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透明な体たちの歌――架空のボクが空気を吸う時

何気なく思いついたフレーズを、鼻歌で適当に歌ってみる。
あるいは、声に出さないで、頭の中だけにメロディを響かせ、歌づくりのまねごとをしてみる。
どのような状況であっても、人間の作りだすメロディにはつねに、肺に空気を取り込んで呼吸している、この身体による(あるいはそのような身体によって築かれてきた過去の無数のメロディの蓄積による)、無意識に近いフレージングが施されている。具体的には、ブレス(息継ぎ)を取るポイントが数十秒にわたって全くないようなメロディラインは、意識的にそうしないかぎり、簡単に思いつくことはできない、といったようなことだ。
もし人間が、いくつかの管楽器の演奏技法にあるように、循環呼吸によってブレスなしで歌い続けることが可能な生き物だったならば、人間のつくりだす歌・音楽は、今とは異なる響きを持っていたにちがいない。
呼吸を必要とする身体は、歌声にとって、制限であると同時に主体を担保する宿り木であり、陳腐な言い方をすれば「魂」や「いのち」の存在そのものとして、聞き手のイメージの中に立ち現れる。
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● ボーカル・シンセサイザーたちの息吹

「初音ミク」によって一躍有名になったヤマハの音声合成ソフト「VOCALOID」には、2004年に発売された最初期のバージョン(クリプトン・フューチャー・メディアの製品では「MEIKO」と「KAITO」)から、すでに「ブレス音」を挿入する機能が備わっていた。とはいえ、当初は「*in」と入力することで、随意の位置にきまった1種類のブレス音を鳴らすことができるという程度のシンプルなものだったが、2007年に初音ミクで大ブレイクする「VOCALOID2」では、「br1」〜「br5」とブレス音は5種類に増え、2011年の「VOCALOID3」以降ではwav形式の音源を直接取り込むことが可能になったため、デフォルト以外のブレス音の合成も可能となった。

言うまでもないことではあるが、「電子の歌姫」であるところのボーカロイドが、歌声を発するために息を吸い込んだりする必要はない。ブレス音はあくまでも、強弱やビブラートなどと同様に、声素材の合成に「人間らしさ」を追求するための機能であり、寄る辺のない「電子の声」にかりそめの身体性を立ち上げるためのオプションである。生身の歌手による、いわゆる歌謡曲の多くが、ボーカルトラックからブレス音をノイズとして除去してきたことを考えると、ブレス音と身体の実在性との間に、ある関係性を見出すことができる。

つまり、生きた生身の体を持つ人間は、むしろ「息継ぎ」の音に表れるような露骨な身体の存在感を希薄にすることで、メロディを構成する声の純粋性を追求し(つまり、逆説的に言えば「ボーカロイド的な」歌声を志向し)、体を持たないボーカロイドは、ブレス音という身体的制限によって生じるノイズを、あえて加えることで、聞き手のイメージの中に架空の身体らしきものを立ち上げようとしてきたのではないか、ということである。
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● 立ち現れる透明な身体、あるいは…

しかし、ソフトのバージョンアップによって歌声の表現力を追求する機能が向上したとはいえ、ネット上に発表されるボーカロイドを使用したオリジナル楽曲(以下、ボカロ曲)の多くが、魂や感情があるかのような「人間的」な歌声の披露を目指して制作されているのかと言えば、そうではない。初音ミクの発売以降、ニコニコ動画を拠点として爆発的に増えたボカロ曲を、歌詞やテーマ、曲調を無視して「声の用いられ方」にのみ着目して聴いてみると、2極化が進んでいることがわかる。

すなわち一方にあるのが、あくまでもボーカロイドを生身の歌手に代わるものとして用い、感情や抑揚を感じさせてメロディを歌わせることで「不気味の谷」のぎりぎり一歩手前を目指す「人間志向」の楽曲群(この場合、ニコニコ動画で付与される理想のタグは「魂実装済み」である)。それに対してもう一方にあるのが、極端な早口やロングトーン、超高音域、ブレスを取るのが困難なメロディラインなど、人間が歌うことが困難・不可能な楽曲を歌わせることで、「電子の歌姫」ボーカロイドの、身体に束縛されないアンドロイドとしての声の自由に可能性を見る「機械志向」の楽曲群である。(こちらのタイプの極北にある楽曲に多く付けられる代表的タグに「歌ってみろ」がある[※1])。
ニコニコ動画の「初音ミク」タグの再生数上位作品の中で言えば、たとえば1位の「みくみくにしてあげる♪」(約1194万再生)[※2]と2位の「メルト」(約1026万再生)[※3]は前者。12位の「裏表ラバーズ」(約473万再生)[※4]、13位の「脳漿炸裂ガール」(約444万再生)[※5]は後者の典型である。

ここでは、その両方の要素を効果的に使い分けている、6位の「初音ミクの消失」[※6]を取り上げたい。cosMO(暴走P)により2008年にアップされて以来、約657万再生を記録し、CD化、ノベライズ、アーケードゲームへの採用など、ボカロ曲の中でもかなりヒットしたもののひとつである。ミクが曲中で歌う(喋る)のは「初音ミク」発売初期に多く見られた、自己言及的な内容の歌詞であり、データ上の存在であるミク(ボク)が、バグによって壊れ、消失していく直前に「最高速の別れの歌」「圧縮された別れの歌」を最後に「アナタ」に歌うというものだ。
曲のテンポは終始240と速く、冒頭からいきなり3連符の連打に合わせてかなりの早口(つまり1秒あたり12音)で、歌詞が同一キーで音読される。この、繰り返し現れる壊れた読み上げソフトのような、高速3連符の機械的棒読みの間に、J-Pop風のメロディとサビが挟まっているという曲構成である。メロディとサビ部分は、高音域ではあるが、メロディアスなフレーズが伸びやかに歌われることにより、「歌うことでかりそめの魂を得たボーカロイド」が、「深刻なエラー」によってメロディを奪われ、消失していく過程が表現されている。
楽曲のヒットにはさまざまな要因があるが、ひとつにはこの曲が、人間が声に出して歌える/歌えない、ぎりぎりの境界ライン上にある曲だということが挙げられるのではないか(事実、ニコニコ動画上にはこの曲を歌い手が「歌ってみた」動画が多数存在する)。とはいえ、曲の末尾で約30秒にわたって続く連続3連符の早口を、人間が息継ぎなしでひと息に歌い切るのはほぼ不可能であり、2011年に通信カラオケのJOYSOUND.comが応募形式で調査した「難しすぎて歌えない曲」ランキングでは1位となっている。(2位はRADWIMPSの「おしゃかしゃま」である。トップ2曲を「早口系」のハイテンポな楽曲が占めていることは、この後のJ-Popの傾向を考えると象徴的であるように思える。ボカロ曲全体としてもこの後、「高速読み上げ系」とでも言うべき歌が続々と増えていくことになる)。

「初音ミクの消失」においては、歌い手としてのミクの魂を象徴するメロディとサビの部分でブレス音が用いられ、それに対して、機械的なバグ、エラーを象徴するものとして、息継ぎ無しの極端な高速読み上げパートが現れる。冒頭の話題に立ち戻れば、すなわち息を吸って歌っている(かのように聞こえる)ボーカロイドの声によって、聞き手の空想上に立ち現れる架空の身体は、高速読み上げソフトのごとき、怒涛の機械音声風のパートによって、急速にその存在感を失い、文字どおり「消失」していくのである。
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● 息を吸うPerfume、息を吸うミク

ここですこし、ブレスが立ち上げる架空の身体の存在感について探るための補助線として、アイドルユニット「Perfume」が楽曲内で多用しているブレス音の効果について考えてみたい。
Perfumeのすべての楽曲は、周知のとおり中田ヤスタカによって作詞作曲されており、特徴は透明感のある独特のテクノポップなサウンドと、エフェクトがかけられたアンドロイド風のボーカルである。Perfumeが大ブレイクを果たす過程とボカロ曲の急速な一般化には相乗効果があったことは、さまざまに指摘されてきたが、ここではあえて「ブレス音」にのみ注目したい。ブレイクのきっかけとなった「ポリリズム」(2007年)の冒頭はまさにブレス音からはじまる。同様にブレスから入る曲は複数存在するが、最も印象的な例に2010年の「Voice」がある。思いっきり空気を吸い込む大きめのブレス音と、その後につづく人間味を絶妙に抑えた声のハーモニーのギャップは非常に鮮烈な印象を残す。Perfumeの楽曲におけるブレス音は、おそらくボーカロイドと同様、中田によって「後付け」され、エフェクトとして加えられたものだと思われるが、曲によってその使用の有無は明確に使い分けられている。特に「Baby cluising Love」(2008年)に代表される、アルバム『GAME』以降の、内なる淡い思いをテーマにした曲において効果的に使われており、エフェクトのかかった歌声と、絶妙に生々しさを廃した微かなブレス音によって、ボーカロイドがそうであるのと同様、生身であるはずの彼女(アイドル)たちの身体は、聞き手の意識の中で、不思議に透き通った淡い虚構に包まれて立ち現れるのである。
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● Ψυχή(psyche)

古代ギリシャのプシュケー(Ψυχή)という言葉はもともと、その音の響きからも連想されるように、息、呼吸を表す語であったという。時代が進むにつれて、生きること、生命や魂といった大きな意味を含んだ語になっていったというが、たとえばホメロスの詩においては、人が死ぬとき、あるいは気を失ったときに、最後の吐息とともに亡骸を離れ、口から吐き出されていく、はかないゴーストのようなものとして描かれる。しかしそれは、生前の人格を宿したいわゆる幽霊・亡霊とは異なり、冥府をただよう淡い影のような、主体性をうしなった頼りない存在にすぎないという。
そして、このプシュケーなるものに対する感覚は、理解できないほど昔の古い考えではまったくなく、むしろ現在も、わたしたちの多くが、生命の息吹というものに対して覚えている不可解な手触りそのものであると言っていいだろう。

吐息とともに冥府へ消えていくのがプシュケーなのであれば、架空の歌い手が架空の空気を吸い込む、その微かな息づかいのまわりに頼りなく立ち現れる、不気味さと紙一重のフラジャイルな身体(あるいは魂…)の存在感は、まさしくホメロスの描いた「プシュケー」の現在における、もうひとつの淡い姿であり、声だと言えるのではないか――それはあまりに空をつかむような話だろうか。
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※1 ニコニコ動画で自身の歌声を披露したい歌い手たちが動画に付けるタグ「歌ってみた」からきている。また、このような歌唱困難なボカロ曲を奇跡的に歌いこなしている歌い手の動画には「なぜ歌えた」などのタグも見られる。
※2「みくみくにしてあげる」(作詞作曲:ika)http://www.nicovideo.jp/watch/sm1097445
※3「メルト」(作詞作曲:ryo)http://www.nicovideo.jp/watch/sm1715919
※4「裏表ラバーズ」(作詞作曲:wawoka)http://www.nicovideo.jp/watch/sm8082467
※5「脳漿炸裂ガール」(作詞作曲:れるりり)http://www.nicovideo.jp/watch/sm19133907
※6「初音ミクの消失」(作詞作曲:cosMO)http://www.nicovideo.jp/watch/sm2937784
初出は2007年のショートバージョンである。http://www.nicovideo.jp/watch/sm1476648

 

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