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声帯教育

1.歌手という夢

 

朝倉さやという歌手がいる。1992年、山形県で生まれた。小学2年生から民謡を習い始める。民謡のコンクールで2度の日本一を経験した。2011年、高校を卒業すると同時に歌手を目指して上京。あてがあったわけではない。働きながらシンガーソングライターの教室に通う。Crystal KayやJUJUのプロデューサーのsolayaに出会い、インディーズながらプロとしての活動を本格化させた。既存のヒット曲を山形弁でカバーしたMVをyoutubeなどに投稿しつつ、自らの上京体験を歌った『東京』、『さばの味噌煮』などのシングルをリリースし、USENインディーズランキングでは初登場2位、翌週1位。Amazon mp3ランキングでも1位になる。2015年、他ジャンルのオケ上で民謡を歌うというコンセプトアルバム『River Boat Song – Future Trax』でインディーズながらレコード大賞企画賞を受賞した。

彼女の歌い手としての特徴は、民謡で鍛えられた歌唱力という一点に尽きるが、当然のことながら、それは彼女が民謡を歌うときにこそもっとも発揮される。次の動画は、彼女がアカペラで歌った『最上川舟唄』である。

「最上川舟唄」

この映像は、ライブの観客が撮影したものをyoutubeに投稿したものだが、ただ聴くだけでいい、といいたくなる説得力がある。この『最上川舟唄』は、レコード大賞を受賞した『River Boat Song – Future Trax』所収の「River Boat Song ft.GOMESS with respect for 最上川舟唄」で使われた民謡だが、二つの歌は、まったく別物といっていい。

「River Boat Song ft.GOMESS with respect for 最上川舟唄」

こうならべたときに浮き彫りになる、アカペラで歌われたこの歌の、説得力はなんなのか。朝倉自身が民謡とリミックスの違いについて語っているのは、「最上川舟唄は普段アカペラで歌ったり、民謡をやっている時は歌に合わせたり、歌を追いかけるように尺八が付いてきたりして出来上がってたから、リバーボートの場合は決められたテンポに合わせながらも、民謡での最上川舟唄の勢いとか良さを入れ込んでいくのが大変だった」(※)ということだが、ここでいわれているように、民謡において、決められたテンポがなく、まず歌われることによって、時間が発生するという点は注目すべきだ。

民謡がその出自を野良仕事の調子に持つことは自明だ。舟唄、花摘歌、炭坑節…。発生現場には楽器を持つ手も、拍を示す指揮者もいない。彼らの野良仕事のリズムが、そのまま歌に刻印されている。『最上川舟唄』の歌い手は、歌の調子、師匠から口伝えされた歌の記憶から、そのまた師匠へ、その父へ、芋づる式に船頭の記憶に接続されるだろう。自分の喉が師匠の喉になり、師匠の喉はその先代の師匠の喉だ。民謡を歌う歌い手が聞いているのは彼女自身の声だけではない。日本三大急流に数えられる最上川を下る舟のゆれ、しぶきに抗う荒い息遣いこそ彼女の聞いている音ではなかったか。身体に刻まれていく自分のものではない記憶こそ、民謡だ。

体に刻まれた土着の歴史、それこそが民謡と、民謡の優れた歌い手の強度であると言い切ることにはためらいを覚える。そのことに自らを捧げる生き方を否定するのではない。しかし、当の彼女、朝倉さやは否定した。歌手になるために、すでに「歌手」でありながらなお歌手になるために、彼女は故郷を捨てたのだ。自ら作詞作曲した「東京」で、「私、帰らないじぇ」と言い放った。歌い手のその欲望の正体が知りたい。

 

 

2.声帯の再教育

過去にも、夏川りみ、元ちとせなど、民謡をバックボーンに持つ歌手というのは存在した。その中で朝倉さやに注目するのは、ネット上に残る彼女の録音から、彼女の変化を見て取ることができるからである。それは、民謡の歌い手から職業歌手になるために選び取った変化と言い換えることができるかもしれない。以下の二つの動画は、スピッツの『ロビンソン』をカバーしたものだ。彼女の変化は、歌いだしの「あたらしい」という一語の歌い方にすでに見えている。

「ロビンソン」カバー旧版

「ロビンソン」カバー オフィシャル

より古い録音では、「あたらしい」の、「し」から「い」に音程が上がるフレーズが、「あたらしーいぃぃ」というように、原曲よりも過剰に上がっている。しかし新しい方、彼女の公式動画の方では、発音こそ「あたらすい」と訛ってはいるものの、メロディは原曲と同じように音符通りに上がっている。

「歌手になるために」上京した彼女は、自らの歴史、民謡の歴史そのものであるようなコブシを封印した。そのことで彼女が証明したのは、「なんでも歌える」歌手ということだ。そしてある意味では、歌手達の中で自らを位置づけるために、「山形出身」であるということだけを伝えるように、「山形弁」だけを残したのである。そのことが歌手としての生存戦略だったことは、本人も否定していない。歌手になる、ということは、歴史よりも重いのだろうか。ここにいたって、民謡=歴史は彼女のバックボーンではなく、武器になったということなのだろうか。

『完本美空ひばり』の著者、竹中労は同著の中でこう記している。

 

「つまり、ひばりを私は誤解していたのだ。たとえていうなら、マヘリア・ジャクソンに肉迫し、融合する歌い手として。

歌と人・歌と民族・歌と歴史は、まさにわかちがたき一体として存在する。すなわち、歌とは土着であることに、『美空ひばり』を書いた当時(その方向にいちおう論理を展開しながら)、私は確信を持てなかったのだ。すぐれた歌曲を有する民族は、おのれの歌を深め、磨くことを第一義とするべきであると言いきることに、〝国粋主義〟ではないのかというためらいがあった」(ちくま文庫『完本 美空ひばり』p302)

 

これは、美空ひばりがジャズを吹き込んだアルバムに竹中自身がよせたライナーノーツを振り返ってのコメントである。この「私はひばりを誤解していた」という自白は、ここまでの論考にもそのまま当てはまる。朝倉さやという歌い手は、ロビンソンを楽譜どおりに歌うことによって民謡を捨て、歌手であるためにそれを利用したなどとはいえない。民謡を民謡のままにすることが、それを「深め、磨くこと」だなどとはいえないはずだ。

先にも引用したが、今年2015年のレコード大賞企画賞を受賞した『River Boat Song –Future Trax』では、彼女は民謡を他ジャンルのオケに載せて歌っている。

しかし、先に引いた彼女の言葉を見るまでもなく、ここにあるのは「民謡らしさ」であって、「民謡」ではない。「川の流れのように」は「川の流れ」ではない。ある意味で、彼女をプロデュースしているsolayaもまた、朝倉さやを他ジャンルへの「肉迫」、「融合」の可能性として彼女の歌を見ているのではないか。先のインタビューは、solayaがインタビュアーを務めていて、インタビューと同じページの、「インタビューを終えて」という文章の中で、こういっている

 

「これまで朝倉さやは「民謡×オリジナル」「方言×名曲」 という切り口で各ランキングの1位を獲得しているが、
RIver Boat Songでは前作を継投せず「伝統×最先端」という新しい形に挑んでいる。
”チャレンジをしたい”
そんな好奇心と楽しむ心が、どこから生まれているのだろうか。

朝倉さやに出会った頃、民謡についてこう話してくれた事がある。
「見よう見まねでやってみて、少しずつ出来る感覚になるのが嬉しかった。」
そんな、”やれば出来る”という勇気と心を民謡が教えてくれたのだとしたら、
次世代に伝えるべきはそこだろう。」

 

プロデューサーであるsolayaにとって、朝倉さやの魅力とは結局、さまざまなジャンルに適応しうる柔軟さに尽きているのではないか、と勘ぐらせる語り口だ。だが、リスナーとしては、「やればできること」を見せてくれるのであれば、それは人間でなくていい。ヴォーカロイドが機械でありながら人間のように歌う姿を晒し、その上ヴォーカロイドであることの悲哀すら歌う今、人間の身体の可塑性などサーカスの域をでないのではないか。

 

3.現代の土着のために

 

民謡が、身体に刻まれた歴史であるといった。また、身体に刻まれた歴史を塗り替えることが可能であるといった。そしてそれは、朝倉さやという歌い手の身体においておきている。彼女の歌い手としての才能、遥か過去の船頭たちに喉を接続し、またあっさりと新しい音階を歌ってみせる彼女の柔軟さは、彼女に新しい課題を投げかけている。それは一言でいえば、歌に彼女の存在を刻印することだ。かつての船頭たちが、川の流れに抗い、また川と呼吸を合わせた証を歌に残したように、である。

では、彼女が歌に刻みこむべき存在とは?solayaは逆説的にそのことを知っている。彼女が刻み込むべきは、彼女の歌い手としての才能である。一見希望に満ちた言葉である「やれば出来る」という言葉、それは彼女自身にとって、希望だろうか?何でも歌えてしまう、そのことの意味とは、歴史の不在、到達点の不在に裏返しうるようなものだ。『River Boat Song-Future Trax』の中で、民謡たちに挟まれながら、彼女はすでに自分の言葉を歌い始めている。

 

「押してはかえす波よ 本当はどこへ行きたいの?
ゆれる色彩に浮かぶ希望1つ」 Cod Fishing Song

 

「あなたがその気で 云うのなら
思い切ります 別れます
元の娘の 十八に
返してくれたら 別れます サノヨイヨイ」Bon Dance Song

 

プロデューサー、solayaもまた、歴史の不在が顕在化したことについて述べる。

 

「今やYouTubeを筆頭として、Web上では1950年と2015年の音楽も同列に、
国や年代、グラミー賞から民謡からジャンルも問わず、自宅にいながら一瞬で聴けて楽しめる。
祈りから始まって、今後何千年と続いていく音楽の歴史の中で、とてつもない変化の瞬間を僕らは生きている」

 

変化の可能性に直面するということ、それが希望なのかそうでないのか。民謡もポップスもジャズも、あらゆるジャンルの音楽が通り過ぎていった喉を持つ彼女の、歌手という野良仕事の生み出す現代の土着。それは、すべてが可能である時なお絶望を吐き出さざるを得ないときの喉の形を、私たちに教えてくれるはずだ。

 

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(※)朝倉さやインタビュー http://asakurasaya.com/riverboatsongft.gomess.html

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