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原発というファルス

なぜ「アメリカの<影>」は論じられなければならないのか:

今日の批評シーンにおいて、日本における何らかのカルチャーや事象・現象に「アメリカの影」を見出すという作業は、きわめてありふれた課題だといってよい。いまやそれは一つの批評ジャンルとして確立している。しかし、上の問題機制が自明にみえるのは、われわれがすでに多くの先行研究の蓄積を知っているとからにすぎない。だから、われわれはここで、あえてつぎのような素朴な問いを投げかけることから出発したい。なぜ、「アメリカの影」は分析対象となりうるのか?

この疑問に対する答えもまた素朴なものだ。

「アメリカの影」が分析対象に値するのは、分析という手続きを経ることなしに、その事実がみえてこないからである。<影>は、たんなる<影響>とは異なる。たとえば、われわれは、中国やヨーロッパから多くの<影響>を受けているが、この事実を「中国の影」や「ヨーロッパの影」などと呼ぶことはない。われわれはそのことを充分に自覚しているからだ。もしわれわれが、中国やヨーロッパから受けた影響を詳細に知りたいのであれば、批評ではなく、歴史の書を手にとればよい。

しかし、アメリカによるある種の影響は、なぜ<影>として機能するのか。いいかえれば、分析的手続きを経ることなしに、なぜわれわれの自覚にのぼってこないのか。むろんそれは、われわれが、その事実を知りたくないから、という理由でなければならない。<影>と呼ばれるべきアメリカの影響は、精神分析学的な意義における<症状>である。われわれが真に直面したくないものは、この症状をうみだしている「原因」である。そして、この原因は、「敗戦」という事実を除いてほかにない。

 

 

 

敗戦というアメリカによる去勢:

日本という国家にとって「敗戦」が意味するところは一つしかない。1945年(昭和20年)における、太平洋戦争の敗北である。このとき日本人は、日本という国家が万能ではないというごくあたりまえのことを、はじめて受け入れたのである。再び精神分析学的な文脈に置き換えていえば、このとき、日本人は「去勢」されたのだ。むろん、「去勢」という(精神分析学における)タームの定義上、われわれはそのことを知らない。それは無意識下に抑圧されている。しかし、であるがゆえに、それはわれわれに決定的な影響をもたらし続ける。アメリカがもたらしたこの意味における影響こそを、「アメリカの<影>」と呼ぶべきであろう。アメリカの影を論じることは、畢竟、敗戦がもたらしたアメリカによる去勢、ここから生じる様々な症例を指さすことにほかならない。

 

原発というファルス:

1956年(昭和31年)、当時の経済企画庁が発表した経済白書「日本経済の成長と近代化」における、「もはや戦後ではない」という結びは、よく知られている。当世の流行語としても機能したこのマニフェストの意味するところは、歴史的事実の記述というよりも、そのときの日本人の心性の反映であるとみるべきだろう。もとより、このような現状認識は、前年の1955年(昭和30年)に幕開けをむかえた神武景気に象徴される高度経済成長によって支えられたものだ。だが、われわれはここで同時に、この時期が日本の原子力発電政策のはじまりでもあるということに留意したい。ごく簡単にのみ具体的な経緯を記しておけば、1954年(昭和29年)3月に国会に原子力研究開発予算が提出され、1955年(昭和30年)12月19日に原子力基本法が成立、この基本法を受けて1956年(昭和31年)1月1日に原子力委員会が設置されたのである。

われわれの認識では、日本人にとって、敗戦とはアメリカによる去勢であった。とすれば、戦後の終結、つまり敗戦からの回復は、去勢から回復と同義であるはずである。われわれが先程から、この時期に、戦後の終結宣言と、日本の原子力発電政策の起点が重なり合っていることに注目している理由が、ここにある。つまり、原発とは、去勢によって奪われたファルス(象徴的なペニス)の代補にほかならない、と考えるからである。

 

 

 

なぜ日本(人)は原発を止められないのか:

2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震、及びそれに起因する大津波に日本は見舞われた。震災そのものの被害ももちろんであるが、われわれを未知の恐怖に陥れたのは、津波によって惹き起こされた、福島第一原発の事故である。事故の規模とその深刻さから、このときわれわれは、だれもが直感的に、日本の原発政策は終焉をむかえたと思ったはずである。だが、確実であると思われたその予想に反して、日本はいまや原発再稼動に向かっている。

日本が太平洋戦争の敗戦を受け入れた決定的な契機は、アメリカによって広島および長崎への原子力爆弾の投下である。このとき日本人は、世界中のどの国民よりも核の恐ろしさを、体験的に痛感したはずである。にもかかわらず、その当の日本が、核の平和利用という名目のもと、原発開発に邁進してきた。その結果、日本はふたたび、福島第一原発の事故というかたちで、核の恐怖に見舞われることになった。なぜ、その被害を世界中のどの国民よりも知っているはずの日本(人)が、これほどまでに原発に固執するのか。

われわれは何かを反復している。そして、この反復に「アメリカの<影>」をみとめざるを得ない。原発事故が起きた同年の12月には、政府によって、事故の「収束宣言」が出された。この不合理な収束宣言に、われわれは、「もはや戦後ではない」というマニフェストのこだまを聴く。

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