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拡散する4つの線

その海には方位がない。辺りはどんよりと沈み、手がかりとなる星もない。むしろ空そのものを覆い隠すかのように荒れる海は、東がどちら、西がどちらなどといった場合では無さそうである。

そんな海上にある一隻の小舟には、しかし向きがある。船というよりは木のボートと呼ぶほうが精確だが、見るからに頼りない船体と不釣合いな程に、確かな方向を示しているように感じさせる。そう思わせるのは、高くうねる波とその飛沫がつくる線、船から少し離れて泳ぐサメたちの列、船首と船尾を結ぶ線、そして船内で立ち上がり先を見つめる男の視線、これら4つの線である。どれも明瞭ではないが、画面右上から左下に向かう動きをつくり出している。それぞれは平行ではなく進行方向に向かって拡散する角度を持っており、つまり各線が示すのは小舟が行きつくであろう明確な一点というよりは、せいぜい向きくらいだということであろう。しかしそれがあるのか無いのかでは大違いだ。そのお陰か、ボートは絶望に飲まれることなくそこにある。

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参考図:画中にみられる4つの線

一見して船内にはオールが見当たらない。7人の男が所狭しと乗り合わせているが、その内3人は見るからに衰弱しており、一人は息絶えているようにも窺える。にも関わらず『ソロモン海域に於ける米兵の末路 』と題されたこの絵は「末路」を感じさせない。船全体が終点ではなく何かしらの道中にあるという印象は、先述した4つの線によって支えられている。これは作者である藤田嗣治の意図するところだと言い切っても良いように思われる。それを顕著に表しているのが画面奥に描かれたサメではないだろうか。

仮に本作品が末路を描いているものだとしても、このサメでは誇張が過ぎるだろう。その内の一匹は自らの凶暴さを誇示するかの如く水面から飛び出し体を捻ってみせるが、このような派手な演出が「末路」に相応しいとは思えない。「ボートの周りを泳ぐサメ=末路」といった解釈はあまりに安直であり、だとすればこの戯画的に描かれたサメの一群には別の意図があるという理解は不自然ではないだろう。結論から述べれば、第一に、ヒレの向きによって進行方向が明瞭に理解されるサメを緩やかに並べることで、先述した「線」を描き出すこと。第二に、サメを用いて過去の名画を参照することで作品を歴史の中に位置づけること。以上の二点を目的に描かれていると理解できるのではないだろうか。後者について補足をすると、参照している名画とはジョン・シングルトン・コプリーによる『ワトソンと鮫』(1778)である。これは後のテオドール・ジュリコーによる『メデュース号の筏』(1818-1819)に繋がる作品で、どちらも海上にある一隻のボート/筏を題材に(当時において)現代の事件を扱った記録画だ。『ワトソンと鮫』では、当時14歳だったブルック・ワトソンが漁の最中にサメに襲われ片足を失う場面が描かれる。「末路」では唐突に思われたサメは上記のような参照項を明確にする役割を担っている。

ここまで一貫して『ソロモン海域に於ける米兵の末路』と題されたこの戦争記録画が「末路」を描いていないことを主張してきたが、ここで改めて「末路」という言葉について検討してみたい。

末路とは「道の終わり。晩年。なれのはて。」といった意味をもつ言葉である。文字通り解釈すれば、路(みち)の末(すえ)であり、物事が最終的に行き着いた状態を表すだろう。しかしこの状態は、必ずしも固定された「点」を意味しない。「盗っ人の末路」という例で考えれば、それは盗っ人が逮捕されることを意味するかもしれないし、盗っ人の死を意味するかもしれない。もっと漠然とした「盗っ人の不幸な晩年」を表すかもしれない。このとき末路は「逮捕/死/不幸な晩年」に挙げられるような解釈の幅を許すと同時に「逮捕/死に至るまでの過程=不幸な晩年」といった時間的な幅も持っている。つまり「末路」は物事が最終的に行き着いた状態(=点)というよりは、ある程度の幅をもった運動(=線)として理解される。

末路が上記で示したように運動を表しうる言葉だとすれば、本稿の冒頭で述べた「4つの線が示す《動き》によって、末路という絶望に飲まれていない」という論理には無理があるように思われる。むしろ「4つの線で示される《運動》によって末路が描かれている」とした方が議論に無理がない。しかし、ここで思い返して欲しいのが4つの線はそれぞれが収束するのではなく拡散する角度を持っていたことである。一方、再度「盗っ人の末路」を考えてみると、それがどのような幅を持っていたとしても最終的に「不幸な結末」へと収束することは避けられれない。すなわち、もし画中の「4つの線で示される運動」を「末路」と呼ぶのであれば、それは末路という概念を覆す試みに他ならない。末路は「不幸な結末へと収束する運動」から「可能性へと拡散する運動」にすり替わってしまうだろう。

これは明らかに無謀だ。しかし、やはり作品が持つ印象は「末路」から遠いものであり、同時に藤田自身が記した題名が深い考察なしに付けられたものだとは考え難い。

ここでひとつ参考にしたい事実がある。それは藤田自身が画面右下に記した題名は『ソロモン海域に於ける《敵》の末路』(強調筆者)であったということだ。「敵」がいつどのような経緯で「米兵」となったのかは明らかではないが、重要なのは藤田が男たちを「兵」とは明記しなかったことである。改めて観察すると、彼らを兵士と結びつけるものは何一つ描かれていない。男たちの上半身ははだけているかボロ布のようなものを纏っており、軍服を身に着けている者は一人もいない。場所が熱帯のソロモン海域であることを考えればこれは自然だとも思えるが、一方で兵士であれば身につけていたであろう水筒も見当たらない。小銃やヘルメットといった装備も徹底して描かれてはいないのだ。

その徹底さから藤田の意思を受け取ることができるだろう。つまり、彼らは既に兵士ではない。この場面に至る過程において彼らは兵士だったのかもしれないが、少なくとも画中において彼らは兵士ではなく、兵士であることを辞めている。そして兵士を辞めるとは「敵」を辞めることではなかったか。日本生まれであると同時にパリで人生の多くを過ごした藤田が、戦うことを辞めた兵士をどのように捉えていたかは定かでない。たが少なくともこの絵に描かれたのは、ただ帰ろうとする人間ではないだろうか。すなわち題名である『ソロモン海域に於ける敵の末路』とは、彼らがこの場面に至るまでの過程を表している。敵であり米兵だった彼らの末路とは、兵士である一切を捨て、ただ帰ろうとする人間になることだった。そして画面はその題とは裏腹に、その後の彼らを描いている。一見してボートには、オールもなければ水筒もない。そこに希望があるわけではないが、しかし彼らの結末は収束しない。波、サメ、ボート、そして視線で描かれた4つの線は彼らの旅が可能性へと拡散することを示している。

改めてみてみれば、波は波なりに、サメはサメなりに、彼らを後押しするかのようにも窺える。藤田は「4つの線」と「矛盾する題名」を用いることで、絵画に時間的な奥行きを持たせることに成功している。方位を持たない海は何も語らない。それはしかし、どこまでも拡散する。

文字数:2999

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