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V6の「解」—— kEEP oN.

「V6」というグループに対して抱く印象は、人によってかなり違うのではないだろうか。V6そのものを知らずとも、俳優として大河ドラマで主役を演じたり、日本アカデミー主演男優賞を受賞した岡田准一や、NHK『あさイチ!』の司会を務め、その安定感に定評のある井ノ原快彦を思い出す人は多いだろう。特撮好きであれば、長野博が主役を演じた『ウルトラマンティガ』と、そのOP曲『TAKE ME HIGHER』(1996年)を連想するだろう。筆者より少し若い世代——二十代の方々は、先日も特番が放映されていた『学校へ行こう!』(1997年〜2008年、TBS)を見ていた青春時代を思い出すはずだ。V6のファンであれば、リーダーの坂本昌行の歌唱力の高さ、既にアラフォーに差し掛かったとは思えない、森田剛の女性のように高い歌声と三宅健の幼くすら見える甘いマスクについて誰もが夜を徹して語り続けることができるだろう。そして、その6人が揃った時のダンスはジャニーズの中でも未だに屈指の魅力と価値とを放ち続けている。かようにV6は様々な個性と才能を備えたグループである。
本稿では、今年(2015年)デビュー20周年を迎えた彼らが近年リリースした渾身の名作——あるいは問題作である『kEEP oN.』(2012年)を取り上げ、この曲自体の意味と、それが彼らにとってどのような意義を持ち得たのかを論じてみようと思う。

『kEEP oN.』はV6の40枚目のシングルCDとして発表された。バラード、エレクトロ、ラップ、ファンク、オペラ…多様な楽曲ジャンルがひとつの曲の中でめまぐるしく展開する、極めて複雑な構成の本作品は「V6史上最大の問題作」あるいは「超変態作」として耳目を集めた。
ピアノとストリングスのみを伴奏に、井ノ原がソロで歌いあげるバラードに始まるこの曲は、三宅が「Let’s kEEP oN!」と叫ぶと一転してエレクトロミュージックに変わる。森田、三宅のラップを経てリーダー坂本がソロでサビを担当。「Try Again」の声で、再び一転してファンク風の曲調(*1)に変わる。「Let’s kEEP oN! Brassband!」という長野のシャウトをきっかけに、また一転して今度は岡田がソロでセクシーな歌詞を熱唱する。そして、ミュージカルの座長を何度も務めるV6リーダーの坂本が主役のミュージカル風のパート。「JUST 踊りだそう」から始まる曲のサビ、そして「Keep On Dancing」の執拗な反復(Keep OnのKeep On)は本曲の中で最高にキレのいいV6のダンスを拝める圧巻のパートだ。最後に再び井ノ原のバラードでエンディングを迎える。

『kEEP oN.』はメンバーの5回のシャウト①三宅による「Let’s kEEP oN!」②「Let’s DANCE!」(注:歌詞カードにのみ記載)③長野による「Let’s kEEP oN!」④三宅による「Let’s DANCE!」⑤全員で「坊主!」(*2)によって曲調が変わる。すなわち6つのパートからなる。これらのとりとめのない混沌を結びつけるのが執拗に反復されるサビのメロディであると共に、曲の調でもある。一見カオスな構成を音楽面で強固に支えているのがこの調の統一である。
最初のバラードからエレクトロ、ミュージカル風の坂本の歌、サビの部分も含め、曲のジャンルこそコロコロ変わり続けながら一度も転調が存在しない。転調するのは最後「幼い頃にTripする夢を見た それだけで無重力気分さ」井ノ原のバラードの部分だけである。つまり、この曲は転調前は一貫して「夢(=タイムトリップ)」であって、最後に目覚めた歌い手が、そのことを振り返っているといういわば夢オチの作品でもある。同じく井ノ原のイントロ部分から既に夢、あるいはまどろみの中であり、その夢=タイムトリップの間だからこそ様々なシーンが描かれるが、それらは夢という一点において統一されている。

本来の記法とは大文字と小文字が「逆」になった『kEEP oN.』というタイトルはそれ自身で両義的なメッセージを備える。”keep on” という「継続」のニュアンスと、曲のテーマである時間の「遡行」とはベクトルが逆である。逆方向のベクトルが打ち消し合うことによる「無重力気分」という言葉にも象徴される、この「遡行」と「継続」の矛盾は、舞台の上のスクリーンに映し出される映像という舞台演出、そしてV6のダンスによって止揚される。

ジャニーズのアイドルはダンスによってシンクロ=同期し、メンバー同士は自分たちの動きを完全に把握して舞台上で動く。舞台の上のメンバー達は、そういう意味で彼らはいわば一人のダンサーの腕として、また足として、そしてひとつの身体として立ち上がるのである。むろん、六人での演出の表現力は一人だけの舞台とは比較にならない程に豊かである。「kEEP oN.」ではメンバーの「出現」と「消滅」という、一人ではできないパフォーマンスが存分に活用されている。まず最初には井ノ原一人だけが舞台の上にいる。会場は真っ暗で、他のメンバーはまだいない。井ノ原の後に続くのは岡田で、彼は舞台の別の場所からスポットライトを浴びて登場する。その後のダンスパートでは、「Let’s kEEP oN!」という三宅の声を合図に、井ノ原と岡田を除く4人が舞台中央に射出され、井ノ原と岡田はしばらく隠れたままだ。そして、サビにおいて初めて6人が揃う。井ノ原のソロで始まった『kEEP oN.』は、徐々にメンバーを増やしてその頂点において6人が揃う。V6のデビュー自体は1995年でも継続(keep on)することによって、V6は現在のV6となり得たことを表しているかのようでもある。
一方で、ライブの舞台の上のスクリーンには、タイムトリップがイメージされた光の道を高速で移動する映像と並行して、ソロで歌っているメンバーの幼少期の写真が大きく映し出されるが、曲のサビにおいて巨大スクリーンに映し出されるのは、「かつてのV6のライブ映像」だ。かつてのV6がスクリーンの中でのダンスと合わせて、現在のV6がその前で踊り続ける(*3)。過去と現在のビジョンがここにおいて統合され、それらを結んでいるのが「Keep On」という歌詞だ。遡行=「kEEP oN」は、ここにきて大文字から始まる「Keep On」に変貌すると共に、過去の映像とのシンクロは「現在」の現在性を否応なしに突きつける。

『MADE IN JAPAN』『BEAT YOUR HEART』『TAKE ME HIGHER』などのユーロビートを歌い続けていた彼らの最初の転換点であり、最大のヒットともなった『愛なんだ』(1997年)で、まだ若い彼らは「どうしてこんなに渇いているんだろう」「孤独なんかなんでもないふりで/どうして心は道に迷うんだろう」と、現実に対する疑問を抑えることはできない。「ふりむいてばかりいちゃ だめだめだめだめだよBABY」という、「ダメ」のしつこい繰り返しは人に対するメッセージではなく、自分自身の行動に対し向けられたもどかしさである。そんな悩みの中で「きっとここから愛なんだ」「信じてみてもいいはず」と、その疑問の中で自信はないもののある種の開き直りのような、吹っ切れたような「解」を断言はしないがそう信じる、という形で提示するに留まっている。この『愛なんだ』と比較して、その15年後の『kEEP oN.』がいかに違って見えてくるかがわかるだろう。V6は本作において、『愛なんだ』を歌っていた頃の、解の無い青春を送っていた自分たちを客観視する大人として立ち現れるのである。「タイムマシン あの夏の自分に今 会いにゆくよ」そこで出会った、「他人の視線ばっか気にしてる」「空気読んだフリの「優等生」」であるかつての自分。それに対して「なんでそんな愚痴ばっか言ってんの?」「いつまでもイエスマン続けるつもり?」と叱咤し「つまづきを恐れないで ひとりきりじゃないから 涙をふいて」と激励する。『kEEP oN.』は、それまで17年間活動を続けて(keep on)きた彼らが、そこで得た自信とともに、極めて明確な形でひとつの「解」を提示する初めての曲なのである。執拗な「Keep On Trying/Dancing」は、まさに「いま、ここ」での彼らのダンスの完成度を示すことによって、圧倒的な説得力をもってオーディエンスの前に迫ってくる。

参考資料
V6、ライブツアーDVD『Oh! My! Goodness!』(2013年)


(*1)作曲家の一人、西寺郷太自ら「JBっぽい」とのこと(音楽ナタリー「V6 6人と6分6秒の旅に出よう」http://natalie.mu/music/pp/v6 より)
(*2) これを並べただけでも、「坊主」に対するV6によるメッセージとなっているのも面白い
(*3) ダンス・ミュージックであるユーロビートがデビュー曲(『MUSIC FOR THE PEOPLE』(1995年))であるだけあって、そのダンスは平均年令が38歳を超えた今においても輝きを決して失わない、V6の最大の魅力であると言ってよいだろう。メンバー全員がバク転できるグループは近年のジャニーズでは珍しいが、V6はつい先日放映された『ベストアーティスト』(2015年11月24日放映)においてもラストでメンバー全員が見事にバク転を決めてみせた。

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