシャルメディアの常時接続によって美術がいかに変容しつつあるかを提示するものだが、なかでも小金沢のインスタレーション《他人の靴》は、イスラム国(IS)による日本人人質事件に付随してユーチューブに投稿された映像をテーマに扱い、現代における「映像=映画的なもの」の枠そのものを問い直す意欲的な作品だった。

小金沢の作品は展示室の内と外のふたつに分かれており、外側で展示されているもうひとつの映像作品蝶を放つは、ノートにいくつも描かれた丸い点が、ノートをぱらぱらとめくることによってまるでアニメーションのように動き出し、蝶が羽ばたく様子があらわれるというもの。その軽やかな浮遊感はSANAAが設計した真っ白な美術館とも良く呼応しあっていたが、それだけに壁の内側で展示された《他人の靴》の重さがより際立って印象に残ることとなった。

《他人の靴》の展示室に入って観客が目にするのは、IS映像で私たちが目撃したあの砂漠の背景を模したジオラマと、それを撮影しつづける固定されたカメラだ。観客は室内へ一歩踏み入れた瞬間に、オレンジ色の囚人服を着た人質の隣で黒服を纏った男がカメラを見つめるあの映像を想起するだろう。そしてジオラマの前に設置されたカメラは、おとずれた人々にその光景を「IS映像の撮影者の立ち位置から」鑑賞させる役割を担っている――つまり《他人の靴》というインスタレーションにおいて観客はあのIS映像に対し、メディアを通じて(他人ごととして)見ていただけの一般市民としてではなく、実際にその場に立ち会うことによって犯行の当事者として向き合うことを迫られるのだ(《他人の靴》というタイトルは「他人の靴を履いて歩け(他人の立場になって考えよ)」という英語の慣用表現に由来する)。

そもそもISはなぜ脅迫や宣伝の手段として「映像」を選んだのか。その答えはいくつも考えうるが、ひとつはやはり映像メディアが多くの観客をひきつけるもっとも有効な手段だったからだろう。批評家の東浩紀が指摘するように、ISは自身の映像を「ハリウッド映画風」に編集することで、これまで映画というジャンルが培ってきた文化的資源の力をテロリズムへ援用しようとした(※1)。そしてそれは、もともと映画が視覚的なスペクタクルを演出することにより発展してきた文化であることを考えれば必然的に起こりうる帰結だった。

いま私たちは、私たち自身も気づかないうちに、映画を見るようにISの映像を見てしまっている。恐怖のスペクタクルに過剰な反応を返してしまっている。そしてそれこそがISの目的だったのではないか。映画史家の四方田犬彦はシャルリ・エブド事件について書いた文章で「テロとは、スペクタクルとして結実したときに初めてその意味が確認される暴力だ」(※2)と述べているが、IS映像をめぐっても同様の構造がみてとれる。

しかし《他人の靴》の展示室に入りジオラマを映すカメラの前に立ったとき、おそらく観客はあの光景を「映画」を見るのとは別の視点で、ためらいをもって想像するはずだ。あのときここで、いったいどのような時間が流れていたのだろうか……と。そしてその想像は、ともすればハリウッド風スペクタクルに彩られたIS映像そのものより遥かにスリリングな体験となる。批評という営みが、ある対象との距離をさぐり、ときに介入することで認識を豊かにしていくものであるならば、小金沢のインスタレーションはIS映像に対するきわめて示唆的な「映画(映像)批評」であるといえるのではないか。

これまで映画批評とは専ら、映画館という暗闇のなかでスクリーンをじっと見つめ、ただひたすら純粋な眼となることで映し出されるイメージと戯れる営みだった。世界をひとつのフレームに切り取った映像作品をめぐって、映画批評は「なにを切り取ったか/切り取らなかったか」についての言説を生成しつづけてきた。

しかし「映画的なもの」が映画館の外側にも過剰に氾濫しつつあるこの社会において、私たちはいまや秋葉原事件時のストリーミング配信にも、東日本大震災の惨禍を記録するユーチューブ動画にも、ツイッター上で拡散する6秒間のvine動画にも、それぞれ「映画的なもの」を幻視する。映画批評家の渡邉大輔はこのようにかつてなくソーシャルメディアが台頭した現状の社会においては、旧来の批評とはべつの語り口で映画を捉えることが必要だと指摘している(※3)。

渡邉が「映像圏」と呼ぶ、日常への「映画的なもの」の過剰な氾濫がもたらす新しい映像メディア環境においては、もはや「なにを切り取ったか/切り取らなかったか」をめぐる批評の余地はない。なぜなら「映像圏」においては撮影者の意識とは無関係に、さまざまなものが勝手にフレームの内部へ入り込み、切り取られていってしまうからだ(たとえばニコニコ動画にアップロードされた映像作品の評価は、そこに書き込まれたコメントについての考察抜きには考えられないが、そのコメント自体いつまでも画面上に残っているとはかぎらない)。映像とそれをめぐる情報の氾濫は、フレームの内側と外側を隔てるはずの輪郭をぐずぐずに溶解してしまう。

かつて蓮實重彦はひとつの映画について論じる際に、スクリーンに目を凝らすことで他人が気づかなかった細部に着目し、フレーム内に切り取られた微細な記号と記号の戯れをもとに批評を組み立てた。彼が映画批評家として尊敬を得たのは、「同じスクリーンを見ていたはずなのに蓮實重彦だけが気づいていた何かがある」といった観察眼への信頼があってのことだった。このようにして彼が作り上げた独特のスタイルは、長らく映画批評のひとつのスタンダードとして共有されてきた。

映画監督の黒沢清は映画と映画でないもの(アニメーション)の違いを聞かれたときに、フレームの外部があるのが映画で、外部がないものは映画ではないと語っているが(※4)、蓮實の批評のスタイルとは、フレームの輪郭を前提としたうえで黒沢のような作家的態度と共振することに他ならない。しかし、だとすれば映像を切り取るフレーム自体がぐずぐずに溶解してしまっているいま、彼のスタイルも機能不全を起こすのは避けられないだろう。

ここで再度ISの映像を思い出してほしい。私たちがあの映像について考えるとき、あるひとはユーチューブで見た映像を思い出すだろうが、しかし別のだれかはテレビでテロップとともに流れていた映像を、あるいはニコニコ動画でコメントに覆い尽くされた映像を、あるいはまとめサイトの書き込みを、ツイッターの「クソコラ」を、フェイスブックの「I AM KENJI」を思い出すはずだ。それらすべてはまったく違う体験でありながら、どれも「IS映像」というひとつのタグで繋がり、そしてまた別の場所へ拡散していく。このようなメディア環境を媒体として、あまりにも映画的な恐怖のスペクタクルはウイルスのように感染を広げていったのだ。

小金沢のインスタレーションは、だからこそ「映画的でないもの」として、あるいはIS映像への痛烈な批評として、私たちの前にカメラを置く。あのとき「映画」としてしか見ることのできなかった映像を、別のしかたで想像することはできないかと模索させる。観客は名もなき撮影者の靴を履くことで、彼の(あるいは彼女の)名前を、出自を、思想を、そしてあのとき彼が見ていたものを想像してみる。彼の作家性に共振するためではなく、彼の靴が自分の足とどれだけ違っているのかを確認するために。

そして私たちはあらためて問い直す。《他人の靴》を履いて歩く――批評とは本来そのような営みではなかったかと。

 

※1 ゲンロン観光地化メルマガ #30
※2 『ふらんす特別編集「シャルリ・エブド事件を考える」』
※3 『イメージの進行形 ソーシャル時代の映画と映像文化』
※4 『ゼロ年代+の映画』

文字数:3347

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