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「それな!それな!」

スケジュールに無頓着でいられなくなって、カレンダーを書いてみようと思ったことがある。

A4のノートを横長に開き、ページに縦の線を8本引くと、日曜日から土曜日まで、縦割り7等分される。そして、1ヶ月は4週間であるから、横には5本の線を引いて、4等分した。升目ができあがった。

それぞれの升の左上に日付を書き入れる。

20日まで書きこんだあたりで、雲行があやしくなってくる。

28まで書きこむと、空欄は尽きているのに、29と30と31が余った。

カレンダーは、1ヶ月に5週間分の升を用意しないとつくることはできないのだ。

 

カレンダーを作るということ、そしてそれに失敗するということは、大したことではないが、ともかくここでは、成功するということは1ヶ月の日付があまらないカレンダーを作るということである。いいかえるなら、現実に我々が生きているとされる暦を、紙の上で再構築できれば、成功なわけだ。

しかし、1ヶ月は4週間の方がキリがいいし、なんなら1週間の日数だって、7でなくても6でもいいし、なぜ1週間を4つ重ねた私のカレンダーが間違いでなければならないのか。まあ、このような小言は詮のないことだ。

 

ところで、このあとおもしろかったのは、このような私の間違いは、私のまわりの友人知人家族に、「無知だ」ではなく、「馬鹿だ」と形容されたことである。

実際カレンダーがどのような升目構成を取るかということなど、知っているかいなかにつきるわけで、私の知能の問題ではないはずである。しかし、「馬鹿」という言葉の使われ方はだいたいにおいて「無知」と同議で使われているようだ。

 

いま住んでいる家にはテレビがないが、かつて親元に居た頃、クイズ番組を習慣的に見ていた。クイズ番組は、おもしろいことを言う人、正解をいう人、場を取り仕切る人の他に、常識のない人という立位置の人がいた。大抵は若い男女で、髪の毛は金髪である。意外と数字をいじる問題にはつよい(が黙殺される)。しかし、地理の問題や漢字の問題で、ほとんどの出演者が正解するなか、頓珍漢な解答をして、司会者の指摘をうける。「日本の首都はどこでしょう」「渋谷」「ははは、やっぱり君はほんとうにばかだなあ」といった具合である。

 

ところで、馬鹿という言葉は中国の故事からきている。秦の始皇帝の跡を継いだ胡亥という王がいる。胡亥は始皇帝に比べて非力な王であり、始皇帝の代からの近臣であった趙高という男が謀反を企んだ。彼は反乱を起こすに期が熟しているか、つまり、群臣たちが王につくか自分につくかを知るため、次のようなことを行った。

趙高は、宮中に、鹿を連れて行った。群臣も大勢見ており、当然王も見ている。

彼は、王の前に進み出てこういう「王よ、めずらしい馬を連れて参りました」

王は答える「これは鹿だ」。そこで趙高は、「いいえ、これは馬です。群臣よ、君たちはどう思う?」

鹿といったものは王の味方、馬といったものは趙高の味方であるということだ。

趙高は、鹿を鹿といったものを殺し、反乱をおこした。

 

この話は、なぜ「無知」を「馬鹿」というかの説明として非常に説得的であるように思われる。なぜなら「馬鹿」はそもそも、ある習慣に従うか(鹿とよばれる生き物を鹿と呼ぶかどうか)を、政治的な危機の契機として、踏み絵としてつかうようなことから生まれた言葉だからである。馬鹿者とは、「鹿を馬となす」者である。そしてそれに対して是か非かを迫る。

この話には続きがあって、反乱を起こした趙高は、項羽という、のちの漢の初代の王に敗れる。

私達はあるもの、カレンダーでもいいし、鹿でもいいが、に対して、間違えることができるだろう。つまり、秩序、習慣によってそう決まっているものに対して、それと違う事を言える。日本の首都が渋谷だということはできる。

今私は、これをここまで書きながら、8月2日に高校生たちによって行われたデモを讃えたくてたまらない。

安倍総理の言うことが正しいかどうか考える、という態度は、鹿が馬かもしれないと悩む態度に似ているような気がする。しかし、ある秩序に対して常に疑問を呈する用意をしながら生きていくという倫理は、「鹿が馬かもしれない」と考える態度を要請する。

ところで様々なところで指摘されていることであるが、安倍総理は、「鹿は馬です」というに際して、なぜならば、「現実の鹿はいま馬になりつつあるからです」と言葉を添えることにある。そのことによって、「安倍総理は鹿を馬となすものである」ということではなく、「鹿は馬になりつつあるのかどうか?」という論点に衆目を移させようとする。そして疑問が蔓延したところで、「ほら、鹿は馬ではないですか」とくる。

しかし、私が感じているのは、やはり、「鹿は鹿だ」ということなのであって、しかし、「鹿は鹿だ」ということをいうことの無力さ、馬鹿馬鹿しさ、も身にしみてしまった。なぜそれが馬鹿馬鹿しいのか。

それは、言葉を使うということの中にある、「願いを言う」という力が見えなくなっているからだ。どういうことか。私が「鹿を鹿という」ということは、「鹿よ、鹿であれ!」ということであり、「私よ!鹿を鹿というタイプの人であれ!」という願いを言いあらわすことなのだ。 憲法とは、権力を縛る法であるといわれる。それは一面として正しい。しかし言葉の持つ、「願いを言明する」という力を視野に入れたとき、憲法とは、権力を縛る人々の祈りの言葉なのだと言いかえることができるようになる。憲法前文にはこうある。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

これは、願いの言葉なのだ。そして権力は、願いの言葉に従わなければならない。法とはただの制度ではない。願いのこもった言葉なのだ。他国に向けた国の態度も、不信ではなく、信頼に基づかなければならない。それがたとえ嘘であったとしても、醜い現実を動かす美しい嘘を言う国であろうと、70年前に決心したのではなかったか?戦争ですでに失われた、すでに払ってしまった巨大な犠牲を賭けて。

高校生たちのデモのコールには、

「とりま廃案!」「それな!それな!」

というのがある。ツイッターやネットも騒がせた。

法案に反対するかどうか、などはどうでもいいことであって、

「とりま廃案!」なのだ。デモの言葉は、政治に聞こえるような手続きの言葉であってはならない。憲法と同じ種類の、権力を縛る、願の言葉でなければならない。高校生たちの発した、「とりま廃案!それなそれな!」は、日本の歴史で初めて、政治の言葉ではなく、祈りの言葉として発せられたシュプレヒコールではなかったか。

私の弟は今年の春から自衛隊に入った。私の心はそれを間違いだと言っている。ゴダールは言った。「誰も兵士にならなければ、戦争などできない」。夢を見ているようなことばだというなら言え。私は命がけで見ている夢の中からお前を笑い返してやる。

「武力は必要かもしれない」、その「かもしれない」の地点は、私達は70年前に突破したはずなのだ。ゼロベースで考えてはいけない。考えるということは、ゼロという幻想をあきらめることから始まる。私達は歴史の蓄積の上にたっていて、カレンダーの書き方が分からないことは恥ずかしいことだし、日本の首都は渋谷ではないし、そして戦争法案は、理屈ではなく歴史の蓄積した若い高校生たちの体の発した「とりま廃案!」「それな!それな!」のコールで一発で粉砕できなければいけない。デモにはいかず、デモがあったこともあとから知った私の心は、youtubeの前で「それなー」と思ったのだ。そして高校生に謝ろうと思った。「とりま廃案!」「それなそれな!」を、なぜ私が思いつくことができなかったのか、とすら思った。

しかし高校生は思いついた。それでいいだろう。

ところで私は高校時代、あのデモに参加できるようなキラキラした生活は送っていなかった。ブサイクも非モテも、とりまあのデモとかやっちゃうリア充の味方をしといた方がいい気がする。デモの後のワンチャン期待でもいい、全然あるとおもいます。

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