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窓は割れていないか?〜『がっこうぐらし!』試論

ある朝、巡ヶ丘高校3年の「由紀」は部屋で穏やかな寝息を立てていた。ペットの犬の「太郎丸」が彼女の顔を舐めると彼女は目覚め、寝坊したことに気づき、慌てて制服に着替えると、晴れやかな表情で学校に向かう。そんなシーンから物語は始まる。

4人の女子高生部員と1人の女性顧問がいる「学園生活部」に所属している主人公という舞台設定、ゆるやかな会話、たとえばワイプやデフォルメを頻繁に活用した漫画的演出、コミカルで軽妙な音楽、何よりも可愛らしさが強調されたキャラクターデザイン、そしてキャッチーな短いひらがなのタイトルとそのロゴなど、このアニメのあらゆる要素は「日常系アニメ」(1)というジャンルを強く意識して構成されている。2015年の夏アニメの一つとして、7月9日に始まった『がっこうぐらし!』というこの深夜アニメは、今期の「日常系枠」と期待されて始まった。

部室からいなくなった太郎丸を見つけた由紀と、その後輩部員である「みーくん(美紀)」は、授業の時間にも関わらず、太郎丸を追いかけて学校中でドタバタ劇を繰り広げる。いわゆる天然キャラである由紀と、真面目で由紀曰く「できる女」の美紀と、屋上で園芸部の手伝いをしていたシャベルを常に手放さない「くるみ(胡桃)」と穏やかながら怒ると怖い「りーさん(悠里)」(この2人もまた「学園生活部」のメンバーである)のキャラクターが生き生きとユーモラスに、そして可愛らしく描かれ続ける。
しかし、視聴者は彼女らの日常に潜む僅かな綻びを時折、垣間見ることになる。
廊下の奥に不自然に積み上げられた机。一瞬視界に入った、酷く割れた窓。屋上の十字架の墓標。ごく普通の学園生活のディテールが違和感を訴えかけてくる。授業中の教室のドアをためらいもなく突然開け放つ美紀の行為も、時々ぎこちなくなる彼女の由紀への態度もどこか変だ。胡桃は、なぜいつもシャベルを持っているのだろうか。そんな中でも、日常系のゆるやかな展開と登場人物達の笑顔に、つい視聴者は癒されてしまうのだが。

無事、太郎丸の捕獲に成功して、部室で乾パンを食べながらくつろぐ部員達だが、由紀は自分の荷物を教室に置きっぱなしであったことに気づいて、慌てて教室に戻る。放課後の夕日が差し込む教室には、まだクラスメイトが残っている。由紀の隣に座っていた女子生徒に声をかけられた由紀は、彼女に部室で飼っている太郎丸の脱出騒動を話す由紀だが、女子生徒は呆れるばかりである。

ここで、われわれはこの『がっこうぐらし!』というアニメの前提に一旦立ち戻っておく必要がある。原作の『がっこうぐらし!』は『まんがタイムきららフォワード』つまり、『まんがタイムきらら』の系列誌の中で唯一ストーリー漫画を扱う雑誌であり、『SFやファンタジーなどを題材とした作品も多く、この点でも他の「きらら」系雑誌と区別され』る雑誌の連載作品である(2)。『がっこうぐらし!』の原作は、元々4コマ漫画ではなかった。そして、そもそも「日常系」と分類されるべき漫画でもなかったのである。

一人で教室に戻った由紀を心配し、様子を見に来た美紀。美紀の目には、いつも通りの教室の光景が広がっていた。まるで嵐にでも襲われたかのように窓は割れ、机は倒れ、乱雑に散らかっている、廃墟と化した教室。そんな教室に、たった一人で立ち尽くす由紀の姿があった。まるで誰かと一緒にいるかのように、楽しそうにあらぬ方向を向いて話して、彼女は屈託なく笑い声をあげていた。由紀は、彼女に声をかけることを躊躇い、俯くしかない美紀に気づくと、嬉しそうに彼女に声をかけ、彼女を「クラスメイト」に紹介までする。そう、「日常系」の偽装は一瞬にして脱ぎ捨てられるのである。

ここにきて、視聴者は自分たちがそれまで観させられてきた「日常系」の営みが、由紀が——恐らくは余りにも悲惨な現実を受け容れられなくなった彼女が頭の中で生み出した妄想によって支えられていたことに気づかされる。作品はまだ、その背景について一切言及することはない。この温かい布団のように居心地のよい「日常系」から突然放逐された視聴者達は、目の前で一体何が起こっているのか、すぐにはわからない。しかし何らかの事故が発生し、学校は大量のゾンビが蠢く危険な空間になっているということ。由紀ら主人公達は、「部活動」などをしているのではなく、単純に学校から脱出できず、学園内での生活を強いられていること、彼女らはその悲惨な現実の中で脱出の機会を伺いつつ、自分達でルールを作り、前向きに捉えて生活しようとしていただけであること。そういう背景を否応無しに理解させられる。そして、視聴者は、これまでこの第1話に描かれていたもの全てに対する認識を一旦リセットし、疑惑の視線を通して全てを見返すことを迫られるだろう。その次に作品は、我々の視点を日常の陰に隠れた「現実」へと向けさせる。我々はこの第一話を経た後、部屋の窓を見て問い直さずにはいない。「もしかして、窓、割れてないか…?」と。

『がっこうぐらし!』という日常系めいたタイトルは、決して視聴者を単に驚かすためだけのギミックではなく、由紀の「現実」に対するまなざしに忠実に表現したタイトルである。彼女は日常系を生きているのだから。しかし、視聴者は、由紀に対して奇妙な共感を——もしくはデジャヴを見出すはずだ。かつては強固であった、自分を取り巻く世界は、余りにも脆く、生き物のように日々変化していくことを我々は知っている。そして、かつては自らの死など想像もしなかった自分が、例えば明日には、運転手の居眠り運転のために、歩道に突っ込んできたトラックに逃げる間もなく跳ね飛ばされ、ブロック塀に頭から突っ込み、頭蓋骨と脳を破壊されつつ全身を痙攣させつつ死んでいく、その可能性をも決して否定できなくなっていることを我々は知っている。安心の保証など存在しない世界に我々は生まれてきてしまっている。日常は、常にその背後に死を潜ませている。我々は、あたかもそれを忘れたかのように、自らを欺いて生活するしかない。なるほど、由紀は意図的にそう振舞っているわけではないかもしれない。しかし、彼女と我々の間に一体どの程度の違いがあるというのだろうか。

彼女の目を覚まし、現実に直面させることこそ、この作品自体の現実と妄想の区別が判然としない状況からの脱出であり、それはハッピーエンドへの正しい道のりにも思える。しかし、学園生活部のメンバーは皆、由紀の「狂気」を受け容れ、「彼女に合わせて」生活している。由紀は異常ではあるが、その異常性が絶望的な日々の陰鬱さから彼女らを皮肉にも救ってしまっているからである。したがって、彼女の無意識の現実逃避は改善に向かうどころか、あろうことかその周囲の友人たちの手によってかたくなに改善を拒まれる。由紀を変えようとする試みは、全て失敗し、奇妙な『がっこうぐらし!』は、彼女と由紀との共犯関係によってあたかも人工的に延長させられる。

「日常と遊離した「日常系」は所詮”優しい幻”に過ぎない。それをわれわれは否定はしない。それどころか、戦わなければならない現実を忘れ、手を拱いて見送ることさえ、われわれは許容しよう。それは現実に対する一つの抵抗でもあるのだから。しかし、これだけは伝えておく。現実は間違いなく残酷な顔をして、我々のすぐ側にいることを。その現実は、いつ牙を剥いて、”優しい世界”にいるあなたの命を奪うことになるかもしれないよ。」そう作者たちは言っているようにも思える。そして、その視点は、2万を超える人々の命を一瞬にして奪っていった東北大震災を経験し、つい先日にも「戦争法案」が「強行採決」された日本に生きる現在の我々にとって、ひりつくようなリアリティを伴って響いてはこないだろうか。もちろん、作者達のこのメッセージはまだ出発点に過ぎない。由紀の『がっこうぐらし!』を果たしてどういう形に収束させていくのか。原作も連載中であり、我々にはそれを推測することしかできないが、そのヒントは第1話のラストシーンで示唆されているように思えてならない。

アニメの第1話は、由紀が廊下の窓を閉めるシーンで終わる。廊下で外から吹き込む風を感じた由紀は、窓が開いてることに気づく。廃墟と化している校舎の窓はすべて完全に割れ、もはや窓の役割を成していないが、確かにその時、窓は開いていた。だからこそ、由紀は風を感じたのである。しかし、由紀が窓を閉めた後も、割れた窓からは風が吹き込んできて由紀の髪を撫でる。しかし、由紀はその風も、その風が意味するところも、まるで意に介さない。由紀には、窓が閉まった姿がはっきりと見えているのだから。由紀は満足して微笑む。このシーンは、言うまでもなく(まるでダメ押しのように)由紀の異常性を端的に表現している。一方で不思議なことに、そこで描かれる彼女の笑顔はいかなる狂気の徴候も纏わず、「日常系」を生きている自分への自信と希望に満ちた表情にも見えるのである。

最後に、『がっこうぐらし!』第1話放映後の後日談を付け足して、本論考を終えたい。『がっこうぐらし!』第1話は、その放映後に思わぬ現象を引き起こした。日常系の癒しを期待していた視聴者達が大挙してニコニコ動画の『ご注文はうさぎですか?(ごちうさ)』(3)の第1羽に押しかけたのである。そこで彼らは『ごちうさ』の日常性に対し疑心暗鬼に満ちたコメントを投稿し始めた。そう、「窓割れてね?」と。


 

(1)「日常系アニメ」とは、『日常系作品の特徴の第一は、ずばり呼称そのものの「日常性」である。』『小さな出来事に一喜一憂する「(その作品世界では)ごくごく普通の学生」の「当たり前の日常」が描かれていく』作品である(キネマ旬報映画総合研究所『”日常系アニメ”ヒットの法則』キネ旬総研エンタメ叢書、2011年。)
(2) Wikipedia 「まんがタイムきららフォワード」項。
(3)「まんがタイムきららMAX」連載の同名漫画原作のアニメ。日常系アニメの中でも特に人気が高く、近年の「日常系」を代表する作品。

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